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小説

 ふわり。ふわり。
 雪が降っていた。自分の嘆きを癒すように、綿雪が自身を包み込むように、空から舞い降りてくる。自分の心境を現す灰色の曇天から、真新しい結晶は止めど無く生まれてきた。
 その一つを掴もうと天に向かい手を伸ばすが、掌の中、体温の熱で儚く消えた。
 政宗は両の腕を、力なく、その誰からも汚されていない真っ白な雪の上に放った。そこは、一日前まで人工的な芝生が敷き詰められた運動場があった場所。昨日からの降雪で跡形も無く、白色に埋もれている。
 二学期の終業式の後、政宗は、誰もいないその場所で、黙々と剣道の自主練習をこなしていた。
 こんな雪が積もった日に屋外で練習をする酔狂な人間は自分くらいだろう。
 練習を開始して一時間ほど経った頃、止んでいたはずの雪が再び降り始めた。練習に没頭し微妙な気候の変化に気づかなかった政宗だったが、剣道着から出た剥き出しの二の腕に雪が触れた冷たさで我に帰った。素振りをしていた動作を止め、泣いている空を見上げる。
 雪が幾重にも重なって見える。目に入りそうな勢いで、沢山沢山落ちてくる雪を拒むように、彼は目を閉じた。
 頬に冷たい感触。胸には鋭い痛み。
 ―――もう、どうでもいいか。
 政宗は天を仰いだまま、白い絨毯にゆっくりと横たわった。冷たいそれに、その身全体で触れた。
 身体から急速に体温が奪われてゆく。激しい運動で汗をかくほど温まった体に、最初は雪の冷たさが心地良かったが、程なく、麻痺してしまうほど、体内の熱が外気へ放出されていった。
 溜息も白い空気となって消えてゆく。
 雪の中で眠ってしまいたい。明け方みる夢のように、儚く、雪と同化してしまいたい。
 このまま、白い世界に、埋まったまま。



☆☆☆

 ひらり。ひらり。
 都会の、鉄やコンクリートで固められた街にも、天然の雪は降る。
 幸村は、ふいに、鼻先に冷たさを感じ、首を反らし空へ見上げた。
(とうとう、家に着く前に降ってしまったか。)
 幸村は誰にも気づかれないくらい小さく溜息を吐く。
 昨夜から朝方まで降った雪がまだ完全に溶けずに居座っている中、また新たに層を作るべく、結晶は後から後から飽きることなく、舞い降りてくる。紺色の学校指定のコートの上にその一粒が迷い込んで、間も無く溶けて水になり布に染み込んだ。
 その様子を見ていた幸村は、雪がどんな味がするのか、ふと思った。三百六十度、誰もいないのを確認した幸村は顔を空に向け、口を大きく開けて待った。
 あまりに滑稽なその姿は、絶対に誰にも見られたくないのだが、好奇心のほうが勝ったのだ。
 口に入るよりも先に、寒さで凍えた睫毛や、紅潮した頬に、その粒は当たっては消えた。
 そして、ようやく手に入れた、微かに口の中、ひんやりとした感覚。
「…何も、味しない、やっぱ、水だからかな。」
 納得したみたく、独り言を言ってみる。
 今日は終業式で、本来ならば午後から剣道部の部活がある予定だったが、降雪で交通機関が今後麻痺する可能性があったため、今日の練習は中止となっていた。それなのに、幸村は今、消えてしまった運動場のわきを通り抜け、その先にある部室へと向かっている。
 昨日元親から借りて部室に置きっぱなしにしていた漫画本を、自宅に持ち帰って読みきってしまおうと取りに向かっていたのだった。
 現在の外の気温は零度を下回っている。運動場の周りを囲む金網も、寒さで硬く凍てついている。
 誰もいないはずのない、その場所。
 金網越しに運動場を覗き見ると、練習しているらしい人影を見つけ、幸村はとても驚いた。
(政宗どの?)
 信じられない様子で、何度も目を凝らした。
 しかも、この冬一番冷え込んだ日に、政宗は剣道着一枚という、これまた信じられないほどの薄着で練習していた。幸村は見ている自分まで寒くなるのを感じたため、両手に暖かく白い息を何度も吐きつける。その無心で素振りに勤しむ政宗の姿から、何故か目を逸らすことが出来ず、その場を動けない。
 幸村は目の前にある金網を、変形させるほど、ぐっと軋む強さで握った。
(…こんな雪の降る日まで練習してるから、政宗どのは強いのだろうか。)
 彼は、皆が知らないところで、絶え間ない努力をし続けているのだろうか。
 政宗が動きを止めて、その場に立ち尽くす。
 幸村は自分の存在に気づかれたのかと思った瞬間。
 彼の姿が、完全に視界から消えた。
「―――ッ!」
 地面に視線を下げると、政宗が大の字で雪の中埋もれ倒れていた。
「どうされたかッ!」
 幸村は金網を激しく叩きつけるように開けると、雪に足元をとられながらも、倒れたままの政宗に全速力で駆け寄る。そして、両膝をついて彼の体を抱き起こす。制服のズボンが、みるみる雪解け水を吸い込み色が変わった。それを気にするわけもなく、彼の上半身を強く揺さぶった。
「大丈夫か?どうされたのだ?政宗どのっ!」
 返事が返ってこない政宗に幸村は内心泣きそうになりながら、否、半泣き状態で捲くし立てながら、彼の頬を軽く往復ビンタを繰り出した。
「政宗どのってば、起きて…ッ」
 政宗の長くふさふさの睫毛が、数回震えた。

 耳元で自分を現実に戻す声。
 その声は、必死に自分を呼んでいる。

 政宗は、それに反応し、半身を揺さぶられて、煩わしそうに片目を開けた。
「何だよ、人がせっかく気持ちよく寝ていたのに。」
 目に映った幸村は、明らかにホッとした表情をした。
「どこで寝てるのだ。雪の中で倒れてるから、一瞬死んだのかと思って・・・ッ。」
 幸村は文句の一つや二つ言わないと気が治まらない。
 だって、自分は本気で心配してしまったのだ。
「別に、あんたには関係無えだろうが。」
「じゃあ心臓に悪いから、俺の目に届かないところで今度から寝て下され。二度と起こしたりしないでござるッ。」 
 幸村は、付き合いきれない様子で捨て台詞を吐くと、雪に膝を完全に付けた状態から立ち上がろうとする。その動きに先まわりした政宗は、幸村の襟足を掴むと自分のほうへ引き寄せた。
「何をするっ。」
 それだけのことなのに、心臓が跳ね上がった幸村は至近距離にある政宗の端正な顔を、顔を真っ赤にさせながら睨む。
 政宗の触れた指先は、氷のごとく冷たかった。
 続く沈黙に耐え切れず、うろたえ、幸村は政宗から視線を逸らし、わざとらしく大きく声を出した。
「何で雪の中で寝ていたのだ。凍死する寸前だったでござろう。学校の…しかも運動場で死人が出たら縁起悪いでござる。」
「…自棄になってた。」
 政宗は幸村から手を離すと、自らの力で背中を起こし、剥き出しの肘や袴の膝についていた雪の欠片を掃った。体は既に感覚が無くなっていた。裸足で雪に当たっても、痛さも、寒さも、何も感じない。
「何を自棄になっていたので?俺も政宗どのも、高等部への進学も決まってるでござる。別に悩むことなど・・・。」
 家柄も良くて、顔も良くて、しかもその上剣道も上手くて、何もかも持っている政宗どのが悩みだなんて、俺を含めた他の一般生徒はどうするのだ。
「あんたみたいな能天気にはワカラ無エ、高等な悩みだよ。」
「…それは嫌味か。」
 勢いよく立ち上がり、晴れ間の少しも見えやしない空へ顔を上げる政宗の表情は、幸村からは分からない。
「自ら初めて人を好きになって、一大決心して告白して、ふられたら自棄にもなるだろ。」
 振り返った政宗を見た幸村は、一瞬息を飲む。
 これがあの政宗なのかと見まがうほど、泣きそうな辛そうな笑顔。そんな弱気な彼を、自分は知らない。
「本気、だったんだぜ。」
 ふわり。ひらり。
 雪が二人を覆い尽くす。誰の上にも平等に舞い降りてきた。


★★★

それは、雪の中に政宗が埋まる数時間前。
終業式を終え、ホームルームが始まる教室へ戻ろうと、講堂から中庭の渡り廊下へ差し掛かった時、何の偶然か、彼と自分は二人きりになった。
「あんた、俺のモノになれよ。」
 いきなりの上からモノを言う態度に、驚きを隠しきれず、頭の中はハテナマークが飛び交っている。
 もちろん、その聞きなれた声が誰のものか知っている。
 幸村は夢うつつの状態で、終業式での校長のお言葉やら生活指導の教諭からの休み中の注意事項を聞いていたので、式が終了し教室へ移動になったのに気づかず、薄情なクラスメイトに取り残されていた。心地良かった睡眠から強制的に目覚めた重い頭を左右に軽く振り、踵を踏みつけた上履きを履き直し、講堂から廊下へ出た、その時だった。
 ますます幸村が頭が真っ白になるその声が耳に届いたのは。
「はい?」
 幸村は寝癖がついた髪の毛をくしゃりと撫でつけながら、後ろを振り返る。しきりに首を傾げながら。
「俺はモノではござらんよ。」
 案の定、済ました表情で、ズボンに両手を突っ込んだ姿勢で、政宗は立っていた。
 ホームルームは始まっている。級友はすでに通信簿を手渡されている頃だろう。二人の周りに生徒の姿は見当たらない。
「ならねえのか?」
「何で、ならなければならぬのだ?」
 即答だった。幸村は付き合いきれないという感じで再び前に向き直す。早く、この寒い冷凍庫みたいな空間から、立ち去りたい気分でいっぱいだったのだ。今幸村を取り囲む周りは、全面雪景色だ。
 子供みたいに口を尖らせて、幸村はブツブツと文句を続ける。
「頼まれても、政宗どのの「モノ」になど、なりたくないでござる。」
 モノ扱いが気に食わない。
「あーあ。あんたみたいな単細胞なんざ、はなから欲しくねえよ。」
 ぞんざいに言われ、ピクリと片眉を神経質に動かした政宗は、ハッと鼻で笑うと、大げさに両手を広げて見せる。
「単細胞」の部分にむかっ腹を立てた幸村は、ボソリと毒を吐く。
「それに、政宗どのみたいな、わがままな人にはついていけないでござるし。」
「なんだって。誰がわがままだって?」
 語尾に畳み掛けるように、政宗は大きな声を出す。
「わがままは政宗どのでござるっ。」
「あんたみたいな無神経な野郎には言われたくないね。あんたの大事なお館さまは、あんたをどんな風に育てたんだか。」
「俺のことならともかく、お館さまの悪口を言うとはっっ。」
 ギリッと上下の歯を音がなるほど噛み締めて。
 嫌味での応戦ももどかしく、とうとう怒りが全面的に押し出てくる。血が沸騰するみたく、脳に一気に上り詰めた。
「政宗どのなんて、大ッ嫌いでござるよッ」
 寒さが直に伝わるコンクリートの床を踏みつけるように右足を力いっぱい踏みしめ、幸村は地面が割れんばかりの大声を上げる。静寂に包まれていた廊下に、幸村の声だけが、エコーをつけて響き渡る。
「…。」
 少しだけ、間が空いた。
 ハアハアと肩で息をしながら、フッと幸村は我に帰る。
 恥ずかしい。大声で叫んでしまった。早くこの場から立ち去りたい。
 ぐるぐると感情が渦巻く幸村は顔を真っ赤にしながら、あまりの幸村の剣幕にあっけに捕られたのか、固まったままだった
政宗に、勢いよく背を向けて、教室に戻ろうと体制を立て直す。
「…俺も、お前の、その捻りのねえ喋りが気にくわねえよ。」
 やっとこさ言葉を発した政宗は、幸村の背中に向け、ボソリ悪態をついた。
 幸村はその言葉に何か返したかったが、堂々巡りになりそうだったので、振り返りもせず、その場をダッシュで後にした。


「大嫌い、か。」
 すでに姿が小さくなっていた幸村に聞こえない大きさで、その言葉を肺の奥から吐き出した。
 その単語の意味を、噛み締めるように。
「大嫌いだってよ。」
 政宗の心境は、完成間近のジグソーパズルがバラバラになって足元へ落ちてゆく様子を、どうすることも出来ず、ただ、立ち尽くして見ているのと、同じ感じだった。そのくらいの、ショックと落胆。悲しさと絶望感が頂点に達している。ドラマの主人公ならば、きっと涙を流してしまうくらいの、心理状態のはず。
 けれど、本当に悲しい瞬間は、泣けないのだと、今初めて知った。一つ一つの細かいピースは、自分の想い。それが、目の前で砕けた。
 これが、失恋。
 恋を失ってしまうのは、体に悪影響を及ぼすほど、辛い状況なのだ。
 今まで数え切れないほどの告白を受け、その度に自分は相手の気持ちを考えることもせず、無下に断ってきた。まるで、訪問セールスや街頭でのチラシ配布を冷たくあしらうかのように。告白してくれた女の子達も、こんなに辛い思いをしていた。自分が傷つけていたんだ。
「あいつなんか、幸村なんか、大嫌いだ。」
 政宗は、分厚い雲に隠されている天を仰ぎ見た。
 嫌われたら、さっさと忘れてしまえばいい。
 そうだ。
 報われない愛になんて、しがみつく理由も無い。
 もう一度、胸に溜った溜息を吐き出す。行き場の無い憂いを排出するみたいに。
 新しい恋が見つかれば、この胸の痛みも嘘のように消えてゆく。何事も無かったかのごとく、違う人に恋心を抱ける。
 今までの自分なら、考えるまでも無く、終わった恋には、未練なんて微塵も感じなかった。
 ―――けれど、今の自分は…。
 政宗は、痛みを堪えるように、目頭を押さえた。
 今の自分は、それが出来ない。
 何度も、呪文を唱えるみたいに、何度も忘れようと自分に訴えかけたが、そうする傍から、脳裏には幸村の姿が浮かぶのだ。
「俺って、こんなに女々しいヤツだったっけか?」
 どうしたんだよ、俺。
 どうして、そんなに幸村が好きなんだよ。
 はっきりあいつは俺を嫌いだと言ったのに。
 報われない恋なのに、何の得にもならないのに、全身全霊であいつを好きなのか。
 なんで好きになったのか、理由なんて覚えていない。
 それは好きになったわけなんて必要なく、彼を好きだという事実のほうが、意味のあるものだったから。
 拒絶されても幸村を好きでいる自分を止められないなんて、過去の俺なら笑うだろう。滑稽だと軽蔑さえしてしまうかもしれない。
―――なあ、俺、なんでそんな辛い恋愛を選ぶんだ。
「知らねえよ。どうしようもなく、好きなんだ。」
―――そう、どうしようもなく、止まらなく幸村を好きなのだ。


「その好きな人って、どんな人なのだ。」
「聞きてえのか?」
 政宗は雪に埋もれかけていた竹刀を拾い、かじかむ指先で雪を払いながら逆に問い直す。天然の冷凍庫で冷やされたそれは、触る指さえ凍らせる勢いだ。
「別に…。」
 こういった話題が不得意なのか、少し顔を赤らめた幸村は目線を足元へ落とす。制服のズボンは膝のところから浸透した雪水によって、全体的に色が変わるほど濡れてしまっていた。
 幸村は言葉とは裏腹に、政宗がそこまで想いを寄せる相手に対して、興味が湧いていた。
 それは、大人びた清楚な女性なのだろうか。それとも、年相応な同年代の可愛い女の子なのだろうか。この、政宗が好きな相手って…。
絶賛思春期真っ只中な幸村は頭の中で想像を膨らます。情報だけが豊富な頭でっかちの中学生のようだ。
「顔は、…綺麗なのか?」
 たまらず、幸村はオズオズとした口調で切り出した。
「別に、普通なんじゃね…。けど、俺は可愛いと思うけど」
 そう評しながら政宗は何気に傍らの幸村に視線を送ったが、当の彼は濡れた自らのズボンに気を取られているため、気づかない。政宗はその間に、幸村の横顔を食い入るように見つめた。口では普通なんて言ったが、この黒目勝ちの眼も、長めの睫毛も、薄い唇も、林檎みたいに真っ赤な頬っぺたも、何故だか自分には愛おしく感じるのだ。女性らしい場所なんて一つも見出せないのに、無骨な男なのに、自分は幸村の容姿を誰よりも気に入っているのだ。
「性格が良い女性なのか?」
「一人じゃ生活できねえし、気も全然きかねえし、食うしか脳がねえし。」
 政宗はくっと喉の奥で小さく笑った。
「じゃあ、どこが好きなのだ。」
「わかんねえんだよ、自分でも。俺が聞きたいぜ。なんでこんなに好きになっちまったんだろって。そしたら、こんなに苦労しなくて済んだのに。」
 ポツリと漏らした政宗の本心に、幸村は政宗の方を向き、改めて目線が宙で交わった。政宗は幸村から目を離さない。幸村も吸い込まれるみたいに、魂が抜き取られそうな錯覚が沸くほど、政宗の目を見続けた。
「好き、なんだよ。すっげえ、好きなんだ。」
「―――。」
 真剣な告白だった。瞳が、重すぎる愛を語っている。
 幸村には、それがひしひしと伝わり、何故か自分が告白された気がして、頬から炎が出るくらい、顔が赤く火照った。
「…馬鹿でござるかッ、なんか変な気分にッ。」
 幸村は心臓の昂ぶりを感じ、悪態をつきながら素早く顔を政宗から逸らした。
 政宗はその瞬間、幸村の体を抱きすくめた。幸村は自分に何が起こったのか分からず、拒絶することを忘れ、政宗の腕の中へすっぽりと納まった。
「―――好きなんだ。」
 今度は耳に直接告白を聞き、それが脳に到達して、幸村はやっと全てを理解した。
 彼にとっては信じられない事実。
 幸村はあまりのショックに、血が逆流し始めた錯覚に陥る。
「何で・・・。政宗どのが…ふられた相手って…。顔が普通で、一人じゃ何も出来ないどうしようも無い相手って…。」
 幸村は政宗の気持ちを理解したのに、彼の腕を振り解けない。反対に彼の背中に両腕を回した。剣道着がしわくちゃになるほど力を込めた。
「俺だったのでござるか…。」
 幸村はその事実がやっぱり信じられず、力無く左右に頭を数回振った。
 政宗は無言で、瞬きもせず、幸村を見つめ続けるだけだ。
「何で、何で。何で…。何で俺なのだっ。」
 頭が混乱して、湯気が出て、沸騰して熔けてしまいそうだ。
 政宗の周りにはいつもトリマキがいて、女の子も選り取り見取りのはず。よりによって、男の自分を好きだなんて。
 しかも何もとりえの無い、自分をだ。
「あんたじゃなきゃ、駄目なんだよ。」
 政宗は幸村を自らの腕の中へ納めたまま、雪で濡れて額に貼りついた前髪をかき上げる。
「あんたじゃなきゃ、何も意味ねえよ。」
 もう、自分は気づいてしまった。
 幸村以外は必要ないのだと。他の人間が何千、何万集まっても幸村一人に敵わないなんて。
「…いきなり告白されても、俺、俺・・・、政宗どのを好きかなんて分からぬッ。」
 政宗は一瞬辛そうに眉根を顰めた。答えは分かっていても、幸村の口から直接聞きたくない。
「けど…。」
 幸村は冷静さを保つために、ゆっくりと大きく息を吸い込んだ。冷気が肺に充満し、チクリと痛んだ。
「政宗どのが俺のものになるっていうのなら。政宗どのが俺だけのものになるって誓うなら…。」
 幸村は決意したように、政宗の顔を見上げた。いつもの自信満々の政宗はどこにいったのやら、少し不安げに見つめ返した。
「政宗どののモノになる。」
 瞬間、政宗は幸村の頭を、もう一度自分の懐に納めた。
 政宗の、心から嬉しそうな表情を、きっと幸村は見ることが出来なかった。
「飽きるぐらい、あんたのものになってやるから。」
 幸村は自分に触れている政宗の腕や足が、人形みたいに体温が無くなっているのに気づき、心配そうに声をかける。
「寒く無いので?」
「ん?」
 体はすでに、自分のもので無くなったかのごとく、自由が利かない。それぐらい、遠の昔に寒さで凍えきっていた。けれど、心は大きな声で泣き出したいくらい嬉しくて、春の陽だまりのように温かかった。凍てついた魂は、その熱で溶かされた。
 政宗は、何でもない様子で、こう笑って答えた。
「あんたがいるから、あったけえよ。」
 
 そういえば、一つ腑に落ちない点が。
 眉を顰めながら、幸村が問う。 
「でも、いつ俺は政宗どのをふったのでござるか?」
「さっき、終業式の後。」
 えええええっ。
 息が触れ合いそうなほど近い距離で、渾身の力で叫んだ幸村に、政宗は、うるせえ、と、ぼそり呟く。
 幸村は、あわあわと、うろたえる。
「っていうか、喧嘩売ってきたのかと思ってたのって、告白だったのでござるか?」
「告白だろ。」
 俺の、一世一代のな。
 綺麗に見惚れるほどのウィンクをして見せた政宗に、勝てない、と幸村は、心底思ってしまった。




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