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小説
光のクリスマス。
「真田君、これもお願い。」
「はいっ。」
 ダンボールを差し出した両手に渡されて、そのズシッと来た重みに少しだけよろめいて、もう一度抱え直して玩具売り場へと小走りに急ぐ。女性が軽々と持っていたので甘く見ていたら、持ってみたら思いのほか重かった。手の中に収まりきれないほどの大きさのダンボールを抱え、溢れんばかりの人の波を器用に掻き分けて、幸村は目的地に辿り着くと息つく暇も無く、早速次の作業に取り掛かる。
 地方都市の繁華街の中心に位置するデパートは、クリスマスの今日、まるで満員電車並みとまではいかなくても、通路を歩くのも人と荷物を避けながらになる乗車率80%くらいの混み具合。幸村は陳列しては横から売れてゆくオモチャ達を見て、この季節だけは不景気は関係ないんだなと何だか嬉しげに目を細めていた。
幸村は今、玩具メーカーの営業にとって大得意様である百貨店のオモチャ売り場に、陳列応援に来ていた。1年の中でもきっと1、2を争う書き入れ時であるはずの今日は、猫の手も借りたいほどの忙しさ。あまりの多忙さに、幸村は朝から休憩無しの状態だった。
スーツを脱ぎ、Yシャツの上からお店が用意してくれた店員お揃いのサンタさん風の赤い上着を着て、クリスマスが嬉しすぎて笑顔が顔中あふれんばかりの子供や、孫へのプレゼントを選びにきたおじいちゃんおばあちゃん相手に、にこやかに接客、そして商品の補充に勤しんでいる。
「ああ、おつかれさん。ごめんな、真田君。クリスマスなのに。」
 その玩具売り場の担当マネージャーが、顔見知りの幸村の顔を見つけて労いの言葉をかけてくる。その声に振り返った幸村は、今持ってきたばかりのダンボールから、人気の携帯ゲームをひな壇風の目立つ場所へ綺麗に並べ始めていた。
「いえ。僕は構わないですよ。」
「いやいや、真田君は構わなくてもさ、ほら、彼女に怒られるんじゃないの。さすがにクリスマスだからさ。」
 がっしり系の外見には不似合いの可愛いクマのぬいぐるみを棚に飾る手は止めずに、マネージャーは、ちょっと言い難そうに苦笑いをしつつ語尾を濁す。
「ああ、俺、彼女いないですから。独り者は逆にこういう日、仕事している方が、気が紛れます。」
「え、いないの?」
 心から意外という感じで目を丸くした。
「ええ、振られちゃって・・・好きだった人は、結婚しちゃいましたから。」
 その幸村の言葉にマネージャーが黙り込んでしまって、気まずい雰囲気が辺りを漂う。幸村はそれを払拭するために、両手を振りながらわざと大きな声を出してみる。
「ああ、でももうかなり前の話ですから、俺も気にして無いですし・・・。」
「よおし、今夜、終わったら一緒に飲み行くぞっ。」
 掴んでいたクマを窒息させてしまいそうなほど握り締めて、マネージャーは高らかに宣言した。それに圧倒されてしまった幸村だったが、それでも小さく頷く。
「は、はい」
「あ、真田君っ、これ、倉庫から取ってきて。」
 これこれ、と、少し離れた場所で女の人が、掴んだ右手ごとブンブン振っているこれとは、「アニバーサリークマちゃん」だった。改良を加えた結果、2年前に発売され、幸村の働く会社の売上トップ10に食い込む人気商品まで成長していた。
「はーい。」
 幸村はそそくさと出口に回り、倉庫へ急ぐ。

 沢山の人で騒がしいお店の中と壁一つ隔てたその場所は、別世界みたいにひっそりと静まり返っていて、空気もひんやりとしていて温度が2、3度低い気がした。
 このアニバーサリーくまちゃんが発売されて、2年。あの、デパートに試作品を持っていって、1度企画が通らなくて、そしてアドバイスをもらって・・・。
「あれから、3年も経つのか・・・。」
 幸村は感慨深げに、ひっそりとダンボールで眠る大量のくまを見つめる。
 ―――これさ、提案の仕方変えてみるのも手じゃねえの?小さな女の子向けじゃなくてさ、カップル向けで、クリスマスプレゼント用にプレゼンしてみるとか。
 彼の言葉が、今でも心の中で鮮明に甦る。
―――たとえば、好きだ、とか?
「アニバーサリークマ、か・・・。」
 驚くことに、人気ドラマで起用されて、それに便乗する形でクマの知名度がUPしたのだ。
「女の人から、男の人へ、愛のメッセージを吹き込んで・・・。」
 発作みたいに、胸の芯の部分にまたツキンと痛みが走って、幸村は胸を押さえる。 
(まだ、自分は、忘れられないというのか。)
 
 こちらに転勤する1日前、あの例のデパートへ毎日出入りしている仲の良い問屋から、彼の婚約披露パーティの招待カードを見せてもらった。
その時は、本当に目の前が真っ黒になって、このまま全てを投げ出して、この世から逃げてしまいたい、消えて無くなりたい気持になった。女々しいかな、自分が望んだ結果になったというのに、自分は、ショックのあまり、立ち直るのに半年はかかってしまったのだ。
「あれから3年も経つから・・・。」
彼はきっとあのまま結婚して、可愛い子供も生まれて、温かい家庭を作って、そして、幸せになってくれているはず。自分の望む形になったのだ。
 その一方で、俺は一生、もう恋なんて出来ない。
 未練がましく、死ぬまで、彼だけを想って、思い出だけで生きていって。
 そこまで考えて、あまりの自分の人生の悲惨さに、幸村は逆に笑えてくる。 

「でも、もし、俺が女に生まれ変わったら、そしたら、彼は俺を選んでくれるのだろうか。」
 視界の中のクマがじんわりと滲む。 
幸村はゆるりと頭を振る。
「そんなの、駄目に決まってる・・・。」
自分という存在が、彼を不幸にするのなら、生まれ変わっても、二度と会わないほうがいいのだろう。
「それが彼のために、なるのだから・・・。」

☆★☆ 
「幸村、幸村っ、やっと見つけた。今日、人が多いんだもん、見つかんなかったよ!」
「あれ?武蔵?」
 何故こんなところに、と目を丸くして驚く幸村の元へ、同じ会社の友達が手を振ってこちらに駆け寄ってくる。
「これ、お前に手紙預かって。」
 着いていきなり、彼がポケットから差し出したものは、少し角が折れてしまった白い手紙。
「・・・これ、誰から?」
「なんか・・・知らない人だった。会社に来て、これを真田君へって唐突に渡してきたから。だから、ちょっと不審だったからさ、どうしようか迷ったんだけど。一応、お前に渡そうと思って、会社終わってから来た。」
 もうクリスマスだっていうのに、課長が返してくれなくてな。
 幸村はぶつぶつ垂れ流す武蔵の愚痴を聞きつつ、その愛想も素っ気も無いただ真白い封筒から出した手紙を、そっと開く。 
「なんか、俺らと同じ年くらいのスーツ姿の男だったなあ。でもなんかすっげえ芸能人みたいにカッコいい感じ?女の子にモテモテ系の。俺らとはちょっと世界が違うって言うかさ、なんか圧倒されちゃって・・・。」
 真剣な顔そのものの幸村は、字を目で追いながら、武蔵の声がだんだん遠くなってゆく錯覚に陥る。金縛りにあったかのごとく、手紙を読んだ姿勢のまま身動きが出来なくなった。
心臓が壊れそうなくらいドクドクと鼓動を速める。
緊張感がピークに達し、たまらず、ゴクリと息を飲んだ。
―――今日の20時、○○駅の東口の噴水前にいます。
 B5版の便箋の広さに、たったそれだけの一文。
 でも、一番下に記されていた差出人を見て、幸村は心を鷲掴みされた。
 袖をまくり、腕にはめていた時計を確認すると、19時30分。ここからだと通常、その駅までは車で15分。それに自分は仕事中の身で・・・。
「真田君、もう上がっていいよ。」
「え。」
 心ここにあらずという感じで、頭の中で色んなことが駆け巡っていた幸村は、弾かれるように顔を上げた。
「ここはもうピークは脱したから大丈夫だし、それにほら、応援要員も来てくれたし。」
 な、と横の武蔵の肩を逃がさないように抱きつつ、マネージャーは、からりと笑う。
 苦笑交じりだったが武蔵も。
「ほら、行けよ、幸村。その人、待ってるんだろ。」
 瞬間、顔を崩した幸村は今にも泣きそうなのを飲み込んで、深々と礼をすると。
 そのサンタの格好のまま出口に走ろうとする幸村を制して。
「おいおい、その格好じゃ駄目だろっ。」
 周りのお客さんが驚くほど、武蔵は豪快に腹を抱えて笑った。

★★★
 ここは東京よりはるか西にあって来るまでは冬でも温かいイメージだったのだが、日本海からの北風が身を切るみたいに冷たくて痛くて。アスファルトに触れる足元から、じわじわと寒さがせりあがって来る。
 デパートから出ると、おもちゃ箱をひっくり返したみたいに、色とりどりの飾りでおめかししたツリーや電飾で彩られた建物があって、それはそれは目を奪われるほど綺麗だった。街の中も楽しげな、人の笑い声や陽気なクリスマスソングで溢れかえっていて、幸村まで少しだけ心が躍る。
 コートの前を閉めマフラーを首に巻きながら大通りに出ると、タクシーを捕まえて飛び乗ったとこまでは良かったのだが。
 出発後即渋滞にひっかかり、車はのろのろとまるで牛のような歩みだ。伴走しているかのごとく歩道を歩いている人が次々に追い抜いてゆく。
「お客さん、ごめんねえ。今日はクリスマスだからか、ずっと一日中この混み具合でね。」
 申し訳なさげにバックミラー越しに、気の良さそうな運転手は謝る。
「クリスマス、だからですね。」
幸村は時計を気にしながらも、一緒になって苦笑する。
道の両側に植えられた木々はイルミネーションで変身していて、まるで光は窓を通り抜けてここまで降り注いでくる。
「綺麗だな・・・。」
 幸村は後部座席の窓に頬をくっつけるほど近づけて、見上げていた。
「ここ、綺麗でしょ。恋人達のデートスポットらしいですよ。」
「そうですか・・・。」 
 幸村は目線を夜景に奪われながら、少しはにかんで相槌した。
 
 そうこうしているうちに、もう20分は経ったのだが、クリスマスの渋滞は思ったより酷く、まだ目的地まで半分も来ていない。
 でも、時計はもうタイムリミットの20時に近づいている。
 とうとう痺れを切らした幸村は、運転手へ身を乗り出して焦ったように言った。
「すみません、ここで降ります。」
 幸村は車から降りて歩道に入ると、考える間もなく体が走り出していた。

全速力のごとく走って、走って、休むことなく足は前だけに出され続けて。
光のトンネルの中を突っ切るように進んでゆく。
幸村の周りには浮かれ気分の楽しげな人々。それには目もくれず、ひた走る。
 巻いていたマフラーが落ちかけたのを腕に掴み直して、また再度動き出していた。
 がむしゃらに動いている心臓は爆発寸前で、冷たい空気を吸い込みすぎて冷気で満タンになった肺はキリキリと痛くて。
 けれど、ただ彼に、彼だけに会いたい一心で、それだけで、自分は突き進んでいる。

会えたら、伝えたいことがある。
素直に、ただ、大好きだって。
ずっとずっと、生まれる前から、大好きだったって。


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