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小説
プロローグ
本気の、恋をした。
幼い時の恋なんて、麻疹か風邪かなんて言われるかもしれないけれど。
まだ、この胸に残るのは、焦がれ、それと同じくらいの、心を裂けそうなほどの痛み。
もう二度と会えない。
あの笑顔に、会えない。


★★★★
思わず、その少し厚みがあるぷっくりと可愛らしい唇に、花の蜜に蝶が吸い寄せられるかのごとく、ちゅっと啄んでいた。触れた後、もう一度、今自分がたどたどしく唇で触れたそこを見てみると、赤く染まっていて。その唇と同じくらい、目の前のその子の顔も赤らんでいた。その行為には意味なんて無かった。心を占めるのは興味、そう、ただ本当にどんな感触か確かめたかっただけ。大人になって初めて、あれが接吻というものだったと気付いたのだ。受けた相手も、大きな目をますますどんぐりみたいに見開いて。それを見て、ああ零れ落ちそう、と、もう一人の客観的な自分は他人事のごとく思った。
「どうしたのだ、口、食べちゃうのか?」
 プッと自分はかみ殺しきれなかった笑いを盛大に吹き出してしまう。声を引きつらせながら腹を抱えて笑いまくる自分に、目の前のその子は不服そうにプウと口を膨らませる。それがまた愛らしくて、自分の心を激しくざわつかせる。
今なら言える。
 自分はその勢いに任せて、そう懇願するように、その子の両手を取って言った。
「食べちゃわない、食べたりしないけれど…代わりに、大きくなったら、お嫁さんになってくれるか?」
「…それは駄目。」
 とても困っている表情。眉毛をハの字にして、今にも泣きそうな顔して、舌足らずにその子は言うのだ。
 そこで大人が呼びに来た。嫌がる俺は手を引かれ無理やり引き離された。後ろ髪をひかれる想いで振り返る。すると、泣きそうだった顔がとうとう破顔していて。ぽろぽろと大粒の滴が揺れる黒目から零れ落ちる。
 ああ、振られてしまったのだと、気付いた。
 たった数えで五歳の、尊いはずの初恋。それは、5分でガラガラと音を立てて崩れきった。
 本当にあっけ無く。

 あれから自分は、もう十分体も心も大人になったというのに、まだあの子以上に好きな相手を見つけられていない。それよりも、もう、生きていくことさえも、どうでも良いくらい、この年で人生に投げやりになってしまっていた。
 もう全て、何もかも、どうでもいい。
 俺なんて、どうなっても、このまま消え去ってしまってもいいんだ。


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