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小説
3
「なあ…。」
 政宗は制服のタイを器用な手つきで首下に結びながら、まだ着替えの途中だった幸村に何気ない口調で声をかけた。
「え?」
 幸村は、皴にならないよう折りたたんであったブラウスを、夏の強い紫外線のせいで小麦色に焼けてしまった素肌に羽織ながら、隣の彼に返答する。
「朝のさぁ、二人きりなら、良かったわけ?」
 心底面白がっている口調。語尾が笑っている。
「はあ?何のことで?」
 幸村は思い当たる節があるのはあるのだが、しらを切ることをきめ、そっぽを向いたまま一番上の釦へ手をかける。
「…本当はわかってんだろう?」
 政宗は広い部室に二人だけなのをいいことに、幸村との距離を最小限まで縮める。それは、吐息同士が触れ合ってしまうぐらいの距離だった。
 部活が終わった後の部室。
 先程まで行っていた激しい運動のため、体内に残っていた熱が、まだ完全にひいていないのを感じる。
 その同級生の端正な顔を間近に、夢のように瞳へと映したまま、幸村は思いを巡らせていた。
 その発端は、今から約半日前の、本来ならば他愛の無い日常的な行動からだった。


☆☆☆

「ついてないな…。」
 幸村は口内で小さく悪態をつくと、その場の状況をやり過ごすため、目を閉じた。
 幸村は出掛けに見た、その日の星占いが最悪だったことを思い出し当たってしまったと、ペシャンコにひしゃげた鞄を胸元に強く抱え込み、重く溜息をつく。幸村の周りは、身動き取れないほどの人、人、人。人口密度の高さから酸素が薄いのもあるが、見知らぬ他人と体の大部分が接触する状態に、気分まで悪くなってくる。改札を抜けホームに入った瞬間、滑り込んで来た電車に飛び乗ったまでは良かったが、朝の都心へむけての通勤ラッシュに運悪く重なってしまったのだ。普段乗っている電車は、剣道部の朝練に間に合うよう一時間以上早い時間帯のため、座ることは無理でも、扉にもたれながらゆっくり外の景色を見つつ、その心地良い振動に身を任すくらいは出来る。寝坊した自らが悪いのだが、それでも耐え難い現実。今の自分は、人が周りに密集しているため、転倒することはまずないが、変に身体へと力を込めているせいで、意味不明な所が筋肉痛になっているだろう。
頭上のスピーカーから低い男性の声のアナウンスが響いた。
その瞬間に、自分がいる場所と逆方向の扉がスーッと開いた。途端、人がどっと駅へと流れ出し、新鮮な風が吹いた気がしたのも束の間、また同じくらいの、いやそれ以上の人数が無理矢理車内へ押し込まれてきた。
(う〜勘弁してくれっっ。学校に着く前に疲れきってしまうではないかっっ。)
 思わず泣き言が喉から出そうになった。
 あと、何駅だっけ。というか、ここ何処なんだよ。わからないけど、とりあえずあと数分の我慢だ。我慢、我慢…。
 眉間に思いっきり皴を寄せ、不機嫌オーラ全開の幸村は、念仏のように自分を抑えるために自制の言葉を心の中で繰り返していた、その時。
「――――っ。」
 ぐいっと、仰向けに倒れるかと思うほど強い力で、後ろから羽交い絞めにされ、両腕で抱きしめられた。
何故?
至極当然の疑問。
怒りよりも、何よりも、幸村の脳裏に浮かんだのは、その単語。
この絶対楽しくない押しくら饅頭状態では、振り返るのも出来ないので、幸村はその言われなき仕打ちに黙って(もちろん心の中では走り出しそうなほど狼狽していたが。)耐えるしかない。
と、いうか、何者?
て、いうか、変態?俺は女じゃない。
かといって、女性ではないみたいだ。
この自らの身体に添えられている両手の位置の高さと、馬鹿みたいに強い腕力からいって、同じ体格くらいの男だ。
グルグルと考え込んでいる幸村の耳元に、その(幸村いわく)変態さんは、わざと息を吹きかけるみたく、囁きかけた。
「何、満員電車でカエルみてえに潰れかけてんだよ、朝から、超だっせえぞ。」
――――っっ!
 幸村はその瞬間、声だけで相手が解ったらしく、精一杯の怒りを込めた声で前を向いたまま低く唸った。
「なんでここに?お付の方の送り迎えでは?」
「別に、意図してあんたと同じ電車に乗ってるわけじゃねえよ、そこまで暇じゃネエし。今日はたまたま、小十郎が体調悪くしたんで、仕方なく乗ってやってんだよ。」
 このムシムシした即席サウナの中でも涼しい顔して言い放っている政宗が、見ずとも想像できた幸村は、さすがに怒りを通り越え、うんざりすると同時に脱力して政宗に寄りかかる。
「まあ別に政宗どのがどちらにいようが構わないが・・・この手は外してくれないか?」
一応回りに気を使っているのか、二人はボソボソと声のトーンを抑え気味にして、相手にだけ聞こえるように会話をしている。
お互いの顔は、限りなく近い。少しの振動でも唇が触れ合ってしまいそうなほどだ。
「いやだね。」
「は?」
「別にこれでいいじゃん。ちゃんと支えてやってんだし。」
「…良いわけないっ?周りに誤解されるっ。」
「聞こえねえな。」
 外すどころか、ますます政宗は腕に力を込めてきた。
「―――ッ。」
 そして、あろうことか、周りが自分たちに無関心なのをいいことに、政宗の右手は幸村の下腹部をまさぐり、無遠慮に大事な部分に触れてきた。
「馬鹿ッ。」
 幸村は、思わずヒュッと息を呑む。
「どうした?」
 嬉しそうな声。聞いたのは、ポーズにすぎない。
「何してるので!。こんなトコで…ッ」
 政宗の信じられない行動に、幸村の心臓はたまらないくらい早鐘のように動きを早めている。
 あくまで布越しにだが、政宗の指先は的確な動きで幸村の敏感な部分を探り当て、欲望を徐々に煽っていく。
「…けど、あんた自身は嬉しそうだぜ。」
「――ふッ。」
 体内に生まれた熱の大きな塊が、吐息と一緒に吐き出される。
 思考が、政宗の手の動きだけに持っていかれそうになったその瞬間。
 ガタンッッ。
 車体が大きく揺れて、思いかけず二人がいた方向の扉が開き、見たことのある風景が目に飛び込んできた。
 不意に拘束していた腕が弛められ、体が一瞬自由になった幸村は、その隙を見逃すわけなく、間髪いれず政宗の懐に肘鉄を食らわせていた。
『○×学園前〜。○×学園前〜。』
 駅の構内アナウンスが、虚しく当たり一面に響いていた。
 

 思い出して、幸村は頭が痛くなるほどの眩暈。湯が沸きそうなほど、顔を真っ赤にした幸村は、こめかみを押さえてそれを堪えた。
「いいわけないでござる!」
 幸村は苦虫を潰したような表情で政宗へ向き直り、きっぱりと強い口調で言う。
「って、いうか、なんでこんな嫌がらせするのだ?楽しいのか?」
 あの場で言えなかった政宗に対する憤りを、激しい口調でそのままぶつけた。手には、着替えた剣道着が、しわになるほど握りこまれている。
 朝練だけでなく、ホームルームにまで遅刻しそうになっていた幸村は、不意打ちで鳩尾へと食らった衝撃に、蹲った格好で動けない政宗をホームに放置したまま、一目散に駅を後にしたため、消化不良な感情を胸のうちに残した状態で、半日を過ごしたのだ。
「抱きしめたりしたことか?何でそれが嫌がらせなんだよ。」
「それ以外の何者でも無いだろうっっ。」
「なんであんたが、嫌がらせって決め付けるんだよ。」
 押し問答の会話がしばらく続いた。
「じゃあ、何だっていうのだ。」
 幸村はイラついたみたいに、自らの前髪を右手でクシャクシャとかきまわした。
「聞きたいのか?なら、教えてやるよ。」
 政宗は眉根を僅かに顰めた表情で、潔く言い切った。
「あんたを、好きだから、だよ。」
「――――!?」
 思いもよらぬ言葉に幸村は、全身金縛りに合ったかのごとく固まる。
「俺は、あんたに言ったはずだろ。」
 ゴクッと幸村は喉を鳴らした。
「…確かに…、聞いた、けど。」
 困った顔をして、幸村は歯切れが悪く返事をした。
 ――――好きなんだよ。すっげえ、好きだ。
 綿菓子のような雪が、空からふわふわと舞い降りていた日。
その年一番に冷え込んだ、あの真っ白い運動湯で。
前触れも無く、幸村は、政宗から告白を受けた。
あの時、お互いの占有物になると約束しておきながら、それから半年以上も経った今の今まで、進展は皆目無かった。それ以前に、好きだと言ったのが嘘かと想うほど、政宗が、自分に対して好意を持っている素振りを全く見せなかったから、告白は冗談だったと幸村は判断していた。一人、騙されたのかと隠れて憤慨した。
いつも通りの、部活の仲間としての、彼。
学校の同級生としての政宗でしか無かったから。
「全然、あれから何もしてこないし、言わないから、冗談だと思っていたので…。」
 幸村は話しながら、少し声が上ずっているのを、自分で気づいていた。
 なんだろ、胸がモヤモヤと苦しい。
「今まで、行動に出すこと自体を我慢してたんだ。急に俺が態度変えたりして、あんたに避けられたりしないようにって思っちまった。けど、それなのに、あんたは俺の前で、あまりに無防備に他の男に目を付けられるから。すっげえムカついたぜ。一応、二駅は傍観してたんだけどな。」
「…何?」
 意味がわからないというように、幸村は首を傾げる。
「だから、説明すると、あんたより先にあの電車に乗ってたんだよ、俺んちのほうが学校から遠いの知ってるだろうが。そして、わざわざあんたは、9両もある列車の中で、俺の乗っている車両に乗ってきた。しかもすぐ傍に、だ。あんな近くにいるのに、全然あんたは気づかねえし。俺は、すぐ幸村が乗って来たの、馬鹿みてえに、即座に判っちまったのに。」
 自嘲気味に笑い、目にかかる長い前髪を無造作にかきあげる。
「なんか、俺が鈍感みたいじゃないか。」
「はあ?敏感だって思ってるわけ?隣のじじいがあんたの方すげえ見てたの知ってんのか?だから、わざわざガードしてやったのに。」
 政宗は口を尖らせて、非難する口調。
 ―――なんだって、誰が、俺を?
 幸村は、あまりの、背筋も凍る宣告に、白くなる脳を振り起こすみたく、おもむろに首をブンブン左右に振った。
「隣のやつ、異様にくっついてこなかったか?」
「そういや、なんか、近くのおじさんが密着してた、気がする、けど。」
 背広を着た小太りの中年サラリーマン風の男が。
「ばーか。」
 政宗は呆れ混じりにその単語を吐いた。
 自らの甘さ加減を、やっと気づいた幸村に、政宗は口では悪態をついておきながら、表情はホッとしたように緩んだ。けど相変わらず、口は不機嫌の象徴で、への字に曲がっている。そして政宗は、ふうと大きく天井へ向け、溜息を一つ。
「で、オッサンがあんたに手を伸ばしてきたから、触れる前に未然に防いだ。これがことの一部始終だ。」
「だからってあそこまで、しなくていいではないか。」
 なんで、股間を撫で回す必要性があるのだ。
「まあ、俺もちょっと調子こいた。」
 そう言いながらも、政宗は全く悪びれない様子だ。
 正面で向き合った状態の二人は、互いの身体が今にも触れ合いそうで、朝の状態を再現しそうだ。
 吐き出された吐息は、もう既に重なり合って。
 政宗は真剣な表情に戻ると、まだ物思いにふける幸村の顔を覗き込んでいたが、目線を幸村の、首もとへかけただけの蒼いタイへ落とした。
「まあ、そんなの体の良い、いいわけかもな。」
 政宗はそう軽く嘯くと、身体を半回転させて、幸村に背を向けた。
 圧迫感から開放されて、幸村は密かに安堵の息を吐く。
「俺が、幸村に触れたかった。それだけだ。」
 政宗は、顔も合わせない状態で、言葉を続ける。
「俺も、その朝の痴漢おっさんと一緒かもな。」
「…、何で…。」
「だって、合意も無く、無理やり触ったんだから。」
 政宗の声は、段々、意気消沈としてきた。
「幸村は俺を好きじゃネエだろ?」
「それは…。」
 そこまで言って、幸村は言葉を詰まらせる。
「だから、俺も、もう、幸村を好きでいるのを辞めるから。」
「…。」
 表情が見えない政宗。それと同様に感情も読めない。
 何もかも拒絶するように向けられた背。
 その後姿をじっと見つめながら、幸村は何故か無性に悲しくなった。胸の何処かが、精密な動きにズレが生じてきているみたいで、痛みはずんずん増してゆく。
 政宗の想いに対して、何と答えたら良いのかわからない自分自身に対し、歯がゆくてたまらなくなった。感情をそのままに、下唇をキツク噛んだ。
 彼を好きじゃないのなら、政宗を自分に繋ぎとめておく必要なんてないはず。政宗の考えも人としてごくごくあたりまえのものだ。
「俺は…。」 
 声は、掠れていた。感情が抑えきれず震えている。
 けれど、自分は今、正直こんなに辛い。
 政宗の言葉が、辛くて痛くてたまらない。
 そう、唯一の答えは、あの白い世界ではっきりしていたはず。
 今まで誤魔化してきた心。そのせいで、政宗を傷つけていたのかもしれないことに気づく。
 自分がするべきことは、本当に簡単なことで。
 たった一言の単語伝えるだけ。
 それだけ。
 けれど、その言葉のために、二人の関係が変わることを知っていたから、伝えることを躊躇っていた。居心地良い友人として、保っていたバランスが壊れることを。
それなのに、わがままな自分は、彼を失ってしまう事を、心の深層心理で、とてもおびえている。
―――政宗が、他の誰かを好きになることを、こんなに恐れているのに…。
「俺も、」
 ためらいを討ち捨て、幸村は後の台詞を続けた。
「俺も、政宗どのを好きだ。」
「はい?」
 間抜けな声を発した政宗は、振り返り、驚き目を丸くする。あんぐりと口を開け、超絶美形も形無しだ。
「何だ、その態度はっ!好きだって言ってるのだぞ。」
「ああ、すまん。全然、そんな返事、予測してなかったから。」
 政宗はソロソロと右手を伸ばし、幸村の左手の小指に、子供っぽい仕草でそっと触れた。
 一言で表しきれない、複雑な心の動揺が見え隠れする政宗の、されど強い意志を現す碧眼に焦点を合わせて、幸村はもう一度復唱してみる。
「好きだ、政宗どの。」
なんだか、一度言ってしまうと結構平気。
「俺なんか、そんなもんじゃねえぞ。すっげえ好きだ。」
 赤らめた頬を片手で隠した政宗は、嬉しいような、戸惑ったような、今まで見た中で一番人間臭い表情をしている。彼自身も持て余す感情を、今、どうしていいかわからないのだ。
「政宗どのが俺を好きって思ってる以上に好きだ。」
「俺の方がそれ以上に、好きに決まってるじゃねえか。」
「俺のほうが、好きだって言ってるッ。」
「はあ?俺が先に言ってたんだぜ。」
「後も先も関係ないっ!」
こんな時でさえ意地を張り合い、告白しあう自分たちがあまりに馬鹿らしくて、けれど楽しすぎて、どちらからでもなく、笑いが込みあがってきた。ひとしきり気が済むまで声を出して笑った。そして、呼吸が一段落したところで、政宗は向かい合った幸村の両手を躊躇しつつも今度こそしっかり握り、口内で呟くみたく、ポツリと零した。
「な、キスしていい?」
「馬鹿、何を、聞いて…っ。」
「大事にしてえからに、決まってるだろうが。」
 ムードもへったくれもないその状況に、自分達らしいのかと脳裏で思いながら、幸村は了解の合図みたく目をぎゅっとしわが寄るくらい閉じた。
 その数秒後に、ぎこちなくソレは舞い降りてきた。
 百戦錬磨の恋の達人という噂の政宗らしくなく、ちゅっと音を出して唇同士を触れ合わすと、すぐ逃げるように温もりは去った。
 幸村がゆっくりと目蓋を開け大きな瞳で目の前の彼を見ると、目線が同じ高さの政宗の瞳は赤くなり充血している。心なしか体も震えているみたいだ。
「どうした、その目?結膜炎か?」
「やべえ…、治まりそうにない。」
 政宗は俯き、自分の肩を抱く仕草を見せ、声を絞り出す。
「何が?」
 幸村は、耳たぶを人差し指でかきつつ言った。
「もー、堪えきれねえ。」
「だから、何だ。日本語しゃべってくれ。…ッたあ。」
 いきなり政宗は、無防備だった幸村を床に押し倒した。幸村は、固い床にしこたま後頭部をぶつけ、目から星が出た気がした。
「何をするっ!」
 バッと反射的に起こそうとした幸村の上体を、すかさず政宗は再度床へ力任せに押さえつけた。
「離せ、馬鹿ッ。」
「やるぞ、幸村。」
「何を、でござるッ。」
 顔をこれ以上無いというまで近づけて、政宗は口を大きくはっきりと動かし滑舌良く告げた。
「セックス。」
「!」
 あまりの大胆な台詞に、思わず声も出ない。
 幸村の目は、眼球が思わずポロッと転げ落ちそうなほど極限まで見開かれた。
「いいだろ?俺のこと好きなら、完全に俺のものになれよ。」
 政宗は自己中心的な台詞を吐きつつ、印象に残るくらい綺麗に微笑してみせた。
 ここまでアップに耐え切れるヤツがいるのかと、政宗の非の打ち所のない顔に、思わず幸村は見惚れそうになったが、これじゃいかんと首を振り我に帰ると、上から体重をかけて乗ることで拘束されている四肢をジタバタさせて抵抗を始めた。
「大事にする。俺、結構うまいぜ。」
「どこで披露してんだよッ。」
 あんた、本当に高校生?不純異性行為は校則違反だ。
 幸村は、非難を露わにして、睨み付けた。
「好きだぜ。幸村。今は、誓ってお前だけを。」
「…。」
 そんな優しい声で耳元に囁かれては、幸村は魂が抜き取られた感じに、力が入らなくなってしまう。
 ―――なんで、こんな人、好きなんだろ。
 幸村は、白くぼやけていく意識の中で思った。
 そして、政宗が自分を好きというだけで、こんなに胸は打たれ、泣きたくなるくらい、嬉しいんだろう。
「あんたが、欲しい。」
 真剣に語った政宗の肩に、幸村は観念した様子で、答える代わりに両腕をしっかりと回した。
「じゃ、せめて優しくしてくれっ・・・。」
「おっけー。」
 政宗は言うなり、幸村の体を横抱きにして連れてゆく。瞬間、幸村の足から上履きが脱げ落ちたが、ほったらかしだ。幸村戸自身落ちてまた頭にたんこぶを作らぬように、政宗の背中に、力と愛情を込めてギュウッとしがみついた。


 幸村が、熱に浮かされたみたく腫れぼったい目蓋をぼんやりと開けると、薄暗い天井が政宗の頭越しに瞳に映った。それは、冷たい床に直に寝ているためか、とても遠い場所に思えた。
 ぺちゃぺちゃと淫らな音を立てて、舌同士が何度も絡み合う。唾液をうまく飲み込むことも出来ぬまま、それは口端からあふれ出て、幸村の首筋に透明な線を作っていた。
「…ふッ…んッ。」
 気の遠くなるほど長いキスに、幸村は息苦しくなり、眉は中心に寄った。懸命に鼻で呼吸をしようと試みるが、うまくいかない。切羽詰った幸村は、逃げるように首を横に逸らした。
 二人のシャツのボタンは一つ残さず外され、完全に前がはだけて、スポーツマンらしく均整のとれた健康的な肌が、蛍光灯の下、露になっている。
 政宗は急かすみたく、幸村のベルトのバックルをカチャカチャと音をたて外すと、下肢を覆う制服のズボンに手をかけて力任せに、一気に踝まで下ろしてしまった。
 それと同時に、自分も邪魔なシャツを床に脱ぎ捨てると、ソファに寝かせた幸村の背を両腕で掻き抱く。生身の柔らかい肌同士が直に触れ合って心地よい。
 それは、まるで、極力安心させるための動作。
 政宗は抱いていた腕を緩ませ、その名残惜しい滑らかな感触を手放すと、今度は熱く火照った唇で幸村の体の隅々まで触れていった。
 触れた証をつけるように、上から下へ、首元から鎖骨へと。
 初めての経験に、何が何やら実際のところわからない幸村は、政宗のそつなく続けられる愛撫を、まな板の鯉みたく、そのまま従順に受けていた。だが、いきなり胸元を舌で舐められる感触に、反射的に背中はビクンと弓なりに強張った。
 幸村の変化を敏感に感じ取った政宗は、執拗に、今度は唾液で濡れた舌を絡ませて何度も吸い上げ嬲った。
「…ッ、まさむっ…、そこ、も…。やめてって…。」
 耐え切れず、はあと熱い息を吐き出しながら、幸村は声に出して抗議する。目の前にある、自分の懐に納まる政宗の髪へと指先で触れた。
「…素直じゃねえのな、あんた自身は感じてるみてえだぜ。」
 そう嘯きながら、意地悪そうに、政宗は幸村の大事な部分を指で指し示す。
 言われた幸村も、思わず上体を僅かに上げ、自らの股間に目をやると、下着も取り払われ全貌をさらしているそこは、すでにはっきりと分かるほど、硬く立ち上がり自己主張を始めていた。
「馬鹿ッ…。」
 幸村はボッと点火したみたいに顔を紅くすると、即効で首ごと目線を自身から逸らした。
「幸村の裸って、あんまりマジマジ見たこと無かったけど、意外に綺麗だな…。ここも。」
 言いつつ、ピンク色の胸の突起物を親指で潰した。
「ッ…。」
羞恥に言葉も出なくなる幸村は、自らの顔を両手で隠してしまう。それを、政宗は手首を捕まえることで即座に阻止した。
「隠すなよ。」
政宗は顔を間近に近づけて囁く。顔中に、優しいキスの雨を降らせた。
「全部、隠さず見せろよ。俺のもんだろ?」
 政宗は言いながら、もっと良い表情をさせようと、行動に移す。手を下腹部へ伸ばし、先走りの液体で濡れそぼつ幸村自身をキュッと掴み、そして、指に力を込め上下にしごき始める。絶え間なく掌にあるソレを触りながら、幸村の性感帯と認知した胸元への刺激も続けた。
「くっ…、んん。」
 幸村は歯を食いしばって喘ぎを堪えようとするけれど、無駄なあがきだった。
「はあ…っ、んん…。」
 声が、次第に上擦ってくる。女性みたいな甘い吐息が、自らの喉からほとばしり、零れる。
 幸村は、そんな自らの呼吸でさえ、脳は刺激へと変換し、徐々に何も考えられないほどの快楽へ溺れてゆく。そして、次の瞬間。
「―――ッ。」
 一瞬の隙をついて取られた、信じられない政宗の行動に、幸村の脈は跳ね上がった。
 政宗は、張り裂けそうにそそり立つ幸村のそれを、自らの生温かい口内へといざなったのだ。そのまま、喉の奥まで咥え込んでしまう。
「それは…、やだ…、くう…。」 
 幸村は辛抱出来なくなり、ガリッと自分の爪を前歯で噛んだ。
「ふッ…、んん…あああ…ッ。」
 わざと大きく音を立てつつ強く吸い上げられ、幸村の立てた膝は、力無くガクガクと小刻みに震え始めた。
「も、出しちまえ。」
「…ッ。」
 それは、絶対、嫌だ。
 足の十本のつま先をフローリングの床に突き当てることで、なけなしの理性を総動員させ、最後の抵抗を幸村は試みた。
幸村は、そっと薄目を開ける。
 政宗は見せ付けるみたく、紅い舌を小さく出して、ちろちろと割れ目を舐めた。掌の中で上下に滑る動きは、早さ、そして激しさを増してゆく。そのブルブルと身震いするほどの快感は、血が凄まじく流れ込むように、下腹部へと直結し、そして、極限ギリギリまで上り詰めた。
「ああ…、もお…やだッ…離ッ…。」
 涙で視界はぼやけ、薄い膜が全体的に意識を覆う。
 ふっと、真っ暗な視界の中で、何かが弾けた。

 ゴクリと政宗が何かを飲み込む音。
 それを極力聞かぬよう、幸村は顔を背けた。
はあはあと不規則に乱れた息を整えるために、幸村は肩を上下させ、大きく息をする。
「大丈夫か?」
 政宗は、幸村の呼吸が平穏に戻るまで、隣に座ると幸村の頭を宥めるみたく擦り、静かに待っていた。
「ここで、やめとくか?」
 そういえば、幸村が性行為自体初めてだったのを思い出し、少し調子に乗りすぎた事を、政宗は内心反省した。
 政宗は、幸村の俯き気味の顔を心配げに覗き込む。
「…だいじょうぶ。」
 幸村は小さく呟くと、顔を上げ、はにかんでみせる。
「そこまでヤワじゃない。」
 政宗もひとまず安心したのか、少しだけ微笑した。
 政宗は自らの指を第二関節まで口へ入れると、丁寧に濡れるまで唾液を滴れせつつ、舐め上げる。そして、幸村の体を、膝を立てた状態でうつ伏せにすると、無防備な臀部の間に、その液体で湿らせた指を滑り込ませる。
「…ッ。」
 突然襲った異物感に、幸村は体全体を緊張から硬くする。
「力抜けよ、入んねえから。」
「んなこと、…言っても。」
 何をされるか検討もつかないことに恐怖感を覚え、体の強張りは、そう易々と解かれやしない。
 政宗は、幸村の気を逸らすために、萎えていた前の部分を強弱つけて摩りだした。
「…はあ。」
 達した後で敏感になっている部分に遠慮なしに触れられ、敏感な体はフルフルと身悶える。そこに全意識が集中してきて、無駄な力が抜けてきた幸村の内部を、政宗は慎重に犯してゆく。
縦横無尽に蹂躙するみたく、指は蠢いている。
 その刺激に次第に慣れてきたところで、指はいつの間にか増やされ、内壁を傷つけぬようにゆっくりと、けれど確実に、次第に奥へと進められた。時間をかけてトロトロになるまでほぐされて、だんだん僅かな痛みも無くなっていった。やがて、痛み以外、体内の奥からムズムズとむず痒い、何か変な感覚が生まれ。
「―――んッ。」
 ギクリ、と腰が浮いた。
幸村は、驚いて頭を数回振った。透明な汗が数滴空中へ舞う。
「ここか?」
「あッ…。」
 男でも後ろで感じる部分があるらしいと聞いたことがある。
 政宗自身もその噂に対し半信半疑だったが、今、確信に変わった。
 幸村は嫌がる素振りを見せ、腰が引けられる。政宗は自分の体重をかけ押さえ込み、それを制御する。
「ん…あ…、もお…やッ…。」
 なんて、可愛いのか。
 こんな同じ体格の同姓に対して思う感情じゃないと思っていたが、幸村は別格だった。
ひどく可愛くて、愛おしすぎる。
「もっと、声、出せよ。」
「ば…かあ…ッ。」
 悪態をつく声さえも、甘美のそれに聞こえる。
 目頭に涙をためて睨む顔なんて、誘っている風にしか見えない。
 普段の幸村からは想像つかない、自分だけ知っている秘密の表情。
 政宗は幸村の秘部を指で何度も刺激し、爪を立てよう注意しつつ指の腹で絶え間なく擦った。
「も…、お願…ッ、やめ…ッあ…。」
 そう口では訴えながらも、もっと強い刺激を求めるように、びくんびくんと腰が動き、自ら奥へと誘った。
 何だか、自分が変になってくる。
 痛いだけだったのに、今はこそばゆくて、そして…。
「も、俺が、やべえ…。」
 政宗は小さく吐き捨てると、指を一気に抜き、幸村の腰へ手を持ち抱え、自分の両膝の上に腰を下ろさせる。
 内臓を犯すような圧迫感から解放され、幸村がホッと体の力を抜いた時に狙いを定め、政宗は猛り狂ったその先端を、幸村の熱い体内へ押し込んでしまった。
「―――いッ。」
 ―――痛い。
 幸村は目を白黒させて、歯を食いしばり我慢する。この身を内側から裂くほどの激痛。それを必死で耐えようと、自分の両手を爪が食い込むほど握った。
「背中に手え回せ。しがみつけよ。」
 政宗は幸村の石みたく強張る両腕を取ると、自分の背中に回させた。幸村は躊躇しながら、言われたとおり縋るように抱きつく。
 いたわりを込め、幸村の背中を摩りながら、壊れ物を扱うみたいに、細く険しい道をかき分けゆっくりと挿入し始めた。
 幸村は深く長く息を吐き出しながら、自分の体重をかけ、政宗の肉棒を自らの体内へ埋め込んでゆく。その生々しい感触に、幸村はゴクリと喉を鳴らす。
「ふあ…。」
 熱い。熱くて、たまんない。
幸村は白濁してくる意識の中で、それだけを思った。
窮屈な内部へ全て収めてしまうと、締め付けられ、政宗はあまりのきつさに、少しばかり眩暈を感じた。
 けれど。
一緒になれたという、それだけで。
 こんなに、幸せで十二分に満たされた気分になる。
 現実に、幸村を、熱く感じている喜び。
 政宗は、俄かに汗ばむ幸村の肩口に甘くキスマークをつけた。
「大丈夫か?」
 幸村は口ごもり、首を上下に振ることで返事する。
「動くぞ…。」
 政宗は、小刻みに上下運動を始めた。
 ―――ボーン、ボーン。
 急に、静寂を遮った、頭上で鳴った重低音。
 政宗から与えられる動きに身を任せたまま、幸村は、熱で浮かされた時みたく熱い目蓋を薄く開け、音の出た背後へ眼を向ける。すると、壁に掛かる時計に視線が届くよりも先に、全面の壁を覆う大きな鏡に、はっきりと映る自分を視界に捉えてしまった。
 全裸に近い、靴下だけ履いている格好で、政宗に、女性のように組み敷かれている様子をまざまざと見てしまい、すぐさま目蓋は再びキツク閉ざされた。
「あ…、やッ…あ…。」
 キュッと自身を急に締め付けられ、政宗は驚いた様子で、幸村を眺める。
「何、鏡見て感じてんのか?」
「…っ…んん。」
 若干の嬉しさを滲ませて、政宗は低く囁く。眼にかかる湿った前髪を、邪魔くさ気にかきあげた。
 鏡に映った自分達を見て、感じた?
 幸村はその事実さえも恥ずかしくて、心がどうにかなりそうだった。けれど、その思いが、幸村自身知ってか知らずか、逆に興奮を抑えきれなくなる。
「ゆき…。」
 政宗は向かい合って座っていた姿勢から、挿入した状態のまま、幸村の体をソファへ押し倒すと、幸村の両足を肩にかけ、より奥深い場所へと繋がった。  
 その部分から、身悶えるような快感が生まれてきて。
もうすでに、羞恥心も理性もどこかへ手放してしまった。今は、この押し寄せる波に、完全に埋もれてしまいたい。
政宗が動くたびに、グチュグチュと卑猥な音が洩れる。内部からの分泌液が潤滑油の役割を果たして、そのおかげで動きはかなりスムーズになった。
幸村は欲望を忠実に求め、政宗の動きに合わせ、腰を揺らし始めた。
「あ…、ん。ああ…く、うん…。」
 口から絶え間なく、感じきった嬌声が溢れてくる。
政宗は、さっき指で確認した幸村の前立腺を探り当てると、そこを集中的に容赦なく攻撃する。
ズブズブと入ったり出たりの動作を繰り返し、内壁を擦りあう。政宗自身の先端が、一番感じる部分に微妙な角度で触れてゆく。
「ふ…ん…んあッ。あ…だ…め…。」
 意識を今にも手放してしまいそうになり、それを恐れて、幸村はとうとう政宗の肩に傷になるほど爪を立てた。
「はあ…、まさ…むっ…も、おれ…、んッ。」
 快感を高める動きは鼓動と同じく、早くなってくる。
「好きだ…幸村…。」
思わず、零れた掠れた独白。
そして、想いの証のように強く激しく内部へ打ち付けて。
 二人同時に果てた。


「痛い。」
 幸村は床に座ったまま、不貞腐れた表情をしてぼやいた。全裸の腰の部分を大げさに摩る。
 政宗は、さっさとズボンを履いてしまうと、幸村の肩に、冷やさないようにと自らのシャツをかけた。
「よく考えたら、ここ部室だろう?誰か来たらどうするつもりだったのだ。」
 明日から、ここで平然と普通の顔していられるのだろうか。幸村は全くといって良いほど自信が無い。
「みんなは先に帰っただろうが。」
 言いながら、政宗はくくっと含み笑い。
 それが、あまりに確信犯っぽい表情だったので、幸村は、ハッと気がつく。
「もしかして。」
 詰め寄るみたいに、幸村は立ち上がる。
「俺だけに道場の掃除をさせたのも、先に他の部員を帰らせるための時間稼ぎか!」
 ふふん。政宗は当然のごとく鼻で笑う。
「…部長の特権だろう?」
「職権乱用っっ。」
 完全に、はめられた事を悟り、幸村は憤慨した。
「けど、あんただって最後は自分から…。」
「わー、わー、わー。」
 幸村は大声を出すことで、その先のあまり聞きたくない台詞を妨害した。
「あーれー?」
 場の悪いフヌケた声が急に耳に届いて、二人同時にその方向へ顔を向けた。
 すると戸口にいつきが、欠伸をかみ殺しながら立っているではないか。
「…いつきちゃん、なんで…。」
 幸村は、いつきに向け震える指をさし、力なく問いかける。
「ランニングサボって校庭で寝てたら、いつの間にかこんな時間になってたんだ〜。何々、政宗と幸村だけなのか?皆、帰っちゃったの?」
 なんとも、無邪気な高校生。
「…。」
 政宗と幸村は、呆然と互いの顔を見合す。
 ―――見られて、無えのか?
 探り合うように、目で合図した。
「じゃ、あたしも、もう帰るな。また明日!」
 ドアは固まる二人を残して閉まり、何事も無く去ってゆくいつきの背中を視界から遮断した。
それを無言で見送り、ほっと、心底二人は胸を撫で下ろした。
「あ、それから。」
 閉じられたはずのドアが再度開き、二人は同時に肩を揺らし、ビクンッと大げさに驚いてみせる。
「今度からさ、ドアはちゃんと完全に閉めてからしたほうがいいよ。誰が聞いているか分かんないよ〜。」
 背筋に冷たい戦慄が駆け抜けるほど、見事に悪魔の微笑みで、いつきは付け加えた。
「…。」
 パタン。空しく扉は閉ざされた。
 戸が閉まった数秒後に、政宗は幸村から怒りの鉄拳を受けたことは、言うまでもない。


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あきゅろす。
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