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小説
罪深く、愛してよー中編ー
 季節は巡り巡って、また再び世界は厳しい冬へと、坂を転がり落ちるように一直線に向かっていて。夜はすでに凍てついた冬の様相を示していた。
なんやかんやで、佐助から胡散臭い小袋を貰ったあの日から、一週間。
 佐助の言いなりになるのは政宗にとってかなり癪だったが、他に方法が見つからず、懐に納まったままの小袋を使う事を決めた。
 月の光を浴びた政宗は、一人考え事をしながら、ひたひたと縁側を歩く。
外気にさらされた板は、凍てついた氷みたいで、触れるたびにピリピリと足の裏に痛みが走った。
「入るぞ。」
 ある座敷の前にたどり着き、襖をスッと開けると、そこには政宗から居城に突然呼ばれた幸村が、ひどく居心地悪げに、けれどもきちんと正座をして待っていた。
そして、何故だか、不機嫌顔の仏頂面で。
―――恋しい相手に久しぶりに会うのに、なんでそんな顔になるんだよ。
 俺の事、逆に嫌いなんじゃねえの?とさえも思えてくる。
 その恋人の顔を見るなり、開口一番に、幸村は淡々と抑揚なく言う。
「話って、何でござるか?某も、忙しいでござるよ。」
―――嫌々来たみてえだな。
「なあ、一つ聞くんだけど。」
 政宗は彼の正面にどっかり胡坐をかいて座り、幸村を見据えると、内心避けていた、けれどずっと聞きたかった事を、とうとう問うた。
「何で俺に好きなんて言ったんだよ。何かの罰ゲームなのか?」
「罰、げえむ?」
 異国の言語に、きょとんとした幸村は、え?と小首をかしげた。
 腕組みをした政宗は、少し苛立たしげに、分かるように言い直す。
「・・・思っても無いのに、俺に好きって言えと誰かに指図されてんのかって、聞いてんだよ。」
「そんなこと誰にも言わされてなど・・・。」
「それに、まんまとかかった俺を見て、さぞ面白かったかと、聞いてんだよ。」
 自分の発する言葉に自ら傷ついて、だんだんヒートアップしてきた政宗は、口調が喧嘩腰になっていき。それに相反して、幸村の声は、必死さを増してゆく。
「某がっ政宗どののことを好きなのはっ、本当でござるよっ。」
「じゃあ、なんでっ。」
 語尾の荒さの勢いのまま、幸村の着物の合わせ目を両手でぐいっと掴み上げて、自分の方へ乱暴に引き寄せた。
「あんた、そんな顔してんの?」
 至近距離の、今にも泣き出しそうな、崩れる寸前の辛そうな表情。
以前の幸村は、そう、自分に告白する前は、こんな顔していなかった。戦場以外では、いつも朗らかで、太陽みたいに明るく楽しげで。自分までその陽だまりに包まれるみたいで、そんな彼を見ているのが、好きだった。
 そうだ、そんな彼に、惹かれていたのに。
 自分のせいで、悲しそうに沈んだ表情をさせているのかと思うと、政宗の心は酷く痛くて、その事実が心底辛かったのだ。
「・・・某は・・・っ、政宗どのの、ことっっ。」
 その後続くはずの言霊は、噛み付くような口づけで、全て体内へ飲み込まれてしまった。
「うっ・・・んっ。」
 幸村の下顎を親指で掴み、口を無理やり大きく開かせると、舌を強引に滑り込ませ、怯え逃げる幸村の舌を絡み取り、くちゅくちゅと水音を立てて、すり合わせる。
「ふっ・・・んんんっ。」
 そのまま幸村を、畳敷きの床にドンッと押し倒す。その力任せの衝撃で、幸村は後頭部をしこたま畳にぶつけた。
「いっ痛あ・・・っ」
「もう決めた。あんたが俺の事嫌いでも、俺はあんたを、無理やりでも奪う。あんたの中の、一番深いところに、俺を刻み込んでやるよ。それなら、俺の事一生忘れられねえだろ。」
「まさっ・・・むねどのっっ、だめでっ。」
 初めての、とろけるような接吻で力が抜けた幸村の腰あたりをまたぎ、抗う四肢を自分の体重で抑えつけ、帯を早急に外し、着物の前を無理やりはだける。
「やめてっ、くださっれえっ・・・」
 白いうなじにキスマークをつけようと、顔を近づけた瞬間。
 ぽろっと、政宗の懐から儚げな何かが、幸村の胸元へと落ちた。
「あ・・・。」
 勿論、見覚えのある、あの白い小袋。
『きっと、これで旦那の本心が聞けると思うよ。』
 小袋と共に、佐助の残していった言葉。
 政宗は拾い上げたそれの中をそっと開けてみる。すると中には、黒い丸型の正露丸みたいな薬が一粒あった。
―――うわっ、やっぱ胡散くせえ。
 政宗は、それを確認した途端、眉間にしわを寄せた。
「政宗どの?」
 先ほどの、全てを奪うような動きがいったん止まった事で、ホッとしたのか、政宗の下で、幸村はすこしだけ力を抜く。
 見上げたそこにある政宗の眼は、真剣そのものだった。
「だから、俺は、あんたが、好きなんだよ。だから、あんたが何考えてんのか、知りたい。」
「政宗どの・・・。」
 意を決した政宗は、黒い薬を自分の口に放り込むと、そのまま顔を寄せ幸村の唇に深く口づけた。
「んんっ・・・。」
 口移しに薬が幸村へと移り、彼の喉がこくりと音を立ててそれを飲み込んだのを確認する。
「なんか、苦っ・・・。」
 ハッと口を押さえ、幸村は、両目をきつく閉じる。
―――何が、起こるんだ?
 息を呑んで、政宗は状況を見守る。
 するとしばらくして、幸村の体がぷるぷると小刻みに震えだした。両手で自分の肩を抱きしめ、しきりに摩りながら、唇を青白くした幸村が訴える。
「なっ、なんかなんかっ、体が寒いでござるっ・・・。」
「何だって?」
 慌てた政宗は、見るからに尋常じゃない震えが治まらない幸村に、自分の着ていたはんてん、着物やら、そこらへんにあった布という布を、頭から上に被せる。そして、それらでぐるぐる巻きにした幸村を膝の上に座らせ、布の上からぎゅっと両腕で、かき抱いた。
「幸村っ。」
自分の体温でなんとか幸村を温めようと、腕の中の彼の背が軋むくらい密着する。
 身体を襲う寒気からか、呼吸が早まっている幸村を抱きしめたまま、しばらく祈るような時間が続き。
「・・・幸村?」
 何十にも重なった布越しにもはっきり伝わっていた震えが、ピタリ治まった。
「ふう・・・なんか、寒気が無くなったでござる・・・。」
 ミノムシみたいにされている幸村が、中から安堵の声を発した。
「大丈夫か?」
「大丈夫でござる・・・。」
 けれど、そんな幸村に対し、微かな違和感を感じた。
「でも、何だか、声が。」
「あ。ああー、あれれ?何か声が違う・・・」
 被せていた布をおそるおそる一枚一枚剥ぎ取ってゆくと、そこから出てきた幸村は・・・。
「ええっ、幸村?」
「うわあああああああああっ。」
 先ほどはだけた着物の合わせ目から見えるは、一瞬にして、はちきれんばかりに大きく成長して膨らんだ胸。着物から伸びた手足は、いつもの幸村からは想像もできないほど、折れてしまいそうなほど儚げで。そして何より、明らかに一回り小さくなった体。
「そうか、あの、薬は。」
 なんと、女性化してしまう薬だったのだ。
「あんの、野郎っ。何が幸村の本心だっ。」
 突然幸村は、ガバッと政宗の襟元を両手で締め上げるように掴む。
「政宗どのっ。政宗どのはっ、やっぱり女子の方が好きなのでござるな?」
「はあ?」
 不意に、幸村の大きな瞳がじんわりと濡れたかと思えば、目の端から、ぼろぼろと大粒の涙が溢れ出す。そして、とうとう感極まったのか、わああああんっと大きな声で号泣し始めた。
「ちょっ、おい、幸村。」
 あまりの急展開に、政宗は流れについていけず、柄にも無くオロオロしっぱなしだ。
「まさっむねどのっは、おなご好きっと、全国各地で有名でござるっっ。抱いたおなごは数知れずだとっっ。一尺以内に近づいたおなごは全て孕ませるとっっ。」
「何だって?何だよ、その全国に流れている妙な噂。」
 女好きかもしれないが、ごく一般の成人男性の範囲内だと思うが。
「某はっ、全然可愛くも無い、どこもかしこも、ごつごつの無骨な男で、もしもっそんな体の深い関係になってしまったとしてもっっ、きっときっとっ、おなごの方が良かったと、失望されるでござるっ・・・。そして、捨てれるでござるっっ。」
 しゃくりあげながら、声を詰まらせながら、幸村は、一生懸命に言葉を絞り出す。
「だからっそれがしっ・・・政宗どのにっ嫌われるのがっほんとにっこわくてえっっ・・・。会うのも、怖くてっ。嫌われるのならばっ、会わないほうがいっそ良いかとっっ。」
「幸村。」
 こんな些細な事で、そんなに悩んでいたのかと、正直思う。
けれど、幸村にとっては、全然些細なことじゃなくて、すごくそのことを真剣に悩んでいたのだ。
 愛おしさが爆発しそうで、政宗は幸村の身体を、再びぎゅっと抱きしめる。
「しかもっ・・・、それがしを・・・っ、おっおなごにするなどっ、やっぱり男じゃだめなのでござるかああっ・・・。」
「え?これは、あんたのトコの忍びが持ってきた薬・・・。」
「こんなの酷いでござるっ・・・こんなのっ・・・。」
「すまなかった、幸村。」
 名を呼んで、ちゅっと、頬にキスをする。
 はじかれたように、幸村は泣き止んで、すぐ傍の政宗を見つめた。
 すると、真剣な面持ちの政宗と視線が克ち合う。
「幸村、俺は男とか女とか、そんな事で選んでるんじゃねえよ。あんたが好きなんだ。性別なんて関係ねえ。俺に一直線に向かってくる、俺をこの世で唯一、たぎらせる事が出来る、あんただけを好きなんだ。そんなあんたが、笑った顔が一番、大好きなんだよ。」
「え・・・。」
「だから、あんたの全部をずっとずっと欲しがっていたのに、あんた拒みまくってただろ。だから、俺の事、馬鹿にしてんのかと思った。」
「政宗どの・・・。」
 頬に流れる幾筋の涙。それを、優しく唇で吸い取り、嘗める。
「なあ、俺はあんたが欲しいんだ。あんたを抱きたい。」
 きゅっと心が締め付けられるように切なくなる。泣きたくなるように、酷く苦しくさせる。でも、でも何よりも、誰よりも、会いたくて会いたくて。
そんな心にさせるのは、世界中で、ただ一人だ。
「某も・・・政宗どのが、欲しいでござる・・・。」 
 恥ずかしそうに告げた幸村は、両腕を伸ばすと、きゅっと政宗の首にしがみついた。


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