[携帯モード] [URL送信]

小説
政宗さんマネージャー編☆ダテサナ前篇☆
「分かりました。今から行きますので。はい、一時間後には着けると思います。」
『気をつけろよ、俺にとっても大事な体なんだからな。』
 耳に聞こえる甘さを含んだ声がくすぐったい。心が密かにキュンと震えた。
 マネージャーと繋がる電波をぷつりと切った後、幸村は少し疲れを滲ませて溜息を一つ零した。最近、学業とアイドル業の両立で睡眠が足りないのか、体が悲鳴を密かに上げている。体力だけには自信があったはずなのに、この不甲斐なさ…。
「(剣道場の師匠である)お館様にも面目が無いでござるっ…。」
 学校帰り、幸村は学校鞄を脇に挟み、小走りで駅に向かっていた。手には熱を帯びた携帯電話を握りしめている。
「なあなあ、幸村兄ちゃん、あれ。」
 つんつんと学生服の腰のあたりを摘み引っ張られて、幸村は携帯電話をパチンと小気味良い音を立てて折り畳むと、くるりと振り返る。存外に近い場所に顔が合って、少し驚いて仰け反った。
「なんでござる?いつきちゃん。」
「おにいちゃん、あれ、なんだべか?」
 いつも通り歩くのがめんどくさいと、ふわふわ宙に浮いている自分にしか見えない幼い少女=いつきは無邪気にそんな問いかけを投げかけてくる。とりあえず1人空中遊泳しているのはいつも通りなのでそこには突っ込みも入れない。それが日常茶飯事の光景だなんて、慣れって本当に怖いと密かに脱力。
ふわふわ重力に逆らって飛んでいる自分の体同様にハテナマークが飛んでいるいつきの目線の先には、付近の女子高生に人気の、洋菓子店の畳四畳分ほどのこじんまりした店内に、幸村と同じ高校のセーラー服の群衆が入りきれず溢れてしまっている。
「この香りはチョコレートだあ…、むむ〜、なんであんなにおなごが群がってるだか?オイルショックなみだあ。」
 犬なみの嗅覚で鼻をすんすんと鳴らすと、いつきは首を傾げた。
「あの、いつきちゃん、本当は何歳なので?」比喩が時代錯誤しすぎて、幸村は苦笑するしか無かったが。
「新商品が出た…にしては凄まじいでござるなあ…。…あれ…ももも、もしやっ、今日って何日でござったか?」
 慌てすぎて必要以上に「も」を言ってしまった上に、携帯でカレンダーを確認しようと握っていたそれを開こうにも、活きが良すぎるウナギみたいにつるつる滑って幸村の掌から逃げ飛び出す有様。動揺を絵に描いたような図に、いつきは呆れ気味に突っ込む。
「もうしっかりしてくれよな、二月十三日だべ。ちなみに今日は隣町の三丁目の山田さんの三男さんの誕生日だべ。」
 得意満面のいつきの言葉を遮り、幸村はポンと柏手みたいに手を打つ。
「明日バレンタインだ!」
「ばれんたいん?それ、上手いんだべか?」言った早々、いつきの目が爛々と輝いた。
「食べ物とは違うでござるよ。女子が好きな相手にチョコレートを渡す日。」
「ふーん、だからかあ。」溢れ出すがっかりをそのくるくる変わる変幻自在の表情で表したいつきは、あ、と何かを思い出す。
「だからって?」
「最近なあ、妖精仲間の鶴姫ちゃんがお菓子作りの猛特訓を始めていてな。なんか、憧れの君に渡すためなの☆ってはりきっていただよ…その日のためだったんだなあ。」
 うんうんといつきは腕を組み頷いて、1人納得している。
「女の子って、色々大変でござるなあ…。」
 そうぼやくと幸村は眉をハノ字にして困ったふうに笑った。
「なあ、お兄ちゃんは誰にやるだか?どっちに決めたんだ?」
「どっちって…。」何と、ジト目で聞いた瞬間。
「あの気障なまねーじゃ??のお兄ちゃんと、同級生のひょうきんなお兄ちゃ…。」
「そそっそそ、それ以上は、言わなくていいでござるよっ…。」
 しーしーと立てた指を唇に当てて、口をチャックするようにいつきに注意する。
 真昼間の、しかも学校近くの道端で、そんなこと大声で言って欲しくない。いくら他の人には聞こえないと言ってもだ。
「ひゅーひゅー、茹で蛸みたいに真っ赤になってるだべ。図星ってやつだな。」
 今にも顔から火を噴きそうなほど赤くなっている幸村を指さして、ケラケラと鈴が鳴るように笑う。
「うー。」幸村は項垂れて唸るけれど、気を取り直して聞き直す。
「なんで俺があげるほうなのでござるか?俺、これでも男なんでござるが…。」
「…素直にならないとだめだべ。お兄ちゃん。」
 少女の容姿に不似合の、小悪魔みたいに大人びた微笑を浮かべると、意味深にいつきは告げる。
「他の男の人の心を沢山沢山、テレビの液晶越しに簡単に奪えるのに、大事な人からは何で奪えないんだべ。」
 ふわりふわりといつきは空間を縦横無尽に自由に飛び跳ねられるけれど。
「そんなに…簡単じゃないでござるよ…。」
 自分の生きてる世界はそんなに自由じゃない。
 そんな、簡単じゃない。恋なんて。
 切なげに呟くと幸村は、ぎゅっと学生服の胸元を握った。



☆☆☆☆
 いつきのご主人様、かえる国の王様の力、魔法で少女に変身した自分。そんな自分が押しも押されもせぬトップアイドルなんて、未だに信じられず夢見心地だ。キラキラと輝くテレビ局の中。綺麗なセット、綺麗な衣装、そして綺麗な芸能人。自分には目が開けていられないほど眩しくて、未だに息苦しいのだ。自分にはこんな煌びやかな世界、住む世界が違いすぎる。そんな今にもプレッシャーで潰されそうな自分を陰で支えてくれる彼を、自分は、自分の本心は…。
 そこまで考えて、幸村はハッと我に返る。
 幸村を上の空から引き戻したのは、コンコンと遠慮がちにノックをして楽屋に入ってきた女の子。今度は国民的アイドルグループの子か。もじもじと赤くなった顔を隠すかのごとく俯き、震える声を押し出し、チョコを表彰状のように胸元に押し付けるかのごとく差し出す。目的は自分じゃなくて、壁に背をもたれかけ、傍らで見守っていたマネージャーだ。
「伊達さん、あのこれ。」
「え。」政宗は、少し驚いたのも束の間、笑顔で対応している。
(…あの子、芸能界に疎い俺でも知ってる。人気絶頂のアイドルじゃないか…。)
 歌番組収録後、ハイビジョン専用の少し濃いめのメイクを落としてもらっていた幸村は、楽屋備え付けの大きな鏡越しに、チョコが渡される光景を、メイクさんと談笑しつつ気のない振りを装いながら、逐一目の端で映していた。そんな自分がまた女々しすぎて嫌すぎて、自己嫌悪に陥る。クルンクルンに巻いていた後ろ髪を一束取り梳かしながら話しかけてくれるメイクさんへの対応もどこか上の空だ。
「わざわざ有難う。」
 マネージャーがチョコを渡されているの、今日何度目なんだろう。両手の指、否、足の指を合わせても足りないほどだ。こっそり部屋の隅に置いてある紙袋にはその証拠が溢れている。そして、ちょっと憎らしいことに、チョコを受け取る側は慣れているのか、受ける様子もスマートだ。相手が誤解しそうな甘い微笑をさりげなく添えているし。
 メイクさんにスタイリストさん、ADさんに、極めつけはグラビアアイドルの方。業界きっての美人ぞろいだ。アイドルである自分よりモテているんではないだろうかとやっかむほどに。
 幸村は目の前に用意してあったバナナジュースのストローに口をつけ、はしたないがずずーっと思い切り啜ってみる。心の中を充満する何か得体のしれない重苦しいもので、胃が栓をされてしまう。そんなもやもやするのを払拭するために。
「マネージャーはモテるんでござるなあ。」
 パタンとドアが閉じられたところで、ぎこちない笑顔を顔に貼り付けて茶化してみる。
「馬鹿、義理チョコに決まってるだろ。」
 幸村の視線と口の尖がり具合に気づいて、手に持ったチョコを軽く上げた政宗は苦笑する。
「そうでござるか…。」
 何か心にわだかまりを残しつつ、ズズッと底に残っていたバナナの塊を吸い込んだ。
 義理チョコのわけがない。今まで自分が目撃した女性の大半は、少し緊張気味の表情、重みのある言動、それにチョコの外観から推測しても、本気度10割方だろう。その恋愛関係に免疫が無くて、よく佐助に鈍いと突っ込まれる自分でもわかってしまうのだから相当だ。
「幸村終わったのか、そろそろ帰ろう。車回してくるから。」
 細身の紺色のスーツの上着をサッと羽織り、メガネ姿の政宗は、車のキーを指先でくるくると器用に回して告げる。その姿はこんなにもモテるのが納得いくほど、同性の自分でもカッコ良く見えた。どうしてマネージャーなんて裏方の仕事をしているんだろう。芸能人っていっても通りそうな容姿なのに。
「あ、俺、ちょっとトイレに…。」
 幸村は手元に置いてあった通学カバンを引っ掴んで化粧室へぱたぱたと走る。
 その大切そうに抱えた鞄の中には、昨日、いつきから炊き付けられるままコンビニに走り、買い用意した愛想も素っ気もない市販品のチョコ。それさえも渡すことが出来ず、鞄の中で出番を待って眠ったままだ。このままだと陽の目を見ないまま自分の胃袋に収まりそうだった。
「俺、こんなの、どうしたいんだろ…。」
 なんでこんなチョコなんて買ってしまったんだ。
(俺は別にマネージャーのことなんて…。何より俺のことなんて子供としか見ていないだろうし、その前に、自分の正体は男だ。)
 幸村が自分の心が分からぬまま時計の針は進み、バレンタインデーは終わりを告げようとしていた。


☆☆☆
 短いスカートを翻し、政宗を待たせまいと廊下を走ってきた幸村は。
「お待たせ。」と息を弾ませたまま言おうとして、思わず出かかっていた言葉を、上がっていた呼吸と一緒にグッと飲んで、そして、何故だか素早く元いた壁に舞い戻った。
 そっと盗み見ると、そこには自分のマネージャーと、背が高い美人な女性。その2人の様子が尋常じゃなくて、何故か考えるより先に、二人から死角になるそこへ隠れてしまっていたのだ。
「政宗。待ちくたびれたぞ。」
「ああ、さやか。すまなかったな。」
 彼から親しげにさやかと呼ばれた女性の携えているものは、大きすぎる箱。ピザのLサイズくらい入ってそうな箱だ。
「これ作るの、ホントに苦労したんだぞ。」
「ああ、有難う。」
「なんだ、すごい嬉しそうだな。長い付き合いだが、お前のそんな満面の笑み初めて見た。」
 今まで仏頂面だったさやかが、少し笑いを零す。そんなさやか曰く嬉しそうな顔は、政宗が背を向けている状態のため、幸村には見ることが出来なかったのだが。
「これは、俺にとって大切なチョコだからな。」
「…そう言われたら、私も嬉しいぞ。」
 2人は旧知の仲らしい。あの箱の中には、きっと間違いようも無くチョコが入っているんだろう。しかも、先ほどまでの女の子に対する態度とは、はっきり分かるほど違う。
「…っっ。」
 瞬間、胸がぎゅうと締め付けられそうになって、中に入ってるチョコ諸共、鞄をぎゅっと抱きしめる。
 苦しい、何だか、息が出来ない。
(…あれれ、俺…。)
 俯いた途端、ぽつんぽつんと床に何かが落ちて染みを作る。視界がぼんやりと不鮮明に滲んだ。
「おい政宗、早く受け取れ。手が痺れる。」
「あ、わりいな。」
 そんな仲睦まじそうな二人の会話をそれ以上は聞いていられなくて、逃げるようにその場から立ち去ってしまった。大勢で賑わっている廊下を突き抜けて、裏口まで、猪突猛進で走り去る。
「おーい、ユッキー、どうしたんだよ。」
 出会いがしら会った知り合いのディレクターに呼ばれたけれど、返事をすることなんて出来なかった。振り返りもせず走り抜ける。
顔がぐしゃぐしゃで、心もぐしゃぐしゃで、どうしようもなかったから。

☆☆☆☆
 前を見ることも出来ず俯いた状態でただただ走り続け、辿り着いた場所は裏口付近の吹きっ晒しの大道具置き場。ベニア板やら何やらに囲まれその辺に雑然と置かれたベンチに倒れこむように腰を掛けると、背中を折り泣き腫らした顔を両腕に隠す。
「ユッキー。」
「え…。」
 不意に丸めた背中に声を投げかけられて、とりあえず取り繕うように両目を握った拳でごしごしして、おずおずと振り返る。
「こんなとこにいたら寒いよ。中に戻ろ。」
「慶次プロデューサー。」
 ふんわりと微笑んだ慶次は、強引に横に滑り込むと、よしよしと頭を子供にするように撫でてきた。そんな優しすぎる行為が逆に涙腺を弱くする。堰を切ったかのごとく溢れ出してきた涙を堪えきれず、声を殺して肩を震わせてしゃくりあげる。
 その間も慶次はただただ頭を規則的なリズムで撫で続ける。どのくらいそうしていたのか。なんとか落ち着いてきた幸村は、差し出されたティッシュを受け取り少し恥ずかしげに、スンと鼻をかむ。
 投げ出された鞄から少し顔を出した赤い包装紙。慶次は目ざとくそれを見つけた。
「あれ、チョコレート。これどうしたの?」
「…よかったら、食べますか?くしゃくしゃになっちゃってみすぼらしい感じで悪いんでござるが…。」
「いいのいいの?ユッキーのチョコ、俺なんかがもらって。」
 嬉しさを隠そうともせず、こんな幸せなことないよ〜と、満面の笑みで慶次が受け取ろうとしたその瞬間。
 スイッと、チョコは慶次の手の中から意志を持ったように擦り抜け、宙へ浮いた。
「え?」
 いつきの仕業、の、わけではなく、そこには、チョコを持ち上げた張本人、メガネのレンズ越しに冷たく目を眇めた政宗が後ろに立っていたのだ。
「伊達君。」「マネージャー。」
 驚いた二人は、ほぼ同時に突然現れた彼を呼ぶ。
「本当に申し訳無いんですが、チョコも、これも、俺のですから。」
 有無を言わさぬ迫力でそう低く告げると、「これ」と言われながらも状況を把握できてない幸村の二の腕を辺りを持ち上げ引いて立つように促す。
「ええええ。」まだ濡れた睫毛を揺らしながら、幸村は何度も瞬きする。
「幸村、ほら、何してんだ。家に帰るぞ。」
「えええ、あのあの…っ。」
「じゃ、プロデューサー、お疲れ様でした。」
 幸村の肩を逃げ出さないようにしっかりと抱き、ぽかんと口を半開いたままの慶次に会釈すると、彼をそのままに立ち去ってゆく。ぎゅうぎゅうと怒りに任せてか、幸村を自分の腕の中に強く抱いたまま、無言で駐車場へ向けて歩き続ける。
「マネージャー…、あの…。」
 その怒りの原因が分からなくて、幸村は戸惑いの声を上げる。
「幸村、大事な話がある。このまま俺の部屋に行こう。」
 政宗は不機嫌を体全体で表したまま、前だけを向いた状態で、そう告げた。


[*前へ][次へ#]

2/21ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!