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小説
その13
「一応、ここまでが、一連の文化部長の主だった仕事だけど。」
「うううう…。」
 ノートにメモを取っているが、仕事が多種多様に広がっているので、一気には覚えられそうにない。頭の中がパンクして湯気が出そうになって、頭を抱えて机に突っ伏した幸村は唸る。
 文化部の経験が無い自分が、何故に文化部長なんだろう…。
 自分が文化部長という根底を覆す、最大の疑問が、脳裏に浮かぶ。
 冷たいテーブルに頬を当てて項垂れた幸村は、ふうと心の奥底から溜息をついた。
 チラッと斜め上を盗み見すると、政宗は紺色のネクタイを緩めながら、携帯を開いてメールを確認していた。幸村の視線に気づいて、ん?とこちらへ振り向く。目が合った幸村は、見ていたことがバレたのが気まずくて、ササッと立てたノートで顔を隠した。
 今、生徒会室には、政宗と幸村の2人だけになっていた。広い会議用テーブルを陣取って、幸村は政宗からマンツーマンで、生徒会のお仕事についての講義を受けている。椅子に座った幸村の後ろで、塾の講師みたいに立ったままで教えていた政宗は、その椅子に寄りかかって、思案気に天井を見遣る。
 これは一人前になるまで時間がかかりそうだな、と、少々途方に暮れた。実は政宗のこの行動には、もう一つ裏があった。今年の文化祭後、生徒会長他生徒会メンバーを選ぶ選挙があるのだが、幸村に生徒会長として立候補してほしいと思っているのだ。こんなことを思っているなんて、文化部長だけでいっぱいいっぱいの幸村には勿論内緒なのだが。
 一旦生徒会室へ集まっていた他のメンバーは、各自の仕事に行っている。全員が生徒会室に集まるのは月に数回くらいしかないらしく。その上、三成は弓道部、家康は柔道部、元親はバスケ部の主将も兼任しているので、毎日大忙しらしい。
「まあ、俺は大体ここにいっから聞いてくれればいいし。あと…全体を把握してるのは、三成か、家康か…。その辺に聞いてもらってもいいしな。三成は、態度はあんなそっけない感じでも、教えるの上手いぜ。」
「は、はあ。」
 三成の名前を聞いて、幸村は何故か、内心ドギマギしてしまう。名前だけで、こんなにふわふわ浮遊したような落ち着かない気持ちになるなんて、流行病にでもかかったみたいだ。ごしごしごしと白紙の部分に、無意味に消しゴム掛けをしていて、ハッとした。
「まあ、今すぐちゃんとやれなくてもいいから。皆、最初はそうだし。ちゃんとサポートしてやるよ。俺が在学している間の話だけど…。」
 政宗は、浮かない顔の幸村の少し茶色がかった前髪をくしゃりと撫でた。
「よろしくな、あと1年だけど。」
「は、はあ。」
 返事をしながら、そうか…。と、政宗の言葉尻に、当たり前のことを幸村は思い出す。
 現生徒会のメンバーは皆、自分以外は3年生で、1年後は卒業してしまうんだ。しかも、文化祭の後は、生徒会の実質的な引継ぎが始まるはずだ。選挙では無く穴埋め的に入った自分は、その時、お払い箱になるだろう。
 幸村は、無意識に、無機質なシャーペンの頭で、下唇にカチリ、とノックする。
 ―――そうしたら、もう、皆に会えなくなる。
何より、卒業したら、一生、会えないかもしれない。まだ、生徒会に入って1か月も経っていないのに、自分にとってここがかけがえのない場所になりつつあることに気付く。
 暗い影が心を覆ってきて、寂しさに縛られそうになった幸村は、口数が少なくなる。
「エアコン壊れてっからか、さみいな。もう4月だってのに、まだまだ冷える。」
政宗はうんともすんとも言わない、ただの四角の箱になってしまったエアコンの方を仰ぎ見て、眉をひそめる。
「業者には一応頼んでるんだけど、明日にならないと来ねえから…。」
「え、俺は、そんなには、寒くないでござるが…。」
 机に目線を落としたまま幸村はそう言うと、几帳面にノートをシャーペンと消しゴムで、見やすい形に書き直している。
「なあ幸村、ちょっと、手え貸して。」
「え?」
 幸村の背後に戻った政宗は、右手を伸ばしてくる。一旦わずかに手を引っ込めて、微妙に躊躇した幸村だったが、おずおずといったふうに振り向き手を斜め上に差し出すと、政宗は、ぎゅっと5本の指で絡めて取った。確かに言われてみれば、政宗の指先はひんやりとしている。
「…。」
「子供みたいにあったけえな。あんな甘いもん食べててなんで太らねえのって思ってたら、燃費が良いんだな。羨ましいこって。」
 しっかりと手を握ったまま、感心したみたいに政宗は言う。
「確かに体温は高い方で、小さい頃は従兄弟と一緒に寝ていて、冬とか湯たんぽがわりにされることもあったでござる。今でも、すごく寒い時は俺の布団にもぐってきて、俺を抱き枕替わりにするので…。」
 じっとこちらを見て話を聞き入っていた政宗が、幸村の話に、眉根を一瞬だけひそめた。何か気に障ったのかと思ったけれど、すぐに微笑したので、幸村は自分の見間違いだったと思い直す。
「え、まじかよ。俺なんか、この時期布団に入っても、そんなすぐには温まらないぜ。」
 一家に一台幸村だなーと、笑いながら政宗は変なことを呟いている。
「ちょっと待ってろ。」
 何か思いついた政宗は、絡めていた手をあっけなく解いて、部屋の隅のロッカーの方へ行ってしまう。その場に残された幸村は、儚い温もりを手繰るように、ぎゅっと自分の右手を左手で握って確かめて、目を伏せて考え込んでしまう。
―――手を、握られてしまった。
 彼にとって何でもない行為でも、幸村にとっては、心をざわつかせる原因になりうるのだ。
―――もう、こんなんじゃ、いつまでたっても忘れられない。どうすればいいのだ…。
胸の奥がチリチリと焼けるように痛んでる。
目を閉じて机の上で両手を握った幸村は、肩を落とすと、泣きそうになって小さく下唇を噛んだ。
一方の政宗は、ハンガーに掛けてあった、自分の通学用のコートを脇に抱えて、慌ただしく戻ってきて。
「こっちこっち。」
「ええ?」驚いた幸村は、ガタンッと椅子からその場に立ち上る。
「来いよ。」
 政宗は、応接スペースの3人掛けソファに深く腰掛けると、手招きしてくる。
目を瞬かせ、幸村はたじろいだが、魔法にかかったようにふらふらと、呼ばれるまま一歩一歩近づいてゆく。
「幸村。」
名前を呼ばれ、手が届く近さまで来てしまうと、腕を取られぐっと引き寄せられるまま、政宗の隣に滑り込む形で、体が沈むほどに柔らかいソファに座る。
そして、両腕でがっしりと幸村を抱きとめた政宗は、お互いの肩にすっぽりかかるようにコートを広げると、そのまま幸村の頭を自分の鎖骨辺りに乗せ、肩をぎゅっと抱き寄せてしまった。政宗は、幸村の柔らかい髪の毛に頬を埋めて、目を閉じる。
「これでいいや…、あったけー。」
「…いっっ!」
「ねみい…。」
 こんな近すぎる姿勢に、かちんこちんに固まってしまった幸村の肩へ、甘えるように寄りかかりながら、政宗は眠そうな声を出す。コートで作られた薄暗い影の下、呼吸音まで耳に届く距離に、幸村の心臓は壊れるくらいにドキドキしすぎて、呼吸もおぼつかず酸欠状態で眩暈がしてくる。スンと鼻を利かすと、政宗の普段から愛用しているコロンの匂いが届いてきた。
こんなだだっ広い部屋に2人、わざわざ狭いコートの下に入り込んでいるなんて、隠れて何か悪いことをしている感じがして。その背徳感に、ますます緊張が高まって落ち着かず、息をするのもままならず。動悸が治まらなくなった幸村は、顔を真っ赤にして、黙り込んでしまう。
 俯く幸村の邪魔な髪をかき上げ頬に両手をかけると、顔を鼻先が当たるくらいすぐ近くまで寄せて、その表情を覗き見る。ツンと幸村の頬を指で押した政宗は、クスクスと笑い声交じりに密かに言う。
「…なあに、ここ、赤くなってんの?」
「ち、近いから…っ。」
「近いと、何?」
 その良い声で、耳元で直接囁かれて、泣きそうに顔を崩してヒクッと体を震わせる。
 幸村はその政宗の醸し出す甘ったるすぎる雰囲気に、どうしていいか分からず、ただただ下唇を噛んで俯くしか出来ない。
「ホント、かわいいのな、あんた。」
 誰よりも、可愛い、と、甘く小さく呟かれて。
 政宗の指先が、幸村の火照った頬をゆるやかに撫でる。冷え切っていた指先も、幸村の体温で温められたみたいだ。
 怯えたような表情をしている幸村の、弾力ある上唇、そして下唇とつつと触れると、逃げるかのごとく幸村は首を引いた。叩いたら響くその感じに、政宗は密かに苦笑した。
そのまま、政宗に舐めるように頬にキスされて、次に唇に触れられる、という所で、幸村は両目をきつく閉じ、そして、たまらず政宗の胸元のシャツをきゅっと掴む。
「ん…っ。」
「馬鹿、そんな顔されっと…。」
 我慢できなくなるだろ、と、政宗は切羽詰まった声を出す。
 そんな目元を赤らめた、とろける様な顔。もう、どうにかしてしまいたい衝動に駆られる。 
 上から覆い被さるように、ますます顔を近づけると、幸村の下顎を持って口を無理やり開かせる。
「んう…っ!」
 空いた隙間から生温かい舌を滑り込ませて、狭い口内で逃げ惑う舌を絡め取って吸い取って、何度も何度も擦り上げる。
翻弄されまくる幸村は頭の天辺に痺れを感じて、くらくらしてきて完全にソファに沈み込んでいた。政宗は、その幸村の上に圧し掛かった状態で、キスを続けている。お互いの左手はしっかりときつく握られている。
くちゅくちゅと唾液を掻き混ぜるように、舌で丁寧に幸村の口内を弄ってゆく。
「ふぁ…んっ…ふ…、はぁ…。」
 角度を変えて、しつこくキスを繰り返しているうちに、幸村もたどたどしい動きながらも、何とかついていけるようになってきた。濡れた唇を離すと、お互いの舌先から透明な線が引かれる。
 政宗は、蛍光灯の元で青白く見える、目の前にある首筋に唇を滑らせ、ネクタイと襟元を緩めると、鎖骨辺りに強めに吸い付き、内出血の跡をつけてゆく。
「ぁ…っ!ふっ…う。」
 早急な動きで手は滑って幸村のブラウスのボタンを上から器用に外し、隙間から手を滑り込ませる。平たい胸を撫でまわし、親指の腹で敏感な乳首を押し潰すように円を描く。
「あ…っ。」
 その鋭い快感に、既に我を失っている幸村は、カクンと喉を反らせて小さく喘いだ。後頭部がソファに沈み、後ろ髪を束ねている紐が解けて、はらりと長い髪が肩口に落ちる。
 右手は立ち上った乳首をしきりに摘み、左手はくびれた腰をゆるゆると滑る。その、いやらしい触り方に、幸村の息が徐々に上がってゆく。肌蹴た肌も桃色に上気してきた。
「んん…、ぁっ…ふ、ぅ…っ。」
 酸素を求め、大きく開いた幸村の口を塞ぐように、再び深くキスをする。口内を蹂躙するように、隅々まで舐めつくしてゆく。
「ふあっ…あ…、くっう…っ。」
 耳たぶを生々しくねっとりと舐められて、電流が体を駆け抜けたかのごとく、幸村の体がビクンと跳ねる。
 徐々に弄る手は、下へ下がってゆく。幸村は、次に与えられるはずの強い快感を思って、ヒクヒクッと体を震わせる。
「んんっ…。」
「……。」
 突然、政宗はソファに押し倒していた幸村から離れると、無言ですっくと立ち上がる。
「えぁ…?」
 幸村は、突然包まれていた温もりが消え、片目をぼんやりと開ける。
「ぅあああああっ…!!!」
 我に返った幸村は素っ頓狂な声を上げて、肌蹴られている自分のブラウスの合わせ目をぎゅっと持って背を丸める。
「悪い、また、調子に乗った。」
 政宗は額を手で覆いながら、低い声で謝る。
「政宗、先輩…。」
 振り返った政宗は、呆気にとられる幸村の頭を撫でて、彼女、この1年いねえし最近ちょっと欲求不満なのかもな、と、苦笑した。
「い、1年…?」
 口の中でたどたどしく呟く。脳がショートしたようなぼんやりとした状態の中、どこかおかしいと、ブラウスのボタンとめながら幸村は思ったけれど。
「もう八時か…遅くなったから、帰ろうぜ。」
「は、はい…。」
 ソファにぐったりと座り込んでいる幸村に、手を差し伸べてくる。その手を取りながら、幸村はまた混乱してきて、わけがわからなくなっていた。
 欲求不満だから誰でもよくて、欲求不満だから自分じゃなくても、誰にでもこんなことを?
 もしかしたら、ここにも、女子を連れ込んでいたり?俺にしたように…あんなこと…。
「幸村?」
 目を伏せ黙りこくってしまった幸村の朱色のネクタイを直しながら、問いかけるように政宗は名前を呼ぶ。
「なんでも…。」
 悪い方へ悪い方へと考えが急降下してゆく幸村は、ますます底知れぬ悲しさと、手っ取り早く女子の代わりにされていて、なのにそれを完全に拒否出来ない自分への情けなさが胸の中を渦巻いて、胸が張り裂けそうで苦しくて苦しくて、目の前の景色を滲ませた。


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