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小説
政宗さんマネージャー編☆ダテサナ中編☆
 無音に近い室内に、無遠慮にぶつかってくる大雨を避けるためにフル稼働中であるワイパーの、フロントガラスを懸命に擦る音だけが響いている。
 週末の道路は予想通りというべきか、かなりの込み具合で、先ほどから全然進んでおらず、歩いたほうがよっぽど早そうだった。コンパクトカーと呼ばれる国産普通車に乗り込んでもう30分は経つというのに、2人とも口を噤んだまま。目に映す車窓からの景色も、頭の中に入ってこない。ただただ、その張りつめた緊張に息が詰まる。幸村は無意識にだろう、剥き出しの膝小僧をきゅっと握っていた。
 咥え煙草を吹かしている政宗は、先ほどからの不機嫌そうな表情を崩していない。暖色のネオンにぼんやりと包まれた前だけを見て運転を続けている。
 やっと駐車場に着いたのか、前触れなく車がストップした。
 シートベルトを外し助手席のドアを開けた途端、開いた隙間から大粒の冷たい雨が容赦なく幸村を襲う。今日の天気予報は晴れの予想だったため傘を携帯していなかった。少し恨みがましく真っ暗な大空を仰いだ途端、もっと暗い濃紺の闇に視界が覆われた。
「な、なになに?っええええ?」 
 政宗が着ていたコートを脱いで、幸村の頭からすっぽり被せたのだ。何が起こったのか一瞬分からず驚きまくった幸村は、もぞもぞと布の下で動く。
「ほら、おいで。」
 政宗はやっと両目を覗かせた幸村にふわりと優しく笑いかけると、自分が濡れるのも厭わず先に車外に出て、助手席から降りてきた幸村の手首をぐいぐいと引っぱる。
「…っ。」
その手の力強さに、ますます心が震えた。そして、愛しさが爆発しそうになった胸を抑え、応えるように手をぎゅっと握り返した。

☆☆☆☆
マネージャーと知り合って半年以上。されど、仕事上の関係と割り切り、プライベートでの関わりは皆無に近かったため、初めて立ち入った政宗のプライベート空間。都内に借りている1LDKの部屋は1人暮らしにしては大きくて、それなのにあまりにも物が無くて、生活感も合わせて無い。幸村は落ち着かない様子で、借りてきた猫のごとく、中央にあるソファにちょこんと座っていた。微動だにすることが出来ない幸村の、その目の前に置かれた彼仕様に作られた甘めのコーヒーも冷え切ってゆく。
「とりあえず、これ見てくれ。」
 トン、とガラステーブルに差し出されたのは、はっきりと見覚えがある箱。ゴクリと少し息を飲み下して、幸村は強張った顔で目を見張る。
(あの長身の綺麗な人が、マネージャーに渡していたあの…。)
 幸村の心をざわざわとかき乱す、ずばりの張本人というべき箱。鮮明に蘇ってきた胸の詰まる想いに、幸村は苦虫を噛んだかのごとく顔をしかめた。
「これ…。」箱の両端にそっと手をやって、やっとこさ、しゃがれた声を出す。
「開けてみろ。」
「どうして、俺が…。」
 大きな黒目を潤ませて、戸惑い顔の幸村は、程無く奥歯を噛み締めた。
 何でマネージャーの恋人がマネージャーに渡したものを、そんなものを開けなければならないのか。それを自分にさせるのか。傷口に塩を塗るような行為に近い。
(こんな酷い仕打ちって無いでござるよ…っ。)
 そう心の中で叫びながら、半ば投げやりに開けた箱の中身は。
「…え?」
 綺麗にデコレートされたチョコレートケーキに自己主張もほどほどに飾ってあったチョコプレート。そこには、「dear yukimura」と書かれてあって、驚きのあまり二度見してしまった。
何か言いたげな、でも感極まって想いを言葉に出来ない唇がわなわなと震える。ぶわっと感情が一気に喉元までこみ上げてきて、恥も外聞も無く大声で泣き出しそうになって、必死に下唇を噛んで堪える。
「そんな…っ、これは…これは、俺のためだったので?」
 眼鏡のレンズ越しにじっと幸村を見守っていた政宗は、きっちり首元にあるネクタイを片手で緩めつつ僅かに頷いてみせた。
「何を誤解したのか知らないけれど、最初からそのつもりだったんだけどな。」
「…じゃあ、あの、さやかさんって…マネージャーの彼女じゃなくて…。」
 そんな幸村の問いかけに、え?と、少し目を丸くしたが、その表情は即行で嫌そうな顔に変化して、早口で否定した。
「あいつが俺の彼女のわけねえだろ、幼馴染だよ。最近テレビにも出てる、一応名の知れたパティシエ、知らなかったのか?」
「ごめんなさい、俺、芸能人に疎くて。」
 顔を赤らめ恥ずかしげに言った幸村の言葉に、プッと思わず政宗は吹き出す。あんた、日本を代表するトップアイドルだろ?と、その表情は物語っている。
「俺さ、」
 立ったままだった政宗は、幸村の隣の位置にどっかりと滑り込んでくる。
「今まで、あんたが心を開いてくれないって、もどかしく思ってた。あんたの誕生日どころか、何も知らない。俺にも素性を明かしてくれない。せめて、何か記念日が出来たらいいなって。あんたが甘いもの好きだからって、バレンタインデーにあやかっただけだけどな。」
 政宗は咥えた煙草に慣れた手つきでジッポで火をつけて、流れる仕草で、ふーっと上向きにニコチン混じりの息を吐く。
「俺、1人で浮かれてたんだよな。さやかに頼んで内緒でチョコレートを作ってもらったりしてさ。馬鹿みてえに、あんたが喜ぶ顔が見たいって、それだけを思って。」
 どこか諦めたような憂い顔で、煙がどこか儚げに漂う空間を見据えたまま、政宗はとつとつと告げた。
「それなのに、逆に誤解させて、さ。」
 トンと、政宗は零れそうになった灰をテーブルに置いてあった灰皿に落とす。そして、煙が目に沁みたのか目元を指先で触れた。
「あんたが、泣いて走って行ったって聞いて、さ。」
 口を挟むことなく聞き入っていた幸村は、あの時知り合いのディレクターに擦れ違ったのを密かに思い出し、あ、と声を漏らす。
「ごめん、あんたが泣いているのに不謹慎だけど、もしかして、俺と同じ気持ちだったら嬉しいなって思っちまった。」
 ドクンと心臓が上下に大きく規定外に踊って、幸村は胸を抑える。
「同じ、気持ちって?」
 一気に階段を駆け上ったかのごとく緊張が高まりすぎて、声が酷く震え、語尾が尻すぼみになった。
「…俺さ、あんたを、好きなんだよ。」
「…っ。」
 耳元で囁かれた政宗の深い重みを纏った言葉が、スーッと胸全体に染み渡った。
「立場とか考えて、何度も何度も、諦めようと思った。」
 でもさ、と、凄く近い場所にある彼は、本当に綺麗に、切なげに微笑む。
「どうしても、諦めきれなかったんだ。」
「お、俺は…マネージャーのこと…。」
 ずっと目に映していた輪郭がぼやける。堪えていたはずの涙が、堰を切ったようにぽろぽろと零れ落ちた。嗚咽と一緒に、一生表に出ないだろうと、鍵をかけてしまっておくのだろうと覚悟を決めていた言葉が、とうとう喉から滑り出す。
「好き…、大好きでござるよ…大好き…っ。」
 間髪入れず、グッと力強く熱い腕の中に抱きこまれた。背骨が折れるほどに、強く強くかき抱かれる。
「俺も、大好きだ、幸村。ずっとずっと一緒にいたい。」
 幸村もおずおずとその広い背中に手を伸ばして、抱きつく。そして、胸に頬を寄せた。
「俺も…ずっと、いたいでござるよ。」
 突然、間が悪くというべきか、タイミング良くというべきか、ピピッと電子音が鳴った。
液晶時計が23時を示していて、現実に戻されたと、肩を竦めて見せた政宗は苦笑いを零す。
「もうこんな時間か…どうする?帰るなら送ってくけど。」
 顔をぐっと近づけた政宗は、少し赤くなった幸村の眼尻に溜まった滴をそっと繊細な手つきで親指で払う。そして、フッとはにかんで。
「でも俺の希望としては、もう今日は帰したくないんだけどな。」
 と、存分に言葉尻にも甘さを含ませた本音を吐露した。
「…あー、なんて、マネージャー失格だよな。俺は変な虫が付かないように見張っている立場だったのに。」
 自分の吐いた台詞に自分で照れてしまったのか、すっくと立ち上った政宗は、未だ夢心地にぼんやりしている幸村に背を向けて、後ろ頭らへんをかいた。
 そんな政宗の腰辺りに、ぎゅっと体当たりするようにしがみつく。
「幸、村…。」
「俺…今日は…帰りたくないでござる…。」
「分かった。」
 幸村の両手を持つと、その間にある紅潮した頬を軽く音を立てて啄んだ。 
「あんたのこと、大事にするから。」


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