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小説

「真田君、お客様だよ。」
 同じクラスの女子が、幸村の頭の上で言葉を投げかける。
「旦那、お客様だってっ。」
 笑い混じりの耳慣れた声がしたと思ったら、髪の毛をくしゃりと無造作に撫でられた。
 弁当後、いつの間にか睡魔に襲われていた幸村はだらしなく机に突っ伏した状態で、ガバッと顔だけ上げる。
「へあああ?」
 意味を持たない単語を口から出しながら、幸村はキョロキョロと周囲を見渡した。
「誰?」
 代わりに、佐助が女子に対応する。
「同じ剣道部の人じゃないの?」
 もうそれ以上は関わりたくないのか、用件だけ伝えるとそっけない態度で女子は友達の元へ帰ってゆく。
 剣道部員?真っ先に思いつくのは元親だが、彼は堂々と違う教室内だろうが、トイレの個室の中だろうが、ずズカズカと平気でやってくる。ならば…。
「じゃあ、元就かな。」
 佐助は思い当たる節を見つけたのか、再び寝息を立て始めた幸村の耳元に、息を吹き込む。
「ひいいいっ。」
「なんか、お客様だって。早く行ってあげなよ。」
「あ・・・。」
 まだ寝ぼけ眼の幸村を立ち上がらせながら、佐助は尻を叩く。
 急き立てられるように廊下へ出てきた幸村は待ち人とすぐさま対面し・・・。
「遅いっ。」
腕組みをし、神経質に右足でリズムをとって、眉間にピキリと怒り皴を寄せてそこにいた待ち人は、何故か元就だった。
「…。」
 不機嫌顔の元就は、まだ自体を把握出来ていない幸村の鼻先にずいずいと白い封筒を押し付けてくる。
「何で俺がこんなめんどくさいことを押し付けられなければ・・・。」
 ぶつぶつ文句を言い続ける元就。
「あの、なんで、元就どのが?」
「賭けに負けたのだっ。あいつめ、姑息な手を使いよって。」
 思い出して腹の虫が収まらぬのか、地団太を踏むみたく、廊下を右足でンダンと蹴る。
「・・・あいつ・・・。」
 元就の言ったあいつが誰かなんて、なんとなく思いついた幸村は、お礼を言ってそれを受け取る。右手で後頭部をかきながら、左手で二つ折りの紙きれを受け取り早速開いてみた。
 中には書きなぐった文字の羅列。
〔今日の午後七時、駅前の○△ホテルのフロントまで来い。絶対遅れんなよ。〕
 ―――う?
 目で字を追った後、数秒の間があったが、思わず紙を掴んだ左腕の筋肉がプルプルと怒りにわななく。
 ――何だ、これ。文章でまで、なんて高慢ちきなのだ。
「これっ。」
 おもわず、持ってきた元就に、あたるかのように声を荒げてしまう。しかし、顔をあげた幸村の視界には元就はおらず、既に彼は立ち去った後で蛻の殻状態だった。
 幸村は背後霊のごとき疲れが、ドスンと両肩へ乗ってきた気がした。
 問答無用な文章。自分では持ってこず人を使う態度。しかも、なんだ、これ!紙もテストの裏紙。その全てが許せなくて、クシャクシャに手の中で握りつぶした。
 ―――絶対、行かぬっ!



「で、何で俺は、ここに来てんのかな〜。」
 しかも幸村の右腕の時計は、律儀にも午後六時五十五分だ。
 せっかく佐助が帰りにマクドナルドのビッグマックを奢ってくれるって誘ってくれてたのに、それを泣く泣くキャンセルしてまで、本人自身が来るのかどうかも定かではない幸村いわく、高慢ちきな相手との一方的な約束を守ってしまう自分に、本当は一番腹立たしい。
―――そこまで、好きなのか・・・。
高慢ちきな、政宗が。
幸村はそれを改めて自覚し、我ながら恥ずかしくなって、火照ってきた顔を右手で隠した。
幸村が、この居心地の悪い場所に来て、すでに十分以上は経過していた。
 ピカピカに磨かれた高級ホテルのエントランスなんて、初めて来るに等しく、おまけに制服姿の自分が場違いすぎて、幸村は落ち着かない。他の客のようにソファーで優雅に座っている気にもなれず、幸村は入り口付近の壁に寄りかかって、政宗が来るのを待っていた。駅前の人気ホテルのためか、行き交う人通りは激しく、幸村の姿も、実際には本人が思うほどは目立たず、逆にその場所にすっかり馴染んでいた。
 目の前の壁に陣取っている、頭の五倍の大きさはありそうな大きな掛け時計が、七時ジャストを重低音で辺りに知らしめた。
 ホテルのフロントだったよな…。
 幸村は、一応約束を守るべく、フロントのカウンターへ赴き、従業員に対し、少し腰が引き気味に声をかけた。
「す、す、すみませぬ。あの…。」
 女性の従業員は、近所の私立高校の制服姿の幸村を確認し、満面の笑顔で、幸村の想像範囲外の返答をした。
「真田様ですね?伊達様から受け賜っております。この新館の20階、2005号室の部屋のお部屋へどうぞ。」
「ええええ・・・は、はい…。」
 全然、趣旨も飲み込めぬまま、幸村は部屋のカードキーを受け取った。道順を説明され、突き当りのエレベータに乗ると、パネルの数字の20を押した。
 扉が両側から閉まり、狭いエスカレーター内でやっと一人きりになると、隅っこに寄りかかり、深く溜息をつく。
(何かの、伝言ゲームか、これは。)
 政宗どのが、何をしたいのか、検討つかぬ…。


 2005号室。
 1,2センチ足が埋まりそうなほどふかふかのカーペットを、土砂で汚れたスニーカーで踏みしめながら、その問題の部屋まで辿り着くと、重厚な扉の前で一旦立ち尽くす。

 ここで躊躇していても無駄だと、一か八か、幸村はカードキーをはめると、思い切り力任せに、扉を開けた。
「遅かったな。」
 ―――!?
 眼に、否応が無しに、グッと力強く飛び込んできた世界。
 幸村の頭の中は、待ち人に声を掛けられても尚、意識が真っ白になったまま。
「何、ぼんやりしてんだよ。」
「何…、何なのだ、これえ。」
 幸村の声は、あまりの驚きに語尾が裏返っていた。これは幻覚かと眼を何度も擦ったが、現状は変わらない。
 部屋中が、赤かった。
 別に壁が赤く塗ってあるいやらしい部屋というわけじゃなく。紅い花で所狭しと埋め尽くされていたのだ。真紅のバラ、ゆうに千は超えている。
「何のつもりで?」
「今日、誕生日だろ?」
 政宗はその中の一本をとり、幸村の目前に差し出した。その気障っぽい仕草が、彼に、あまりにしっくりくる。
「もしや、俺の…?」
 口元に手をやり、幸村は思い出したように呟いた。
「…あんた…。」
 眉根を顰め、心底呆れ顔で、政宗は声を濁す。
「完全に忘れていたでござるっ。」
 政宗はその幸村の言葉に無意識にだろう、破顔して、戸口で固まっていた幸村の手を引いて、部屋に招き入れる。高級ホテルの中でも、群を抜く豪華な部屋だった。貧乏性な幸村は、落ちつかないほどにだ。そして、壁一面をとった大きな窓から、映画館のスクリーンで見るみたく、東京の夜景が一望できた。女の子ならイチコロなロケーションというべきか。
「だから、一緒に飯でも食おうと思って、ココを予約しといた。で…。」
 飯って、ラーメンとかで?
幸村がそう思ったのも束の間、部屋のインターフォンが心地よく鳴って、政宗が入り口へ一旦消える。そして、戻ってきたときには、これまた非常に吃驚してしまう人を携えていた。
 礼儀正しく挨拶をされた初老の外国人の方。コックさんの格好だと思ったら、この高級ホテルのレストランのシェフだそうだ。
 銀製のお皿にご馳走が乗ったワゴンを、ゴロゴロとシェフの手下の方々が数人がかりで押してくる。
 ―――嘘、だろう?
 幸村は心の中で一言。
 あまりに想像を絶している。
「腹いっぱい食えよ。」
 政宗はご満悦な笑顔で、そう言った。


 夢のような(悪夢?)空間。
 緊張で味も分からないくらい、豪勢な食事。
 
「よかっただろ?」
 最後のデザートが登場し、ディナーがひと段落つくと、手際良く後片付けを済ませ、シェフの一団が去っていった。二人きりになって、政宗の第一声はこれだった。
 幸村はナプキンで口元を拭うと、複雑な表情で、跡部を見やった。
「…それは俺のためにココまでしてもらって、ありがたいと思う・・・だが…。」
 イチゴのコンポートをつつきながら、そう告げる横顔があまり嬉しそうじゃないので、政宗は詰め寄った。
「だが?」
「ここまで、お金かけてもらって申しわけなくて。」
「別に、気にすんな。」
「俺が気にするのだ。」
 おもわず語尾が荒くなってしまった。凶器のフォークを持つ手を隠す。
 政宗どのは何か勘違いしてる。お金かければ、人が喜ぶと思っているのか。
「これでは、心苦しすぎて・・正直、あまり喜べぬ。」
 ここははっきりと言うべきだと判断した幸村は歯に衣着せぬ言葉で、内心を表した。
「じゃ…、どうすりゃ、いいんだよ。」
 過去、自分を取り巻いていた人間は、金をかければかけるほど、馬鹿みたいに喜んでいたのに。大好きな、子供みたく無邪気な幸村の笑顔が見れなくて、どうすればいいのか皆目見当がつかず、政宗は心底困ってしまう。
「あんたが、本当に喜ぶことしたかったんだ。」
「ばかでござる。政宗どのは勉強は出来るくせに、大事なとこが抜けているでござる。そんなの、最初に、そう言えばいいのに。」
 本当、俺以上に、馬鹿な世間知らずなおぼっちゃまだ…。
 ―――でも、でも、そこが…。
 幸村は、思案し下を向いてしまった政宗の、テーブルに預けていた手を、ふいにそっと重ねるみたく握った。
「俺は、別に、学校近くのラーメン屋でも、マックでも良かったのだ。」
「…。」
「政宗どのが、一緒に祝ってくれるのなら。」
 顔を上げると、目の前に、大好きな微笑み。
政宗は、たまらなく愛しい気持ちを抑え切れず、幸村をその腕の中にきつく抱きしめた。幸村は慌ててフォークをテーブルに置くと、抱き返す。
「次からは、こういうのは無しでござるからな。」
 お互いから甘い匂いがプンプンしている気がするのは、きっと砂糖たっぷりのデザートのせいだけじゃない。
「じゃ、俺がプレゼントで。」
 政宗どのはどこかのHな彼女か?
 笑いながら、幸村は冗談っぽく付け加えた。
「絶対、リボンつけてきてくだされ。」
 




 あ、今更ながら、気づいたけれど、
 紅い薔薇の花言葉は、愛だ。


☆続く☆

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あきゅろす。
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