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小説
その5
「似合うじゃねえの。」
「そ、そうでござるか?」
 慣れない敷居の高そうな場所と慣れない服装のためか落ち着かない様子でクルンと回転し、大きな姿見に何度も自分の姿を映している幸村を傍らで眺めながら、自分の見立てに間違いは無いなと政宗は満足そうにうんうんと頷いた。
「へえ、妹さんにようお似合いで。」
 手もみのような仕草をしている店の店主は、着飾った幸村をにこやかにそう評した。
「い、妹?」
 瞬間漏れた不服そうな幸村の声に、噛み殺しきれなかったのか、プッと後ろで小十郎の噴出す声がする。
 今現在、宿の近くの、品物が良いと評判の呉服屋に来ていた。多くある色とりどりの中から、政宗は迷いなく、今幸村がしている目が覚めるほど、紅葉した紅葉のごとく赤い、その帯を選び出して。
「あの、これ・・本当に良いのでござるのか?某、お金は・・・。」
 見るからに上等な帯。つい半日前に自分がしていたものとは素人目にも分かる格段の違い。
幸村には手に届かない、の前に、昨日慶次と会った店にて今手持ちのお金は(太っ腹以外何者でもないが)財布ごと全て置いてきてしまっていたのだ。そこまで思い出し、幸村は不安げに、もう自分の身体を包んでしまっている蝶々をかたどった帯をじっと押し黙って見つめる。
「ああ、帯が無いとあんたも困るだろ。俺からのプレゼントだ。」
「ぷ、ぷれぜんと?」意味が分からず口の中で復唱するかのごとくたどたどしく呟いた幸村の肩を、政宗はぽんと軽く叩いて。
「それとも、今からあそこに取りに戻るのか?」
意味深な口調で笑みまで浮かべながら言った。即座に表情を固まらせた幸村はブンブンブンブンと空気を切る音が鳴るほど頭を何度も横に高速で振った。
「あ、これもいいな。なあ小十郎、あれもこいつに似合うんじゃねえ?」
「そうですなあ・・・。」
買い物魂に火の付いた政宗は、まだ幸村に貢ぎたいらしく、そこらにある反物を物色している。
「これ、いくらでござるのかなあ・・・。」
と、一方、帯に垂れ下がっている値札を何気に見た途端幸村は、ひっと息を飲み、冷や汗をたらたら流し始める。
―――思ったより…かなり高いでござるっっ。
「っ・・・、政宗様。」
何かに気づいたのか、先ほどまで2人の漫才みたいな会話を聞きながら終始穏やかだった小十郎の顔が緊迫した表情に変わり、行動が早いか、ささっと政宗の背後に着き、ひそひそと耳打ちする。漏れ聞こえてきた内容は、「先ほどからつけてきているものがいる。」だの、「あれは敵のだれそれ。」だのと、あまり穏やかなものでは無かった。
そんなやりとりに眉根を顰めた幸村は、そっと小十郎の視線を追って、入り口の方を見遣る。すると。
若い細身の男が1人、戸を塞ぐように立ち尽くしたまま、こちらを不自然に見ている。
凝視に近い、その食い入るような目つき。
(え?)
強い、その焼けるような視線が、自分のそれと絡まって、ゾクリと幸村の背筋に戦慄が走った。自意識過剰とかでは無く明らかに自分を一心に見ているのに気づいて。
(あの男、どこかで、見たことがある。)
 綺麗な、されど冷たくて冷徹な、生身では無い人形みたいな印象。
(そう、知っているはず。)
 傍観者のような自分が、自分へと語りかける。
 身体だけが反応するかのごとく、射抜くように自分だけを見ている視線に、背筋が凍るのに。
(でも、なんで、思い出せない。)
 ドクンと、心臓が、鼓膜まで届くほど大きく1度、鼓動した。
懸命に、無理に思い出そうとして、頭全体を重く覆うような鈍痛が酷くなり吐き気をもようしてきて。
「おい、あんた。」
今にも倒れそうなほど真っ青な顔して入り口を見たまま立ちすくむ幸村の、その視線の先を垣間見て、チッと舌打ちをした政宗は小十郎との話を中断して幸村の傍へ急ぐ。
「とりあえず、宿に帰るぞ。あとを、小十郎頼む。」
後ろから力強く幸村の肩をぎゅっと抱き寄せて、無理やり反対方向を向かせて、裏口へと歩みを急いだ。
「大丈夫だから、」
 政宗は幸村に言い聞かせるように、静かに告げる。
「俺が守ってやる。」
 前だけを見て、政宗は断言した。
「俺を信じろ。」
「ま、政宗殿・・・。」
 そんな政宗の声を聞いて、自分の肩を包む体温を感じて、幸村は少しだけ体の力を抜いた。
ごくりと幸村は、静かに息を飲む。
この体中をじわじわ蝕む、この違和感。
宿に着くまで、この不自然な感じは拭いきれなかった。

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あきゅろす。
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