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小説
その四
 闇が空間を飲み込んだみたいに、どっぷりと日が暮れた丑三つ時。
 中庭に面した長い廊下をひたひたと足音を極力落として歩きながら、ふわあと政宗は欠伸を噛み殺すこともせず、盛大に周りの空気を吸い込んでそして吐き出した。
「これだけは言っておくけど。」
 目的地に着いたのか、ある部屋の前で前を先導するように歩いていた人物は急に歩みを止めると、首だけで振り返って、今日何度見たことか分からないその渋過ぎる苦みを含んだ表情で政宗に対し再度釘を刺す。
「幸村様に手を出したら抹殺だから。」
 佐助のそれは、本気の本気、冗談なんて微塵も感じさせない、そんな声色だ。
 もうしつけーなと、政宗はげんなりした顔を、これまたわざと隠さない。
「悪いけど俺は女には不自由してねえから。あんなねんねに手が出せるかってえの。」
 政宗は腕組みをしてフンと鼻を鳴らしそっぽを向きながら、悪態をつく。
「…今、彼女、大事な体なんだから。」
「あ?」
 何気に何も見えぬ真っ暗な中庭に目線を彷徨わせて、頭をポリポリかいていた政宗は、その意外過ぎる、佐助らしくない神妙な声へ敏感に反応して問いかけるように、驚き声を短く発した。
 小さく言葉を漏らした当の本人、俯き気味の佐助は、襖を掌で意味なく円を描くように摩りながら、深刻そうな表情を顔に貼り付けている。
「…ホントさ、俺様はあんたのこと大嫌いなんだけど、「あいつ」にそっくりなあんたに食われちまった方が、本当は幸せなのかもしれなんだけどね…。」
「…おい。」
「あ、ああ。」
 政宗のさも怪訝な問いかけに我に返って、そのぼそぼそと暗闇に向かって発した声を引っ込めると、また再び言葉尻に毒でも入ってそうなトゲトゲを装備する。
「とりあえず、姫の悲鳴の一つでも聞こえてきたら即地獄に送ってやるからさ。」
 覚悟してなよ、と声の凄味、そして睨みを利かせると、一瞬して言葉通り煙に巻き、闇に紛れた。
「…分かりました。」
 政宗はめんどくさげに、ぶっきらぼうに、誰もいない空間に、そう言葉と息を吐き出した。


★★★
 さっさと寝ちまおうと、襖を乱雑に開き、敷居を跨いだ瞬間、人の気配に気づき眉根をピクリと上げる。
視線の先、蝋燭の灯りだけで灯された、仄暗い部屋の中、部屋の中央に敷かれた布団がこんもりと盛り上がっている。
「…誰かいるのか?」
(女?そういう趣向?おっさん(女信玄公)が、わざわざ用意したわけね。)
 そう考えついた政宗は不審げに眉根を潜めたが、まあいいかと、もうどうにでもしてと投げやりに思い直し、息を深く吐き出すと肩を落とす。
(今日は何だか疲れたから、せいぜい俺を癒してくれよな。)
 掛布団を捲り、布団に爪先から温もりに入り込もうとすると、スースーと規則正しい気持ち良さげな寝息が耳に届いてきて、再び度肝を抜かれる。
(ああ?俺が来る前に熟睡中って、どんな神経の女なんだよ。)
 こちらに丸めた背を向けて寝ている相手の後ろに滑り込んで、両手を目の前の人物を抱え込むように伸ばすと、その温かく女性特有の柔らかく温かい身をぎゅっと強く引き寄せた。その瞬間、漂って来た甘い匂いで鼻腔をくすぐられる。
「んんん…。」
 寝ぼけているのか、むにゃむにゃと赤ちゃんみたく口元を動かす。
 細いうなじ辺りに顔を埋めると、その呼吸がくすぐったかったのか、寝ているはずの体がピクンと小さく揺れた。
「…んんっ。」
 むずがるようなその反応が面白くて、調子に乗って着物の合わせ目から手を忍ばせた。
 慣れた手つきで、もったりと掌にしっくりくる乳房をむんずと掴むと、ぐにゅぐにゅと揉んでみる。
「…んあ…あっ…。」
 短く発せられた甘く高い声。
「あんっ。」
 生理現象なのかくりっと固く立ち上がってきた乳首を親指の腹で捏ね繰り回してみる。
 やっとこさ眠りから覚醒したらしい彼女は、じたばたと四肢を動かして抵抗し始めた。
「や、やめっ、やめてくださ…っんんっ…やだっあっ…。」
 されど息が上がってきて、発せられる声が熱っぽくそして色っぽくなってきた。
 その打ったら返ってくる素直すぎる反応に楽しくなってきて、もっと激しく両方の乳房の感触を確かめるように、五本の指を不規則に動かしてみる。肩を肌蹴て、上半身を剥き出しにすると、白い乳房と薄い桃色の乳輪が目の前に露わになって、かなりそそられる。
「あ…やめっ…いやだあっ…見ないでっ。」
 涙目の女はこちらに向くと、拳を振り上げた。
 ―――このパターンはっ。
 さすがに無様に何度は受けられねえと、反射的に拳を掌で受け止めて、政宗はそのまま大きく開けられた口を自分の口でいきなり塞いでしまう。
「…んんーっんんっ。」
 発せられるはずの声は、儚く途切れ途切れに口内に吸い込まれた。
 その狭い口内で逃げ惑い奥に引っ込めようとする女の舌を舌で乱暴に絡め取って、ちゅくちゅくと擦り合わせる。その必死に合わせてくる動きはたどたどしく、その行為が初めてだと表している。
「んふ…っふうっ…んんっ。」
 水音を立てながら、何度も何度もしつこくキスをしたせいで、唇を解放した時には全身から力が抜けてしまったらしく、がっくりと政宗の胸に身を委ねてきた。
「幸村っ、なんであんたが…。」
「ままま、政宗殿?なんで某の部屋にっ…。」
 狼狽える幸村は、真っ赤な顔で懸命に大きな胸を両手で隠している。
 ―――ここは幸村の部屋だったのか。わざわざ案内された場所が、なんでここなんだよ!!
「…あー、なんとなくわかったぜ、俺…。」
(これこそ、おっさんの考えなのか。)
 ガックリと項垂れた政宗は両手で頭を抱えた。
「…何だよこれ、一種のプレッシャー作戦かよ。」
(逆に大事な弟子に、俺が手を出せないようにしているんだな。)
頭を抱えた状態のまま、泣きそうな顔で腰が引けている幸村をちらりと横目で見遣って。
「これ、持て。」
 布団から這い出した政宗は手を伸ばすと、枕元の傍に置いておいた長刀を取って、幸村の手に握らせる。
「これでいいだろ。俺があんたに何かしようとしたら、これで急所を刺せばいい。」
「え?」
 突然出された思わぬ凶器に、驚いた様子で幸村は目をぱちくりと丸める。
「これに誓って、俺はあんたには手を出さねえから安心して寝ろ。」
「二人で一緒に寝るのでござるか?」
「そうなるみたいだな。しょうがねえだろ、ここに案内されちまったんだから。」
「…分かり申した。某、政宗殿を信じておりまする上。」
 ずっしりと重い長刀を政宗の胸元に押し返すと、幸村はニッコリと微笑んだ。



「政宗殿、寝たので?」
「寝てねえよ。」
よく分からないのは、今の状況と、そして、すぐ隣に寝転がっている幸村。
確かに手を出さないと言い切ったのは自分だ。けど、この状況はなんだろう。
政宗は梁があるはずの場所に存在する闇をぼんやりと目に映したまま、難しい顔で考え込んでいた。
縋るように政宗の着物の端を両手で握ってぴったりと身を寄り添って、裸足の足先を、幸村のそれより体温の低い政宗の足に絡ませている。
僅かに乱れた幸村の着物の合わせ目から胸の谷間が見え隠れしている。
目を閉じて長めだと気付くその揺れる睫毛が、意味も無く煽情的で。
自分だけ意識しているのかと、面白くなくて、政宗はチッと小さく舌打ちをした。
 生まれてから今日まで、本当に、怖い目にあったことが無いのだろう。おっさんと猿と家来たちに囲まれて過保護に育てられたら、純粋無垢の幸村みたいに培養されるんだろう。
 それに対して、心の大半を占めるのは意味不明な苛立ちと、少しだけの羨ましさ。
気を許すにも程度ってもんがある。さっき、破廉恥なことをした相手だっていうのに。もっと男として意識しても良いんじゃないのか。
(…って、もうやめやめ、考えるの、疲れてきたし。)
 この状況に抗うことを辞めた政宗は、高い天井を見つめたまま呟くように告げた。
「なあ、あんた、大事な人とかいねえの。」
 少し眠たげに片目を拳で擦った幸村は、少しだけ返事に間を開けて、とつとつと答えてきた。
「…大事な、人でござるか?お館様も、佐助もみんな大事でござるよ。」
 ああと、案の定の答えを流して。
「心の隙間が10個あったとして、その大部分…8ぐらい、そいつのことを考えるとか、そんな相手だよ。」
 噛み砕いて説明して何とかこの鈍感野郎に分からせようとする。
「…そんな相手なら、某にもいまする。見惚れるほど綺麗で、それでいて勇ましくて凛としていて真っ直ぐで、焦がれて、ずっとずっと追っているのに、某の力では、全然追いつけない。」
 どこか遠くに思いを馳せるように幸村はそう熱を込めて告げながら、無意識だろう政宗に縋る手へ力を強めた。
「へえ…あんたにもいるんだ?」
 目を細めた政宗は気のない風に、平坦な声を出した。
なんだろう、今、胸の真ん中、一瞬影が掠めたようにもやっとした。
「失礼なっ、某だって、大事なくらい。」
「ガキなのにな、ここ以外。」
 からかうべくそう軽く吐いて、つんと胸の谷間に凹むほど指を突き立てると、過剰反応の幸村は顔を真っ赤にして声を荒げる。
「は、破廉恥でっ。」
「それならさ。」
 政宗は、邪魔な長めの前髪をかき上げて、少し早口に言い放つ。
「さっさとそいつと結婚しちゃえば良いんじゃねえの。」
「そ、そんな滅相も無い。結婚なんて…某とあの方では…それは、無理でござる。」
「無理かどうかなんて、行動しなきゃ分かんねえんじゃねえの。」
「…それは…。」
 幸村は彼らしくなく沈んだ声を出して、大きな瞳の中、困ったように黒目を揺らす。
「分かったよ、もう話は辞め、今夜はさっさと寝るぞ。」
「政宗殿…。」
「もう、さっさと寝ろってっ。」
 無理やり幸村の頭へすっぽり布団を被せてしまう。 
「もお。」ぷはとそこから顔を出しながら、幸村は拗ねた声を出す。
「おら、子供は寝る時間だろ。」
「政宗殿が話を始めたのではないかっ。」
 納得いかないのか、ぷううと頬をフグのごとく膨らませてそう反発する。
 苦笑した政宗は、まだふくれっ面の幸村の頬に手を添えると。
「政宗殿?」
少し不安げに舌足らずに呼んだ幸村の額に唇を寄せて、軽くチュッと啄んだ。
「よく眠れるようにまじないだ。」
「え?」ちょっと顔を赤らめて、幸村は政宗を不思議そうに見遣る。
「おやすみ。」
 政宗は話を完全に中断するように、寝返りを打って背を向けてしまった。
 部屋が暗くて良かったと、政宗は心底思った。
 自分の今の顔、何だか不機嫌に歪んでしまった顔を、幸村に見られなくて済んだから。
 しばらくして、まじないが効いたのか、幸村の寝息が自分の背中あたりから断続的に聞こえてきて。
 政宗は逆に目が冴えてきてしまって、やるせない気持ちに心縛られた。



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