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小説
その11
 次の日の昼休み。例のごとく慶次の席に集まって、3人で弁当を食べようとしていると、元就が早速話題を振ってくる。
「で、お前は結局押し切られて、生徒会に入ることになったのか。」
 椅子を引いて腰を掛けながら、神妙な顔つきで、コクンと力無く幸村は頷いた。
「幸村ってば、本当に押しに弱いよな。俺、すっげ心配だよ、なんか、悪い人に騙されそうで。将来、結婚詐欺、宗教勧誘とかに合ったりしないでよ。」
 購買で買ってきたサンドイッチをパクつきながら、慶次は言う。
「確かに真田はお人好しすぎて、壺とか変な絵とか買わされそうだな。」
 元就は割り箸を丁寧に割りながら、慶次に賛同した。
「…何だか、あれよあれよという間に、断りにくい状況になってしまったのだ…。」
 ハアと深く溜息をつきながら、唐草模様の弁当の風呂敷を解く。蓋を開くと、今日の佐助手作りの弁当のメインは、手作りカニコロッケと、タコさんウィンナーだった。お握りも俵型に几帳面に握ってある。小さな入れ物の中には、ウサギ型に切った林檎付。もう高校生だと言うのに、佐助の中ではまだ甘えん坊の小学生の幸村のままなのか。でも、当の幸村は何の疑問も持たず、タコさんの頭にかじりつく。
「幸村、この卵焼き頂戴。佐助さんの手作り美味しいよね〜、この程よい甘さが俺好き〜。」
「前田、お前、行儀悪すぎだぞ。」
 慶次が横から手でつまみ食いをしていると。
「幸村さん〜、生徒会に入ったんですかっ。」
「つ、鶴姫。」
 笑顔満面の鶴姫が、短いスカートをひらめかせ、駆け寄ってくる。背景がそこだけ別世界、少女マンガみたいに、花が咲き誇っているようだ。
「どうしたので?昼御飯はもう食べ終わったのでござるか?」
「はい。あの、これっ!あのお方に、渡してもらえませんか?」
 ズズッと表彰状授与みたいな姿勢で、もごもごと咀嚼している幸村へ、手紙を渡してくる。
「ええ?あの、これ。」
 卵焼きを食べていた最中の幸村は、それを噴きそうになりながら、鶴姫と手紙を交互に数回見て驚く。
 女の子らしいピンク色の封筒、封にはハート型のシール。これはまさしく典型的な…。
「ラブレター?鶴姫、やるじゃんっ。恋だね、春だね〜。」
 ひゅーひゅーと、慶次が、すかさずヤジを飛ばす。
一方の元就は我関せず、という感じで、黙々と弁当を食べることに集中している。
「ま、まさか、書記の孫市先輩に?」
 胸元へぐいぐい押し付けられている手紙を受け取りながら、幸村は鶴姫に問う。
「え、鶴姫、あの人のこと好きなの?俺のライバル出現?」
「ほほう、前田は年上の女好きか?」お茶を啜っている元就が、意地悪い顔をして口を挟む。
「あの人、俺のめっちゃ好みなんだよね、ドストライク。」
 えへへ、と恥ずかしそうに慶次は頭をかく。
 一方の鶴姫は、ブンブンと大きく頭がもげるくらいに首を左右に振って、否定した。
「違います!!勿論、孫市姉さまはあたしの憧れですけれど、好きとかそんなのじゃなくて別格ですから、姉さまは。これは、あの…、風紀委員長の、風魔先輩に…。」
 ポッと桃色に染めた頬を、両手で押さえながら、鶴姫は恥ずかしそうに上目づかいで言う。
「ああ、風魔先輩…。」そういえば、前々から、そう言ってたような。あの無口な先輩とどこで接点があったんだろう…。
「で、でも鶴姫、そういうのは直接言った方が…。」
 ハッと大事なことに気付いた幸村が、眉毛をハノ字した困り顔で、手渡された手紙を返そうとすると。
「そんな、お願いします!幸村さん!!今度、幸村さんの大好物のチョコケーキ作ってきますからっ!」
「女の子のお願いくらい、聞いてあげてよ、幸村。」
 いつの間にか2個目の卵焼きをパクついている慶次は、幸村の肩を片腕で抱いてヘッドロック体制で、強めに言ってくる。
「それならば、頑張ってシュークリームも作ります!」
「それでも男か、おい幸村っ、このこのっ。」
「わ、分かった、もう分かったから、そんなおっきな声出さないでくれ。」
 2人でやいやい両側から言われると、お人好しの幸村が断りきれるわけも無く。鶴姫と慶次が、やったーと両手をハイタッチで合わせて喜んでいる。その横では分かりやすく、馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに、元就が大きくため息をついていた。
―――今さっき、押しに弱いとさんざん言ってたのは、どこの誰なんだよ。
 幸村は、慶次に向かって恨めし気な視線を送った。


☆☆☆☆
「これ、どうすればいいんだ…。」
 鶴姫からの手紙を携えたまま、生徒会室前まで来ていた。扉を開けるのを躊躇って、ぐるぐるとその前の廊下を歩きまわっている。
―――風魔先輩、普段からここに来られるのか?いつもは、どこにいるんだろう…。風紀委員室、とかか?
「それ…。」
 凄く近いところ、うなじら辺から声がして、驚きすぎた幸村はうなじを押さえてビクンッと体を揺らす。考え事に夢中になりすぎて、人の気配に気づかなかった。おそるおそる振り返ると、すぐ後ろに三成が立っていて、幸村の手元を注視している。
「い、石田先輩…っっ。痛っっ!」
 手紙を持った手首をぎゅっと掴まれ、顔の前ぐらいまでぐぐっと引き上げられる。
「それ、まさか政宗に渡すのか?」
「え?政宗先輩??」
 見たことも無いくらい凍える瞳で、凄むように低い声で聞かれて、幸村は慌てて答える。
「ち、違いますっ、これは…クラスの友達が、風魔先輩に渡してくれって。」
「え…、そう、なのか。」
 三成は、意気消沈するように、掴んだ手の力を緩めた。
「悪かった、何か、ちょっと気が走ってしまって…。」
 自分でも自分の行動を後悔しているのか、眼鏡を左手で直しながら、三成は目を伏せて謝罪する。目を閉じると、長い睫毛がますます印象的に映る。
 真田、と三成は、彼らしくなく少し震えた緊張した声で、幸村の名前を呼んだ。
「これだけは聞きたいのだが、真田は…、その、政宗のこと、好きなのか?」
「…。」
 核心を突かれた気がした。
 時がピタリと止まった錯覚に陥る。
お互い、声も出さず、立ち止まったまま、数秒間が流れる。
 痛いぐらいの張りつめた緊張感の中、ゴクリと、幸村は息を飲んだ。
―――あの想いは、もう、箱の中に閉じ込めたんだ。
あんな想いをするなら、もう、俺は…。
俺は、誰も好きにならない。
 両目をぎゅっと閉じた幸村は、密かに深呼吸して、平静を装って声を出す。
「俺、好きな人は、いません。それに、今は、生徒会の活動で精一杯で、俺、そんなことを考える余裕が無いので…。」
「そう、なのか…。また、変なことを聞いた、すまない。」
 右手で覆い隠そうとした、三成のその表情が、あまりにもホッとした感じだったので、幸村は思わず、目を真丸にしてまじまじと見てしまう。
 それに気付いた三成は、持っていた幸村の手首を手前に引き寄せる。
「あっ…。」
胸に飛び込んできた形の幸村を、ぎゅっと両腕できつく抱き閉める。脇に抱えていた鞄が、程無く床に落とされた。
「あ、あのっ…。」
 強く抱きしめられた幸村は、驚いて声を上ずらせる。
「すまない、しばらくこうさせてくれ。今は、顔を見られたくない。」
 耳をぴったりと三成の胸元へ押し付けているせいで、三成の心臓の音が制服越しに直接響く。トクトクトクと、早鐘のように鳴っている。
「私は、きっと、今、変な顔しているから。」
 頬を蒸気させた幸村は、自分も同じようにドキドキしている心臓を堪えながら、目を閉じて、抱き閉められた状態のまま、息を潜めてじっとする。後ろ頭を長い指でくしゃりと撫でられて、温かい体温に包まれて、夢心地のごとく気持ち良かった。
 三成は幸村を抱いたまま、眼鏡を片手で外す。
「あの…っ。」
 そして、体を少しだけ離されて、切なげな目が合ったと思った時には、三成は背を少しだけ屈めて、唇を重ね合わせてきた。初めて、上唇と下唇の隙間から、おずおずと舌が差し入れられる。ゆっくりと、舌が自分の舌に絡んできた。
「…んっっ…。」
 ゆるやかで、優すぎる、丁寧なキスに、幸村は力が抜けてきて目がとろんとなる。三成は幸村の腰のあたりをしっかりと支えた。
「ふ…っ…ん。」
 三成は唇を離した途端、人差し指と中指を唇に押し当てて、小さく呟く。
「…苺…。」
「あ、俺…さっき鶴姫からもらった苺ミルクの飴を舐めてて…。」
「舌が痺れるほど甘い…、なんか、貴様らしいな…。」
 続けてちょんと触れるだけの口づけ、弾力のある唇を押し当てられて。
 前髪を右手でかき上げられ全開にされると、おでこにチュッとキスを落とされる。くすぐったくて、幸村は少し身じろいだ。
「でも、虫歯には気を付けろ。」
 幸村の両頬に両手を添え、お互いにおでこを当てた状態で、輪郭がぼやけるほどに近い三成が、ほんわりとした微笑でそっとやんわりと囁く。また心がピクンと跳ねた。
 すると階下から、元親と家康らしい、ガヤガヤと騒がしい声が聞こえてきた。
「あわわわっ…石田先輩…、あのここ、生徒会室の前でござるっ!」
「…っ。」
 やっと今の自分達の状況を思い出した幸村は、小声で訴える。
 三成は無言でそそくさと離れ、落ちていた鞄を拾い上げると、重い扉を片手で開けて幸村を中に入れた。
 それとほぼ同時くらいに、家康が階段を最後まで上り終える。
「あれ三成、先に来ていたのか。教室にいないからどこに行ったのかと…。」
「まあな。風紀委員の方の仕事が溜まっている。」
 三成は微妙にズレた眼鏡の角度を直しながら、2人に向き直る。
「今、幸村がいたように見えたけど?」
 あれー?と、鞄を担ぎ直しながら元親は、きょろきょろと周りを見回した。
「そうか?私は知らないが。」
 三成は涼しい顔で、淡々と言ってのける。横の家康はサッと微妙に表情を変えたけれど、勿論、2人はそんなことには気づきもしない。
「なんか、食いもんねえかな。腹減った…六時限目、体育だったんだよ。しかも、マラソンだぜ…。」
 元親はお腹あたりを抑えながら、げっそりと呟く。
「あ、わし、蒸しパン持ってるぞ。調理実習だった女子に貰ったのが。」
 サブバックから、紙袋を取り出す。
「家康君、気がきくっ、皆で食おうぜ〜。」
 調子が良いのか何なのか、元親は元気になって、家康に体当たりした。


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