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小説
空虚な瞳。
「・・・な・・・だんな・・・旦那っ。」
「・・・え・・・。」
 糊で張り付いてしまったかのごとく重い瞼を億劫に開くと、目の前には見慣れた佐助のドアップがあって、心配したんだろう、その証、目の下に幾重にもクマを作っている。そして、表情は心配げなそれから変化し、安堵を顔いっぱいに滲ませ、泣きたいのか笑いたいのか、複雑な顔にぐしゃりと崩された。
「佐助・・・。」
 その微かな呼び声に、佐助はうんうんと何度も大きく頷いている。 
急速に生命行動を始めたように、隅々まで熱い体温を感じられて、身体がずっしりと重くて、どこもかしこも針が刺すように痛くて、自分が今、生きていることを実感する。
 感極まったのか、ガバッと佐助は、布団に寝かされている幸村の首元に勢いよく縋った。
「良かった、良かったよお・・・。今度こそ、俺、本当に駄目かと思って・・・気が気じゃなくて。」
「さ、佐助・・・。くるし・・・。」
 首を呼吸器官ごとぐいぐい圧迫されて、ヘッドロック状態の幸村は、程無く息を詰まらせた。
「ご、ごめんっ。」
 慌てながら佐助は素直に謝り、パッと両手を離し、幸村の上から退く。
「政宗殿は・・・。」
 久々に戻ってきた、その染み一つさえ懐かしい城の自室の天井を眺めながら、ぼんやりした口調で、幸村は一番確認したかったことを口にした。
「・・・っっ。」
 佐助は顔をサッと一瞬にして曇らせて、いたたまれないのか首ごと頭を反らした。
「佐助、政宗殿は・・・どこなのだ?」
「・・・竜の、旦那は・・・。」
 すぐ近くで聞こえる佐助の声が、らしくないほどに、小刻みに震えている。
「どこなのだ?俺を、待っていて下さると、言われていた・・・俺は、そこに行かないと・・・。」
 上体を起こそうとして、一気に上半身を横断した鋭い痛みがそれを阻み、幸村は、眉間にくっきりとしわを寄せた。
「もう、いないよ、どこにも・・・。」
 佐助は顔を幸村から背けたまま、酷く暗い声で呟くように告げた。
「早く行かないと、待たせては、また機嫌が悪くなるであろう・・・だから。」
「もうっ彼はっ、死んだんだよっっ。」
 たまらなくなった佐助は、幸村の言葉を鋭く遮り、とうとう叫んでいた。泣き声を滲ませて。
「う、嘘だ・・・そんなの・・・嘘だ・・・。」
 幸村は呆然と佐助の顔をゆっくり見遣る。いまだ佐助は顔を背けたままだ。
「嘘じゃない、旦那を追って、自害して、死んだんだよ・・・っっ。本当だ、俺は・・・右目の旦那と死体を確認して・・・そして、墓に・・・っ。」
「そんなのっ、そんなのっ、全部、全部嘘だ・・・っっ。」
 両目からしょっぱい涙をぽろぽろと零れ落とした幸村は、しゃくりあげながら悲痛な声を喉から絞り出す。
「そんなっ・・・・・・そんなことってっ・・・っ。」
泣き崩れた幸村は、布団に突っ伏して、掛け布団をしわくちゃになるほど、引きちぎるほどの力で、10本の指できつく握り締めた。
「政宗殿が、俺をおいて、行く・・・はずがッ・・・ない・・・でッ・・・ッ。」
 息が苦しい、一気に湧き上がった感情で胸が爆発しそうになり、吐きそうになる。
喉が今にも焼けるように熱くて熱くて、どうしようもない。灼熱の固まりで蓋をされてしまったかのごとく。
「そんな・・・っはずないであろうがっっ・・・っ。」
「・・・旦那っ・・・旦那っっ・・・っっ。」
「うっ・・・うっ、あああああああっっ。」
錯乱状態に陥った幸村を、佐助が庇うように、後ろから必死で押さえ込む。
「政宗殿・・・っ政宗どのおっっっ。」
 涙は枯れること無く止め処無く流れ続けて、声を枯らしながら泣き続けて泣き続けて、そして最後、心が空っぽになるまで待つしかないのか。

それでも、彼はもう二度と戻ってこない。
 こんな現実、辛くて、辛くて、辛くて、辛くて、心がズタズタに壊れる。
 もう、消えてしまいたい。もう、痛くて、苦しくて、生きられない。

 ―――生きられない、生きられるわけがない、この、彼がいない世界でなんて。
 
「俺は、死ぬことさえも、許されないのか・・・。」
曇天を仰いだまま、嗄れ声で幸村は、放心状態で呟く。
絶望で打ちひしがれた心は、もう、壊れる直前まで来ていた。
例えようの無いほどの襲ってくる大量の悲しみ、痛み、苦しみ、負の感情で、心臓が雁字搦めになり。
 血の涙を流しながら、幸村は、自分のこの先に待受ける先の見えない未来へと、空虚の目を向けるしかなかった。
 
―――何故、先に、逝ってしまわれたのだ・・・。
こんな殺伐とした世界に、俺を、ひとり残して。
 もう忘れたい、全部、全部、こんなに身を引き裂かれそうに辛いのならば。
 もう、政宗殿を忘れてしまいたい。

 ―――もう二度と、人を好きになんてなりたくない。

―――もう、二度と。

 









カチコチ、カチコチ。時計の、正確に自分の仕事を続ける音が聞こえる。

「・・・幸村・・・・。」
 深い深い眠りから覚めた政宗は、まだ夜明けが来ない自室の暗い部屋、空調と、時計が時間を刻む音だけが響くその場所で、そっと空間の狭間に語りかけるように囁いた。
「俺は・・・最低だ・・・。」
 ベッドの中で、上体だけを起こし、玉のような脂汗でいっぱいの顔を力無く両手で覆う。

 全てが甦った。幸村の心の痛みまでひっくるめて、全て、全部。
過去も、現在も、あんたを苦しめていたのは、俺の方だったのに・・・。
 それでも、俺のことだけを、俺の幸せだけを、考えてくれていたなんて。

 静かに嗚咽しながら、政宗はここにはいない幸村を想う。

「幸村・・・、俺はあんたを、二度も、1人ぼっちにしてしまっていたんだな・・・。」
 
「ごめん・・・なんて、言えない。」

―――俺が犯した罪は、謝る事さえ許されないほど、残酷すぎるものだったんだ。


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