[携帯モード] [URL送信]

小説
その20
「バスケットボール持ってきときゃ良かったかも…。」
 あー、体がなまるーと大きく天に向かって伸びをして、朝食後の腹ごなしにちょっと砂浜でも散歩しようかな、と廊下を横切っていると、見るからにうきうき顔で歩いている後輩を見つける。見飽きて見つけたくなくても、黄色い物体を腕に大量に抱えてぴょこぴょこ跳ねている姿は、大勢生徒がいる中でも目立ちまくりだ。
「おーい、幸村。」
「あっ、元親先輩。」
 手を振っている元親を見つけ、ぱたぱたと走ってくると、腕に抱えていたバナナが振動で一本転げ落ちそうになって、おっと、と幸村はそれを拾い上げる。
「それ…、何だよ…そのバナナの山?お前、猿か?」
「ああ、これ、食堂のおばちゃんにもらったでござる。余ったから全部くれるって。」
 へらっと、幸村は嬉しそうに屈託なく笑う。その幸村の笑顔の前では何者も絆されそうだ。
「そうかお前…、実はおばちゃんキラーなんだな…。」
 なんか、餌付けしたくなる可愛さだもんな。分かる気がするけど…と、元親は、苦笑を滲ませて後頭部をボリッとかいた。
「そうだ、一緒に砂浜散歩しようぜっ!それ、半分持ってやるよ。何本あるんだ?え、10本??こんなに食ったら腹壊すぞ。」
「砂浜って…、元親先輩は、本当に海好きなんでござるなあ…。」
「おうともよっ、まあ三成には負けるけどな。」
 石田先輩は山が嫌だっただけでは…。と、幸村は斜め上を見つつ呆れたように言うけれど、元親はそれを流して、ん、と、少し屈んで幸村の首ら辺を注視する。
「あれ幸村、なんかこことここ、あと、ここ、赤くなってるぜ。」
 つん、と、後ろ髪を束ねていることで露出しているうなじら辺を指先で突かれて、え、と、振り返る。しばらく間を置いて、何かを思い出した幸村は、ハッと、そこを凄い勢いで隠す。
「ここここっ、これはっ…あのっ!!」
「あー、あとで養護のセンセに虫刺されの薬貰ってやるから。痒いだろ、こんなに刺されてっと。何か所だよ、それ。お前の血、うめえのかな?甘いもんばっか食ってるからか?」
 見つけた元親が存外に鈍感で良かったと幸村は思う。これは紛れも無く…、昨夜、政宗がつけたキスマークだ。どうしよう、絆創膏でも貼った方が良いのだろうか。人知れず頬を林檎みたく染めた幸村は、そこの箇所を手で押さえつつ、じっと考え込む。
「幸村、こっちこいっ。」
「ええっ!」
 考え中だった幸村は、無防備にぐいっと二の腕を掴まれて、物陰に引っ張りこまれる。その勢いのまま、受け身を取ることも出来ず、地面へ豪快に尻餅をついた。
「痛ったあ、何でござるか、突然。ああ、バナナが…もったいなっ。」
「しっ、静かにしろっ。お前は声が必要以上にでけえんだよ。」
「それは、元親せんぱいこそっ…んんっっ。」
 実力行使とばかりに、幸村の口を肉厚の大きな掌で塞いでしまう。
 カサリカサリと草が踏まれる音がする。
 細くて長い草の間から、元親の掌越しにそっと覗くと、そこにはいつの間にか先客がいて。
 見えたのは足元で、スニーカーとジャージに紺の2本線の男子生徒と、赤の線の女子生徒が向かい合って立っている。徐々に視線を上に上げてゆくと。
「好きです、あの、つきあってください。」
 思いかけず、女の子の緊張しきった声が耳に届いた。
―――あ…。
 幸村は、鼓膜の近くに心臓が飛んできた錯覚に陥る。ドクンドクンと必要以上に鼓動が大きく聞こえたからだ。
 背中がこちらに向いているので顔が見えないけれど、もしや、相手は…。
「ごめん、俺…君とはつきあえないから…。」
 告白され慣れているだろう彼は、すでに用意してある言葉みたいに、淡々と答えている。
―――やっぱり。
 幸村は、衝動的に泣き出しそうになって、顔を崩して、下唇をグリッと噛み締めた。
 風景が違うだけで、まんま、あの女の子は半年前の俺だ。女の子のリアルの痛すぎる感情が自分とシンクロして、そのまま心に濁流のごとく流れ込んでくるようだ。
「どうしてですがっ、お願いです、その理由を…、理由を聞かせて下さい!」
 女の子はもう殆ど泣いている声で、バッと顔を両手で隠しながらも問うてくる。
「それは、俺、好きな子がいるから…、その子が一番大切だから、他には考えられない。」
 この世で一番聞きたくなかったであろう言葉が、すとん、と胸に落ちてきた。
 最後通告みたいな言葉を投げかけられて、傷ついた女子は、顔をぐしゃぐしゃにしてパタパタとこの場から走り去ってゆく。
 幸村は元親の逞しい腕にきゅっと捕まりながら、目を限界まで見開く。
 もう、決定的に、終わりだ。否、1か月前に終わっていたのに、まだ未練がましく想っていた天罰だ。
―――好きな、人。大切な、人で…他には、考えられないくらいの人。
 その言葉の重大性に気付いて、クラリと眩暈がしてきた。
『生徒会長の、秘密を知ってるの。』と言った実夕。
 そして、1人、部屋で読んでいた、あの大事そうにしていた手紙。
 ごめんと、昨夜、何度も謝っていた彼。あれはやはり、自分の告白に対してだったのだろう。
 映画のコマ送りみたいに、一つ一つの重要な欠片が、頭の中をぐるぐると映し出される。
―――俺もはっきり、フラれているのに、まだ心に傷つく余地はあったのか。
 でもこれで、すっきりしたじゃないか。もう完全に、忘れられる。本当にこれで未練も断ち切られるはず。
―――ごめん、ごめんな、俺の初恋。こんな惨めな結果になってしまって…。
 視界が滲んでゆく。景色が、蒼に塗りたくられてゆく。
―――男の自分では、どう頑張っても、その大切な人以上の存在にはなれない…。
 その事実が、悲しくて辛すぎて、胸が切なすぎるほどに締め付けられて、ポロリと、一筋、幸村の頬を雫が伝う。
政宗もいなくなったのを確認して、元親は、やっと幸村の口を塞いでいた手を離す。幸村はストンとその場にへたり込んだ。そして、ハアと、大きくため息をつく。元親は落ちていたバナナを拾うと、座り込んで動かない幸村の手に戻し、自分も横にドカッと座った。
「俺もなんか聞いたことがあるよ。あいつに好きな相手がいるって。あいつ本人の口から聞いたのは初めてだけどな。」
「それは、最近、ですか?」
「時期までは、分からないけど。」
「もしかして、あの、読者モデル、の人で?」
 草だらけの地面を呆然と見つめ、俯いて顔を上げない幸村に、少し訝しげな表情を漏らすが、元親は蒼い空を見上げながら、言葉を発する。
「幸村、ばっか、あんな噂信じてたのかよ。あれは、大嘘だよ。あいつ、1年以上は彼女いないはずだぜ。噂の元はあいつのファンクラブの会長だったかな、文化祭の日に生徒会室でキスしていたとか云々…。というか、神聖なる生徒会室をホテルみてえに使うんじゃねえってんだよな。まあ、その相手が読者モデルみたいに色白で華奢で目が大きくて超絶可愛い子、だったらしいけど…、でも女の子にしては結構背が高かったらしいからモデルって尾ひれがついたんじゃね?それが何故かつきあってることになっちゃったんだなー。俺もそんな可愛い子に会ってみてえよ。なあ、幸村。」
 丸まっている幸村の背中を、ばしばしっと豪快に叩く。
「1年、以上、ですか…。」
 膝頭を合わせ、そこに顔を埋めた幸村は、沈んだ声を漏らす。
「うん、一年前のその頃に、なんかあったのかもしれねえな。それから一切彼女は作ってねえよ。俺が断言する。」
「そう、ですか…。」
「メンバーに彼女がいたらさ、ほら、一応俺たちも気ぃ使ったりするじゃんよ。あいつが高1の時とか、生徒会で遅くなり過ぎると彼女が心配したりしてさ。俺の携帯に探りのメールが来たりすんの。それが無くなったから、俺達的には楽といっちゃ楽なんだけど…。」
 その清々しい朝には似合わない重苦しい空気に耐え切れなくなって、元親は幸村の頭をぐしゃぐしゃになるほど撫でまくって、そして、ぬいぐるみみたいにバナナごとぎゅぎゅっと加減なく抱きしめた。
「馬っ鹿だな、幸村〜。あいつだけモテるからって、そんな落ち込むなよ。俺だってそんなモテねえぜ?生徒会でモテんのも、あいつと三成とさやかぐらいだし。」
 ちなみにさやかも女子にな、と、いらないことを付け加える。
「…ちょっ、元親せんぱいっ、苦しいでござるっ!」
 バサバサと一気にバナナが幸村の腕から零れ落ちた。
「ほら、俺のこの太平洋より広い胸で幾らでも泣けっ。それにしてもお前が女子の部屋に夜這いするほど、思い詰めていたとはな〜。」
 体格差が大きすぎて、馬鹿力で幸村の体を締め上げる形になる。
「くっくるしっ…。」
 プロレス技をかけられているみたく呼吸器官を圧迫されていて、バキバキバキと背骨が軋んでいる。
「女にモテないからって何だ!女なんざ、いくらでもいるさ。お前だってなかなか、いや、かなり、可愛い面してると思うぜ。まあ、あいつは、モテすぎんだよ、一緒に考えるな、な。あんなすけこまし、ほっときゃいいの。お前はそのまま、清く正しく行くんだぞ!」
「で、清く正しいお前らは、そこで何やってんだよ、覗きか?」
 頭上から、冷水みたく冷ややかな声が投げかけられた。
「へ?」
視線の端に、政宗愛用の黒のスニーカーが映って、幸村を締め上げている元親の腕が緩んだ。
「はあはあはあ…っ。」
 馬鹿力から解放された瞬間、幸村は酸素を取り込もうと、肩で大きく息をする。
 話に夢中になりすぎて、声を抑えるのを忘れてしまっていた元親は、いつの間にか、政宗が傍に来ていることにも気づかなかった。隠れて告白現場を見ていたことがバレてしまったと焦った元親は、しゃきっと体制を整えると、髪をかき上げながら声色まで変えてしまう。
「いやあ、政宗君、奇遇だな。こんな場所で会うとは。僕たちはここでちょっと朝のミーティングを…、なあ幸村。」
「物陰で熱烈なラブシーンにしては、役者が大根過ぎるんじゃねえの?」
 腕組みをした政宗は、刺々しい目つきで2人を見下ろしている。
「フン、ほっといてよ!モテる政宗さんには言われたくないわっ。モテないもの同士傷を舐め合ってたのよ。ねー、幸村っ。」
 元親にはどれだけ引き出しがあるんだろう。今度は、声色を使って、場末のオカマバーのママみたいだ。
「た…助かった…。」
「お前と違って、幸村は異様にモテるだろ…。」
 その後に、男に、との注意書きが必要だけど、と、その部分はあえて声には出さなかった。未だ不機嫌の政宗は、まだ地面に座り込んで抱き合っている2人に、さっさとしろと促す。
「オリエンテーリングの準備始めっから、さっさと行くぜ。」
「へいへい。せっかく、砂浜散歩しようと思ってたのになー、幸村。また今度な。」
 よいしょと、元親は自分が立ち上がるついでに、幸村の二の腕を引き上げて立たせる。幸村は足元へ転がっているバナナを拾い上げると、そのまま、よろよろと親鳥を追う雛鳥みたく、元親について歩き始める。
「あ、幸村。」
 聡く何かに気付いた政宗の視線が、前をゆく幸村に止まる。
「はい?」
「これやるから、使えよ。」
 コホンと変に咳払いをした政宗は、自分の使っていた蒼いタオルを、幸村の首筋にそっとかけた。


[*前へ][次へ#]

20/46ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!