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小説
その14
「おっしゃー、海だぜ、海っ!」
 トンネルを過ぎると、そこは雪景色、では無く、車窓が目も覚めるような鮮やかな青一色に変わる。日本海の濃い青と春空の薄い青。それを区切る、どこまでも続く水平線。キラキラと水面が煌めいて、絶景としか言いようがない。
 元親が、ガタガタと軋むような大きな音を立てて無理やり窓を開けたために、湿気を含んだ海風が我先にと一斉に入り込んできた。鈍行列車の席は、向かい合わせの4人掛けになっている。過疎化が進んだ路線のために、一般客はおらず、まるで海に合宿へ行く自分達の貸切状態だ。
「元親、さみいだろうが。開けんな、馬鹿。」
 携帯メールを見ていた政宗は、視線も上げず元親に注意する。
「いいじゃん、ちょっとくらい。この顔を刺すような痛いぐらいの寒さが気持ちいんじゃねえか。なあ、幸村。」
「はあ。」
 サブバックに手を突っ込んで何かを漁っている幸村は、中途半端に相槌を打つ。
 テンションマックス気味の元親は、2人席を独り占めする感じで、どっかりと腰を下ろし、長い足を組む。
「結局出る間際まで、三成がすっげ俺たちを恨めしそうに睨んでたな。あんなに海が好きだったのか、あいつ。俺は2年間一緒にいて知らなかったぜ。」
 元親はペットボトルの蓋を開けつつ、いつも以上に饒舌に語る。
「去年の夏休みに生徒会で海合宿行った時は、さほど乗り気じゃなかったけどな。泳ごうって誘っても、ずっとパラソルの下で本を読んでたし。海の男と呼ばれる俺から言わせると、何しに海来たんだよって感じ。海に失礼だ。」
 オリエンテーションの議題が会議で出る度に、シャーペンをへし折りそうなほど不機嫌を露わにするからたまったもんじゃねえよ、と、潮風を存分に浴びながら気持ち良さげに目を細めた元親は、煽られる前髪を手で抑えつつぼやく。
「んん、まさかっ、こっちの海組の方に好きな女子がいて俺たちに嫉妬…って、はは、そりゃねえな。あいつ、モテるくせに色恋沙汰とは無縁だし。」
 思いついた1つの仮説を、自ら即却下した。
「まあ、山に三年連続は嫌だろ、実際。2日目の恐怖の山登りがあるからな。俺だって遠慮するぜ。それより、おい幸村、さっきから菓子を食い過ぎだぞ。何個目だよ、それ。吐いても知らねえからな。」
 無心でバックを漁っていたのは、ポッキーの箱だったみたいだ。嬉しそうにいそいそと開け始めている。
「幸村〜、お菓子は300円までって決まってるだろ。あと、バナナはお菓子に入るからな。センセから聞かなかったのか?」
「それは小学生の遠足だろ。」
 政宗は隣に座っている幸村から抱えているポッキーの箱を強制的に取り上げつつ、元親に冷たく突っ込む。
「ふえ?」
 あまり2人の話を聞いてなかった幸村は、ポッキーを口に齧ったまま、目をぱちくり瞬かせた。
 元親がオリエンテーションのしおりを上着のポケットから取り出して、向かい合っている政宗とこれからのスケジュールの段取りを始める。耳にシャーペンを突っ込んだ姿が堂に入っていて、まるで競りの仲買人のようだった。
「あーと、これからの予定は、まず点呼、その後、入所式、で、各自部屋に戻っての束の間の自由時間、海岸に集まって飯盒炊飯でカレー作って、明日がメインのオリエンテーリング。で、夜はお決まりのキャンプファイアーを囲んでの親睦会だっけ。オリエンテーリング用に、クラス委員に、男女2人組作るようにきちんと指示しとかないとな。オリエンテーリングか、これで、毎年、カップルが数組出来るんだよな。あ、ここですっげ残念なお知らせがありまーす。オリエンテーリング、俺たちはこの3人組で行きまーす。」
今年はカップル何組出来るんだろうな、と、ヘラリと笑った元親は、毎年の風物詩みたいに言っている。
 オリエンテーリングとは、男女2人1組になって、遊歩道を通り、ゴールまでの早さを競う競技。最初に貰う紙とコンパスを糧に、あらかじめ用意されたポイントを通過して、そこで与えられたヒントを元に問題に答えながら、ゴールを目指すのだ。
「自分のならまだしも、他人の恋愛ごとには俺は興味ねえよ。それより元親、お前、入所式の司会だろうが。いつもの集会ごとは三成か、三成が駄目でも家康がやっているから人任せに出来るけど、ちゃんと練習しとけよ。」
「わーってるって。俺の名司会をとくとご覧あれ。そういうお前も、入所挨拶、間違えんなよ。」
 2人の漫才みたいな掛け合いを横で耳にしつつ幸村は、手元にある最後の一本になってしまったポッキーを前歯でポキッと噛んだ。
「幸村、お前も菓子ばっか食ってないで会話に参加しろよ!もうこれも没収っ。」
「あ、元親先輩っっ!そんな殺生な!!」
 間接キスもなんのその、幸村の手から大事なポッキーを奪って、元親はむしゃむしゃ食べてしまう。
「弱肉強食!世の中、力だぜ、幸村。」
「返して下されっ。」
「へへーん、もう胃の中だ、とれるもんならとってみやがれ。」
「二人とも子供かよ。」
 苦笑した政宗は、窓枠に肘を付いて景色を見遣る。深く深呼吸をすると、潮の匂いが感じられた。確かに元親の言うとおり、顔が痛いくらい寒いけれど、気持ち良かった。列車も良いもんだなと改めて思う。ガタンゴトンと列車の規則的な振動に揺られていると、眠たくなってくるのが難点だが。
 海までは、列車を数本乗り継いで、宿舎まで移動する。一方の山組は、早朝からバスに乗り込んで強制的に山まで直行だ。
「山にバスに乗って集団で連れてかれるなんて、童謡のドナドナみたいだよな。」
 マイクロバスに乗り込む、今朝見た様子を思い出し、元親は眉をひそめて揶揄する。
「そういやこれって選択制だけど、誰が好き好んで、登山がある山選ぶんだよ。1年生が強制的に山な結果、大体山と海、生徒数半々になってんだよなー、山を選択してるやつが結構いるってこった、おかしなことに。」
「山にだって、良いところがあるんだろう。…って、山と海が違う所って、登山がオリエンテーリングに変わるかだけだな…、実際は…。」
「ああそうだ!」思い出した元親は、ポンッと手を叩く。
「あっちには男女1組になって近所のお寺の境内を一周してくる恐怖の肝試しがあるんだ。去年、俺、あっちだったから、覚えてる。」
「去年の肝試しか…。」
 視線を斜め上に動かし、幸村もぼんやりと去年のことを思い出そうとして…あ、やっぱりあまり思い出したくない、と、即座に記憶をシャットアウトした。お化けが全速力で追っかけてきた嫌な思い出にぞくぞくしてきて、両肩を摩る。
「それもまた、カップルになりやすいな、確かに…って、このオリエンテーション合宿ってそういう目的なのか?この学校は男女交際を推奨してんのかよ。その手助けを、俺たち生徒会がやるってか?ここの教師は何考えてんだか。」
 政宗は何だか頭が痛くなってきて、額を押さえる。
「三成…、今年も去年同様お化け役かな。またもやキレるな、あいつ。なだめ役の家康、かわいそーに…。」
 頭の後ろで手を組んで座席に座り直した元親は、その三成達の様子を想像して、おかしいんだか悲しいんだか、変な心境に陥る。
「それより、高校最後の夏休みの合宿かー、男ばっかりで女子がさやかだけって言うのはアレだけど、こりゃ今年も、海好き三成のために、海に決定だな。」
 はははと豪快に笑い飛ばす元親の中では、何故か三成も海好きに変換されてしまったようだ。


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