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小説
その15
 馬で一気に駆けてどこに辿り着くのかと思っていたら、見覚えが有りすぎる甲斐の居城の石垣の手前。
「政宗殿…。」
 見上げた場所に聳え立つその慣れ親しんだ場所に、安心とともに、言いようのない寂しさが波のごとく胸を襲う。
 ここまで何もしゃべらなかった政宗は、馬から先に降りると、馬上で目を伏せて顔を曇らせる幸村に手を差し伸べてくる。
「本当はここに来る途中、このまま奥州に連れ去って、ずっと手元に置いて大事にしたいと思った。」
 そこで言葉を切った政宗は、切なげに顔を歪ませる。
「けれど、あんたもやらないといけないことがあるんだろ。探さないと、いけねえんだろ、おっさんの大事なものをさ。」
 薄く笑いかけてくる政宗の手をおずおずと取って、馬から降りると、そのまま手を引かれて抱き寄せられた。ぐぐっと二度強く抱きしめられて、幸村はその力強さに泣きそうになる。
「また、会いに来る。」
 耳元で、政宗は力強く囁いた。
「幸村、全部終わったら、一緒になろう。それまで、絶対死ぬなよ。」
 その溢れそうな沢山の愛しさも、漏れそうになった泣き声も吸い上げられるように、唇を思い切り塞がれた。舌で口内を愛撫されて、その激しさに翻弄されながらも、幸村は離したくないと政宗の腕を掴んでいた。
 ずっとずっと、このまま一緒にいたいと、願うように。

★★★
「旦那、帰ってたの。心配したんだよ。」
 自室にそっと気配を消して戻ろうとして、襖を開けようとした瞬間、突然声をかけられて幸村は心臓が跳ねるほど驚く。逆に完全に気配を殺しきっていた佐助が、すぐ後ろに佇んでいた。朝帰りを父親に見つかった女子高生みたいに幸村は、丸めた肩を震わせて、恐る恐る振り返った。そこには案の定、怒りを噛み殺す渋い表情の佐助が腕組みをして仁王立ちに立っていたのだ。
「…着物、変わってるね。この上等な衣装、どこで着替えたのさ。」
 かすがの戦闘服だったのに。佐助は何もかも御見通しのごとく、忍びらしく洞察力鋭く指摘する。
「と、徳川のところで着替えたのだ…。」
 幸村はやましいことがあるのか、不自然に視線を泳がし佐助とは目を合わせられない。
「ねえ、もしかして、何かあった?」
「何も…何もあるわけないであろう。」
 取り繕おうとして言葉が詰まる。平静に嘘をつこうとして、逆にしどろもどろになる。口の中が乾いて、上下の唇同士が張り付いた。
「…なんか、違うよ、今日の旦那。」
 佐助は犬みたいにスンと鼻を利かせて、眉根を潜めた。
「まさか、旦那…、あいつと寝ちゃったの?」
 佐助の言葉のあまりの直球具合に、その衝撃に、顔面蒼白な幸村は固まってしまった。
「駄目だよ、あいつは駄目だ。」
 佐助は全てを理解してしまったのか、跡が付くほど強く幸村の両肩を掴んだ彼は、必死さを滲ませて早口で言う。
「佐助?」
 その半端無い深刻さに、驚いた幸村は目を丸くする。
「あいつは駄目だよ、好きになっては駄目なんだよ、旦那。」
 なんで、そんなに反対されるのか。何故一番の理解者であるはずの佐助まで、そんなことを言うのか。
 反発心で、幸村は想いを高ぶらせる。
「何故だ、佐助。敵だから駄目なのか?男同士だから、俺は政宗殿を好きになっては駄目なのか?そうなのか、佐助っ。」
 切なげに顔を歪め、声を荒げる幸村に。
「違うよ…。独眼竜が相手だからとかは、一切関係無い。」
 佐助は聞いたことのないほど低い声で、苦しげに声を押しだす。
「旦那は、誰も好きになっては駄目なんだよ。ある1人を除いて…。」
 とうとうパンドラの箱を開いてしまった。今まで隠し通してきたのに、佐助は告げてしまっていた。
 誰も好きになっては駄目なんて…。
「ある1人って…。」
 幸村は呆然と立ち尽くし、わなわなと震える唇でそれだけを呟いた。
「それは言えない。けれど、駄目なんだよ、分かってよ、お願いだよ。」
 佐助は哀願するかのごとくそう言うと、幸村の縮こまる肩を右腕で抱き寄せていた。
「お願いだから…旦那っ。」

 どうしてこうなってしまったのだろう。
 佐助はその10年前に始まった運命を呪うしか無かった。


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あきゅろす。
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