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小説
その1
 彼はブラウスの襟元に手をやりながら、綺麗な顔を背けて、どこか違う方を見たまま、とても言い難そうに言った。
「わりい、俺、そっちには興味無いんだけど。」
 ホモってやつ?俺、同性愛にはさ。
 付け足されたその単語に、幸村は絶望感を感じた。障害が大きすぎたんだと。
「で、…です、よね。」
 自分は、その言葉を喉から絞り出すので精一杯だった。
しゃがれた声。自分の声ってこんなに年を取ってたっけと思うほどに、数秒間で変貌してしまっていた。
―――それはそうだ。自分なんか、好きになってくれるわけない。
 分かりきった答え。でも、今まで感じたことの無い激しい痛みが、ズグンと重く胸に圧し掛かる。程無く目頭が熱くなって、太腿あたりで握った拳に力が入った。
―――泣いたら、駄目だ。もう、駄目なんだってば。
 止まれ、涙腺、と強く念じるけれど、目の前の景色はじわじわ滲んでゆく。2人の頭上で咲き誇る綺麗な桜の花びらも、幼稚園児のクレヨン画のように、ダイナミックにピンク一色になってゆく。
 悲しいのと恥ずかしいのと、なんか、色んな感情で心が満杯になってぐしゃぐしゃになって、喉まで熱の塊がせり上がって来ていて、今にも爆発しそうだ。
「俺、多分、あんたの気持ちには答えてやれないけど。」
 風が一陣吹いた。長い後ろ髪がなびく。
「……、かも。」
「…え?」

☆☆☆☆

 春うららかな季節。窓から柔らかな日差しが差し込んできて、昼休みというこの時間、お腹が満たされたことも相まって、安眠という欲望に囚われ、その大海に身を委ねそうになるのを、必死に理性を総動員して止める。だって、自分は5時間目の日本史の宿題を半分しか出来ていないのだから。
「…さ、彼女と別れたんだって。」
「…え?」
 最初の部分を聞き逃した。
 行儀悪く箸先をペロンと舐めて、そして、甘めの卵焼きを咀嚼しながら、ノートに答えを書き込む、という動作を同時進行で行っていた幸村が、目の前にいる慶次からの言葉を耳半分で聞いていたからだ。ぼんやりと、大きめな黒目勝ちの眼を上目づかいに、顔を上げる。と同時に、隣で教科書を片手に宿題を教えてくれていた元就が、声の主、満面の笑みの慶次を、胡散臭げに見遣る。
 2人の関心を集められた慶次は、再び口を開き。
「生徒会長の、3年A組の、伊達政宗君が、半年つきあった読者モデルの彼女と最近別れたらしいよ。」
 わざわざ、先ほどより懇切丁寧に説明してくれた。
「…そう、なんだ。」
 何気ない感じを装いながら、幸村は弁当箱で縦横無尽に転がっていたプチトマトを3個ぽいぽいと口に放り込んだ。酸っぱいのか甘いのか、それは何も味を感じられなかったのは、何故なのか。さっきの卵焼きは、丁度良く甘辛くて美味しかったのに。
「幸村〜、今がチャンスじゃんよ。」
 慶次が幸村の肩を、紺色のブレザーごとガシリと掴む。
「な、な、何が、言いたいので?」
「幸村、恋愛マスターの俺が知らないと思ってんの?」
「自称だろ。」という、元就からの横からの揶揄にも負けず、慶次は笑顔で言い続ける。
「俺、知ってるんだよ、幸村。一生懸命隠そうとしてたみたいだけどさ。」
 トマトで膨らんだほっぺたを、ぷにぷにと人差し指で突っつく。
「幸村、ずっと好きじゃないの?あの、生徒会長さんを。いつだったかな、去年の学園祭の後くらいから、かな。」
「うあああああああああ…。」
 ダンッと座っていた椅子を蹴飛ばし、立ち上り狼狽える。顔は真っ赤で湯気が立ちそうだ。
「真田、五月蠅いっ。」
 元就は間髪入れず突っ込み、ぐいっと腕を引っ張って座らせようとする。周りの好奇な目に、耐え切れず幸村は、体を委縮させつつ素直に元就の言うことを聞いて、倒れていた自分の椅子を持って座り直す。
「早くしないと、彼は異常にモテるよ〜。別れたっていう噂もすごい勢いで回ってるみたいだし。」
「何を早くしろと言うのだ…。」
「告白するんだよ。好きだって、つきあってくれって言うのっ。」
「馬鹿、前田。こいつがそんなこと出来るか。」
 ふうと元就は大きなため息をつきつつも、幸村が放ってしまった宿題をやってあげている。そんな元就の横槍も、慶次は払い除けて。
「いいの?幸村、誰かにとられても。」
「お、俺は…そんな…つもりは…。」
「彼のこと、大好きなんじゃないの?」
 夢にまで出てくるほどに、焦がれてんじゃないの?
 頬杖えをついて語りかけてくる親友の慶次の微笑みが、悪魔にも天使にも見えた瞬間だった。


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