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小説
その弐
 どのくらい意識を失っていたんだろう。
 それが長い時間だったのか、一瞬の出来事だったのか、それさえも分からない。
 でも、幸村が涙を含ませて心配げに自分を呼んでる声が、鼓膜にこびりついて離れない。
 脳天を突き抜ける鋭い痛みで、政宗は半ば強制的に意識を戻していた。霞がかったモノクロ視界が、一気に鮮明にカラーになる。
 眼前には、蒼い蒼い、どこまでも続く果てない空。
 それは見飽きた景色だ。そうさっきまで戦っていた、甲斐の武田の居城の近く、崖の真下の河川敷。さっき自分の転げ落ちた先はここだったのだ。
「いってえ…。」
 目の奥がチカチカする。政宗は、打ったらしい後頭部を後ろ髪ごとわさわさ摩りながら、その断続的に訴えてくる痛みに、いてもたってもいられなくて、のっそりと上体だけ起こす。
「あれ?」
緑のうっそうと茂る草むら、そして腰の高さくらいある黄金の穂。景色は普段と同じなのに、何かふと感じる違和感。
「…あれ、幸村?」
 そう、さっきまで両腕でしっかりと護るように抱きしめていたはずの彼が、忽然と姿を消している。
 全身打撲の俺を置いて、どこに行きやがったあいつ。ちょっとした八つ当たり気味に、ここにはいない幸村に嫌味の一つも言いながら、彼を探すべく緩やかに視線を彷徨わせていると。
「まてまてえっ、やめろっ…。」
 若い女の焦った声が、静寂の世界に割り込んでくる。
 興味をそそられた政宗は、背の高いススキを掻き分け覗き込もうと身を動かしてみる。
 どうやら、この向こうが何か騒がしい。
「ッ?」
 視界いっぱいに、ド迫力で、こちらに突進してくる大きな野犬。3D画面のように飛び出してきて臨場感たっぷりすぎて、政宗は声も無く驚く。驚きすぎると声が出なくなることを今日初めて知った気がする、と傍観者のごときもう一人の自分は頭の中で冷静に分析している。
 野犬が口から溢れ出た涎を垂らしながら一心に狙うのは。
「俺?…じゃねえな。…こいつか。」
 視線をうろうろさせると、そこに標的物を見つける。気付かなかったが、自分の、地面に置いた右手の脇に、小さい生き物。手の平ですっぽり隠れそうな子兎。完全に存在を見落としていた。
 チッと舌打ちをした政宗は、反射的に腰に差していた鞘から長刀を抜く。腰を下ろしたままの不安定な姿勢で、そのまま刀を虚空へ向け切った。
 キャイーンという、その猛々しい姿では想像もつかぬ甲高い声で遠吠えみたく啼いた犬が、子兎の数p手前でパタリと横向きに倒れる。一瞬で勝負はついていた。峰打ち一本。
「ah…。」
 膝に付いた土を叩いて払い、腰を重たげに立ち上がった政宗は、そこにいる兎に視線をやる。おぼつかない手付きで兎を両手で抱き上げると、ふるふると小刻みに震える体温が温かくて、その儚い存在が柄にもなく愛おしくなって。俺、男だし、異種だし、母性なんて生まれないはずなのに、もしかして母親ってこんな気持??とか思いつつ、思わず、誰も見ていないことを良いことに頬をすり寄せてみようと構えた途端。
「ありがとうございまするっ。」
 政宗はその降って湧いた元気いっぱいの声に、戦闘中より俊敏な、目にも止まらぬ早業で、兎から顔を離す。
 その声の主、政宗はこちらに朗らかに駆け寄ってくる相手に、そのあまりの衝撃から、あんぐりと、間抜けに口を開けた。
「…ゆ、ゆきむら?」
 思わず、棒読みになってしまう。差した指先をわなわなと震わせる。
 さっきまで一緒にいた幸村だったなら、こんなに驚くはずはない。幸村のその変貌に我を忘れるほど驚いていたのだ。さっきから驚いてばかりで、一年分の量を、ほんの僅かな数分で稼いだみたいで、働く心臓もびっくり仰天だ。心拍数も上がりっぱなし。
「あんた、なんで、そんな女装してんの?」
 我ながら素っ頓狂な声を出してる。でもそんなの、この事態に比べたら、気にもならないが。
「な、何故、某のことを知っているので?」
 目の前の幸村もどきは、政宗の質問には答えず、きょとんとした、目も口も真ん丸の顔で、首を傾げながら反対に質問返ししてくる。
 さっきまでと同じ、幸村の肌に映える、赤いお馴染みの、どこにいても目立つ戦闘服に身を包んだ幸村。でも真向かいに立つ彼の、いつもは同じくらいの目線が優に10pは下になっていて、心なしか一回り体も小さくて、それに、一番の違和感。戦闘服の下、いつもは潔く裸のはずなのに、何故かビキニの上みたいなものを着ていて、それに隠された部分は、はちきれんばかりに大きく自己主張激しい。
 血気旺盛な男だから、目を奪われたくなくても、自然に目はそこに釘付けだ。
「なんだよ、こんなところに大福でも隠してんの?」
おやつかよ?
軽い口調でそう嘯いた政宗は、その違和感の原因に、無造作に思い切り触れてみて、ついでに、ぐにぐにっと鷲掴んで、しかも右に捻ってみた。
「は、破廉恥っっ。」
 山をも越えそうな大きな罵声と共に、バッチーンと豪快な平手打ちを右頬にくらい、目を瞬かせて、赤くなった頬を抑えた政宗は、声を張り上げる。
「や、柔らかい…けど、にせもんじゃねえっ。」
 頬を張られた痛みよりも何よりも、驚きが勝ってしまって。
政宗はおもわず、自分の胸をクロスした両手でガードしつつ真っ赤な顔してじと目で睨んでいる幸村の肩を両手で持って、乱暴にガクガクと前後に振る。
「ゆ、幸村、あんたいつから女になったんだよ。」
「そ、某は、生まれた時から女でござるが…。」
「ま、また、そんなjoke…信じらんねえ。あんた、正真正銘の幸村だろ?真田幸村だろ?」
「いかにも、某は、真田幸村だが。」
 口調は同じなのに、声が可愛すぎだ。
 嗚呼、頭が痛くなってきた。
さっき打った後頭部とはまた別の部分に襲われ、クラリと眩暈が来て、少し落ち着こう、そして冷静になろうと、幸村に対し回れ右をして項垂れる。
「どうか、そなたの名前も聞かせてくれまいか?」
「え?」
 政宗は熱が上がって温度が高まった額に力無く手をやりながら、幸村の方へ顔だけで振り返る。
「某の大事な兎を助けてくれた、どうか、お礼をさせて下され。」
 そう言って晴れやかに笑って見せた幸村が、酷く遠くに想えて、呆然と見遣る。
笑顔も可愛い、目の前にいる彼女は、自分の知っている幸村に瓜二つなのに、自分のことをこれっぽっちも知らないなんて。
―――これは、現実なのだろうか。
 政宗は、声の出し方さえも忘れたように言葉を無くし、ぼんやりと立ち尽くした。



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