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小説
その3
 2人分の体重を支え切れなかったパイプ椅子がぎしぎしと悲鳴を上げているのに気づき、政宗は幸村を抱いたまま床に雪崩れ込んだが、キスを止めることはしなかった。
 頭の中心の芯がぼうっとしてきた。
 敏感な舌を舐め取られて、しつこくしつこく擦りあわされて。舌先で口内を舐めつくされる。
「…んんっ。ふっうっ…ぁ。」
 懸命に息をするが、絶対的に酸素が足りない。
 相手はキスに馴れている。
簡単に翻弄されてしまって、凄く悔しいのに、全く抵抗出来ない自分が歯がゆくて。
頭が真っ白になる。もう、血が沸騰しそうなほど、体温が上がってしまう。きゅうきゅうと縋るみたいに、スーツごしに政宗の腕に捕まるしか出来ない。
「ん…っっ…ふぅ…っ。」
バンッと蹴破られたのかと思うほどに乱暴に扉が叩き開かれて、けれど、そんな勢いも束の間、今の室内の状況を見た相手は、仁王立ちで固まってしまっていた。
「…ま、政宗っっ。」
「取り込み中なんで、話なら、また今度にしてくれないか?」
「…ふ…ぁんっ。」
 唇を開放されて、酸素を求めて口を大きく開けて、幸村は喘ぐように激しく呼吸をする。
「その子は?」
「え?俺の彼女だけど、紹介して無かったっけ。」
 政宗は、幸村の頭を撫でながら、見せびらかすようにチュッと耳元を軽く啄んだ。
 一方の幸村は人形みたいに腕の中でくったりしてしまっている。政宗の肩口に額を埋めていて、顔は向こうに見えていない状況だ。
「…っっ。」
 下唇をきつく噛み締めて、激昂した女子はズカズカと傍に歩いてきて、そのまま握力全開で握っていた拳で力任せに政宗の頬を殴ってしまった。ガツッとあまりに重く鈍い音がしたので、幸村も思わず顔を上げて口を「ひっ、」と半開きにしてしまう。
 政宗は、その女生徒の理不尽な行動にも顔色一つ変えずに、無防備に受けるだけだった。
「これで満足?」
 衝撃で口の中が切れたのか、唇を抑えたハンカチが赤く染まる。
「ひ、酷いっっ…。」
 どっちが酷いのか、今度はワッと泣き出して顔を両手で押さえたまま、そのまま回れ右で走り去っていった。
 その台風一過に、ふうと溜息をつくと、少し乱れた髪の毛をかき上げながら、政宗は幸村を片手で抱き直す。
―――何なのだ、何なのだっ、この人たちは。
 ただただ先ほどからの驚きすぎる展開に幸村は付いていけず、政宗の腕の中でグルグルとその言葉が脳を回転している。
さっきの、三成と言われた会計の人と言い、生徒会って、こんな自由な、突拍子も無い人ばかりなのか?
「まじ悪かったな、あんたを巻き込んで。」
 あー、鉄の味がする、と政宗はボヤキながら、形の良い唇を親指の腹で擦っている。
「あの、大丈夫ですか?頬、すごく腫れてきてますけど…。」
「何で殴られるか分かんねえけど、これで連日の攻撃から、解放されるならどうってことねえよ。」
「あの人、彼女か何かですか?」
「え?いや、なんか、俺のファンクラブの会長らしいけど…、ちょっと思い詰めすぎてストーカーみたいになってて。」
 政宗は言いながら、まだ腕の中にいる幸村の背中をトントンと子供をあやすように触れていた。
「後夜祭、一緒にいてくれって、しつこかったんだ。あんたがいてくれて、助かったよ。」
「…別に、俺、何もしてないでござるが…。」
 あ、と、体の芯が痺れそうな、甘くて深いキスを思い出して、口を噤んだ。
―――絶対、遊び馴れている感じだった。
 ムッと理由のわからないムカつきで、幸村は密かに口を尖らせる。
「いや、うん…ホントわりい…俺も夢中だったからさ。」
 微妙に頬を赤らめた政宗はコホンと咳払いして、話題を変える。
「あんたは、後夜祭、女の子と約束してんの?」
「じょ、女子となんて、そんなっ、破廉恥なっ。」  
 幸村がぶんぶん首を振って大きな声で否定するので、プッと政宗は軽く噴き出した。
「ちょ、破廉恥って、普通じゃね?高校生なら女の子とデートくらい。それに、うちの後夜祭はこの辺りでも有名なイベントなんだぜ。彼女を作る絶好のチャンスだからな、皆はりきってるし。文化祭後のカップル誕生率は計り知れないから。」
「俺は、別に…、」
「もし、」
 少しふくれっ面の幸村の頬を、楽しげに指でツン、と突いて、政宗は言葉を続ける。
「もしも、あんたが誰からも誘われない可哀そうな感じなら、ここに来いよ。俺が後夜祭につきあってやるから…。」
「え?」睫毛で重い瞼をパチクリとさせた幸村に。
「なーんてな。」
 彼はそう言うと、くしゃりと一つ笑って、どこか遠いところを見つめながら腫れてしまった頬を手の甲で隠してしまった。
―――じ、冗談、か。そうだよな。
 真に受けそうになって、即座に幸村は否定する。学校内で一、二を争うほどに有名人でファンクラブまであるカッコ良すぎる彼が、自分なんか誘うはず無いのに。
 それでも、何だか、体が高揚して、少しだけ、心が揺らいだのだが。

☆☆☆☆
「お帰りなさい、幸村さん。生贄みたいにしてごめんなさいです☆」
 解放されてクラスにやっと戻った幸村を迎えた正統派メイド姿の鶴姫は、胸元に銀色のお盆を抱え、ん、と不思議そうに首を横に傾げる。
「幸村さん?リップが、剥げ取れていますよ、どうかしたんですか?」
「なっ、何も、何も無いでござるよ。」
 天然なはずの鶴姫の鋭い突っ込みに、あたふたする。
 密かに、幸村はそっとふっくらとした唇に人差し指の腹で触れた。
―――そうだった、キス、されてしまった。初めてのキスだったのに。ファーストキスがあんな事故みたいな…。
「塗り直しますね、そこに座って下さい。えーと…。」
 鶴姫はそう言いながら、乱雑に置かれているみんなの私物やらなんやらから、自分の化粧ポーチを探して、そこらを彷徨っている。
「悪い、鶴姫…、っ…。」
「え?」
―――あ、まずい、
 そう悟った時には、もう手遅れて、何かにしがみ付く暇も無く、差し出された手は宙をかいて、ふらりと身が揺れて、ドサリと幸村は肩から床に倒れ込む。
「きゃあああああああ、誰かっ、幸村さんがっ!」
―――大丈夫、大丈夫だから、鶴姫。
 そう言いたいのに、喉を潰されたみたく声が出なくて、心配そうに覗き込む鶴姫の顔はぼやけて、意識は程無く、霞んで遠のいて行って。
 その後の幸村は後夜祭に出ることさえも、不可能になる。
 実は幸村は、麻疹にかかってしまっていて、病院へ急行した後一週間、強制的に休むことになったからだ。


☆☆☆☆
「とうとう、始まったか…。」
 校庭で繰り広げられている宴。ステージ上でライブパフォーマンスしていたり、ダンスを披露していたりで、笑顔と歓声が溢れている。それとは打って変わって、それを、細身なスーツ姿の政宗は、物憂げな表情で見下ろしている。
「あんな奥手でも、多分、出来たんだろうな。」
 ネクタイを首から一思いに引き抜いて、その締め付けから解放される。今年の文化祭が無事終わろうとしていて、実行委員として生徒会副会長としての安堵感か何か分からないが、深く長くため息をついていると。
 ガチャン、と、ノック無しに生徒会室の扉が開く。
「!」
 今さっき、諦めようと思ったところなのに、裏腹に体は、正直に素早く入り口に向いた。
 その出迎えた、真剣すぎる政宗の表情に、書類の束を抱え入ってきた三成は面食らった顔をする。
「な、何、だ?」
 次の瞬間、政宗は首を垂れて、ガックリと脱力する。
「三成かー。」
「おい貴様、驚かせた上に、その言い草は何だ。」
「…三成、お前、見るからにボロボロだな。」
「目が回るほど忙しいんだ、副会長の貴様は暇そうだな。」
 嫌味たっぷりに吐き捨てるように告げて、書類を机に落とすふうに乱雑に置くと、目も疲れているのか、眼鏡を外して、眼の付け根部分に指をやる。
「俺も一応実行委員も兼ねているから、そんな暇ではねえけどな。」
 苦笑気味に呟いて、また窓からの景色に視線を戻す。
「そうか?」
 フンと鼻で笑って、椅子を引いて座り、三成は仕事に取り掛かる。
「後夜祭か…みんな、楽しそうだな。」
 俺も彼女でも作ろっかなー、とぶつぶつ独り言を言っていた政宗へと。
「下で貴様をみんな待っているんじゃないのか。仮装大会人気投票NO,1が、何故ここに居座っている。」
 両手に持った書類にいちいち目を通しながら、三成は告げる。
「別に…、わざわざ、行かなくていいだろ。」
 見なくていい物まで、見ちまいそうだしな。零れ落ちた政宗の小さな本音は三成には届いていないようだった。
「政宗。」
 書類整理に没頭し始めたはずの三成が、いつの間にか、シャーペンを持ったまま顔を上げてこちらを見ていた。
「貴様に、話があるのだが…。」
「え?」
「大事な、話、なんだ。」
「何だよ、改まって。」
 窓枠に腰掛けた状態の政宗は、肩から上を三成へと向ける。
「こんな気持ちは、どう対処すれば良いのか。貴様が一番詳しそうだと思ってな…。こんなこと初めてで、…さっぱり、自分には分からん。」
 三成はブレザーの胸元をぐっと掴んだ。
「…何、お前らしくねえな、そんな気弱そうに…。」
 ざわざわと秋風に乗って、校庭の喧騒が流れてくる。それに掻き消されそうなほど、小さな告白。
「私は…、」
「え…。」
―――何だって。
 その三成からの言葉は、政宗にとって、十分に、心を掻き乱すものだった。


☆☆☆☆
 
 あの衝撃的な出会いから、もう半年も経つ。
 秋が終わり、冬を越し、そして待ちに待った春。
 されど、自分の生活は1oたりとも変わることは無く、平穏に過ぎて行った。
はずだったのだが。

 あの、告白して完璧にフラれたはずの桜満開の中庭で、彼は、とつとつと告げた。

『俺、多分、あんたの気持ちには、答えてやれないけど。』

『友達って言うか、仲間って言うか…それなら、大丈夫、かも。』

『まずは、生徒会、入ってみる気、ねえかな?』


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