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小説
そして、永遠に。
 狭い歩道から広い整備された駅前広場に出た。
クリスマスの駅前ということで、待ち合わせ場所にしている人が多い。
はあはあと漏れる荒い呼吸を整える間もなく、辺りを見回す。きょろきょろと360度一回転して、くまなく探すけれど。
その合間に見つけた正面の壁にある時計は、無常にも20時27分を指し示している。
 幸村は立ち止まっているのももどかしく、そのテニスコート1枚分ほどの広場を走り出す。目に入るのは、楽しげに腕を組んでいるカップル、ケーキとプレゼントを抱えた家族連れ、忘年会帰りの千鳥足のサラリーマン。こんなにも沢山の人がいるのに、自分の会いたい人は見当たらない。
 必死さを滲ませて何度も何度も同じところを行き来し、周りの人に不審がられるほど探し回ったけれど、探し人は、結局いなかった。
 絶望感に打ちひしがれながら、また再び駅の正面に戻ってきた幸村は、とうとう身動き出来ず立ち止まってしまった。
「まに・・・あわなかったんだ・・・。」
 見るからにガックリと幸村は肩を落とす。
 ショックが疲労とともに幸村の身体に、ズンッとのしかかってくる。
 下を向いた途端、汗が目に入って痛みが走って。
 体中がぼろぼろになったかのごとく、節々が痛くて。
 でも、それよりも、心が痛い、痛すぎる。

もう、会えない。
 二度と、会えない。
 もう、一生、彼に会えない。

 その事実に、荒かった息がますます苦しくなる。
 鼻の中がつんとして、涙が喉の奥から込み上げてきた。
周りに人が沢山いるとか、自分はもういい大人の、しかも男なのだとか、関係なくて、ただただ子供みたいに涙が止まらなかった。
透明な塩辛い雫がほろほろと溢れてきて、とうとう目の前の煌びやかな世界が、光の大群が、ぐにゃりと不鮮明に歪んだ。
「・・・っっひっ・・・くっ・・・・。」
 何度もしゃくりあげて、嗚咽を噛み殺そうとして失敗する。
「俺・・・ッ、何も、言えてないのに・・・ッ。」
本当は、まだこんなにも、苦しすぎるほど好きなんだ。
 本当は、本当の自分は、彼を誰にもあげたくないと、自分の傍にいてほしいと願っていたのに。
 嘘ばかりの、嘘で固めた自分だったから、神様も見放したのか。
(―――政宗殿っっ・・・・。)
丸めた肩を小刻みに震わしながら両手を胸の前で血管が浮くほど握り締め、声を殺して泣き続ける幸村の背中に。
「幸村・・・?」
 誰かが、半信半疑みたいな、少し自身無さそうに声をかけてきた。聞き覚えのある、その声に、幸村はビクンと1度大きく身震いして、動きを止める。
「え・・・・・・・。」
ぐしゃぐしゃの泣き顔のまま、目を見開いたまま、恐る恐る振り返る。
(―――っっ。)
 そして、クッと息を飲んだ。
「う、嘘・・・だ。」
 幸村は呆然自失に、震える唇でぽつりと呟いた。
そこには3年前と変わらない、ずっとずっと会いたかったその人がいたから。
驚きのあまり、心臓が衝撃に耐え切れず、本当に止まってしまった気がしたのだ。
「良かった、来てくれたのか。」
「これは、夢・・・?」
 目を何度も瞬かせて、幸村は独り言みたく声を漏らす。
「夢なんかじゃねえし。」
 俺を夢にすんなよな。
照れ隠しなのかぶっきらぼうにそう言う彼は、確かに夢なんかじゃなく、そこに実際にいて、少し恥ずかしそうに、こちらに笑いかけてくる。
「来てくれないと思って1度帰ったんだけど、やっぱり、諦めつかなくて、未練がましくもう1回戻ってきちまった。」 
 そして、ひどく真剣な表情に戻って、彼は静かに告げる。
「突然、呼び出してごめん。」
「・・・・・・。」
「俺、どうしても、幸村に伝えたいことがあって。」
 さっきから驚きすぎて声が出ない幸村に、政宗は緊張気味に間を少し空けて、そして噛み締めるように、しっかりと言った。
「俺、あんたのことだけが、ずっとずっと、好きなんだよ。」
「政宗、殿・・・。」
「好きで好きで、あんたがいないと、駄目になっちまうくらい、大好きだ。」
 本当に綺麗に、そして胸が締め付けられるほど切なげに微笑むと、政宗は続けた。 
「幸村、ごめんな、生まれ変わったらすぐに見つけて、そして迎えに来るって約束したのに、今日まで28年もかかっちまった。」
 フルフルと幸村は首を振る。その途端、新しい涙がまた生まれて、目の端から絶え間なく溢れる。
「俺も・・・俺も、」
 涙声でたどたどしくなりながらも、両拳を横で握り締めた幸村は、叫び出しそうに声を押し出した。
「ずっと、ずっと、大好きですっ・・・。政宗殿だけを、ずっと・・・。」
「幸村・・・っ。」
 ぐわっと愛しさが爆発しそうになって、たまらず政宗は、俯いてしまった幸村に近づくと、幸村の背がしなるほど、ぎゅっと両腕で抱き寄せた。その場で震え続ける幸村に、温もりを与えるようにしっかりと胸の中に包み込む。
「ずっと寂しい思いさせて、ごめんな。会いに来るのが遅れたのは、俺、前の会社辞めてさ。ちゃんと仕事を成功させてからじゃないと会えないと思って。今は元親と2人で小さな会社だけど作って、やっとそれで食べられるようになったから・・・。」
 おずおずというふうに、幸村は政宗の広い背中に手を回して、しがみつく。そして、心に積もっていた想いを吐露し始める。
「政宗殿、結婚したって聞いたから、俺、本当に辛くて・・・。」
「してないよ。あんたが急に俺の前からいなくなるから、俺、嫌われたとばかり思って・・・相手には本当に申し訳ないことをしたんだけど自棄になってて・・・。ごめんな。全部、元親から聞いたよ。俺を、ずっと看病してくれていたことも、手を握っていてくれたことも。」
 まだ泣き止まない幸村の背中を優しく撫でながら、政宗はひどく甘い声で囁き続ける。
「でも俺には、過去も、今も、これからも、幸村しかいないから。他なんて、いらない。あんたがいない幸せなんて、欲しく無いんだよ、だから・・・。」
 そして告げた言葉は、まるで、プロポーズのそれのごとく。
「だから、俺の傍にずっとずっといてくれるか?」
「っ・・・はい。」
 今度は嬉しさを滲ませた涙を流しながら、幸村は心からの笑顔で、政宗の大好きな春のたんぽぽみたいな笑顔で、はっきりと頷いた。
 政宗は幸村の紅潮した頬に手を添えると、そのまま顔をゆっくりと近づけて、柔らかく触れ合うだけの綿毛みたいな優しいキスを交わす。
 それだけで、幸村の心は切なく疼いた。
「もう、離さないから、これからは、ずっとずっとおじいちゃんになるまで一緒だから。」
 耳に届いた声は、じんわりと心に染み渡って、そして幸せに満たしてゆく。 
「絶対、約束で。」
「勿論、俺は、ずっとずっと、あんただけのものだって、言っただろ。」
 この幸せを噛み締めるように、2人はもう一度しっかり抱き合った。
「あれ・・・雪・・・。」
 鼻頭に冷たさを感じて天を仰ぐと、少し闇がかった頭上から、粉砂糖みたいな雪がひらひら舞い降りてきていた。
 それを見つめ、幸村は100年、いや、それ以上永遠に続くだろう愛を心に誓いながら、傍らにいる政宗の掌を、もう二度と離れないようにと願いを込めて握った。
「幸村・・・。」
 応えるように、政宗はその掌を握り返し。
「あんただけを、愛してる。」


ふわりふわりと、2人を包み込むように、優しい粉雪が降り注いでゆく。
この聖なる夜に、幸せがこの世の全てを包み込むように。


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