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小説
その参
 ここも見覚えのある武田信玄の居城。
 今日もいつも通り、必要以上に活気が溢れている。幸村が沢山いるような、あまりの騒がしさに、政宗はげんあり気味だった。
 今の自分の置かれている状況がまだ把握できていない政宗だったが、半ば女版幸村に引っ張られる形でここに連れて来られていた。
「幸村様っ、どこにいってたのさ?」
 篭一杯に入った溢れんばかりの筍を両手で抱えて、急ぎ足で通り過ぎようとしていた女がこちらに気付いて声をかけてくる。
「あ?」
 何気にそちらを見た政宗は口を「あ」の形のまま半開きで、男前も形無しだった。
「佐助っ…。」
「その方はどちら様?」
 声の温度が数度急降下した。明らかに胡散臭そうに、不躾な目でつま先から頭の天辺までじろじろ見て、どうやら政宗を品定めしている。
「さ、佐助だと?」
 確かにジャングルでも紛れそうなこの服装は猿のはず、だけれど…女?なんだその、ボンキュボンのグラマラスボディは。
 政宗はこの状況に少し免疫が着いたのか、本当は叫び出したいのは山々なのをぐっと堪え、静かに心の中で突っ込みつつ、その衝撃に耐えている。
「そちらのお名前は?」
 すぐ近くまで寄ってきた佐助(女)の、その口調は丁寧だったが、逆にそれが薄ら寒い。
 素直に答えて良いものかどうかわからなかったが、政宗はやけくそに近い感情になって。
「…伊達、政宗だけど、それが何か。」
「えええええ?」
 間髪入れず、何故か横にいる幸村が、仰け反り気味に驚いている。
「そこまで、俺の名前は変かよ。」
 なんだよ、その驚き方は、失礼極まりねえ、と政宗は、不機嫌気味に目を眇める。
「政宗殿というか、某の大事な知り合いにも、そなたと同じ名前の方がいらっしゃるので。」
 幸村はへえとかほうとか、感心したように感嘆の声を出している。
「ふーん、俺と同じ名を語ってるやつがこの世いるのか…。」
 随分と度胸があるやつだなと思っていたのも束の間、首元にひんやりとした感触。鈍く光る刃の切っ先が自分の急所、首の静脈を狙っている。
「なんのつもりだ。」
この展開は読んでいた政宗は、刀の柄に手をやりながら、平然と言ってのける。
「そんな趣味が悪い名を名乗るなんてね。その名前の主がどんなやつか知ってて言ってんの?なにを企んでいるんだよ。」
 軽い口調だが、語尾の端々に、凍てつくような冷気をまとっている。
 こいつ、女になっても気に食わねえやつ。
苦虫を噛んだかのごとき顔を歪ませた政宗が、カチリと軽い金属音を立てて、刀を数p鞘から抜いた。
「佐助、駄目だっ。この方は兎の命の恩人だぞっ。」
 幸村は、一触即発の政宗と佐助の間に入り、政宗を庇うように立ちはだかった。
「…わかったよ。」
 武器を収めつつも、女版の佐助は、政宗に対し、挑むような殺気を帯びた視線は全く引っ込めない。下手なことをしようとしたら、いつでも殺す、と無言で表しているのだ。
「胡散臭いあんたを、俺は認めないから。」
「ああ、勝手にしろよ。」
 政宗も刀を完全に鞘に戻しながら、佐助からそっぽを向く。
「何をしておる。」
「「お館様っっ。」」
 アルトの佐助とソプラノの幸村の声が、見事にハモル。
 とうとうおっさんのおでましかよ、と思いつつ政宗がその声に振り返って。
その結果、今度こそ、吉○新喜劇ばりにベタによろめいた。
「この世界、ぜ、全部、女?」
 信玄公も女?
 この世界は、一体どうなっているんだよ。
 へなへなと腰が抜けて地面に座り込んでしまった政宗は、心の中で叫ぶしかなかった。


「なんだんだよ、この世界はよお…。」
 ぶくぶくと口元まで湯船に浸かった政宗は、誰もいない空間に1人愚痴る。
男らしく勇ましい体格風貌はそのままの、されど性別はどうやら女性の信玄に言われるまま、何故か今自分は、大きな大浴場で湯にゆったり浸かっている。
とりあえず、お礼がしたいと言う幸村の気が済むまで、しばらく泊まっていけとのこと。
何か全てを見透かしているような意味深な笑顔の武田信玄に、何を考えているんだと、政宗は疑心暗鬼になる。あーうぜえっと、心をもたげるモヤモヤを払拭しようとするかのごとく、バシャバシャ湯を顔にかけていると。
「政宗殿っ。」
不意に呼ばれて、温かいお風呂でリラックスモードだった政宗は、背をしゃきっとさせる。戸の向こう側で幸村の声がする。シルエットが浮かんでいて、そこにいるんだと分かる。
「政宗殿っ、湯加減宜しいか?」
「ああ、悪くねえって…あんた、なんで入って来てんの、それに…。」
 思わず湯から立ち上がってしまった政宗に、ひゃっと短く声を上げた幸村は真っ赤になって目元を掌で隠し顔を背け、どもりながら声を発する。
「ああああ、あの、お館様に、背中でも流して差し上げろと言われ申したので。」
 ああと、幸村が蛸みたいに茹で上がっている原因に合点がいった政宗は、もう一度しっかり肩まで湯船に浸かり直し、純情な幸村が過剰反応する下半身を隠す。
「…って、そんな恰好で来るかな、まじで。」
 ため息交じりに呟いた政宗は、心の中で盛大に頭を抱える。
 そそくさと登場した幸村は、体に綿布を巻いただけの姿。湯に濡れてしまうとはっきりいって裸も同然だ。今もその体の曲線ははっきりと分かる。こいつの破廉恥の判断基準が分からん。と、天を仰いだ政宗は、ほとほと弱っていた。
「背中、流してもよろしいか?」
「ああ…。」
 勢い良く上がった瞬間、湯が溢れ出た。湯船から出つつ下半身を布で隠した政宗は、腰かけをとると幸村の前に陣取って座った。その広い背中に、最初遠慮しながら手を動かしていた幸村だったが、慣れてくるとだんだんと力がこもってくる。
「なかなか上手いじゃねえの。」
 その痒いところに手が届く力加減に、鼻歌でも出そうな気持ち良さだ。
「いつもお館様のお背中を流しておりますので。」
 なんだか照れくさそうに、けれどお館様関連の話には嬉しさを滲ませてそう幸村は言うと、布を掴んだ手をそのまま流れるように前に滑らせてきた。
「あの、そこは、いいです。」
 無遠慮な幸村の手を制した政宗は、敬語でお断りを入れる。
「何故で?」
「あんたも男だろって男なら分かれよ…って、今は女だっけ?」
 もうどっちでもいいけど、と、眉間に皺を寄せた政宗は、幸村の手をやんわりと避けると、そのまま立ち上る。
「後は自分でやるから、ありがとな。」
 見るからにしょぼんとしてしまった幸村に、政宗はあーっと、と顎を摩りながら思案して、何か名案を思いついたのか、企んだ薄い笑みを浮かべる。
「俺も、あんたを洗ってやるよ。」
「そ、某は、よ、よろしいので。」あわあわと焦った幸村は、前に突き出した両手で手を振る。
「お返しだよ…。」
 うーと、下唇を噛んで俯いた幸村は、再び赤くなって身を小さくしている。
「あ、裸が恥ずかしいのか。こっちに背を向けて前をタオルで隠せば見えねえよ。」
「わ、分かり申した…。」
 素直に頷いた幸村は布で前を隠し直すと、政宗と入れ違いに腰掛けに座る。つるんとした剥きたての卵のごとき肌理の細かい肌が露わになる。後ろ髪を束ねた幸村のうなじから、張りがあって形の良いお尻の割れ目まで、まざまざと見てしまって。
 こいつ、警戒心無さすぎじゃねえの。なんで、無防備に、裸で身を預けるんだ。
ごしごしと手を小刻みに動かし、自分のそれより面積の狭い背中を洗いながら、何故だか少しイラつく自分に気付く。こんなんじゃ、すぐ悪い男に食われちまうんじゃねえの?とか、余計な詮索をしてしまうのだ。
「気持ちいいか?」
「は、はい、気持ちいいでござる…。」
目を閉じ、うっとりした表情の幸村を見てしまって。
政宗は唾液を飲み下すために、小さく小さく喉を鳴らした。
「じゃ、これで終わり。」
 こんな裸同然の幸村と、浴場に二人きり。
このままではなんか自分がやばくなると悟った政宗は、そうあっけ無く言うと、終わりの合図のようにポンと幸村の背中を軽く叩く。
「あ…ありがとうございました。」
 目元を赤らめ、トロンと惚けた顔をしていた幸村は、たどたどしく舌足らずに言葉を出す。
「なんで、お礼言うのは俺の方だろ。」
 そんな幸村に、政宗は忙しなく手に持った布を絞りながら、笑いを小さく零す。
「わ…っ。」
 まだぼんやり気味の幸村は、そこにあった手桶につまづき、つんのめって床に転びそうになった。
「またっ。」
そう短く言った政宗は、反射的に幸村の手首を取ると、そのまま引き寄せてその身を腕の中に納めた。途端、ひらりと、宙に儚く布が舞った。
「え?」
「あ?」
 ぎゅっと抱きしめた腕の中の幸村には、身を隠していたはずの布が無くなっていた。全裸の幸村を抱きしめてしまっていたのだ。幸村の無垢な体は柔らかくて、甘く良い匂いがして。
「あ…。」
 自分の状態に我に返った幸村は、はっきりと分かるほど、急速に顔を首まで赤らめて、わなわなと唇を震わせて、泣きそうに顔を歪ませて。
「は、破廉恥いっっ。」
 ばこっと今度は握った拳で殴られて、何でこうなるんだよ、と、その理不尽さにそう思わずにはいられなかった政宗だった。 


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