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小説
その10
 風呂に入れられた幸村は、待ち構えていた女中にされるがまま、位の高い姫が着るような上等な着物を罰ゲームみたいに何重にも着せられて、家康の前に差し出された。
「真田、見違えたなあ。その優美さならば、今日の客人も喜ぶだろう。」
「は…はあ。」
ご満悦な家康にエスコートされる形で連れて来られた場所は、大きな広間だった。
 そこに、今日の客人が待っているらしい。
「待たせたな。」
「ああ、かなり待ちくたびれたぜ。」
 襖を開けた途端、もうもうと煙が立ち込めて、幸村は咳き込む。その要因である煙草をスパスパ吹かしている客人はかなりご機嫌斜めなのか、それを全く隠そうともせず言い放つ。苦笑いをしながら家康は伴ってきた幸村を自分の隣に座らせる。
「まずは、姫、ご挨拶を。」
「いらっしゃいませ…、遠路遥々お疲れ様でござる…。」
 幸村が言われるまま深々と三つ指突いてお辞儀をして、そして面を上げた所で。
「政宗、お前にも紹介しよう、わしの正妻になる姫だ。」
「ah?」
 程無く力が抜けたのか、政宗は口に咥えていた煙管を、ボトリと落としそうになった。
「えええ?」
 幸村は正妻、のところで驚いて、そして顔を突き合わせた相手にまた驚いた。
「ええええ?」
 前にいる胡坐をかいている彼も、鏡みたいに幸村と同じ驚愕の表情をしている。
「っ政宗様っ、まさか、またこのことを知っていて…。」
 着飾って現れた幸村を見て、同じように驚いた小十郎は、傍にいる政宗をきつめに問い質す。
「違う、今日のは、本当に偶然…。」
「政宗、姫と知り合いか?」
 政宗と幸村がライバル関係なのを知っている家康は、何か含みのある物言いで問うた。
「いや…、そんな女、俺は一度も会ったことねえな。」
 気を取り直した政宗は、家康の横にいる豪華な着物を着て着飾った幸村を横目で一瞥して、かなりそっけない口調で告げた。
「それより家康、あんた、そんな幼児趣味だったのかよ。正妻にするなら、もっと大人の色気がある女のほうがいいんじゃねえの?」
「某っ、子供ではござらぬっ。もう17でござるっ。」
 瞬時にむっとした幸村が、口をアヒルみたいに尖らせる。
「年齢云々じゃねえよ、そういう態度が子供っぽいってえの。」
「何をっ。」
「ガキにガキって言って何が悪いんだよ。」
 政宗の後ろに控えている小十郎が、また始まったと疲れ切った表情で密かに頭を抱えた。
「まあまあ…ぬしにわしの趣味を言われる筋合いはないが…、わしは姫が一番良いのだ。政宗、もっとよく見てみろ、こんなに可愛いではないか。」
 宥めるように、家康はにっこり笑って肩を抱いて引き寄せた幸村を見遣る。ぐいぐい肩を抱かれている幸村は、はははと愛想笑いをするしか出来ない。
「…俺はあんたのお惚気を聞きにわざわざ遠路はるばるきたわけじゃねえんだが。」
 そんな仲睦まじい二人の様子に、ぴくっと政宗はこめかみに皺を寄せて、またもや不機嫌を隠そうともせずぶっきらぼうに言った。
「すまんすまん、同盟の話だったな。」
(ど、同盟?)
 幸村は思わぬその話の内容の深刻さに、思わず席を立とうと身を上げる。
「…なら某、席を外しまする…。」
「いや、姫にもここにいてもらう。」
 家康は、膝を立てた幸村の肩に手をそっと添えて動きを制する。
「姫にも、関わる内容だから。」
 どう関わるのか…、幸村は途方に暮れる。
 これから自分の先にある未来に、何があるのか、その時の幸村は知る由もなく。


★★★★
 宵闇が城内をすっぽりと包んだ頃。
 どこかから梟の啼く声が切なげに耳に入ってくる。
 幸村は家康から与えられた、だだっ広い部屋にいた。机に両肘をつき、窓からの景色を目に映すふりをして、ぼんやりと物思いに耽っている。
 分からないことが多すぎて、考える時間が欲しかった。1人になって頭を整理したかったのだ。本来は、自分はこんな所で油売っている場合じゃないのは重々分かっている。早くお館様の探されている宝を見つけ出さないといけないのに、と、気持ちだけが逸る。
(家康殿の言っていた自分を探している誰かとはいったい誰なのだろう。その人物を家康殿は知っている風だった。その上、家康殿とその誰かの決着の切り札とは何なのか…。そして、家康殿と政宗殿が同盟を組むとは、もしや、そろそろ、大きな戦があるのかもしれぬ…。)
 そこまで考えて、幸村はため息をついた。そんなことをしても心は晴れない。
 それよりも何よりも、もっともっと考えないといけない事柄がある。けれど、自分はその件に関して、見て見ぬふりを決め込んでいて…。
 ススと後ろの襖が独りでに風を切った、その人の気配に、幸村は肩を揺らし、おそるおそる首だけで振り返る。
「ま、政宗殿…っ。」
 その侵入者に、片膝を立て、叫びだしそうになった幸村に、しっと政宗は唇に人差し指を立てて動きを制して、襖を後ろ手に閉じた。
「また盗みに失敗したのか?あんたもかなりの間抜けだな、怪盗さんよ。」
 ふっと柔らかい笑みを零しながら、政宗は無遠慮に近づいてくる。
「宴会が続いていたのでは?」
 めっぽう酒に弱い幸村は、家康からもう下がってよいと許しを得たのだ。
「みんなさっさと酔い潰れたよ。」
 どっかりと幸村の傍に座り込んだ政宗は、はあとアルコール度満タンの息を真上に吐きながら、酒の熱さでぽっぽと火照っている体の熱を下げるためか、着物の合わせ目をはためかせている。
 何気に流した視線の中に、幸村の着物から覗く細い足首とその部屋の大黒柱を繋ぐ鎖が入る。それは重々しくて、ちょっとやそっとじゃ外れそうにないものだった。
「おい、その足枷…。」
「は?」
「ちょっとじっとしてろ。」
 言うが早いか、政宗は腰に差してあった長刀を鞘から抜くと、真下に振り落した。鉄の鎖が下の畳ごと真っ二つになる。黒い破片が空中に飛び散った。
 突然の政宗の行動に、幸村は声も無くし、あっけにとられていた。
「ここから逃げるぞ。」
 え、と、まだ目をぱちくりさせている幸村の手首をぐいぐい力まかせて引いて、政宗は起こそうとする。
「それは、それはっ、駄目でござる。某と政宗殿が一緒にいることが家康殿に知られたら…同盟が破談に…。」
 ぐっと眉間に皺を寄せた幸村は、持たれた手首を勢いよく引き戻し身を丸める。
「まあ、それはそうだろうが。」
 幸村をじっと見つめた政宗は、また手をそっと握り直した。そして、いつにもなく真剣な表情で告げるのだ。
「俺は…、あんたをこのままここに置いておくほうが我慢ならねえ。あの家康が何を考えているか分かんねえが、あんたを娶ろうとしているのが、一番気に食わねえんだよ。」
「え?」
 幸村の手を握る掌に、ますます力がこもる。
「まさかと思っていたが…、俺、気付いちまったから。」
「な、何を、でござる?」
平静を装おうとして失敗した幸村は、少しどもってしまった。そして、辺りに漂う、あまりのその重い雰囲気に、耐え切れずコクリと息を飲む。
政宗は、囁くように静かに告げた。
「俺、あんたのこと、好きなんだよ。」
 端正な政宗の顔が、少しだけ不安げに崩された。
「え?」
「まさか、あんたをなって俺も思ったが…戦馬鹿で単純で天然なあんたが、馬鹿みたいにそわそわ気になって…他のやつが気安く触れるのにムカついて…ああ、前々から好きだったって、気付いたら変に納得したよ。」
「…ま、政宗殿…。」
「俺、あんたをずっと見ていたんだって。」
 壁を背もたれにして座っていた幸村の前に自分も腰を下ろして、幸村の両頬を持ってぐっと自分の顔を輪郭がぶれてしまうほど近づける。頬をボッと赤く染めた幸村は、前の京都の時と同じように、きゅっと両目をきつく閉じて待つ姿勢を取ってしまう。
「なあ、このままだと接吻するけど、なんで、あんた、逃げないんだよ。」
「わ、わからない…某にも…。」
 幸村の声は上ずって震えていて。
 ずっとずっと見て見ぬふりを決めていた自分の心。それを、今無理やり殻を割って暴かれそうになる不安に押し潰されそうになっていた。
「前も思ったんだけど。だって、前田慶次には許せなかったんだろ?なんで、俺ならいいわけ?」
「…分からないので…自分でも…。」
 幸村は泣きそうに顔を歪めて、分からない、と何度もふるふると横に顔を振る。
 自分の心の中が分からない。本当は、もう答えははっきり出ているのかもしれないのに、知ってしまうのが怖い。怖くて怖くて、逃げているのだ。
「でも、俺に、キスして欲しいんだろ?」
 不意打ちでちゅっと、待っている唇ではなく頬を啄む。「ん、」と切なげに幸村は小さく声を漏らした。
「そんなこと、言ってないでござる…っ。」
「そんな顔、してるぞ。」
 良い声で、低く政宗は耳元に囁く。
「も…、許して下され…政宗殿…んんっ。」
 そして、とうとう奪うように口づけた。薄く開いていた歯列を強引に割って、舌を差し入れて、奥に逃げる幸村の舌をにゅるりと絡め取って。
「ふ…んん…ふ…。」
全てを奪いつくされそうな、政宗の本気のキスに腰砕けになって、幸村は政宗の腕の中に倒れこむ。それでも許さないように、長く濃厚なキスは続き。
「ふあ…。」
 唇が解放された時には、幸村の目はトロンと夢心地になっていた。 
「俺はあんたを誰にもやりたくない。誰にも…。」
 ストンと畳の上に簡単に押し倒されて、幸村は心臓が壊れそうなほど、バクバクと脈打つのを体内に感じていた。
「好きだ…あんたを…。」
 圧し掛かってきた政宗に、吐息交じりに甘くそう囁かれて。
 政宗の掌は着物の上からそこで自己主張している膨らみをぎゅっと握った。そして、焼けるように熱い唇で敏感な首筋をつつーとなぞってゆく。
「…んんっ、政宗どのおっ…。」
 幸村はぎゅっと縋るように、覆いかぶさっていた政宗の首に両手を回した。
「……。」
「……?」
 まさか幸村がそうしてくるとは思ってなくて、きっとおきまりのごとく、破廉恥でござるっとこっぴどく殴られるのを想像していたので、政宗は幸村を包み込むように抱きしめたまま数秒間じっと考え込んでしまった。
「あー、と。とりあえず、逃げるぞ。」
「え?」
 政宗はあっけなく幸村の上から退くと、苦笑するしかなかった。
「こんな据え膳、このまま食っちまいたいんだけど、時間が無いんだよ。」
「…え。」
「ここから、あんたを連れ去る。」
はっきりと断言する政宗に、幸村の心はキュンと切なく疼いた。


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