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小説
<6>
 あれは今から約三ヶ月さかのぼる。
 それは、入学式の日。
 あれほど口すっぱく佐助に忠告されていたのに、気持ちが高ぶって眠れなかった幸村は、自らの入学式へ、なんと遅刻しそうになっていた。
「うわああ、遅刻っ、遅刻するっ。」
初めて着た念願の学生服がよれよれになるのもお構い無しで、全速力で道路を駆け抜けてゆく。
普段は束ねている長い後ろ髪も縛る暇が無く、縦横無尽に空気に舞っている。
やっと裏門まで到着した幸村は、正門を回っていたら間に合わないとふみ、構わずそのまま、古めかしい門をくぐった。
 校舎へと急ぐ幸村の足をふいに止めたのは、眼に飛び込んできた桜の花びらの大群。中庭から校舎に抜ける道沿いに、囲うように桜の木が植えられており、新入生を祝うかのごとく、今まさに満開を迎え、見事に咲き誇っていた。木全体を埋めるように花びらたちは存在し、枝がざわめく度に、空気が桃色へ可憐に色づいた。
 まるでピンク色をした粉雪の降る中、ひときわ大きな桜の木の下にもたれ、その風景に静かにたたずむ人。
 自分を凝視する人の気配に気づき、振り返った彼を見て、幸村は一瞬息を呑んだ。
 幻想的なその場所にぴったりなくらい、凛とした物腰の、そして顔立ちが綺麗な人だったからだ。
―――まるで、絵の世界だ。
「あんた、新入生?」
 突然の侵入者へ、少し不審気に眼を細め、彼は問うた。
―――絵がしゃべったっ。
 ワンテンポ遅れて幸村は、緊張の声色で、言葉を発する。
「は、はい。今日からこの学校でお世話になりますっ。」
 真新しい鞄を抱きしめた状態で、幸村はいきなり直角にお辞儀をした。
「ああ、ほら、髪の毛、桜の花びらだらけだぞ。」
 近寄ってきた彼は右手を伸ばし、髪の毛に降り積もる花弁を払ってくれる。
「あんた、何て名前?」
「さ、真田、幸村、ですっ」
「ふーん・・・。」
 じっと美形な彼に至近距離で食い入るように見つめられ、動揺からか息苦しさを感じた幸村は、たまらず眼を伏せる。
「あの、俺の顔、何かついておりますか?」
 顔にまで桜がついたのかと、幸村は頬を手の甲でこしこしとこする。
「へえ、こうしてみると、可愛いな、あんた。」
 男の自分に、可愛いという形容詞が合うとはとうてい思えなくて。
 そして、続いた言葉に、幸村は心底、耳を疑った。
「俺、どうやら、あんたのこと、ひとめぼれしたみたいだ。」
 きっと、この校内で一番もてるであろう彼が、何の変哲も無い自分を好きというのだ。
 信じられない。
 これは、何かの冗談か。
「あの・・・。」
ドクンドクンと不規則に鼓動が乱れた。今にも心臓が爆発してしまいそうだ。
「俺とつきあってくれないか?」
「え?」
 本当は自分に言っているのかどうかさえ、半信半疑だったけれど。入学式へのカウントダウンが始まっている今、ここにいるのは、自分と彼のみ。
「駄目か?」
 綺麗に、本当に綺麗に、彼は笑った。
 魔法にかかったかのように、幸村は、首を縦に振るしかなかった。


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あきゅろす。
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