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小説
その11
 季節外れの雪がふわふわと舞い散る中、2人は背後を気にしながら懸命に足を前に繰り出している。
部屋から身一つで飛び出すと中庭を突っ切り、じゃりじゃりと小石の上をそれらに足を取られながらもひた走る。その慣れない、体を締め付けるかのごとく何枚も重ね着した着物の裾にもたつく幸村は、先導する政宗の背を必死になって追っかける。
「ほら、手、貸せよ。」
後ろをついてくる幸村が少し遅れ始めたことに気付いた政宗に、差し出した手を体ごと奪われるように引かれ、その力強さに幸村は密かに体温を上げた。
「追手どころか、監視役も立たせてねえなんて…。」
 幸村がいた部屋からここまで1人も徳川の兵と出会わなかった事実に、本当は喜ばしいことなのだろうが、一体どういうつもりなんだ、と、政宗は腑に落ちない様子で、眉間にしわを寄せる。少し弾ませた息を抑えながら、高くそびえ立つ天守閣を見上げ、360度城の周りを見回す。人っ子一人いないその場所に、首を捻るしかない。
 そして、何の弊害も無く、とうとう城外へ出られるという所に辿り着いた時。
靄が地面から不気味に浮き上がり立ち込める闇の中、神経を尖らせていると、出口への道をはばかるように、何かいるのに気づく。視線の先に大きな影が不気味に蠢く。
「ま、まさか。」
 ―――本多忠勝?
嘘だろうと、目を瞬かせた幸村は、先ほどの100%不利な状況だった戦闘を鮮明にまざまざと思いだし、体を震わせ大きくゴクリと飲み下し、無意識に傍らに立つ政宗の着物の袖を掴んでいた。
しかし、それは思いがけなく、足をばたつかせながら天に向かってヒヒンと嘶いたのだ。
 影の正体が馬だったことに、拍子抜けとともに、幸村は四肢に走っていた緊張を解き放つ。
「なんだ馬かよ、驚かせやがって。」
 そう言い放ちながらも、安堵の色は隠せない。装備不十分の中、戦国最強相手に戦うのは、幾ら政宗でも、不安は否めなかったのだ。
 大きな黒い精悍な馬、そして、その足元である傍らに何かがある。
家康の罠かと警戒し、神経を研ぎ澄ませながら近づき、内容を確認してみると。
「ah…、あんたが着ていた服じゃねえの?」
しゃがみ込んだ政宗は収縮自在の布をビロンと横に引き伸ばしながら、斜め上から様子を伺っている幸村に、これ、と見せてくる。
「こ、これは、かすが殿の…。」
 と身を屈め政宗の肩越しに見ていた幸村が、何故ここにこれがという思いを込めて、戸惑い気味に声を発していると、目の端に鮮明に何かが飛び込んできて、その衝撃にクッと息を飲む。それは、見覚えがありすぎる真っ赤な二本の槍が無造作に置かれていたから。
無言で政宗はそれを拾い上げ、手の中でぎゅっぎゅっとその重質感を感じるべく握りしめ。
そして、振り返って、後ろに立つ幸村の胸元へぐいっと差し出してきた。
「これも、あんたのだろ。」
その言葉に、背筋を伸ばした幸村が、この世の終わりのような真っ青な顔をして立ち竦んでいる。
「ほら、何ぼうっと突っ立ってんだ、受け取れよ。」
 肘を伸ばし持ち手部分を突き付けてくる政宗は、痺れを切らしたように、語尾を少し荒げる。
 家紋まで入った、手に馴染むだろうそれを受け取ることを、ふるふると首を振った幸村は頑なに拒否する。そして、舌足らずに途切れ途切れに言葉を発する。
「だって…それを…受け取ってしまったら…。」
 認めてしまうことに、なるから。
「なんで、受け取らねえの?」
 政宗は目を眇める。
「それは…っ。」
 幸村は次に発する言葉を無くす。
 とうとう、堪えきれない涙が眼の淵に溢れてきて、視界を歪ませた。
 きっと、自分が真田幸村だと知られたら、嫌われてしまう。自分なんて、好きになってくれるわけない。
 もう、あんな優しい顔で笑いかけてくれない。
 それが、その現実が、何故だか悲しすぎて、胸がきゅううと締め付けられて、涙が泉のごとくじわじわ絶え間なく生まれてくる。
 最初から分かっていた。そんな、間柄なのだ。敵同士、それに、何より男同士、その事実に、絶望感に打ちひしがれる。負の感情に、足元から頭の天辺まで雁字搦めにされて、動けなくて、呼吸もままならない。
「政宗殿は…、某の正体を知らず、好きになってくれたのでござろう?本当のおなごだと思っていたから…、某の正体を知ってしまったら、某を…嫌いにっっ。」
 幸村はそこまで言って切なげに呼吸とともに声を詰まらせて、零れ落ちた透明な涙は、大きな滴となり、つつっと紅潮した頬を綺麗に一筋伝った。
 背中を丸め、肩を小刻みに震わせ、自分の体を抱くようにして、静かに声を殺し泣き始める。喉が熱いなにかで塞がれたかのごとく痛くて、鼻の奥がツンと沁みてきた。
「馬鹿、だな。だから、認めたくねえの?」
 そう言うと、2本槍を元あったそこに置いて。
 苦笑気味に、照れくさげに目を細めた政宗は立ち上がると、泣きじゃくる幸村の肩をそっと抱き寄せて触れた背をポンポンと叩き、髪をくしゃりと撫でると、優しくゆっくりと告げる。
「さっきの俺の告白、ちゃんと聞いていたのかよ?」
 ちゃんと耳の穴かっぽじいて聞けよ、と政宗は、少し声を張る。
「俺の好きなのは、あんたの外身じゃねえ、中身だよ。真田幸村が好きだって言ったんだ。」
「え。」幸村は涙で濡れた睫毛を滴を飛ばす勢いで瞬かせる。
「そんな猿の術なんざ、最初にすぐ見破っていたさ。あんたがその格好で俺の元に落ちてきた時から、分かってた。あんたが幸村だってことぐらい。」
「…そ、そんな…。」
「あんたが正体を隠したがってたみたいだから、その三文芝居に乗ってやったんだよ。」
 ホント、あんた、嘘つくのへたくそだよな。目の前の政宗はカラッと笑う。
「ええええ。」
「あんただと分かって言ってるんだ。俺は、幸村、あんたが好きなんだよ。すっげえ、他の奴に嫉妬しまくるくらいにな。」
 チュッと目頭、頬に、啄むようなキスの雨が降る。
 ん、と、顔を真っ赤にした幸村は切なげに息を漏らす。
「俺も、言ったんだから、そろそろあんたも観念して言えよ。」
「某も…。」
 声を震わせながら、幸村は、ずっとずっと心の奥に温めてきた想いを、とうとう吐露する。ゆっくりゆっくり、噛み締めるかの如く、告げた。
「…某も、ずっとずっと、政宗殿をお慕いしておりました。」
「幸村…。」
いつも目標として背を追ってた相手、焦がれて焦がれて、でも、どんなに頑張っても、手は届かないと諦めていた。
 唇に甘い口づけが降りてきて、幸村はバクバク壊れそうなほど心臓を早める。
 唇の隙間をすり抜けてきた舌は、幸村の怯える舌を絡め取って、ちゅくちゅく吸い上げる。鼻に抜ける呼吸音を聞きながら、政宗はしばらく幸村とのキスを堪能していた。
「さあて、わざわざ家康が馬まで用意してくれたんだ、ここから逃げようぜ。」
 唇を離した政宗は、長居は無用だと、次の行動へ移す。
「わっ。」
 政宗はキスで骨抜き状態の幸村を横抱きにすると、大人しく待っている馬の上に網棚へ荷物を置くみたく乗せてしまって、そして自分も軽々と馬の上、幸村を背後から抱く形で乗ってしまう。
「さあて、行くぞっ。」
 幸村の腰に落とさないようしっかりと手をやり、手綱を思い切り振った。


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あきゅろす。
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