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小説
その六
「幸村、俺の長刀を全部持ってきてくれないか。こいつ相手だと六爪じゃないと無理だからな。あと、勝負がつくまで誰も近づくな、あんたも例外無く。」
 小十郎の方へ向いたまま唸るように告げる政宗から、事の深刻さをまざまざと感じた幸村は。
「政宗殿、何故、なにゆえっ片倉殿と戦うのでござるかっ、こんなのっ…。」
 驚きと悲しみが入り混じったような表情でそう必死さを滲ませて告げる。
「相手もそうしないと納得しねえんだよ。なあ、そちらさんよ、そうだよなっ。」
 一方の、刀を一振りし臨戦態勢に入っている小十郎は、目を閉じ静かに頷いた。
「こんなの、考え直し下され。」
「ごめんな、幸村。これは俺とあいつの問題なんだよ。」 
 着物の袖に縋って泣きそうに顔を歪める幸村の頬を撫でて、そう噛み締めるかのごとく告げた。

★★★
 二次被害を最小限に抑えようと、辿り着いた先は城から離れた小高い丘の上。地平線の見える、何も遮るものの無い場所で二人きりの戦闘が始まろうとしていた。静かに、されどふつふつと滾るほどの闘志を燃やしている二人は、互い顔を合わせた状態で数メートル離れた場所に、腰を据えて刀を上段で構えた。
「お前と本気で闘う日が来るとはな…。」
「いざ、参るっ。」
 互いに砂利を蹴ったのが、始まりの合図となり。
 容赦無く、体を一刀両断するように振り落させた刀を、政宗はすらりと横に逃げて避ける。政宗の跡を追うかのごとき影を小十郎は手ごたえ無く切っていた。
「さすがだな、刀の動きが速すぎて見えねえよ。」
 軽口を言える余裕は実は無い。気を抜いていると、早すぎて刀の行く先が読めないのだ。
 カンカンと刀が克ち合う甲高い音がすると同時に鋭く火花が飛ぶ。
「…っ。」
 向かってきた小十郎の刀を、三爪で腕の筋肉を使い振り払った際、いつの間にか傍に迫っていた大木が被害を被って無残に丸焦げになった。
「っ、全然容赦ネエなっっ。」
 言い終わると同時に六爪を振ると、土が抉られ砂埃が舞って辺りが盛大に曇る。視界が晴れた瞬間、間髪入れずに刀を斜めに入れると、動きを先回りしていた小十郎はすぐさま刀で受け止め応戦した。
(先が見えねえ。)
 口の中を切ったのか舌の上で鉄の味がして、政宗は血をペッと吐き出した。
 気を抜けぬ戦いが数分続き、お互いに一歩も引かぬ互角のそれは、延々と続くかと思われたが。
しかし。
 戦闘途中で、小十郎は驚愕で顔をいっぱいにした。
「ま、政宗様、本当に、わが主、政宗様なので…?」
 信じられないように声を押し出すと、小十郎はゆるりと刀を下ろす。体中から溢れていた闘志が消えてなくなっている。小十郎は完全に戦いから途中退場してしまった。
 トンッとつま先から地面に降りた政宗は、乱れた息を両肩で整えながら、疲れ切った声を出す。
「だから、最初からそう言ってるだろうがっ。」
政宗は刀から汚れを振り落しながら、器用に鞘へ六爪をカチリと納めた。
「でも何故そのような格好に…。」
 小十郎の苦虫を噛んだ表情は崩れない。
「俺もどうしてかなんて分かんねえし未だに信じられねえけど、この世界の俺と、俺がいた世界の俺が、何かの拍子に入れ替わっちまったみたいなんだよ。どうにかして元に戻らねえと…女の俺…あっちでどうなってるのか。」
 あっちで問題起こしてなければいいけれど。表情を曇らせた政宗は深々とため息をつく。
そうだ今思い出したけど、最後、自分は幸村を抱き止めていたんだ。入れ替わった後の、あっちの純情が服着たような幸村の慌てふためく姿が目に浮かぶ。
(考えただけで、頭痛え…。)
心の中で頭を抱える政宗とは真逆、男装麗人の小十郎は、落ち着き払った感じで頷いた。
「分かりました。」
「分かりましたって…お前、俺の今の話を100%信じるわけ?」
 そんな小十郎が一番信じられない。
 こんな突拍子も無い話、誰が信じるのか。俺だったら鼻で笑ってしまうだろう。
「最初会った時は、政宗様のそっくりな不審な男と思っておりましたが…、政宗様の戦いの癖は誰にも真似出来ぬ政宗様の証。貴方が政宗様と分かった以上、この小十郎は政宗様の話を信じます。」
「そっか、…小十郎、サンキュな。」
 政宗は少しだけ肩の荷が下りた気がして、照れたようにそう言うと、はにかんだ笑みを零す。
「早速ですが、これからどうしますか?まずは奥州に戻りますか?」
「ちょっと調べたいこともあるし、とりあえずこのまま二、三日はここでごやっかいになろうぜ。」
「分かりました。でもあまり長居は出来ませぬぞ。政務が残っておりますから。」
「わーったよ、女になってもやっぱ変わんねえな、そのお小言。」
「私は私ですので。」
 鉄面皮の小十郎は表情を崩さず、そう冷静に突っ込む。
「そうだったな、性別が違うだけで、お前はお前だ。」
 ハハと政宗は豪快に笑うと、流した視線の先に見慣れた姿が飛び込んでくる。
「政宗殿おっ。」
 ブンブンと手をちぎれるほど振りながら幸村が遠くの方から駆けてくる。
 それに応え手を軽く振り返しながら、傍らに立つ小十郎は、こっそり政宗へ耳打ちする。
「…そういえば、真田は、政宗様が入れ替わっているということを知ってるので?」
「知ってんのは小十郎だけだ。幸村は、女の俺と名前が同じ人間としか認識してねえんじゃねえの。そう言ってたし…俺と同じ名前の知り合いがいると。」
「そう、なので…。」
 小十郎は口元を押えると、少し思案気に目線を逸らす。
「小十郎?」
「いえ、何でも。」
 何か引っかかる小十郎の仕草に、見上げた政宗は不審げに眉根を潜めるけれど。
そして小十郎は政宗が薄手の着物一枚だと気付き、流れるような一連の動きで自分の着ていた上着を肩にかける。その自然な動きは、長年培われた信頼の証みたいなものだ。
「政宗殿、片倉殿、良かった…。」
 近くまで辿り着いた幸村は、あれ、と、可愛らしく首を傾げる。
 政宗は肩にかけられた小十郎の上着を着ながら、何だよ、と眼で言葉を促す。
「た、戦っておられたのでは…、じ、実はお知り合いなので?」
「実は前々から知り合いだったんだよ、なあ、小十郎。俺の姉貴のダチのばあちゃんの息子、否、娘さんだ。」
 自分より背の高い女を見遣り、そういえば女だったと気付いて言い直す。
「ええ。政宗様とは幼少のころからの家族ぐるみの仲で。見ないうちに大きくなっておられたので一瞬分からなかったんだ…。」
「そうそう。俺も一瞬気付かなかったぜ。」
 口裏を合わせ、顔を見合わせて和やかに笑う二人に。
「仲良し、なのでござるな…。」
 俯いた幸村は、ぼそりと足元に向かって呟いた。
「ah?」
 自分の発言にハッと口を押えて、幸村は目を泳がせる。
「…某、ちょっと用事が…。」
 そして突然何を思ったのか、脱兎のごとく、その場から勢いよく去って行ってしまった。
「え、幸村?」
 展開の速さに、政宗は意味も分からず目を瞬かせるけれど。
「真田…。」
 小十郎はやるせなさげに、名をぽつりと呼んでいた。


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あきゅろす。
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