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小説
その八
 右に寄り添っている政宗と、背後にいてこちらを見下ろし中段で構える三成が一触即発状態で固まっている。風が一陣でも吹いた途端に戦闘が始まりそうだ。そんな二人を、何か言いたげに唇を震わせて、眉根を潜めて見つめている幸村は、本当に気が気じゃないようだった。
一方の政宗は、包み隠さず敵意剥き出しの険しい表情の三成と顔を向き合わせながら、実は頭の片側辺りで、思いの外冷静に、全然違うことを考えていた。
(こんなにも自分に敵対心をびしびし痺れるほど向けているということは、間違いようも無く石田も幸村が好きだってことだ。じゃあ俺がいた世界の、いけすかねえ男版石田も同じ感情を抱いているということになる。これは戻った時には、先手必勝、速攻で手を打たねばな。)
 まあそれよりも何よりもまずこの状況をどうにかするのが先だろうと、苦笑を僅かに口の端に浮かべた政宗は、横隔膜を上下に動かして一気に辺り中の酸素を独り占めみたいにめいっぱい吸い込んで。
「あっ、あんなところに家康っ。」
 遠くを指さし不意に叫んだ。
「っっ。」
 反射的に三成が斜め後ろへ興味が注がれたとき。
 素早い動きで、政宗は長刀を鞘に仕舞い、流れる動作で、座り込んでいた幸村の膝裏に手を差し入れて、両腕で抱え上げ横抱きにしてそこから駆け出す。
「ままままっ、政宗殿っっ。」
 不安定に宙に浮いた足元をばたつかせて幸村は派手に慌てる。思わず政宗の首にぎゅうぎゅうしがみついてきた。
「逃げるぞっ。」
 そう楽しげに言った政宗は、全開の笑顔で、幸村を掻っ攫い走り始めていた。
 三成の意識は完全に家康へ行ってしまったらしくそこにいるはずのない彼をきょろきょろと探している。
「どこだっ、家康うっ。」
 それ幸いに、政宗は幸村を抱いたまま、一目散にそこから脱兎のごとく去って行った。

★★★
 2人を見下ろす空は青く蒼く目に眩しいくらいに澄んでいて、どこまでも果てなく広い世界。頭の中を真っ白にしてそれを眺めていると、心穏やかになりそうだった。綿菓子ごとき雲が気持ち良さげにふわふわ泳いでいるのもしかり。その浮遊する様をしばらく目で追うように、政宗はクッションみたいな草むらの上へ大の字に寝転がって、何をするでもなくだらんとしていた。
 横に座る幸村の色素の薄い茶色い髪が、そよそよとそよぐ風に踊るのも清々しくて、綺麗で目を細める。
「そういやここ、初めて会った場所だな。」
 あの手合せ中転げ落ちた先の河川敷。
 ぼんやりと視線を天高い場所に向けたまま、そう呟いた政宗は微睡み、そのまま眠ってしまいたくなる気持ち良さに身を投じるかのごとく目を閉じる。
 瞼の裏に最初に思い出すのは、今見ているお天道様みたいな、朗らかな笑顔だ。見ているこっちまでつられるほど、温かくて優しいそれ。
(あっちの幸村、今頃どうしているんだろう。あんな形で別れてしまって、自分を心配していないだろうか。懸命に呼ぶ声、それは今にも泣きそうなものだった。いや、泣いていたのかもしれない、涙腺が弱い感情型のあいつのことだから。)
 そうだ。
 あの崖からこの急な坂道を転がり落ちて、この世界に飛ばされたのなら。もしかしたら、同じことをすると、元に戻れる可能性があるのかもしれないのだ。
「そうか、あっちに戻れるのかもしれない。」
 思わず、政宗は声に出していた。
 次の瞬間、ぎゅっと着物の袖がしわくちゃに握られた。
「ん?」
 その引っ張られる感じに、政宗は幸村の方を見遣る。
 眉根をハノ字に寄せた幸村が潤ませた目でこちらをじっと見て、ますます力を込めて握ってくる。
「政宗殿、どうかされたのか?」
「…いや、ちょっとな。」
 そう歯切れ悪くごまかしてみても、幸村はまだ布を握ったまま離さない。切なげな表情を隠すように俯いている。
「あ…。」
 何かで取り繕おうと目を泳がした先、緑の中に赤い点々を見つけて、政宗は声を漏らす。
「あ、野苺みっけ。これ食えるんだぜ。」
 政宗が視線を横に滑らせて見つけた先には、背の低い草にぽつぽつとなっている赤の粒の大群。横になったまま、肘を伸ばし、苺を摘み取って、未だ暗い表情だった幸村の鼻先に近づける。
「これ、食べれるのでござるか?」
 少し半信半疑に、目を真ん中に寄り目にしてじっと政宗の指先を見遣る。毒見のごとく、政宗は目の前でそれをぱくりと口の中に放り、食べてみせる。
噛むとプチプチと舌の上で弾けた。少しの苦みの中に天然の甘味特有の程よい甘さ。大きさも、飴玉より少し小ぶりのサイズで丁度良かった。
「ほら、うめえ。幸村も…。」
 食うか?と指の先で摘まんだ瑞々しい赤を、幸村の苺みたいに美味しそうな口元に伸ばそうとした瞬間。
 逆に幸村がぐいっとこちらに思い切り乗り出してきて。
 画像が近すぎて二重三重に、愛らしい幸村の顔の輪郭がブレて。
ペロリッと生温かい柔らかい感触が、唇の真ん中にあたった。
「え?」
 その驚きの事態に、政宗は苺を差し出した姿勢のまま、一時停止してしまう。
「あああああ、あの、あの、口に苺の粒が付いていたもので…あのそのっっ。」
 あわあわと両手を残影しか見えなくなるくらい高速で動かし始めた幸村は、顔を首まで真っ赤にして俯いて、あげくしどろもどろになってなんとか言葉を紡ごうとしている。幸村自身も魔がさしたというか、自らの行動に驚いているようだった。
「あの…わあっっ。」
 もう止まらなかった。止まるわけなかった。こんなの、こんな胸を木端微塵にしてしまうくらいの破壊力、どんな強靭な理性を持ってしても太刀打ちできないだろう。
 もう、絶対、こんなの可愛すぎだろーがっ。
「政宗殿?」
不安げに呼んでくる幸村の細い二の腕を持ちこちらに引き寄せる。そして、細く華奢なくびれのある腰に両手を回し、熱い体を密着させると、斜め上からのしかかるように顔を近づけて、唇を奪っていた。
「んんーっっ。」
 弾力ある唇に唇を押し付けて、半開きだった唇から尖らせた舌先を差し入れて、熱い口内をちゅくちゅく蹂躙する。苺よりも甘い幸村の口を堪能して。
 ぎゅっと目を瞑る幸村の頬に手を添えて、そしてゆるゆると温度が高まっているそこを撫でて、最後にちゅっと音を立てて名残惜しげに唇を啄む。
「…美味しかったか?」
「そんなの、そんなの分からない…で、ござる…。」 
 消え入りそうな声で呟いた幸村は、そのまま脱力してコテンと政宗の腕の中に納まる。
「分かんねえの?甘いの大好物なのに?」
 ならばと、もう一度キスをしようと顔を寄せた瞬間。
 ポツンと、鼻先に冷たい感触。
 甘い雰囲気を掻き消す襲来。一滴だったそれはすぐさま大量に落ちてきて、晴れていたそれがいつしか曇天に変貌していて。
「やっべえ、幸村、行くぞ。」
 盛大に空がザーザーと泣き始めた。


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あきゅろす。
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