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小説
その伍。
 ★★★
 日が上ったのか、外が何だか騒がしい。バタバタと廊下を走る数人の足音が襖越しに響いてくる。
「あ…。腕だるー…、ああ。」
 気持良さげに胸の中で眠る幸村を抱っこした状態で目覚めた政宗は、自分の忍耐力にほとほと感心した。そして、腕が筋肉痛の原因は、乗っかっている幸村の頭だ。
「幸村起きろ、何か外が変だぞ。」
 ぱちぱちと軽く往復ビンタを食らわしても、幸せそうな寝顔は変わらない。
「うう、父上〜。」
 寝ぼけている幸村は政宗にぎゅうぎゅう抱きつく力を強める。ダッコちゃん人形みたいにしがみつかれて、政宗は耳たぶを引っ掴んで耳の穴に直接おらんだ。
「幸村っ起きろっっ。」
 え、と口の中で呟き、目をゆっくりと開き、幸村はぼんやりと政宗を見遣ると。
「政宗殿っ、す、すみませぬっ。」
 顔を真っ赤にし、あわあわと狼狽えた幸村は数p後ろに飛び退いた。
「外、騒がしいな。」
 そんな幸村に構わず、真剣な表情の政宗は上体を起こすと、外の状況を探ろうと耳を澄ましている。耳に吸い込まれてきたのは、2人の会話。
「猿飛、政宗様は、こちらへは来ておらぬか?」
「片倉さん、朝から何だよ、藪から棒に。あんたのところの主はこっちには来てないけど。」
「昨日から姿が見えぬのだ。政務をほっぽりだして脱走してしまったから、また真田のところに来ているんだろうと思ったのだが…。」
「まあ、確かにそう考えるだろうけど、今回はお門違いだよ。見ていたら即行で連絡してるよ。早く連れ帰ってくれってね。」
「そうか…ではどこで油売ってるのか…。」
 襖に耳を寄せてその会話を聞き入っていた政宗は、着ていた着物を気持ち直し長刀を脇に差すと、襖を左右に音を立てて全開にした。
「え…あんたは…。」
 外の明るさに慣れると、佐助の隣に人を認識した。中庭の中央に立っていて、振り返ったのは涼しげな目元が印象な長身の女。その敵の城だというのに堂々とした立ち姿は、まるで宝塚の男役のような凛としたもので目を見張る。
「あんた、もしかして…。」
「…。」相手が何か口を開こうとした瞬間。
「片倉殿っ。」
 後ろに駆け寄ってきた幸村が、政宗と対峙する女の名を呼んだ。
 小十郎は、やはりというか案の定というか、初めて会ったかのごとく氷点下のごとき冷たい目で政宗を不躾に眺める。
「失礼だが、そちらの名前は…。」
 小十郎は思った通り、自分の名前を聞いてきた。嘘を言っても見破られるだけだと、政宗はとりあえず自分の名を名乗る。
「俺も一応、伊達政宗って言うんだけどな。」
「何。」
 その言葉に、女の小十郎は、すっと目を眇めた。その手元は、脇に差してある長刀の柄部分に伸ばされる。
「その名を名乗って良いのは、この世にただ一人。貴様、何者か?」
 思いもよらぬ相手から突き刺さるほどの殺気をぶつけられて、背中に気持ち悪い汗がするりと落ちるのを感じていた。政宗はゴクリと息を飲んで、自分もカチリと僅かな音を立て、刀を鞘から数ミリ抜いたのだ。
「俺、やっとこの世界が、どんな世界か分かったぜ。」
 低く唸るように言った政宗は、ふうと腹の底から長く深くため息を吐き出した。

―――この世界には、俺と同じ名前の、女の伊達政宗がいたということだ。


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