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小説
その七
 河川敷に両膝を抱えて座り込み、一人佇む幸村の小さな背中を見つけて、薄く苦笑いを口元に浮かべた政宗は、逃がさぬようにゆっくりと近づく。
「幸村?」
「…あっ、政宗殿。」
 覗き込んでくる政宗の姿を確認して、再び俯いてしまった幸村の隣に陣取って政宗は座り込む。
「急にいなくなっちまうからどうしたかと思った。」
 初めて会った時にも連れていた小兎を抱きしめながら、幸村はとつとつと告げる。
「…何でも、ござらぬよ。」
 その声が不貞腐れているのが分かりやすくて、少し笑ってしまう。
「何でもって、あんた、この口、尖ってんぞ。」
 つんと前に突き出した上下の唇を指でぐっと摘まむ。
「何、物思いにふけってたんだよ…らしくねえな。あんたは考えるより先に行動だろ?」
「某…。」
 幸村は天を仰ぎ、大空を眺めながら、ぼそりと呟いた。
「某、鳥みたいに、どっか遠くに行きたいなあと、思っておったので。」
「行けばいいじゃん。」
 政宗は即答する。
「俺が知ってるヤツは、いつも自由に飛び回ってたけれど。」
 気まぐれにふわふわと俺の手を擦り抜けて、本当に忙しない鳥のようだった。
 政宗は、記憶の中の男の幸村を思い出し、思い出し笑いを少し零す。
「羨ましいでござるな…。某など、篭の中の鳥のようでござるよ。」
「え、そうなのか?」
 ふわりと幸村は微笑む。その彼らしくない儚げな笑みに、政宗は胸を打たれる。
 そんな幸村に、想いか高まってか、政宗は自分でも驚く発言をしていた。
「なあ幸村、俺が連れて行ってやろうか?」
「え?」
 その後に続く言葉は、まるで一世一代のプロポーズみたいだった。酷く真剣な声で、幸村の一回りほど小さく温かい手をぎゅっと握り、政宗は続ける。
「幸村、俺とどこか遠くへ行こう、2人で。」
「…それは、無理でござる。」
 少し間を置いて、でもはっきりと拒絶の意味である行動、ふるふると幸村は首を横に降った。
「某、政宗殿とは行けないでござる…。」
 悲しそうにまた微笑んだ幸村に、きっぱりとそう言われて、心がぎしぎしと軋む。
 そうだ、幸村の心の大部分を占める相手がいることを忘れていた。
(幸村の好きな相手って、凛として、綺麗で、憧れる相手って、もう、あいつしかいねえじゃん。)
 それをまざまざと知ってしまって、心の芯がぽっきりと、いとも簡単に折れそうになる。
(さっきも俺と小十郎が一緒にいるのを見て、妬いていたようだったし。)
じっと幸村を見つめてると、見つめ返してくる大きな瞳の中、揺れる黒目に引き込まれそうになる。心が全部持って行かれそうになる。
「政宗殿?」
 何も言わなくなった政宗に対し、不思議そうに名を呼んでくる幸村へ。
 そのまま引かれるように顔を近づけて、顎を持ち、濡れたぽってりとした唇に自分の唇をぐっと重ねた。ちゅっと、軽く啄む音を響かせて。
 離すと、幸村は顔を首まで真っ赤にして、困ったように顔を歪めるけれど。
 もう一度顔を近づけると、拒絶することはせず、幸村は両目をきゅっと閉じた。
 幸村を怖がらせないように丸まった背を撫ぜながら、何度も何度も触れるだけの優しいキスを繰り返す。柔らかくて気持ちいい感触を何度も追うように、それは続けられた。
「…ふう…んんっ。」
「…っっ、幸村。」
 両手を広げた政宗は、ぎゅっと兎ごと、その可愛らしい生き物を腕の中に抱きしめる。
 それは儚くて、折れてしまいそうなほど、か細くて、そして、愛しすぎた。
「そっか、俺じゃ、駄目なんだな…あいつじゃないと…。」
 沈んだ声が空気より重く吐き出される。
「ま、政宗殿…?」
 政宗は、自分の気持ちに気付いてしまった。降られたその瞬間に、気持ちに気付くなんて、あまりにも間が酷すぎて笑える。ずっとずっと前から、出会った頃から、幸村を好きだったんだ。男でも女でも関係無く、魂に惹かれるように、焦がれていたのに、気付くのが遅かったなんて、こんなの…。
「ま、政宗殿。どうか、されたので?」
 ぎゅっと抱きしめたその体が愛しくて、愛しすぎて、こんなにも離したくないのに。他の誰かになんて奪われたくない、奪われるくらいなら…。
 と、そこまで思考を進ませていたとき、鼻先にスラッと鈍く光るものが近づけられて、「え」、と声無く政宗は固まる。
 気配無く近づいてきた人物に、政宗はガバッと振り返った。
「きっさま…。」
 怒りをふつふつと湧き上がらせた、降って落ちてきたそんな声。
「殺す…絶対懺滅。」
「何?」「三成殿っ。」顔を上げた幸村は驚いた声で名を呼んだ。
「三成って…。」
 切っ先に気を付けながら、政宗も一緒になって声を上げてしまう。
「まさか、石田、三成?」
 聞き覚えのあるすぎる名前。嫌いな人物の五本の指に優に入ってくる名前に顔は自然にしかめ面になる。けれど、もうこの状況に慣れてきた政宗は、そんなに女性化した三成にも驚かなかった。免疫というか、なんというか、人間の順応性って怖い。
 有無を言わさず視界に入ってきた、細く透き通るように真っ白い肌をした女。色白和風美人なのは認めるが、生気が無い人形のよう。その絡んでくる視線は鋭すぎて、今首元に押し付けられている長刀の切っ先のようだ。
「ここで死ぬがいい。」
「三成殿、駄目でござるっ。そのようなことをする三成殿は某、嫌いでござるよっ。」
 そう喚くように幸村が必死さを込めて言った瞬間、動揺した三成の手がぶれて、標的が少しずれた。
 それを見計らって、政宗は刀を抜き、右手だけで三成の刀を払い、逆に形勢逆転で三成の心臓を狙って刀を向ける。その眼前の顔が悔しげに歪む。
「くっ…。」
「ここは物騒な奴が多いんだな。まあ、前んとこも似たようなもんだけど。」
 政宗は刀を三成に向けたまま、呆れたように言うしか無かった。


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あきゅろす。
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