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小説
その7


「好きだ。」
 靄の中、低い誰かの声が聞こえた。
 自分は、どこまでも、不透明な、白い世界を浮遊している。
―――貴方は、誰?


☆☆☆

 ゆっくりと掌で額を撫でられる。体も顔も熱くて熱くて、吐き出される息も火照るように熱くて、その冷たくて優しい手が心地良かった。よく子供のころ昼間はしゃいで遊び過ぎて、夜になると熱を出して寝込むことがあった。その時必ず、枕元でこうやって撫でてもらえて、安心して眠ることが出来たのを思い出す。
「さ、すけ?」
 ピクリと緩やかなその動きが止まった。
 自分はその手が逃げないように、どこにも行かないように、もたつきながらも手首をぎゅっと掴む。
「え…。」
 目を開けるとそこには、白い天井を背景に、こちらを覗き込むように見つめる人がいて。
 透き通るガラス玉みたいな目と、綺麗な、精巧な人形みたいな顔。
 突然手を掴んできた幸村に、彼は少し面食らった表情でこちらを見ている。
「石田、先輩…。」
「大丈夫か?」
 心配げに眉根を潜ませた三成はそう告げると、幸村の頬にピアニストみたいな綺麗な手を滑らせる。
 常時かけている眼鏡を外し、それをブレザーのポケットに入れた三成は、こちらに屈んで、自分のおでこを幸村のおでこにぴったりと合わせた。
「熱、少し高いみたいだな。微熱程度か?」
「あ…の…っっ。」
 こんなことをされたらもっと熱が上がってしまう。幸村は、ドキドキと張り裂けそうなほど高まる鼓動に、呼吸困難に陥るほど息苦しくなる。
 そして三成は、前と同じく、チュッと触れるだけの優しいキスをしてきた。
「んっ…。」
 頬やこめかみ、唇に、流れるようにゆるやかに接吻を降らせると、名残惜しそうに顔を離す。
―――今、この唇が俺に…。
三成の形の良い唇が視界に入って、幸村はますます体温を上げてしまう。
「貴様が倒れたから、面倒を見てやってくれと、政宗に頼まれたから来たのだ。」
 上体を起こすと、三成は袖を捲って腕時計を確認した。
「まだ6時か…。」
 政宗という名前に、幸村はハッと昨夜の出来事を鮮明に思い出した。慌てて自分の体の状況を、布団を剥ぐって確認すると、ブレザーの上着だけを脱いだ状態で、Yシャツとズボンはきちんと着ている。羞恥心が粉々になりそうなほどの醜態やら何やら全てを思い出して、死にそうに恥ずかしくなって、掛布団を鼻先が隠れるまでガバッと上げる。
「朝早くから、あいつは人使いが荒い。」
 そうぶつぶつ文句を言いながらも、三成は幸村のかかとが飛び出していた布団をかけ直し、再びその冷たい、指の長い綺麗な手で、幸村のおでこや頬を繊細な動きで撫でてゆく。
「何か欲しいものはあるか?」
「だ、大丈夫、です。」
「そうか…。」
 初めてみる眼鏡を外した三成が気になってチラッと横目で見ると、目がバッチリ合ってしまって、また慌てて視線を離す。
「聞いていいか?」
「はい。」
「佐助とは、誰だ?」
「え?」
「さっき、うわ言のように呟いていた…、その、少し気になって。」
 三成はコホンとわざとらしく咳払いしながら、彼らしくなく、おずおずといった調子で問うてくる。
 さっきの声に出して言ってしまったんだ、と幸村は恥の上塗りに、真っ赤になる。
「佐助は、俺の2歳上の従兄弟です。小さい時から兄弟のように育って…。」
「そうか。変なことを聞いてすまない。」
 少しだけ頬を赤らめた三成は、汗でおでこに貼りついていた幸村の前髪を指で優しく払う。
「まだ朝早いから眠ればいい。私がここにいて、時間になったら起こしてやる。」
「…あの、生徒会長に頼まれていた、新入生歓迎会の冊子は…。」
 あの紙の山はまだ1/3の状態で残っているはず。幸村はそれが気がかりで、体を起こす。途端、思ってもみない場所がピキッと痛みを訴えて、幸村はうっと顔をしかめる。
「あれなら、生徒会役員総出で今折っている所だ。5人がかりだから、歓迎会には間に合うだろう。私は、貴様のおかげで免れた。この件に関しては、礼を言わねばならぬな。」
 そう言うと、三成はふわっと微笑する。いつも冷たい鉄面皮だった三成の、初めて見る自分だけに向けられた笑顔に、幸村は急に胸が締め付けられたみたいに苦しくなる。
「そんな、俺の方が…、お礼を言わないと。」
「貴様は、体調がすぐれないのだ。まだ寝ていろ。」
 右肩をトン、と押されベッドに戻されて、また子供にするように、寝癖のついた髪を撫でられて、再び吸い寄せられるように、チュッと唇にフレンチキスをしてくる。ん、と、幸村はくすぐったげに眼を閉じる。気持ち良いキスに、もっととせがむように、顎を上げて待ってしまう。
「おい、大変だ、三成っっ!ここに印鑑…、うわっ!!」
 人が足音大きく慌ただしく入ってきて、突然、救護室とベッドがある所を隔てるカーテンが思い切り引かれた。
「うわああああっっっ。」
―――み、見られた、今!
 幸村は、キスシーンを見られて、慌てふためいて、逃げるように布団を頭まですっぽり被る。
「…家康、貴様、毎度のことだが、ノックぐらい出来ないのか?」
 家康が目をこれでもかと大きく開けて、呆然と立ち尽くしている。驚いた瞬間に力が抜けたのか、足元へ書類をバサバサと落としてしまったらしく、それを見咎めた三成が、ベッドに覆い被さっていた状態から立ち上がって素早く拾う。
「…、い、いやあ、わし、あの、邪魔、だったみたいだな。」
 書類の束を三成から手渡された家康は、ははは、とから笑いを漏らし、困ったような苦笑いみたいな何とも言えない表情で、頭をかきながら言う。
「何だ、手短に用件を言え。」
 一方の三成は平然とした、いつも通りの表情で、眼鏡を再びかけつつそう告げる。
「あー、うん、やっぱ後でいいよ。すまない。」
 キスシーンを目撃してしまい、ショックが大きすぎたのか、家康はそのまま、眉毛をハノ字にした微妙な表情を顔に貼り付けたまま、足早に出て行ってしまう。
「何なのだ、あいつは…。」
 三成は、再び慌ただしく走り去ってゆく家康の後姿を、首を傾げつつ見送る。
「真田?」
 三成は目の前に出来ていた布団の小山に、ポンと手を添える。
――――もう、俺、生徒会室へ行けないぞっ!!!
 伊達先輩にも、さっきの人にも、どんな顔をして会えばいいのだ。
 幸村はミノムシみたく布団を被ったまま、泣きそうに顔を歪めるしか出来なかった。


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