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小説
その7
 小十郎は襖を隙間無くぴったりと閉め終えると、幸村の目の前にどっかりと陣取った。
とりあえず政宗がすやすや寝ている場所では落ち着いて話も出来ぬということで、隣の小十郎の部屋に連れて来られていた。先ほどの部屋より一周りも二周りも狭い部屋だったが、こちらの大きさのほうが幸村にとっては安心できる広さだった。
 まず、腹の底から絞り出したような、深く重いため息を一つついてから。
「で、どういうことか、説明してもらおうか。」
 そう渋い声で告げた気難しい顔の小十郎と差し向かいで座り、幸村は針のむしろに座らされているようで、恐縮しまくっている。
「・・・それは・・・。」
 じいと射抜くように見てこられ、その重苦しい空気にクッと息を飲み込んだ幸村はもう嘘はつけないと腹を括り、声を張ってしゃべりだした。
「某、病に伏せっておられるお館様の代わりに、ある大切なものを探しております。」
 きちんと正座した幸村は、あまりの緊張感に口の渇きを感じ、たまらず袴の膝辺りを密かに両手でぎゅっと握った。その格好は、先ほどまで着ていた女物の丈の合わない着物姿の彼とでは気になって真面目な話も出来ぬと判断した小十郎が用意してきたもので。どうやら、背格好が似ている政宗の袴と着物らしかった。
「それは、名のある武将のもとにあると言われているものだそうで・・・。」
「それは、どのようなものなんだ。」
 小十郎は厳しい顔を崩さず問う。
「それが何なのか、今の時点では、某にも分からないのでござる。」
「・・・・・・・・・・。」
 苦虫を噛みつぶしたような苦々しい表情は色濃くなるばかり。
探し物が何たるか、それが分からずに危険を冒してまで探しに行くなんて、とんと馬鹿げている話。内心、小十郎はそう感じた。されど、幸村が、嘘を言っているとも思えなかった。その証拠に、幸村は切なげに眉間にしわを寄せて声を懸命に押し出している。
「分からなくても、何とか、お館さまの役に立ちたくて、その一心で、某は・・・。」
「それで盗人みたく各地の城に忍び込んでいるのか。」
「すッ、すみませぬ・・・。それが許させぬことだとは某も重々承知しておりまする。しかし・・・。」
「まあいい。それで、どうやって、正解の、大切なものだと見分けるんだ。」
「・・・お館さまがおっしゃられるには、心で感じろと。」
「心?」
「すぐに分かるそうなのです・・・、某に、心の目、真実の目で見ることが出来たら。」
「へえ・・・。」
 小十郎にとって、納得出来るものでは全く無かったが。
 とつとつと語る幸村の顔が話の端々で泣きそうに歪むので、いつしか真剣に聞き入っていた。
「それは、北条にも、上杉にも無くて・・・そしてうちにも無いものか・・・。」
 腕組みをした小十郎は、ひとつ唸るように喉を鳴らし、独り言のようにそう呟いて。
「・・・・・・まあ、それはさておき、なんで、あんな女の格好していたんだ。」
 一瞬朱を散らしたかのごとく頬を赤らめた幸村は、モジモジと言い難そうに言葉を濁す。
「それは・・・。」
「それは?」気が短く小十郎は、話を促す。
「それは・・・某、武将達とは戦場で顔を合わせているため、そのままでは素性がばれてしまいます上、正体を隠すためと・・・、佐助の術で変化しておりました。3日経つと術が解けてしまうために、今朝、元の姿に戻ってしまいましたので・・・。」
 はは、と、自分の失態に対し、自嘲気味に幸村は乾いた声で笑う。
「・・・・分かった。」
 小十郎はそう言うと、すっくと立ち上がる。
「では・・・、政宗様が起きる前に、ここからさっさと去るんだな。」
「え。」伏せ目勝ちだった目線を弾かれるように見上げた幸村は、はっきりとショック色を隠せない。冷水を浴びせかけられたように、真っ青になった。
「馬鹿・・・そんな顔するんじゃねえよ。別にお前を憎く思って、そう言っているのでは無い。」
(こいつといると、何だか、調子が狂わされるな。)
小十郎はそう心の中で思って。
 また小さくため息を足元に落とすと、小十郎はそこで柔らかく薄く微笑んだ。そして、慰めるように、幸村のぽんと肩を叩く。幸村は大きな目を見開いたまま、瞼を瞬かせる。
「まあ、はっきり言うと。」
 下唇を思案気に指先で数回触っていたが、諦めたように、口を開いた。
「まだ確かめたわけじゃねえんだが、政宗様はお前の正体が分かっていないんだろう、女になったお前に対して少なからず好意を持っているようなんだ。」
「えええええっっっ。」
 あまりの衝撃の告白に、一度飛び退いた幸村は、腹の底から声を張り出してしまう。
「馬鹿、声が大きいっ。」
 しいしいっと、慌てた小十郎は、隣と繋がっている襖を見ながら、コントのように大げさな動きで肉厚の掌で幸村の声を再び塞ぐ。
「まだその大切なものが見つかっていない今、政宗様に正体がばれるのは、お前も困るんだろうが。」
 じっと小十郎を見入っている幸村は、促されるまま素直にコクリと1度頷く。
 すごく間近にいる小十郎から、どこかお館様と同じ、父のごとき懐の大きさを感じて、何だか幸村はひどく安心感を覚えていた。政宗が小十郎に絶対的な信頼を寄せている要因が少しだけれども分かった気がしたのだ。
「俺もその件での政宗様への対処の仕方を考え付いていない。だから、俺も同じだ。」
 そう小さく笑いを零すと、小十郎は幸村から離れ、踵を返しどこかへ向かう。
「時間的に、もうそろそろ起きる頃だ。早くここから逃げろ。」
「そ、そこ、でござるか?」
 幸村が声を上づかせたのも無理も無い。
 ここ、と小十郎が行き着き指し示す場所は、空と繋がる大きな窓。
「小十郎?」
「「ッッ。」」
 絶妙なタイミングで襖の外から寝ぼけ混じりに聞こえてきた声に、2人は大きく驚き、感電したかのごとくビクンと身体を揺らした。
 素早く入り口に動いた小十郎は、政宗が襖を開けないように内側から戸を押さえる。
―――はやくッ。
 鋭く振り返った小十郎が、口パクでそう告げている。
「おい、小十郎、そこにいるんだろ?」
 襖越しのくぐもった政宗の声が、徐々に苛立ちを含みだした。
(ここから跳べとおっしゃるのか・・・。) 
 幸村は窓を開け、手すりを乗り上げると身体が竦んだ。下を見てしまうと、かなりの高さがあって。それはそうだ。だって、ここは3階なのだ。いくら運動神経がスバ抜けていいとは言っても、高さ5メートルはある場所から飛び降りるのは勇気がいる。
 ガタガタガタッ。大きな音を立てて襖が動いた。数センチの襖一枚を隔てて向こう側の政宗は、痺れを切らして、力ずくで開けようと襖をしきりに動かしている。
「小十郎、ここを開けろって言ってんだろうがっ。」
「早く行け、」と言わんばかりに襖を両手でしっかり押さえている小十郎は、こっちを必死な目で訴えている。
 ―――南無ッ。
その切羽詰った状況に、手すりを乗り越えた幸村は、目を閉じて両足から飛び降りた。身が宙を踊って、後は重力に従って落ちるのみ。後ろ髪と着物の袖がひらひらと残像のごとく踊る。
刹那。ふわっと、身体が浮いた。
その浮遊感に、幸村はきつく閉じていた目を恐る恐る開ける。すると。
「旦那ッッ。」
「さ、佐助ッ。」
 すごく間近に見知った顔があって、ほとほと安心した幸村は身体から力を抜く。
「もう、何やってんのさッ。」
 自分の主の無鉄砲な行動に、佐助の声は怒号のそれに近かった。
 地面へ落ちてゆく幸村を、近くの大樹から飛んできた佐助が必死になって両腕を伸ばして素早くキャッチしていたのだ。
「言い訳は後で聞く。このまま居城に帰るから、ちゃんと捕まってよ。」
 姿勢を立て直すために、1度地面にトンッと片足を付いて、そのまま佐助は身体のバネを使って鳥のごとくグンと大空に向かって飛び上がる。
「俺様から離れたら、今度こそお陀仏だからねっっ。」
 素直にぎゅうぎゅうと首にしがみついてきた幸村をしっかり横抱きにしたまま、一瞬にしてそこから姿を消した。

 その同時刻。
旅館の外にて、そんな2人を木の陰からじっと見上げている人物がいろうとは、幸村はそのとき、思いもよらなかったのだ。


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