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小説
その4
☆☆☆
「で、どう返事したの?」
 興味津々前のめり気味の慶次の問いに、ポリと、前歯でクッキーを齧りながら、幸村は俯き気味にしどろもどろに答える。佐助手作りクッキーのほんのりとした甘さが、口全体に広がって、少しだけ心を穏やかにさせた。
「そ、それは、まだ、返事はしていないのだ。」
「まあね、幸村としては、複雑だよね〜。」
 うんうんと言いながら、慶次は机の上に置いてある透明フィルムの中に手を突っ込んで手探りでクッキーを取ると、口の中にポイッと放り込んだ。
「そんなフラれた相手と会うのもきついけど、でもまだ好きだったら、このまま会えなくなるのも悲しいし…、なんか、こう、複雑だよね…というか、ごめんな、俺がたきつけたばっかりに。」
 口をもごもごさせながらしゃべるのを止めない慶次に案の定、食べるかしゃべるかどっちかにしろと、咎めるような視線を飛ばす元就から、すかさず嫌味が入る。
「真田、そんなのは断った方がいい。無下にふったくせに生徒会の仕事を手伝ってくれなどと、都合が良すぎるではないか?」
 確かに、と幸村は元就の鋭すぎる言葉に、瞳に暗い影を落として頷くしか出来ない。
 ―――確かにそうなのだ。それに会ったら、忘れられなくなるではないか。こんなの…。
幸村は、膝の上で拳を作り、じわりと目を潤ませ、言葉を詰まらせる。
「私がはっきり言って来てやろうか?」
「あのさ、もとなりさ〜ん、もう少しこうオブラートに包んであげた方が…。」
 ずずーっと紙パックの牛乳を啜りながら慶次は、そんな重すぎる空気の二人に対し、横でハラハラしていた。
 元就は溜息をつくと、読んでいた文庫本を閉じて、慣れていないのか、少し無骨な動きで、泣くのを堪えて唇を噛み締める幸村の頭を、そっと撫でる。
「お前のために、私は言ってるんだぞ。これでは、お前が不憫すぎるから。」
 照れくさそうに、そっぽを向いて言い放つ元就に。
「有難う。俺がはっきり言ってくるから。」大丈夫だ、と笑って見せる幸村に、両側の2人は複雑そうに顔を見合わせた。
 昼休み中という時間帯もあってか、ざわざわと喧騒に包まれている教室内が、より一段とざわめき始め、合わせて後ろの方から女子の歓声が上がった。
「ん、んんんー??」
 そんな一種異様な雰囲気に、何々?と、慶次は座ったまま上半身を伸ばして、輪の中心を見ようとする。
「ねえ、真田くーん。」 
 皆が集まっている円の外側にいた女子が振り返って、幸村をふいに呼ぶ。
「呼ばれてるよっ。」
「え、お、俺?」
 対岸の火事というか、何も関係ないはずの自分にいきなりふられて、幸村は何のことか分からず、自分を指さしてきょどってしまう。
「真田?」
 きゃあきゃあと騒いでいる女子の円を掻き分け出てきた相手に、幸村はダンッと勢いよく椅子から立ち上って、あんぐりと口を開けて驚く。
「…かっ、会計の、石田先輩?」
 慶次は、あ、と去年の文化祭を思い出して、強いデジャブを感じていた。前もこんな風に突然教室に乗り込んできたんだった。やっぱり、会計って変わった人だと改めて感じる。
「真田、貴様、そこにいたのか。」
 フンと鼻を鳴らし、眼鏡の真ん中をくいっと押し上げると、威圧感を保ちながらズンズンとこちらに迫ってくる。
「政宗から貴様を生徒会室へ連れてくるように言われた。」
 椅子に座ったままだった幸村を、上から見下ろしてくる。
「あの、俺、その件で…。」
 慌てる幸村の二の腕を掴み、無理やり立ち上がらせる。
「いいから来い。」
 幸村は、ぐいぐい手首を持たれながら、引きずられるようにまたもや教室から出てゆく。
「あのっ、俺っ、石田先輩っ、話を聞いてくだされえっ。」
「…。」
 廊下から、幸村の必死な声が届いている。
 慶次も元就も、三成のあまりの強引さに、口を出すのを忘れて一部始終を見守ってしまっていた。

☆☆☆
 何故私がこんな真似を…とぶつぶつ独り言を言いながら先導する三成の後ろを、堪忍したのか、幸村は大人しくついてゆく。手は前と同じく逃げ出さないようにきゅっと握られている。相手の体温が掌越しに伝わってきて、なんだか本当に落ち着かない。落ち着かない理由はもう一つ。周りの視線。男同士で手を繋ぐという普通ではないことが加わって、この前のそれより、一段と奇異なものを見るように増えている。女子のひそひそ声を聴きたくないのに拾ってしまい鼓膜へ伝わってきて、もう何というか前以上にいたたまれないのだ。
階段を四階まで上がってくると、廊下に溢れていた人が消えた。四階は、理科室、音楽室、コンピューター室、視聴覚室等があるフロアなので、用が無ければ生徒は上がってこないのだ。生徒会室はそのまた上の五階なのだが、三成の足は四階へ上がり終えた踊り場のところで完全に止まってしまった。しんと静まり返って、壁からコンクリートの人工的な冷たさが伝わってくる。
三成は突然振り返り、じっと食い入るように見つめてきた。眼鏡越しに注視されて、幸村は蛇に睨まれたかのごとく固まってしまう。
「何か、俺についてますか?」
「…口に…、ついてる。」
「え?」
 トン、と、幸村の両肩を持ち、背中をぐっと壁に押し当てた。その上両手を幸村の顔の横に置き、逃げ場を塞ぐ。向かい合っていたかと思うと、三成は前屈みに顔を寄せてきた。
「ええっ、石田せんぱ…?」
 綺麗な白い肌。切れ長の瞳。見惚れていたら、近すぎてぼやけた。
 ペロッと口の端を舐められて、くっと、幸村は体を竦ませる。チュッと音を立てて唇が合わさってくる。柔らかいそれがぴったりと重なった感触に、幸村はドクドクと尋常じゃないほど心臓を跳ねさせた。
「んっ…。」
 押し付けられるだけのキスが終わると、幸村は、はあっと大きく息を吐く。
―――い、今のって!
「…ああああああっ、あのっあのっ…。」
「口に、クッキーの破片がついてた。」
 不意に体の力が抜けそうになった幸村を、とっさに三成は抱き止めて、ぎゅっと抱きしめた。背中に回った右手はブレザーがしわくちゃになるくらいに力が込められて、左手の長い指先は幸村の後頭部の髪を、優しく、くしゃりと撫でる。
「あのっ、石田先輩…。」
 鎖骨辺りで聞こえてきた上ずった幸村の声に、我に返った三成は、パッと体を離した。
「…さっさと行くぞ。遅くなってしまった。」
 三成はずれてしまった眼鏡を直しながら、赤くなった頬を手で隠しつつ、背を向けた。
「は、はい。」
 また、ぎゅぎゅっと手を繋がれて、何だか矛盾だらけの三成の行動に、幸村は首を傾げるしか出来なかった。


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あきゅろす。
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