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小説
その十二
 闇がどっぷりと辺りを飲み込み、梟が切なげに啼き始める頃、佐助は幸村の部屋に来ていた。
 中を伺うように一旦動きが止まったが、しばらくしてゆっくりと襖を開けて、そこには。
「幸村様っっ。」
 目を背けたくなるほどの惨劇とはこういうことをいうのか。
 ボロボロの端切れみたいな着物が辺りに散らばって、裸の幸村が身を丸めて横たわっている。その体には凌辱の生生しい跡が残っていて、それはどんな修羅場をも掻い潜ってきた佐助でも目を逸らしたくなるほどの有様だった。
「どうしたの、これ、ねえ…。」
 サーッと音を立てて血の気が引いて、寒気を覚えたのか数回身震いする。そして、ハッと我に返って佐助は幸村に慌ただしく駆け寄った。その傍に落ちていた嫌でも目に入る、合戦の中どんな群衆の中にいても目立つ濃い蒼い上着。
 今し方、幸村の身に起こったこと、それは幼児用のパスルよりも容易に連想で来て、佐助は愕然とし、膝からガクンと崩れ落ちて畳に座り込む。
 透き通りそうなほど白いマネキンのごとき腕が、ピクリと僅かに動いた。
「さ…佐助…。」
「大丈夫か、動ける?」
 恐る恐る壊れ物に触れるように、佐助は幸村の身に触れ、そして肩を後ろから支えて抱き起す。
「独眼竜は…どこに行ったのさ…あいつ…。」
 状況を悟ったことで怒りが一気に脳天に昇った佐助は、ギリギリと不協和音を立てて上下の歯を食い縛る。
「政宗殿…。最近会いに来てはくれぬ。もう一か月になる…きっと、某のことなど忘れてしまったのだろう。戦闘で忙しいのでござるな…。彼女は一国の城主であるからに…。」
 そのぽつりぽつりと出てきた幸村の言葉に、佐助は、え、と小さく声を漏らし、目を見張った。
 裸のままの幸村の痛々しい体を見ていられなくて、元は幸村の着物、その布の切れ端でなんとか華奢な肩を覆う。
「嘘だよ、今日会いに来たじゃないのさ、…それにこれ…。」
 自分の今、目にしている上着は、間違いようも無く独眼竜のものだ。
「何を言っておるのだ?佐助。」
 幸村は子供のような真丸い目で、自分を一度見つめると数回瞬きした。
「某、政宗殿と、会ってなどおらぬ…、何故そんなことを言うのだ。」
 きょとんとした、本当に何も知らないかのごとき表情。嘘を言っている風にも見えなくて、その違和感に、なんだか背筋がぞくぞく寒くなる。
「何を…、言ってるの…、まさか…。」
「きっと政宗殿はお忙しいのだろう。」
「まさか、まさかそんなのって…、」
 一点の空虚を見つめ、わなわなと唇を震わせた佐助は一つの答を導き出してしまった。
「旦那、旦那…。」
 どこか痛そうに瞼を閉じた佐助は、掠れた言葉を喉からやっとこさ絞り出す。
「ごめんね…ごめん、俺が、何も、出来なかったから、間に合わなかったから。あんたに近づくあの禍々しい僧侶を跳ね除けていれば…こんなことにはならなかったのに…。きっと…。」
 大好きな人と一緒にいられたのに、こんなに傷つかずに済んだのに。
 佐助はボロボロの状態になってしまった大事な人を、両手を広げて、そして、ぎゅっと大切そうにその身に抱きしめる。
(こんな最悪の事態になってしまったんだ。)
 佐助は自分の不甲斐なさを酷く後悔した。
「佐助?」
 自分に抱きついたまま急に静かに声を殺して泣き始めた佐助を、舌足らずに呼ぶ。
「なあ佐助、どうしたのだ?」
 ごめんと何度も何度も繰り返す佐助の背を幸村は宥めるように数回撫でた。

―――こんなの、酷すぎるよ、神様。

―――心に負ったショックが大きすぎて、自らの記憶を消してしまったなんて…。



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あきゅろす。
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