[携帯モード] [URL送信]

小説
その2
 唇に、何かを塗られるくすぐったい感じに耐えながら、そっと片目を開けてみる。
「お、終わった?」
 目に飛び込んできたのは、紅筆を持った鶴姫の、満面の笑み。
「わたしの力作、出来ましたですよ〜☆慶次さん、見て下さい〜。」
「わお、可愛すぎだよ、幸村!」
 執事みたいな格好の慶次が、鶴姫と同じハイテンションで、幸村の顔を覗き込む。
「やっぱりこれ、可笑しいと思うのだが。」
 立ち上り、スカートのフリル部分でもある両裾を持ち上げ、姿見の前で左右180°回転しながら、自分の恰好を改めて見てみるけれど、色々と、もう、恥ずかしすぎて逃げ出したくなる。
「そんな、可笑しくないですよ、もう可愛すぎです。女子の私としては嫉妬しまくりですよ!」
 鏡に映っている自分が、もう自分とは思えない。髪は、クルクル巻き毛のウィッグで、服装は、ピンクと白と水色のポップなメイドさん風。ウエストを絞った服は、その反動でか何なのか、スカート部分でブワッと必要以上に膨らんでいる。実際はパニエというものを何枚も何枚も重ねた結果なのだが。太ももの絶対領域はちゃんと規定通りの、下着が見えないギリギリの長さのミニスカートとニーハイソックスでばっちり確保されている。
 今日は、皆が待ちに待った、文化祭一日目。
 幸村達の1−Aの出し物は、女装メイド喫茶。
 男子生徒は女装メイドと執事の二手に別れるため順番でくじを引いたのだが、確認した瞬間、幸村は自分のくじ運の無さを恨んだ。
その結果が、今の大惨事である。
「あー駄目ですよ、唇舐めちゃ!せっかくのピンクのリップがとれてしまいます。」
「えあ…っ?」
「あと、これもっ。」
 頭にグイッと乗せられたのは、大きいリボンのカチューシャだ。こんなのが似合うのは、どこかの夢の国の、ネズミさんくらいだろう。
「…昔のアイドルよりもスゴイ恰好では無いか…。」
 瞬きの度にバサバサと音が鳴りそうなほどに厚く長い睫毛は、人口の付け睫毛だ。アイラインも太目に引いてあって、普段から大きい目が今にも零れ落ちそうだ。
下地クリームにファンデーション、頬骨の高い位置にピンクのチークと、女の子は大変だ。こんなの毎日だと思うと、ホントに尊敬してしまう。男に生まれて良かったと、まじまじと手鏡で自らの顔を眺めて、ふうと溜息。
「幸村さんは元々可愛くて華奢だから似合いますね☆これで、私たちのクラスがナンバー1ですね☆、慶次さんっ。」
「そうだね、鶴姫。幸村なら無敵だね☆」
 うんうんと二人は意気投合して頷き合っているけれど。
 手鏡を折れそうなほどに掴んだまま、幸村はハッと我に返って、俊敏な動きで2人を振り返る。
「そ、その件なんだけど…、鶴姫、俺と交代し。」「おい、真田っ、何トロトロしている。さっさと仕事しろっ。1番テーブルさん、貴様をご指名っ。」
 喫茶部分と控室を敷居しているカーテンが引きちぎられるほどの強い力で引かれた。忙しさからか、普段から不機嫌そうな眉間の皺が、更に酷くなっていて般若の形相だ。そんな元就の右手に持ったお盆にある、斜めになったパフェ容器から山盛りのアイスクリームが零れ落ちそうになっている。おっと、と体制を変えて、死守していたが。
 いつも通り冷たく言い放つ元就だったが、恰好は、シックなモノトーンの正統なメイド服だ。生足を晒したくないのか、くるぶしまである長いロングスカートだけは譲らなかったらしい。けど、これはこれで、美麗のツンツン(デレ要素は0)メイドも、男子生徒から大人気だというのも頷ける。
「おい、ここの責任者はっ?」
「…わああっ。」
 幸村は、条件反射みたいに、大きな音に反応して体を揺らして驚いてしまう。
 突然今度は、教室の引き扉が開いたのだ。
そこには長身で細身の、制服姿の男子生徒。制服なんて、可笑しくないはずなのに、今の自分の周りは、みんなカラフルなメイド服か執事の恰好なので、何故だか違和感がある。
 ネクタイの色が紺だから彼は二年生で、腕にしている腕章から、生徒会の役員だということは分かった。そして、度数の高そうな眼鏡をかけていて、神経質に眉根をひそめているが、かなりの美形だということも。
「それはこの子ですっっ。」
 薄情に慶次は、その突然現れた元就以上の威圧感を放つ上級生に固まってしまっている幸村の背中を、まるで献上する年貢米みたいにズズッと差し出した。
「何だと?」
 ジロリと上から睨まれて、自然と直立不動になってしまった。押されている背中が、逃げ腰に逆エビ反りになる。
「あ、あの何か用事でしょうか?」
「………。」
 刹那、相手の瞳の中が揺れた。見落としてしまいそうなほど、一瞬。
「…あ、あの?」
 え?と幸村は、その間に小首を傾げる。
「と、とにかく、来い。貴様、書類の不備がある。申請書類が完全じゃないのは貴様の、1−Aだけだ。」
「あ、あのっ、俺、これから当番があって…。」
 このまま当番を投げ出して行ってしまうと、元就の報復が怖い。
「うるさい、貴様の不備のせいで、メイドカフェとやらが中止になっても良いのか。」
 至近距離ですごまれて、幸村はごくっと生唾を飲んで、言葉まで飲みこんでしまった。
「幸村、後は俺が何とかしとくから、クラス代表で行って来いよ。」
「幸村さん、どうか御無事で〜。」
(は、薄情もの〜!)声に出せず、見送る2人に口パクで訴えながらも、ぐいぐい手首を強い力で引っ張られて、教室から、ドナドナよろしく連れ去られてゆく。
「あ、あの、先輩、逃げないんで…手…、」
 手首を掴んでいた彼の手は、いつのまにか、幸村の手に降りていて、指を絡ませて無意識なのか恋人つなぎで握っている。幸村の声が届いていないのか、握った手に力がこもった。
―――ど、どうすればよいのだっ。
 生徒会室までは、沢山のクラスの前の廊下を突っ切って行かなければならないのに。
 こんな突拍子も無い服装だけでも恥ずかしいのに、男同士で、手まで引かれてゆくなんて。
 案の定、2人は好奇心が含まれた視線を浴びまくる。幸村は、顔を上げることが出来ず、廊下の木目を数えながらその上級生に先導されてゆくけれど、手を引いている相手は不感症なのか、涼しい顔して前を真っ直ぐ向いてスタスタと歩いてゆくのだ。
『あれ、石田さんじゃない?』『あの女子、誰なの?』『彼女なの?悔しいっ。』
 やっかみを含んだ女子のコソコソ話にいたたまれなくなりながら、幸村はどうか早く着いてくれと、ただただ祈るしか出来なかった。

☆☆☆☆
 校舎の5階。ここには、一般人は立ち入り禁止のためか、さっきの騒がしさの欠片も無く、しんと静まり返って別世界だ。昼下がりの教室は、温かな日の光が射しこんで、昼寝に丁度良さそうに思えた。けれど、幸村の状況では穏やかな気持ちになるはずもなく、早く解放されたいと願うばかりだったが。
 突然手を引いていた相手が止まった。突然だったので、幸村は鼻の頭を彼の広い背中にぶつけてしまう。彼はお構いなしに、ガチャッ、とノブをひねって、部屋の扉を開ける。
「政宗…、いたのか。」
「何だ、三成。堅物の会計が、珍しく女子を連れ込んでんのか?」
 まだ後夜祭まで二日もあるぞ、と、からかいを含ませて、ネクタイを巻きながら先客の彼は言う。逆光を浴びていて、顔がはっきりと見えないが、笑顔だと分かる。
「ち、違う、こ、これは…。」
 茶々入れられてやっと我に返ったのか、握られていた手がパッと呆気なく離された。
「珍しいな、お前が狼狽えるなんて、図星?しかも1年生か?」
「違うと言っている。こいつは…。」
 慌ただしく今度は別の誰かが入ってきた。第4の人物は、ごくごく自然な感じで、トンと幸村の肩に触れて、頭の上でしゃべり始める。
「あ、三成、ここにいたのか。探したぞ。」
「家康。」
「わ、可愛いメイドさんじゃないか。お前の彼女か、三成?お前も隅に置けないな。」
 肩越しに振り向いた幸村を覗き込んで、人が良さそうに、家康はニコっと破顔した。
「貴様らは、揃いも揃って、どうしてそっちに持っていく?」
「ごめん、ごめん、ちょっと急用だから、三成、とりあえず、来てくれよ。お前じゃないと解決しないんだ。」
 ごめんね、ちょっと三成借りてくよ、と家康は、片手を顔の前で立てて幸村に謝って、そして三成の肩をぐいぐい抱いて強引に連れてゆく。
「何だ、またやらかしたのか?家康。」「やらかすって…、その言い方は酷いな、三成。」
 やいのやいの言いながら、二人は去ってゆく。あまりの速い展開に、幸村は呆然と立ち尽くして二人の背を見送る。
「…そこに、ぼおっと突っ立ってないで、入ってくれば?」
「あ。」
 思いの外、声の主はすぐ傍まで来ていて、幸村を驚かせた。彼は、幸村を部屋に招き入れると、ガチャと閉める。
 この人は、知ってる。知っているも何も、生徒会副会長だ。それによくよく考えれば、さっきの2人も朝礼や生徒総会で何度も見ている有名人だ。
「ああ、この格好?」
 じろじろ不躾に見てくる幸村の視線を勘違いして、副会長は苦笑い。
「なんか、後夜祭のメインイベントで、人気投票なんだと…、クラス対抗だって。カッコ良い恰好しなくちゃなんねえって、勝手に用意されていた服がこれだったんだよ。こんなん、俺の意志じゃねえし。」
 さやかのやつめ。
 ボソッと小さくぼやいたその相手の名前も聞き覚えがある。美貌の書記だ。
 これでよし、とネクタイを締め終えて振り返った彼は、同性の自分から見てもカッコ良すぎた。ぼおっと、我を忘れて見惚れてしまうほどに。
 座れと促されて、手身近のパイプ椅子に腰かける。副会長も、幸村の正面に陣取って、ドカッと深く座った。そして、コーヒーメーカーから紙コップに2人分のコーヒーを注いで、幸村にも差し出してくれる。
「砂糖とミルクは?」
「あ、2個づつで…。」
「超甘党なんだな。見かけ通り。」
「…見かけ通りって…。」
「…ところで、あんた。本当に、三成の彼女だったり?」
「ちっ、違いますっ…、それに、お、俺、男ですから。」
 ブーっと飲んでいたブラックコーヒーを目の前の人は吹き出した。あちいっと言っていたから、飛沫は熱々だったらしい。
「大丈夫ですか?」
「男?え?まじで?」
 舌を火傷したのか、ひーひーと舌を出しながら、涙目で問うてくる。
「す、すみません、クラスの出し物で、女装メイド喫茶…してて、その…。」
 こんなの、恥ずかしすぎて穴が合ったら入ってしまいたい。
 首まで真っ赤にして俯いた幸村の声は、ごにょごにょと語尾も尻切れトンボになる。
「へー、そこいらの子より可愛いから、女の子かと思った。」
「う…。」
「三成の彼女じゃねえのは分かった。じゃここに、何しに来たんだ?」
「ああっっ。」
 コーヒーの紙コップを両手で掴んだまま幸村はすっくと立ち上がる。そこでやっと思い出した。コーヒーをまったりと飲んでいる場合ではない。当番をほったらかしで、書類不備のために連れて来られたことを。
 すると、突然グッドタイミングで、ドンドンッと扉が大きくノックされる。
―――まさか、元就どのの奇襲?ここまでやってきたのか?
 怯えた幸村は、肩を竦めて縮こまる。
「政宗っ、いるのは分かってんのよっ。」
 元就では無かった。キンキン甲高い、これは女子の声。しかも声だけで分かる、怒りモード全開だ。
「…げっ…。」
 政宗はげんなりとした顔をして、そして、次の瞬間突拍子の無い行動に出た。あまりのことに、幸村は身構えることさえ出来なくて。
「わりい。」
「え?」
 両手が伸びてきて、見た目より逞しい腕でぎゅうと巻き込まれて、抱きつかれた。無防備に、幸村はその腕の中にすっぽりと納まる。すぐ傍に女生徒羨望の美形があって、心拍数がビクンッと跳ね上がる。
「えええ?」
「しい。」
「あの、ちょっ…。」
静かにと声を遮られるけれど、幸村は驚きのあまり狼狽えて叫びだしそうになった。
 すると、政宗は、幸村の想定外の、さらに上を行く。
 なんと、半開きに開いた幸村の口を、自らの口で塞いでしまったから。
「んんーっ、んんんっ…っ。」
 幸村の驚愕の声は、そのまま政宗の体内に流れ込んでゆく。
「政宗っ、ここにいるのは分かってるのよっ、開けるわよっ!」
―――!!!
 幸村はどうして良いのか分からず、ただただ政宗からの深い口づけを受け止めるしか出来なかった。


[*前へ][次へ#]

2/46ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!