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小説
その17
 女子の部屋は5階建ての建物の3階にあり、幸村達のいるフロアからは1つ上にあった。
 廊下の電灯も深夜のためか必要最低限の灯りしか点いておらず、足を踏み外さないように、階段をそろりそろりと上がってゆく。慶次は幸村以外にも男子を3人誘っていたらしい。
「真田、珍しいな。お前がこういうことにのるなんて。」
「うん、まあ。」その中の1人に話しかけられて、慶次に半分のせられた形の幸村は、苦笑いで言葉を濁す。
「モテそうなのに全然浮いた話が無いから女子が苦手なのかと思ってたけど、そんなことも無かったんだな。そういや、生徒会の誰かとつきあってるっていう噂も流れてたけど。前に手ぇ繋いで学校内を歩いてただろ。」
 誰だっけな、確か会計の…。と、思い出そうとしていた級友の言葉を慌てて遮る。
「そそそそそ、それはっ!」
 静寂に包まれたコンクリート空間に、顔を真っ赤にした幸村の、その焦った声がわんわんと響く。
「馬鹿幸村、声、響いてるよ。」
 前を行く慶次が、しーっと口に指を当てて振り返った。
 クラスメイトの女子が部屋の前で待ち構えていたように立っていて、こっちこっちと手招きしている。見るとクラスの中でも派手系グループの女子だ。実は幸村の一番苦手なタイプなのだが、捕獲中みたく慶次に手首を持った形で腕を引かれ、幸村は逃げられない状況になっている。
 中を観察すると、勿論部屋の殺風景な間取りは下の階と同じ。室内は規則通り夜中の10時消灯で、豆電球しか点いていない状態で、奥の方には布団を被って寝ている女子もいるみたいだった。
「暗い…、電気は点けないのでござるか?」
「点けちゃうと、他の寝ている女子まで起こしちゃうでしょ。」
 腰が引けて入り口でじっとしている幸村の両肩を、後ろに周っていた慶次がトンと押して部屋の中へ押しこむ。
「いらっしゃーい。」
 相手の顔もはっきり見えない薄暗い部屋の中、手にぎゅっと握った携帯の灯りと、先導している慶次の広い背中だけが頼りで、人の小山を踏まないよう注意しながら慎重に進む。
「あ、前田君。」下から声がした。慶次に気付いた女の子が、小声で声をかけてきたらしい。
「幸村は、ここに、座って。」
終始浮かない表情の幸村は、その声をかけてきた女子の向かい、中央付近の布団の上に座らされる。
「話していた実夕ちゃん。幸村に会いたがっていたのは、この子だよ。上手くやりなね。」
「ちょ、慶次どの…。」
 慶次は幸村の耳元へそう囁くと、幸村をそこに置いて薄情かな別の所へ行ってしまう。2人にされてしまっても困ると途方に暮れたけれど、ここまで来て逃げ出すわけにもいかず。
「こ、こんばんは。」
 沈黙が辛くて、とりあえず、ぎこちなさは拭えないままに挨拶をしてみた。
「こんばんは。やっぱり、真田君って面白いね。」
実夕と紹介された女子はニッコリと微笑んだ。何が面白いのか自分では分からなかったけれど、幸村もつられて笑顔になる。幸村のクラスの生徒は1年生から2年生持ち上がりで、この子とも1年間同じクラスだったはずなのだけれど、一度も話をしたことが無く、あまり面識が無かった。
失礼だとは思いながらも、早く帰りたいな、と、頭の隅で考えてしまう。
「去年から同じクラスなのに初めて話すよね。真田君って、いつも男子に囲まれている印象があって、声をかけ辛かったんだ。」
「そうかな。」頭をかきながらそう返した幸村だったけれど、よくよく考えてみれば、クラスでも生徒会でも、男子ばかりの中にいる状態で、女っ気は全くと言っていいほど無い。それを居心地が良いと感じている自分は、やはり末期なのだろうか。
「真田君、今、生徒会のメンバーなんでしょ。」
 最近会う人会う人によく聞かれるフレーズだと、幸村は内心思う。返す返事もお決まりで慣れてしまったようだ。
「うん、まあ、なんか、穴埋め的に入っただけで…。」
「生徒会って、どんな感じなの?」
「どんな感じって改めて聞かれても、…人使い荒い、というか。皆…、特に生徒会長と石田先輩が強引すぎるというか…。」
 駄目だ、辛い裏方ばかりやらされているせいで、良いイメージが湧かない。脳裏にパッと浮かぶのは、紙を必死で折りまくったり、集会用の大量の椅子を運ばされたりと、しんどい経験ばかりだ。
「じゃあ、会計の石田先輩と知り合いだよね。」
 幸村の口から三成の名前が出てテンションが上がったらしい女の子が、身を乗り出して本題を切り出してきた。
―――うっ、ち、近いっ!
幸村は相手が近づいてきた分だけ、咄嗟に立てた両手をバリケード代わりに、苦笑を滲ましずり下がる。
「それは…、うん、まあ、知り合いと言えば…。」
 自分と三成の関係、と、改めて考えてみても、幸村にはしっくりくる言葉が思いつかない。勿論他人には口が裂けても言えないが、何度もキスを交わしている間だけれど。
「ねえねえっ!石田先輩、紹介してくれないかな?私、石田先輩と付き合いたいの。」
 お願いっと、両手を顔の前で握って、うるうるさせた瞳で懇願してくる。
「い、石田先輩を?」
「うん!」
「……。」
「真田君?」
 突然、目を伏せて暗い表情で黙り込んでしまった幸村に、実夕は首を傾げる。
―――それはそうだ。あんなに頭が良くて、カッコ良かったら、やっぱり、女の子はほっとかないだろう。モテるという噂は耳に蛸が出来るくらい聞いてきたから、彼女が出来ても勿論驚くことでは無いけれど…。
けれど、こうして、現実にそれが有りうるということを、目の当たりにして。
石田先輩が、ふたりきりの時に見せてくれる、あんな切なくなるくらいに優しい眼を、自分以外の他の誰かに向けるのかと思った瞬間、きゅっと胸の奥が締め付けられて苦しくなった。そんなのは嫌だと、激しく思ってしまった。
これは紛れも無く、嫉妬だ。
―――俺、女の子相手に、こんな汚い感情が、生まれてくるなんて。
 男なのに、自分だけを見て欲しい、自分だけに優しくして欲しい、なんて、そんな女々しいこと。石田先輩本人が知らないところで、こんなことを願うのは、本当に我儘すぎると思う。
「…ごめん、申し訳ないけど、それは無理でござる。」
お人好しの彼らしくなく、女子のお願いを、下を向いたまま震える声で拒絶した。
「真田君、そんなこと言わないでよ。ちょっと、会う日と場所をセッティングしてくれるだけでいいの。それが駄目でも、メールアドレス渡してもらえたら…。」
 相手は引かなかった。慶次へここに幸村を連れてくるように頼んだのも、これが目的だったらしい。
「そうだ。」と相手は何か良いことを思いついたらしく、声が弾んだ。
「石田先輩を紹介してくれたら、その代わりに私、生徒会長の秘密を教えてあげるけど。」
 え、と、幸村は、実夕の思ってもいない言葉に、大きな目を更に大きく見開いた。
「生徒会長…の、秘、密で、ござるか…?」
 動揺を見せた幸村は、たどたどしく、今聞いた言葉を反復する。
―――政宗先輩の、秘密。
「うん、誰も知らないすっごい秘密、私、知ってんの。しかも、恋愛関係よ。」
 僅かばかり迷いが生まれたように瞳の奥が揺れた幸村は、心の隅にいつもあって忘れられないあのことを思い出す。
 あの新入生歓迎会の後に見た、政宗が真剣な表情で一語一句読んでいた手紙の存在。
「真田君も知りたいでしょ?だから、お願い。私、石田先輩の大ファンなの。つきあいたいの。お願い〜。」
 思い詰めた表情の幸村は、ゴクリと息を飲んだ。
―――すごく、知りたい。けど…、けれど。
 幸村の心情を表すように、正座の上で握った左拳に、爪が食い込むほどに力が入る。
「それはやっぱり、駄目だ。そんな取引、他の人でも勿論駄目だけど…、それだけは、石田先輩を紹介するのだけは、やっぱり絶対駄目でござる…。ホントにごめん。」
 切なげに眉をひそめた幸村は、ふるふると、首を横に何度も振る。
―――石田先輩が女の子と…、そんな事を想像するだけで、こんなにも嫌で。考えるだけで胸が焼けるように苦しいのに、それを自分が後押しするなんて、そんなのやっぱり無理だ。
「石田先輩だけはって…なんで?もしかして、真田君、あの噂…。」
 ハッと、実夕は手で口を抑える。
「ちょっと、抜け駆け禁止よっ。」
 幸村に詰め寄ろうとしていた実夕がドンッと別の女の子に背中を押され、よろめいてこちらに倒れ込んできた。その拍子に柔らかい何かが、幸村の手の甲にムニッと当たり。
「うわあああっっ!!!!」
 幸村の全館内に響きそうな叫び声と同時にパチンと空間に閃光が走って、天井にある蛍光灯の灯りが一斉に点いた。暗闇に慣れ過ぎていた目が、驚いて数回瞬く。
「お前ら、こんな夜遅くに、一体何やってんの?」
 スイッチを押した本人、その政宗は腕組みした姿勢で、部屋の入り口で冷ややかな目で皆を見下ろしていた。
「せ、生徒会長?」
 気付いた男子生徒の声で、その場に起きていた皆が入り口へ一斉に視線を送った。
 そして、部屋をぐるっと見回して見つけた探し人は、部屋の中央の布団の上で、女の子に押し倒された状態になっていた。
「え、ま、政宗先輩!?」
「きゃあああああっ。」
 突然の人気者の登場に、他の女の子たちも起きて、黄色い声でわらわらと騒ぎ始めたけれど、政宗は他の者には目もくれず、布団の小山を跨ぐと、まっすぐ幸村の所へやって来た。
「あんたってやつは…。」
「ま、政宗先輩。」
 幸村のポカンと見上げた平和そうな顔を見ると、政宗はフウと溜息をついて、少し肩の力を抜いた。けれど、次に発せられた、人の気も知らない幸村の言葉に、脳の毛細血管が数本切れた気がした。
「なんで、ここにいるので?」
「……帰るぞ。」
政宗はその場に蹲ると、まだ寝そべっている幸村の太腿の裏に手を差し入れて、横抱きに一気に抱き上げた。
「うわああああっ、ちょっっ!!」
「このまま乱暴に床へ落とされたくなかったら、俺にしっかりしがみついてろ。」
 不安定にぶらんぶらんと両足が弧を描いた幸村は、反射的にぎゅっと政宗の首に抱きついた。
「幸村っ…。」政宗は、いつの間にか傍に来ていた慶次を一瞥して。
「お前ら、あのこわーい風紀委員長に言いつけられたくなかったら、大人しく寝てろ。男子もさっさと解散な。あと、このこと、誰にも言うなよ。注意だけじゃすまなくなるぞ。」
 息を飲んで見上げている他の生徒たちに、優しく諭す感じで政宗は言うと、幸村を軽々と姫抱っこしたまま、入り口へと向かう。
「うわっ、ちょっとっ、下ろして下されっ!」
 まさかこのまま連れて行かれるのか?と、あまりの恥ずかしさに、幸村は再び抵抗し始めたけれど、政宗はますます幸村の拘束する腕に力を込める。
「あんたは別だ。これから、きつく朝まで説教するから、覚悟しろよ。」
 ボソッと耳元で囁やかれた声は、先ほどの女生徒達へ発せられた声とは真反対に、怒り心頭ぎみの、凄みがかかったものだった。その声の威力だけで幸村は怯えて固まってしまう。
「おやすみなさ〜い。」
そうとは知らず、女の子たちは布団の中から、目をうっとりさせつつ政宗に手を振っている。
 しんと静まり返った廊下へ出ても、政宗は幸村を下ろすことはせず、そのままどこかへズンズン歩き始める。
「歩けますっ、逃げませんから、下ろして下されっっ。」
 やっぱり恥ずかしい、他の誰かに見られたら言い訳が効かない。
 幸村は地上150pの場所で、再び手足をバタつかせてみる。
「だーめだって。俺の気が、このままじゃ、全然治まらねえの。」
「え?」
 ズリ落ちそうになった幸村を、米俵を抱えるように抱き直した瞬間。
「何、前、おったててんだよ。そんなに女が良かったのか?」
 幸村の体の変化に気付いた政宗は、吐き捨てる様な冷たい口調で言い放った。
「ち、違いますっ…ちょっと…、体が触れたからで…。」
 幸村は真っ赤になってたどたどしく言い訳するけれど、確かに反応してしまったのは紛れも無く事実。
 その事実が、絶対に許せない政宗は。
「あんたには、本気でお仕置きが必要みたいだな。」
 遠い場所を睨んだまま、不敵に口元を歪めた。


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