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小説
その九
 狙いを自分たちに定めたかのごとく大粒の雨に集中攻撃されて、ペタンと腰を落としたまま呆ける幸村の腕を取り引き上げると、そこから逃げるように雨宿りが出来る場所を探し彷徨い始めた。



★★★
 雨を凌げそうな丁度良い場所、枝と葉っぱをうっそうと隙間なく茂らせる大木の元に滑り込んできた政宗はひとまず安心してほうと息を吐くと、幹に体重を預けもたれ掛った。
「うへえ、濡れちまったぜ…。」
 ぐっしょり濡れてしまって、自分の体を包む、水分を吸い込んで青が濃紺に変わってしまった布がうっとおしいくらい重い。政宗は着物の裾をぎゅっと絞り、足元へ水分を追い出した。
「…大丈夫か?」 
 濡れそぼった幸村の顔にぽつぽつと水の珠があって、それを政宗は親指で拭う。子供みたいにされるがままの幸村はくすぐったげに眼をきゅうと閉じた。
 政宗はそんな幸村の姿を見て、ふっと笑みを零し茶々を入れる。
「色気がさっぱりないあんたでも、体だけは色っぽいな。」
「へ?」
 ちらりと意味深に目線を向けた先には、自分と同じように濡れてしまった幸村がいて。
 白い着物が透けて女性らしい体のラインがくっきり見えてしまっている。
 胸も綺麗な膨らみとその先の突起が可愛い桃色に色づいていることまではっきり分かる。
そんなのは、理性を総動員させて見て見ぬふりを決めていたが。
「なんてな、なんでもねえよ。」
 その幸村の寒々しい様子に、寒くないか、と、聞こうとした次の瞬間。
「・・・っ。」
 不意に幸村が腕の中に体当たりする感じで飛び込んできた。
まるで猫みたいに擦り寄ってぎゅうぎゅう体を密着させてくる。政宗は両手を広げて固まった状態で、柄に無くあたふたとしてしまう。
「どした?甘えて。あんた、子供みてえだな。」
 照れ隠しなのか、口調が変にぶっきら棒になる。突然の幸村からの接触に、くすぐったいようなむず痒い感じと同時に、心の奥がチリリと焦げる。体温が徐々に奪われ始めた幸村の肩を、少しおずおずという感じで抱く。
 腕の中にある柔らかい体は、微かに小刻みに震えている。
「やっぱり寒いのか?」もっと引き寄せようと、両腕を背中に回したその時。
「…ま、政宗殿も、どこかへ行ってしまうのでござるか?」
「え。」
 自分の問いかけに被せるように問うてきた言葉。それに政宗は少し意表を突かれる。瞬かせる動作と連動してぱさぱさと長めの睫毛が上下する。
「…さっき、戻るとか…言われていたので。」
「そんなの、気にしていたのかよ、あんた。」
 やっぱり聞こえていたのかと、政宗は口の中が苦々しく感じるのを覚えた。なんとか取り繕うとしてか、政宗は顔にかかる長めの前髪を左手でかき上げ口を開こうとするが。
「政宗殿も、どこか行ってしまうのでござるか?某を置いて…。」
「…。」政宗は何も言えず、ただ、幸村を見つめるしか出来なくて、かける言葉を一瞬失った。いつか自分はここから消えてしまう人間だということを見透かされている気がしたからだ。
「政宗殿は、大事な、幸村の、大切な友達でござる。だから、離れるなんて嫌でござる。嫌でござるよっ。」
 噛み締めるかのごとく、一語一語、彼らしくない暗い声で苦しげに幸村は告げた。
「あんた、意外に、ひでえよな…。」
 やるせなさを滲ませて、そう小声で吐き出した政宗は、フッと苦笑を漏らす。
この俺が友達確定かよ。
 と、口から素直に零れそうになった言葉を寸でのところでごくりと飲み下した。
「…っ、幸村。」
 俯いていた彼が顔を上げて表れたその表情は、目の前のそれは、今にも崩れそうな半泣き状態だったからだ。下唇を噛んで、しゃくりあげる息まで詰めて懸命に堪えている。
「行かないで、下され…っっ。」
こんなの、軽口を叩ける雰囲気では無かった。
心が程無くズキズキと苛まれる。心臓がぎゅうと鷲掴かまれて一回り小さくなってしまったかのようだ。
「幸村、俺…。」
 つつーと、幸村の大きな目からとうとう涙が一筋零れた。
 (俺は、帰らないといけない人間なんだ。)
そう吐き出そうとしていた言葉は、完全に闇に葬られる。
「ああ、」
 政宗は、大きく頷いてはっきりと告げる。
「大事な友達だよ、あんたは。どこにも行かねえ。一生ここにいて、あんたを守ってやるよ。」
 それはその場しのぎの嘘では無く、心の底からの本心だった。
 こんな幸村を放って、自分の世界には戻れないと、とうとう腹を括ったのだ。
「政宗殿…。」
 とうとう泣きじゃくり始めた幸村の上下する肩を、大丈夫だからずっと一緒だからという想いを込めて、政宗は、幸村の背が弓なりになるほど、強く強くぎゅっと腕で包み込んだ。
「泣くなよ、幸村。あんたは笑顔の方が似合うと思うぜ。」
 引き寄せた耳元に、優しく囁く。
 ガサリと微かに枝と葉が揺らめいたのを、長年戦闘で培われた本能と連動した鼓膜は聞き漏らさなかった。
 しかし激しい雨音でかき消されていたとはいえ、近づいてくる足音は耳まで届かなかったこの落ち度どうしてくれよう。何かが蠢く空間を睨めつけるかのごとく眉間に皺を寄せた政宗は、軽い自己嫌悪に陥っていた。
 ひいふうみい…、敵は五人か。
 何も異変に気づかないこちらに寄りかかっている幸村の肩をすっぽりと抱いたまま、息を潜めて神経を研ぎ澄まして辺りを探る。
 ザザッと一糸乱れぬ動きで一列になって目の前に表れた集団。迫力あるそれを目の当たりにして、幸村の体がビクンと感電したかのように揺れたのが布越しに伝わってきた。
 黒ずくめの忍びの恰好。今の太陽が厚い雲に覆われた暗がりに紛れるにはちょうど良い感じだと感想を述べたいが、そう悠長にしている状態ではない。
「敵のお出ましか。」
 わさわさと不気味にせり寄ってきた数人は、両側から幸村の肩を持って政宗から強引に引き剥がす。
「っっ。」
「やめて下されっ、政宗殿、政宗殿っっ。」
 幸村は政宗に向けて手を精一杯伸ばし、必死に声を張る。
―――幸村が目的か。
 急ぎ幸村を取り戻そうと動いた政宗の前に体が二重にぶれるほどの速さで立ちはだかった壁のごとき長身の二人。政宗は素手で戦いを挑んでゆき、握った拳を突き出すが、戦うために作られた人間は、簡単に政宗の攻撃を払いのける。次の動きの足払いも読んでいたのか、すぐさま阻止された。
―――強えっ。
 意識は敵に合わせながらも目の端で確認すると、幸村は拉致されるかのように、そのまま脇下から入れた手で両腕を拘束された状態で雨の中を連れ去られてゆく。幸村の足は地面に付いておらず宙ぶらりんにふらふら揺れている。
「幸村っ、あんたも応戦しろよっ、それでも戦国武将かよ。なんで無抵抗なんだよ!!」
 取り戻そうと幸村の元へ行こうとするのに、自分の前にいる敵を倒せないどころかダメージさえも与えられない。無抵抗に連れて行かれる幸村に対し苛ついた政宗は、顔を歪ませて激しく怒号を出す。
「某は、彼らに手を出せないのでござるっ。」
 歯痒く思った政宗はチッと舌打ち、とうとう鞘から鈍く輝く長刀を引き抜いて、上段に構えた。曇天の中でも、その刃の輝きは衰えない。
「てめえら覚悟しろよ。この俺を舐めんじゃねえ。」
低く唸るように告げた政宗に、幸村は忍に腕を両側から拘束されながらも、政宗に向かって必死に叫ぶ。
「駄目でござる、殺しては駄目っ。駄目でござるっっ。」
「幸村…。」
 その投げかけられた内容に驚きながらも、政宗はすでに動き始めていた。
「しゃーねえなっ。」
 武器さえあれば鬼に金棒。
 さすがの政宗は峰内で大男二人ともを一撃でダウンさせ、続いて幸村の所へ走り幸村を羽交い絞めにしていた3人に取り掛かった。目をぎゅっと閉じた幸村が顔を背けた一瞬の間に決着はついていた。
「なんだよ、こいつら…。」
 刃を一振りし鞘にカチリと納めた政宗は、あることに気付いて忌々しく鼻息荒くする。
 最初から、自分達を傷つけるのが目的ではなかったこと。攻撃も防御しかしていてなかった。そう、自分から、幸村を引き剥がすだけが目的だったのだ。
(どういうことだ。もしやこいつら…武田の…。)
「幸村。」
 幸村が雨の中、力が抜けたのか地面に蹲る。
「某が悪いのでござる…某は、篭の中の鳥であった…。」
 幸村は地面に向かって、苦しげに声を押し出す。
「どうして…。」
 震える唇で、信じられず政宗は声を漏らす。
(味方である武田がどうしてそこまで、幸村を監視するんだよ。)
「政宗殿…某は、某は…、何も望んでは駄目なのでござる。」
 幸村は顔を上げて天を仰ぎ見る。降り注ぐ大粒の雨に濡れる顔には、それ以外の温かい水が幾筋も通っていく。
「幸、村。」
「某は、もう、何も望めないのでござる…。」
 動けない二人を容赦無く冷たい雨はずっとずっと打ち付け続けた。


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