[携帯モード] [URL送信]

小説
その10
 空を仰ぎ見ると、空の色が黒一色になっている。
雨足が強くなってきた。雨粒が大きくなり、量も増えている。
 ビニール傘を引っ掴み、やっとこさ新入生歓迎会の後始末が終わった家康は、さっさと家路に着こうと、足早に帰路を急ぐ。
 けれど、どうしても気になって、駅まであと半分という所で、一緒に歩いている三成に振り返る。
「三成、あのさ、今日見ちまった件なんだけど…。」
「何だ?」
 肩を並べ隣を歩く三成は、めんどくさいのか、疲れ切っているのか、話しているこっちを見ようともせず、邪険な感じで返事する。
「あの子と…、えっと、幸村と、その、付き合ってんの、か?」
 何故か緊張している家康は、途切れ途切れに声を発する。
「別に、つきあってないが。」
 前を向いたままの、三成の返事は即答だった。
「そ、そう、なのか。はは、ごめんな、変なこと聞いて。」
 ちょっとホッとした表情で、家康はそう早口で言った。
「貴様らしくないな、何故そんなにまどろっこしい?」
「いや…ちょっと、ごめん、なんか、気になっちまって。」
 お節介だと分かっていても心配してしまうこの感情は、きっと、幼馴染として、親友として、仲間として、三成を家族みたいに大事に想っているからだ。多分、あの見てしまったキスシーンも、きっと何でもない事故みたいなものだったんだろう。そうだ、そんなの、男同士で有りえない。おかしすぎる。
 ぽりぽりと、家康は頭をかく。安心したら、猛烈に腹が減ってきた。これだと、自宅まで持ちそうにない。
「なんか腹減ったなー、なあ三成、雨凌ぎにもなるし、マックでも寄って行かないか?」
 気付くと三成は、三車線の車道の反対側を、じっと無言で見つめている。足が地面に張り付いたのか、立ち止まって動かない三成の肩を、家康はポンッと諭すように叩く。
「おい、三成、返事ぐらいしろ…、…!?」
 その三成の見たことも無い、どこか痛そうな切なげな表情。それに面食らった家康は、たまらず三成の肩越しに、その視線の先を追う。
「どうした、三成…、おい、何を見て…。」
 猛烈に後から後から振ってくる雨粒で遮られそうな視界を、目を凝らして懸命に見る。その視線の先には、さっきまで一緒にいた政宗がいた。政宗だけじゃ、三成がこんな顔するはず無い。
「えっと、政宗と…。」
―――ゆ、幸村じゃないか。
 政宗が持った傘に、鞄を前に抱えた幸村が入って、2人が相合傘で駅に向かって歩いている。何を話しているのかなんて勿論聞こえるわけないが、何だか楽しげに見える。それを、じっと暗い思い詰めた表情で見続ける三成。
「…三成…おまえ、もしかして…。」
「?」
 家康の独り言みたいな囁きに気付いた三成は、やっとこちらへ振り向く。前髪が濡れてしまっていて、高い鼻筋に透明な滴がほろりと零れる。それが一瞬、涙かと錯覚するほどに、重すぎる表情だ。
「いや、なんでもないんだ。」
 左右にゆるゆると首を振った家康は、口元を空いている左手で覆った。
 家康は、確信する。
―――やっぱり、三成は、幸村のことを、好きなんだ。
三成本人自覚していないかもしれないけれど、いつも傍にいる自分は分かってしまった。
 そして、それを、分かってしまった自分は…。
 その答えを導き出そうとして、頭が重くなってきた。あまりの重さに、家康は額を左手で押さえる。
「家康?」
 今度は三成が家康を不審がる番だった。
 家康はしばらくどしゃぶりの雨の中、身動き出来なかった。傘だけでは避けきれなかった雨粒が、制服の肩を、立てた髪を容赦無く濡らしてゆく。
 天を覆い尽くすドス暗い雨雲。じっとりとした不快な空気。それらが肺に詰まったみたいに、家康は酷く息苦しかった。息をしようとしても出来ず、もがき苦しむように、家康の心は穏やかでは無かった。
「馬鹿が、風邪ひくぞ、家康。」
「…み、三、成。」
 家康は切なげに、その名前を呼ぶ。
「なんだ、家康、そんな泣きそうな顔して。」
―――それは、どっちだよ。
 家康はそう返したかったけれど、喉が塞がれたみたく声が出なかった。
 ポケットから出したハンカチで、三成は家康の顔を乱雑な動きで拭う。
 その優しさが、今は何故か残酷に感じて、また苦しくなった。


[*前へ][次へ#]

10/46ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!