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小説
その5
 三成が片手で軽々とドアを開けると、そこには。
「お、早かったな。」
 応接室の手前のソファに、書類片手にくつろいでいる生徒会長の政宗がいた。こちらに気付いて笑顔を向ける。
「人をこき使いやがって…。」
ずっと繋がれていた手はいつの間にか自然に離されていた。掌には仄かな温かさが残っていて、それに気付いた幸村は、何故か感じた心細さからか、そっと自分の手を握っていた。幸村を生徒会室に誘導するまでが三成の役目だったらしく、部屋に着いてドアが閉められた途端、三成は足早にどこかへ行ってしまう。代わりに、居心地悪げな幸村の傍へ、政宗が寄ってきた。相変わらずのカッコ良さで、数日前に完全にフラれた事実から全然癒えて無かった心の傷は、逆にチクリと痛みをぶり返してきて、幸村の表情がサッと曇った。おまけに、口の中に、胃液が上がってきたような気持ち悪い感じが広がった。
「なんか飲む?俺が入れられるのはインスタントコーヒーとかぐらいしか出来ないけど。今、女っ気無いからな。」
 まあ、普段から女って言っても、ここには男よりもサバサバしているさやかぐらいしかいねえんだけど…。
 とぶつぶつ政宗が言っているのを。
「いえ、お気遣いなく。」
 と、なけなしの愛想笑い付きでそこまで返して、幸村は無理やり連れて来られたことを思い出す。
―――断ろうと思っていたのだった!…ここは元就どのの言うとおり凛とした態度で…。
「あのっっ!伊達先輩、俺っ。」
 ぐっと太ももの横で拳を握って声を発する。
「まあ、とりあえず適当に座って。」
 少し身長の低い幸村の肩を自然な動きで抱いて、政宗はドアの前から移動させる。
 まあまあと宥められつつ連れて来られたのは、応接室と隣続きの部屋。生徒会役員全員が座れるくらいの大きくて重厚な机の前。会議用として部屋の中心に威風堂々と鎮座してある。
「とりあえず、新入生歓迎会の準備があるから手伝ってくれるか?」
「こ、これはっ…。」
  机の上には、A4の紙がこれでもかと山積みされている。ざっと5000枚以上はありそうだ。そこはまるで朝刊を仕分けしている新聞屋みたいになっている。
「これを、どうしろと?」
 震える指で紙の山を指し、顔が引きつるのを堪えつつそう言った。本当は、大体8割方は分かってしまっているのだが。
「ああ、これ、明日の新入生歓迎会までに全部折って製本しなきゃならねーの。猫の手も借りたいから、三成にあんたを連れてきてもらったわけ。」
「えええええ!!」
 そんな雑用係みたいな…。
「三日前には入ってくる予定が、ちょっとした手違いで印刷が今日仕上がってきちまって…。」
 この凄い量を今から折るという気の遠くなる作業を前に、幸村は脱兎のごとく逃げ出したくなる。
「お、俺…っ。」
「他のやつは、自分の仕事で手一杯みたいだからさ。さっきまでいた三成も風紀委員の会議の方へ行ってしまったし…その後も、新歓に出し物をする部を見まわったりするみたいだしな…。」
―――こんな理不尽なこと、断らねばならぬと分かっているのに…。
「今度なんかおごるから、な、この通りっ。」
 両手を合わせてしおらしくお願いされて、お人好しの幸村は、及び腰でうううーと唸りながらも、しぶしぶ頷くしか出来なかった。

☆☆☆☆
 紙折り機になったみたく懸命に折っていると、逆に頭やら口は暇になる。そのため、眠気に襲われないように、色々と2人で雑談をしていた。政宗からたわいもない話題をふってきて、それに幸村が答えるというパターンだったが。
「なあ、あの、あんたを連れてきた三成のこと、どう思う。」
 突然、さっきの流れ、例えば、ポテトはどこのポテト派?俺、モスかな〜、みたいな流れで、そんなことを聞いてきたから、幸村は、どうって?と首を傾げる。そして、今までの三成の行動を脳裏に思い出しながら、素直に答えていた。
「石田先輩は…、最初はあの雰囲気で怖いって思ったのですが、実際は、優しいと思います。口数は少ないでござるがっ。あとあと、日本人形みたいに綺麗な顔されてるな、と。」
「ふーん。」
―――あれ、俺、変なこと言ったか?
 聞いたのは政宗のはずなのに、彼は気の無い返事で、下を向いたまま、せっせと紙を折っている。
「…?」
 幸村はハテナマークを飛ばしながらも、腰を上げて、中央の紙の山から一束取っていると。
「…っ、」
 突然襲った、鋭く焼けるような痛みに体が竦んだ。
「あ…しまった。」
 指の皮膚に赤い線が一本走っている。紙で一指し指を切ってしまった。
指の第二関節を抑えながら、意外にじんじんとしつこい痛みに、幸村は眉間に皺が寄る。
「どうした?…指、切っちまったの?」
「ちょっとした不注意で…。」
「紙で切ると結構痛いだろ?俺も何度か経験ある。」
「あ…。」
 傍に来た政宗は、幸村の手首を取りながら、指先を覗き込む。
 ああ、血が垂れてきてる。と呟きながら、そのまま手を引き寄せると、第二関節まで流れていた血を出した舌でぺろりと舐め取って、指を躊躇無しにパクッと口に入れてしまった。そして、ちゅーと血を吸っている。
「ええええ、あのっ、ちょっ。」
「おいこら、じっとしてろ。」
 顔を真っ赤にして狼狽える幸村に、政宗は指を口に含んだまま、制止を促す。
「治まったかな?」
 政宗は胸ポケットからハンカチを取り出してそのまま押さえておくように指示すると、救急箱の在り処を探しにしばらく部屋を彷徨って、戸棚という戸棚を片っ端から開けまくっている。
―――まだ、ドキドキしてる。
 蒼いハンカチをぼんやり視界に納めつつ、微熱にうなされるように、火照った頭で幸村は考える。
 こんなの普通なのか?こんなこと、皆にするのか?
 幸村は政宗の考えていることが分からなくて、もやもやが止まらなかった。
「埃被ってるけどあった。」
 数分後、携えてきた箱の上へフーッと息を噴いて埃を撒き散らしながら、政宗は戻ってきた。
「それにしても、前も思ったけど、ドジっ子だなあ、あんた。」
「ドジじゃないでござるっっ!いっ!!!」
 突然立ち上がったせいで、膝の頭を机の角で勢いよく打ってしまい、あまりの痛さに声も無く蹲る。指のじくじくした痛みなんかどこにやら。膝が痛すぎて、うっすら涙が滲んできた。
「皿が割れたかと思った…。」
「大丈夫か?」
 クスッと漏れた笑いを政宗は堪えきれず、最終的には盛大に吹き出してしまう。
「かーわいいな、幸村君は。」
「うーっっ。」
 思わず口を膨らませて、幸村は拗ねてしまう。
 笑いすぎて涙目な政宗は目頭を抑えつつ、子供にするみたいに幸村の頭をわしゃわしゃ撫でまくる。
「ほら、指貸せって。絆創膏はっとくから、このままだとバイ菌入るだろ。」
 指を握った政宗は、手際よく処置をしていく。だだっ広い部屋で二人きりで、しかもこんなにも近い距離。真剣な顔の政宗を見ていると、また息苦しくなってきて、指よりも膝よりも胸の中心の奥が痛くなってきて。
やりきれず、幸村は、ふいに視線を流した。その先にある柱時計は、もう23時を回っていた。
「ん?あ、もーこんな時間か…終電終わっちまうな、あとは明日の朝早く来てやるかな。」
 まだまだ紙の山は無くなっていない。あと三分の一は手つかずだ。
「みんなここに寄らずに帰っちまったんだな…そんなに手伝いたくねえのかよ、薄情もの達め。」
 ふわあと大きな欠伸を一つして、政宗は何気なく携帯をパカッと開ける。
「げげっ、電車、止まってるみたいだな。運悪く人身事故だってよ。」
「ええっ。」
 幸村も顔を上げて驚いた。
 街から少し郊外にある学校からは、まずはその止まっている電車に乗らないと、どの路線にも乗り換えできない。だから、タクシーか、家族に迎えに来てもらうしか方法はないのだ。幸村は指の爪を噛んで、どうしようか、と、ぐるぐると脳をフル稼働させて方法を考えている。両親は海外だから、迎えに来てくれそうな人と言えば、従兄弟の佐助だけなのだが。佐助は確か今日は大学のサークル行事で、京都に旅行へ行っていたのだ。超運悪く。しかもお財布の中にはタクシーに乗るだけのお金も所持していない。お土産買ってくるねと笑顔で出て行った佐助を思い出しながら、項垂れるしか出来ない。
「どうすっかな…、あーっと頼みの綱の小十郎、今、家にいっかな…。」
 政宗は、掌にある携帯を中途半端に開いたり閉じたりしてパカパカ弄んでいたが、何か思いついたのか、パタンと快活な音を立てて完全に閉じてしまった。
「しゃーねえから、ここに泊まるか。」
「え?」
 しゃーねえって、どうやったらその結論に至ってしまうのか、政宗の提案に、幸村は目を真丸くする。
「まだ折る作業終わってねえから、明日も朝早く来ねえとならねえし。」
「えええええっ。」
「いちいち帰んの、めんどくせーだろ。ここで寝ちまった方が、楽だしな。」
「こ、ここで、ですか?じゃあ、俺はかえり…。」
 苦笑いを顔に貼り付け、帰ろうと回れ右する幸村の退路を、身を呈して閉じる。
「一人にすんなよな。あんたもつきあえ。」
 有無を言わさぬ強引さに、幸村は、うーと口を尖らせる。きょろきょろと部屋を一回り見た所、ソファか椅子かに座ったまま眠ることになる。暦の上では春の四月とはいえまだまだ冷えるこの時期、温かいお風呂に入って、温かいお布団に入りたいと思うのは、我儘だろうか。幸村はがっくりと肩を落とした。
「ここで寝るわけねえだろ、これ。」
 幸村の視線の理由を理解した政宗は、ズボンのポケットの中から何かを取り出した。
「それは。」
 目の前にゆらゆら揺れる銀色のそれ。
「如何にも、保健室の合い鍵だよ。」
「何故、そのようなものが…。」
「んー、まあ、養護のセンセと知り合いというかなんというか…、生徒会長としての特権というか…。」
 ポリと鼻の頭をかきながら、言い訳がましく言葉を紡ぐ。
「えっと、たまに使わせてもらって睡眠不足を解消させてもらってるだけだな。」
 そう、たまにだ、と、何故かそこを強調する限り、たまに、では無さそうだ。


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あきゅろす。
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