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小説
<5>
「一本っ。」
 審判役の部員のよく響く声が、辺りにこだまする。
「有難うございましたっ。」
 深々と一礼をし、面と防具を取った。
見るからにがっくりと肩を落とした剣道着姿の幸村が、こちらに向かって、重い足取りで歩いてくる。それは、声をかけるのも忍びないほどだった。
「・・・今のさ、いつもの旦那なら、楽勝で勝ててたんじゃない?」
「あれれ、佐助、どうしたのだ?」
「ん、たまたま通りがかったら旦那見つけたからさ・・・。」
 佐助は、渡り廊下と道場を隔てる大きな窓の縁に腰掛けるようにして、そこにいた。
 本当は、偶然じゃなく。
 最近、なんだか様子が違う幸村が気になって覗きに来たのだが。
「旦那。どうしたの?ぼおっとして。」
「いや、別に。」
 何でも、と強がって、そう呟いた唇が震えた。
「そお?」
 心配しっぱなしの心の中とは反対に、そっけなくそううそぶくと、佐助は、俯き加減の幸村の頭をくしゃくしゃと掻き回した。
「おいっ、佐助。」
「じゃ、今日は、カレーライス作って待ってるからね。」
 無理やり元気よく声を出した佐助は、やり逃げのように身をひるがえし、ウィンクして去ってゆく。頭を子供みたく撫でくられた幸村は、佐助の後姿を見送りながら苦笑した。
 平然を装っても無駄だ、佐助は全部お見通しだ。
 そろそろ、この場所に来ることさえ辛くなってきた。
 防具を脱ぎ、几帳面に元合った所へと戻しつつ、幸村は今日何度目かの、大きめの溜息。
 溜息の理由は、改めて考えなくてもわかる。
 他の誰よりも、彼に無視されるのが、こんなにも精神的にこたえていた。
 幸村は、今にも崩れそうになった身体を、窓に寄りかかる事で何とか食い止める。
(俺のことなんて、嫌いになってしまったのか。)
 膝を抱えうずくまった幸村は、たまらず肩にかけていたタオルで顔を覆った。
「幸村らしくないじゃん。そんな暗い顔して。」
 窓から、たった今言葉を交わした佐助とは別の、聞きなれた声が降ってきた。でも、ここでは決して聞かないはずの声。
「ええ?」
 自分自身の耳が信じられず、幸村は、頭上の開いている窓を見上げた。
 そこには、紺のブレザー姿の慶次が、笑顔でひらひらと手を振っている。
「わ〜い、来ちゃった。」
「けっけっ慶次どのっっ。」
 最大級の驚きのまま、張り上げた幸村の雄叫びに、道場にいたものの注意が、一斉にこちらに集中する。
 そんな向けられる奇異の眼もなんのそので、慶次は幸村にガバッと抱きつき、頬をぼさぼさの頭に擦り付け、大型犬のごとくじゃれついてきた。
「幸村〜、最近会わない間に、こんなに大きくなってるじゃんか。」
 そんな慶次に、幸村はくすぐったげに目を細め、拘束されて自由にならない身をよじる。
何故かここにいるのが前田慶次だと気づいた部員達は、ざわざわとざわめく。
 彼は、この業界では有名人なのだ。
 そして、そんな彼を見つめる、誰よりも強い視線。種別で言うと、殺気に近いそれ。
 一番遠い場所で、政宗が射抜くように、じっと睨んでいる。
「どうも〜、こんにちは。」
 ピンと痛いほど張り詰める空気とは正反対の、気が抜ける声。
 竹刀を右手にたずさえた政宗が、ずんずん踏みしめるような足音を立てて、こちらにやってきた。
「部外者が、何しに来たんだよ。」
「いやあ、伊達君じゃん、久しぶり♪」
「だから、桜ヶ丘の主将のお前が、なんでここにいるのか聞いてんだ。」
 苛立ちを微塵も隠そうともしない政宗は、とげとげしい口調で問う。
「何しにって、敵状視察ってやつ?」
 とっても穏やかな笑顔で、至極怖い事を言ってのける。
「うそうそ、近くに寄ったから、幸村元気かなって思って。」
 ね、と慶次に目配せされた幸村は、いまだ彼に後ろから抱きつかれたままだった。あわれ幸村は、自分より十センチ以上長身の二人に挟まれて、おろおろしっぱなしだった。
「知らないかもしれないけど、この子、俺の幼馴染なの。部長としてお世話になってる伊達君にも、一言挨拶しとかないとってね。」
「慶次どのっっ。」
 政宗は、あまりの怒りに、どこか一本、自らの脳の毛細血管が切れた気がした。
 慶次は、どこまでも政宗の神経を逆なでする。ここまで来たらお見事としか言いようが無い。 
「いらねえ世話だな。」
ふんと、政宗は鼻をならす。
 すると、慶次は政宗に聞こえよがしに、更に続けた。
「ねえ、幸村。こんな普通の県立高校にいなくてさ、特待生としてうちの学校に来なよ。うちに来たら、幸村の埋もれている才能も生かすことが出来るよ。せっかく上手いのに、ここにいても芽も伸びないよ。」
「・・・何だと?」
 言われている当人の幸村じゃなく、傍らの政宗が敏感に反応し声を荒げた。
「・・・あの、慶次どの。」
 政宗の爆発寸前まで来ている怒りがひしひしと感じられて、幸村はもう気が気じゃなかった。
「なあ、まだ三ヶ月しか経ってないし、ここにはそんなに未練も無いだろ?」
「慶次どの、俺は。」 
「真田。」
 政宗はしびれるほどの強い力で幸村の腕を持つと、慶次に拘束されたままだった彼を、引き離すように手前に動かした。
「伊達君、なんか文句あるのかな?」
 慶次もまた負けじと、幸村を抱く力を緩めようとしない。
「こいつはうちの部員だ。そんなこと勝手に決められたら困る。それに黙って聞いてりゃ、うちを相当なめくさってんな、お前。」
 低く唸るように声を発する政宗に、慶次は涼しい顔して、こう告げた。
「じゃあ、賭けしようか。」
「賭け?」
 おうむ返しに問うた政宗は、いぶかしげに眉根をひそめる。
「俺が、今度の都大会で伊達に勝ったら、幸村をもらってくよ。」
「何・・・。」
 政宗は切れ長の目を、一瞬大きく見開く。
「ハッ、馬鹿馬鹿しい。なんで俺が、そんな賭けに、のらなきゃいけねえんだよ。」
 そう吐き捨てた政宗は、握っていた幸村の腕を乱暴に突き放し、立ち去ろうと体ごと後ろを向いた。
「怖いのか?」
 慶次が言葉を投げかけた瞬間、すっくと立ち止まった政宗の、強く握りしめられた拳が微かに揺れた。
「俺に、また負けるのが怖いの?」
 肩越しに鋭い目つきでこちらを見た政宗は、低く告げた。
「いいぜ。俺が負けたら、お前の好きなようにすればいい。」
 小さくなってゆく政宗は、二度とこちらを振り返らなかった。
 あれほど雑音のごとく騒がしく聞こえてきていた部員達の声が、まるで耳に入らなくなっていて、一人だけ別世界に飛ばされたようだった。
 幸村は、政宗の最後の言葉を夢のように呆然と聞き、目の前の風景を目に映す。見るというものではなく、カメラのごとく、レンズに映しただけだ。
そして一人、記憶を巻き戻して、あの出来事を思い出していた。


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