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小説
その2
 幸村は肩にかけた通学バックよりも重い、いつまでたっても晴れないモヤモヤとした鬱積を胸に溜めたまま、家路までの距離を牛並みのゆっくりさで、トボトボと歩く。
突然襲ってきた不快感。健康優良児の幸村が柄にも無く、頭がキリキリと痛くなってきて、おまけに吐き気がしてくるという、体の不調を感じたのだ。傍にいた慶次は、「なに?幸村でも風邪ひくの?」とか言って茶化しつつも、でもホント調子悪そうだから送って行こうか?と、顔は先ほどの言葉とは裏腹に心配そうに曇っていた。
―――もう、何なのだ、俺。
女々しすぎる。店員さんに彼女がいたくらい、何だっていうのだ。あんなにカッコよかったら普通いるだろ。
 心と比例した乱雑な行動でポケットに手を突っ込んだ瞬間、何かに指先が触れた。
 学生服の上着のポケットの中で、くしゃりと端が曲がってしまった手紙。
 そっと封を開けて、ピンク色の紙を、かさかさと音を立てて開いてみる。
 その手紙には、「好きです」「つきあってください」という、想像通りの愛の文言が並んでいた。
 なのに、読み終わった後も、何も感情は湧いてこない。
 じっと綺麗な文字に目線を落としたまま、幸村はため息をついた。
 せっかく、女の子から手紙を貰ったというのに、人生初の快挙だと、慶次も称していたのに。それよりもなによりも、この心の中を埋め尽くす、胸へもたげる負の感情は・・・。
 「もう、帰ろう。」
 そう自分に言い聞かせるみたく、少し大きめの声で発する。
 帰って、お風呂に入って、寝てしまおう。
 寝てしまえば、こんな感情、忘れてしまえるはずだから。そして何事も無かったように、またあのカフェに行って大好きなカフェモカを飲めるはず。
 自らを奮い立たせるべく、幸村がよしと掛け声をかけて目線をこれから帰る道へ向けたとき。
―――ゲコゲコ。
「ん?」
 空耳かと思って、そのまま歩き出そうとしたが。
―――ゲコゲコゲコ。
 今度は、はっきりと耳に届いてきた切なげな、か細い、けれど、野太い声。
「カエル?」
 思わず幸村が声の発信源辺りをキョロキョロと見渡すと、道路脇の草むらにそれらしきもの。もがいたためか、釣り糸が足に何重にも引っかかって、身動きがとれなくなっているらしき掌大の鮮やかな緑色のカエルが、四肢を投げ出してうつ伏せに横たわっていた。衰弱してきているのか、幸村に見つかってもピクリとも動かない。
「大丈夫か?」
 もう虫の息状態のカエルを不憫に思った幸村は、しゃがみこむと、左足にぐるぐると巻きついている糸を解いてやる。そして、そっとカエルを大事そうに手に乗せて、家とは逆方向に走り出す。確か、この先に・・・。
 そして目的の河川敷を見つけると、斜めに滑り降りて、清流を称えた川に近づく。水に躊躇無く手を突っ込むと、掌に少し冷たい水をすくい、干からびかけた体にそっとかけてやる。
「大丈夫か?」もう一度声をかけてみる。
「・・・。」
 物言えぬカエルは、それでも少し元気を取り戻したらしく、幸村を大きな二つの眼でじっと見ていたかと思うと、そのまま涼しげな川の水面へと放物線を描いて、後ろ足のばねを使って勢いよく飛び込んでいった。
 何だ、力、残ってるじゃないか、そう思いつつも。
「もう、糸になんて、ひっかかるんじゃないぞ。」
 川の中で小さくなっていったカエルに、幸村は少し苦笑の表情で呼びかけていた。


☆☆☆☆
 その日は不貞寝を決め込んで、夕食を終えると早々と幸村はベッドにダイブした。
幸村の異変に気付いた、気遣い屋の佐助が夕食中何度も心配げな視線を送ってきていたけれど、あえて気付かぬふりをした。
その後幸村を襲ったのは、安眠を阻む、5月にしては異常な蒸し暑さ。幸村は、寝苦しげに何度も寝返りをうつ。それでもやっとこさ、うとうととしてきた頃。
「お兄ちゃん、お兄ちゃんってば。」
 不意に、暗闇から耳に飛び込んできた声。
 女の子が、夢の中で、誰かを呼んでるらしい。
(俺じゃないよな。だって、俺には兄はいるけど、妹はいないし。)
 もっともらしい理由をつけて、幸村は聞かなかった事に決め込んで、声を遮断するみたく布団を、蓑虫よろしく頭から被った。
「もう、もう、聞こえてるんだべ?」
 ドンドンと布団越しに拳で背中を叩かれる感触。
 最近の夢は、こんなにもはっきりと触れたように感じるんだなあ・・・。
「幸村おにいちゃんってばっ、お〜き〜ろ〜!!!!」
 今度は、はっきり自分を呼んでいることに嫌々ながらも、気づいて。
「何でござる?」
 しぶしぶ幸村は、布団を跳ね除け、ガバッと状態を起こす。
(!!!!)
 目の前の現状に、幸村は再び夢の世界に舞い戻りそうになった。「!」マークが頭の中を飛び回っている。
(夢、俺、まだ夢見ているのか?)
「もう、何回も呼んでんのに。低血圧なのか?見かけによらねえなあ。」
 ぷうと頬を膨らませて、不満げに口を尖らせて文句言う女の子。
 信じられない光景に、幸村は目を零れんばかりに見開いて。
女の子が自分の部屋にいるのは、まあ、置いて置こう。そんなことより、それよりも、驚くべきは、その子は、宙をふわふわと浮いていた、ホント、信じられないことに。
「夢かあ、寝よ寝よ。」うん、それっきゃないな。現実逃避した幸村は再び布団を被ろうとした。
「夢じゃねって!」それを阻んでくる、幸村よりひと周りほど小さな両手。
「いったっ、やめ、やめてくだされっ!!!!」
 ぎゅうぎゅう両頬を、その子は遠慮なんてものを知らないのか、力いっぱい抓ってきた。
「信じたか?」
「・・・はい。」
 無残に腫れてしまった頬を摩りながら、布団の上で正座をした幸村は、従順に頷く。今度は、それを見た女の子が満足げにうんと大きく頷く。そんな彼女を、まじまじと見ると、これまた行動同様、突拍子も無い格好。目に痛い、蛍光に近いピンク色のつなぎ。
「私、いつきっていうんだべ。カエル王国の王様から、幸村お兄ちゃんのお供をするように言われてきました。どうぞよろしく☆」
「・・・カエル、王国?」
 反復しながら、幸村は、突如襲ってきた頭痛に、こめかみに指をやってグリグリつぼ押し。
 なんなんだ、それは。これでも、夢じゃないというのか?
 けれど、いつきと名乗った彼女は、当然でしょ、みたいな、それよりもカエル王国を知らない幸村の方が変な感じっぽく、信じられない風に言うのだ。
「うん、カエルだべ。」
「そのカエル、さん?が、何故、俺のところへ来たので?」
「今日、命、助けてくれたべ。」
「命?」
 カエルの王様なんて助けたっけ?そんな大層な事・・・。王様、王様・・・。
 幸村は今日の行動を思い出しつつ、宙に目線を泳がせる。すると、宙に存在するいつきの笑顔にかち合う。
「うん。釣り糸を足に絡ませて、虫の息だった王様を助けてくれただろ?」
 その節はホントありがとな〜と、いつきは、軽い感じで、ペコリとお辞儀してみせる。
「えええええっ。」
 幸村は半分ベッドの上で仰け反るみたいにして、声も裏返して、その驚き加減を表した。
「あれ、カエルの王様だったので?王様なのに、あんな無残な感じで死にそうになって。」
「もう、馬鹿だべなあ、王様ってば。わざわざ王国から抜け出して、行った先で糸に絡まって死にかけていたなんて、なあ。」
 ケラケラケラ、あっけらかんといつきは笑う。
「王様、なので。」
「うん、王様!すっごい偉い人だあ!!」
 強く、そこは頷いて見せた。
「もっと、ほら、いろんな意味で大事にしないといけないのでは・・・。」
 幸村の脱力気味の突っ込みを無視して、いつきは肩がけしていたクマさんの顔を象ったポシェットから、オモチャ売り場で燦然と売ってそうな、色とりどりの、これまた目をしばしばさせそうな、何かを取り出して、項垂れる幸村の鼻先にずいっと押し付けてきた。
「はい。これ、魔法のコンパクトだべ。助けてくれたお礼に、お兄ちゃんは、1年間魔法が使えるようになりました。」
 じゃっじゃじゃじゃ〜ん、パチパチパチ。
 いつきは効果音と拍手音を自らの口で表す。
 何だか、慶次先輩みたいなノリだなあ…。苦笑気味に顔を綻ばせて、幸村は頭の後ろをかく。
「・・・魔法、コンパクト?」
 もう、何がなんだか、好きにして。
 怒涛の展開、その凄まじいスピードに、幸村は首をしきりに傾げるしか出来ない。
「まず、コンパクトを開けてみて。」
「うむ・・・。」
 (幼稚園のとき、同じクラスの女の子がこんな感じのおもちゃで遊んでいたなあ。)
 ちょっと懐かしさから微笑を浮かべつつ、白を基調にピンクと黄色の宝石でデコレーションしてあるコンパクトを開けると、小人が使うくらいの、爪楊枝大のステッキ?みたいなものが中央にはめてある。それを不器用な手つきで恐る恐る親指と人差し指でつまんでみる。
「その、ステッキをとって、この、液晶に浮かんでいる魔法の呪文を唱えてみてけろ。」
「・・・呪文?」
 とんとんといつきが指で指し示した、点滅している詞は、確かに呪文らしい呪文だ。日本語でも、英語でも、地球上では判別出来る文字では無いらしく。 
「あの、申し訳ないのだが、読めないでござる。」
 早々と白旗を揚げた幸村にしょうがないなとコンパクトを覗き込んできたいつきだったが。
「え〜と、なんだっけな???」
 いつきは、可愛らしく小首を傾げると、腕を組んで、あれでもないこれでもないと唸っている。幸村はそれを見上げて、困った表情を浮かべるしか出来ない。
「そうだ、えっと。ポメラン!!」
「え、ぽめらん?」
 ボンッ。
 疑問系で、もごもごと幸村が口の中で呟くと、ステッキが、本当にステッキとして役目を果たせるぐらいの大きさに、爆音を立てて変貌した。
「えええええっ。」
 あわあわと慌てふためき、幸村はその突如大きくなった魔法のステッキを両手の中でうなぎみたく滑らせてしまう。
「全部、思い出した、いっくよ〜。」
 子供らしい満面の笑みを浮かべたいつきは、目を閉じて、得意げに呪文をハキハキと唱えてゆく。
 それを、実にたどたどしい感じで、幸村はおっかけてゆく。
『ラメパスラメパス、ポメポメポ〜ン。』
何とか間違えずに言い終えたと胸を撫で下ろした瞬間、幸村の手の中にあるコンパクトの中央から七色の閃光が天井へ向けて飛び出してきた。それと同時に、握ったままだったステッキの先端にある星がぐるぐると高速回転始める。幸村は、あまりの光の威力に目が開けていられなくなってぎゅっと瞼を閉じる。すると、体中を熱い気体に覆われて、じわじわと内側から熱くなってきて。浮遊感にふわふわと包まれて。
それは、数秒だったのか、数分だったのか。
「わ〜、おにいちゃん、可愛いなあ〜。」
 いつきの感嘆の声に、幸村はハッと我に帰って目を開けた。
ちゃんと、ベッドの上に正座をしたままだ。手の中には、未だステッキがずしっと重みを持って存在しているけれど。
「ななな、なにが、起こったのだ?」
あまりの驚愕具合に、幸村はどもりまくってしまっていた。
「見てみてけろ。」
指を指して、秘密の内緒話をするみたく、嬉しそうにコソッと囁くいつきの視線を辿って、左肩越しに鏡を見ると、いつきの隣に、これまた彼女同様不可思議な格好をした中学生くらいの女の子が少し不安げにこちらを凝視している。目が大きいのが印象的で、その両眼を驚いた様子で何度も瞬かせていて。その度に、睫毛がふさふさと音を立てて揺れていそうだ。
言い表すと昔のアイドルみたいな格好。派手なステージ衣装というのがしっくりくる。下着が見えそうなチュチュスカートから、スラッと白くて細い足が覗いている。そして、男として目がどうしてもいってしまうのは、ロリ系の可愛い顔といつきと同じくらいの身長とはアンバランスに、そう、胸がでかいのだ。
「あ。」
 声を発そうとして幸村が口を開いたと同時に、鏡に映る女の子も声を発する。
「あれれ、俺、あれ、これ・・・どういう・・・。」
 しかも、自分が話した言葉と異口同音で。
「魔法はね、自分のなりたい年齢、性別に変身しちゃうものなんだ。お兄ちゃん、女の子になりたかったみたいだな。一年間、このコンパクトを使えば、いつでも変身出来ちゃうから。好きなように使っていいんだべ。」
「この子、が、おれ〜!!!!!!!!」
 夜中だというのに、近所迷惑な大きな声を発してしまって思わず自ら塞いだその声も、自分で言うのはアレなんですが、可愛くて可愛くて。
「大成功だべっ。」
 ああ、そうそう。いつきは、何か思い出したみたく、ポンッと右拳で左掌を叩く。
「でもね、これだけは、約束。変身する瞬間を誰か人間に見られたり、秘密がばれたりしちゃうと、大変なことになるから、それだけは守ってね。」
 朗らかな彼女らしくなく、少し大人びた低い声で、神妙に告げたその言葉。
「大変なこと、ってなに?」
 幸村はごくりと生唾を飲んで、聞く。
「それはね、おにいちゃんが、一番恐れている事だべ。」
 胸に手を当てて聞いてみてよ。
 ふふっといつきは、小悪魔的に微笑んだ。


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