[携帯モード] [URL送信]

小説
その16
 その騒動の約4時間前までさかのぼる。
 大浴場から、自分たちの寝泊りする部屋に続く廊下に、幸村は元就と慶次と3人で談笑しながらいた。クラスごとに6人組を作り、畳敷きの大部屋に詰め込まれて、布団を敷いて雑魚寝状態。言い方は悪いがまるで相撲部屋だ。けれど、こうやってわいわい騒ぐ感じが、まるで修学旅行みたいで、楽しくなってきて、元親ではないがテンションが上がってくる。すると、こういうことをする輩も出てくる。
「やっぱり、でかい風呂っていいよなー。」
「だからと言って泳ぐなよ、貴様は。」
 首に巻いたタオルで滴の垂れてきたおでこを拭きつつ、隣の慶次を斜め上にジト目で睨む。
「もう、幸村も元就も、一緒に泳げば良かったのにさー。」
 元就は、むくれる慶次を完全無視して、前を歩く幸村の頭を、後ろから両手でわしわし拭きまくる。
「真田、お前も、ちゃんと髪を拭け、風邪ひくだろう。」
「あ、有難う。」
 お風呂上りはこれに限るでござるな、とパックのコーヒー牛乳を吸っていた幸村は、振り返って屈託のない笑顔でお礼を言った。元就もどこまでも無邪気な幸村に、苦笑するしかない。
 部屋に戻ってくると、そこにいた生徒達が、TVをザッピングしたり、寝そべって雑誌を読んだりして思い思いにすごしていた。その中の1人が、操作していたスマートフォンから、部屋に入ろうとしていた幸村に気付いて顔を上げる。
「あ、真田、なんか電話鳴ってたぞ。」
「え?」
目線を走らせると猫足の卓の上に置きっぱなしにしてあった携帯が、蒼い点滅でメッセージが来ていることを知らしていた。慌てた幸村が、ドジョウ手掴み大会みたいに両手の中で滑らせながらも携帯を見事キャッチして、左手で折り畳みをパカッと開く。誰だろう、心配した佐助かな、ホントいつまでたっても子ども扱いするんだからと苦笑しつつ、受信ボックスをチェックすると。
「あっ!」驚きすぎて、思わず声が出る。
―――い、石田先輩ッ??
 その意外過ぎる名前に、鼓動が一気に高まってしまう。
 ますます慌てた様子で、誰に見られるわけでもないのに部屋の隅っこへ尻で滑りながら移動した幸村は、震える手先で色々押し間違いしながらもキーを操作する。
 何の顔文字も絵文字もない、ごくシンプルでそっけない感じのメールだけれど。
『こちらは大体仕事が片付いて今から寝る所だ。山も寒いけれど、海も多分寒いだろうな。風邪をひかないように、温かくして寝ろ。腹出して寝るんじゃないぞ。』
下へ少しスクロールすると。
『真田がいないと、少し、いや、正直になると、すごく寂しい気がする。』
 そして、改行して。
『今すぐにでも、飛んで行って会いたい。あと2日も会えないなんて辛い。』
「なっ!」上ずった声が出て、慌てて自分の口を塞ぐ。
 ―――な、なんだ、なんなんだ、この、彼女へのメールみたいな甘いメール…っ。
 ううっと、携帯を掴んだまま、幸村は顔を耳まで真っ赤にして携帯に顔を当てると、正座した姿勢で固まってしまう。
照れくさくて照れくさすぎて、でも凄く嬉しくて、1人で、うーっとかあーっとか唸ってしまったりしてしまう。
「なあに携帯見て百面相してんの?このドスケベっ。」
 いつの間にか隣に来ていた慶次は、うりうりと肘で幸村の肩を突く。
「なななな、何でもっ!」
 あまりにメールの威力がありすぎて夢中になっていた幸村は、慶次が隣に来ていたのに気付かなかった。パコンッと携帯を壊してしまいそうなほど激しく閉じた幸村は、ぎこちない手つきでジャージのズボンのポケットにそれを直す。
 山はどうなっているんだろう…。
 幸村は真っ暗闇になってしまった窓の外を見ながら、遠いその場所へ思いを馳せる。
―――明日の夜、肝試しがあるんだっけ。
明日の肝試し、カップルになりやすいって、元親先輩が言ってたな。女の子と2人で肝試しに行って…、それできっかけで付き合いだして…。もしかしたら、石田先輩も女の子と肝試しで意気投合して…。
下唇を拳で押さえながら、考え事をしている幸村は、眉根を僅かに寄せた。
―――そんなの、俺…。
 考えだすと、またもや悪い方向へ考えてしまって、ブンブンと首を振る。
「なあに険しい顔して1人で考え事してんだよ。幸村、それより耳、貸して。」
 逆に鼻歌でも出てきそうなほど、慶次は上機嫌だ。
「え?」
 幸村へ内緒話をするように手を耳にかざして、ニヤニヤ顔の慶次が言ってきた言葉は。
「消灯後に、女子の部屋、皆で行こうよ。」
「はあ??そんなの、絶対!嫌でござるよっ。」
 即答で却下だ。スタッカートなみに、語尾を強調してやる。
「幸村の、その、女性恐怖症を治してやるって言ってんのに。」
「…え!?」
「女の子と指が触れただけで破廉恥破廉恥って騒いで、このままだと、周りが皆結婚していっても、幸村だけ一生一人だよ!幸村、本当は可愛い顔してるんだから、実際はモテるくせに、何、恋愛から逃げてんだよ。」
 指で幸村の鼻先を指さした慶次は、まるで演説みたいに、せつせつと幸村に訴えかける。
「生徒会長にフラれて出来た穴を、俺が女の子を紹介して埋めてやろうって思ってるのに。」
「ちょっ、声が大きいっっ!」
 なんだなんだと周りがこちらへ注目し始めたので、しーっと指を立てて、小声で話すように促すけれど、慶次はお構いなしで話し続ける。
「どうするんだ?伊達先輩を好きだった思い出だけで、生きてくつもりか?」
「それは…っ。」
 慶次の言葉巧みな話術に押されてきた幸村は、困ったふうに目線を畳の縫い目に落とす。
「それにさ、実は俺、幸村連れてくって約束しちゃったんだよ。」
「なんでそんなこと勝手にっ!困るでござるっ!!俺は絶っ対に嫌だからっ。」
「きっと、彼女、すっごく残念がるだろうな…。あんなに嬉しがっていたのに…可哀そうに…。」
 分かりやすくしょぼんと肩を落とし、悲しそうにする慶次に、腰を引けてううーと唸った幸村が。
「わ、分かった。でも、ちょっとだけでござるよ、話、するだけとか。」
 最終的には折れる形になってしまう。
「おっけー。じゃあ、女の子に連絡しとくね。」
 ケロッと慶次は元気になってウィンクして見せると、携帯をいじり出した。
「ええ?」
―――ま、また、はめられてしまった気がする。
 幸村は自分の学習能力の欠如に、我ながら情けなくなった。


[*前へ][次へ#]

16/46ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!