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小説
その4
 半ば無理やり、連れられてやってきたのは、政宗達が借りていた宿だった。
 京の繁華街のど真ん中の立地な上、普通の旅人では借りえない、宴会場みたいなこんな部屋、1人でどうやって使うのかと思うほどの広さだった。自分なら落ち着いてゆっくりも出来ないと幸村は密かに思う。そして、窓からは、京の風光明媚な町並みが堪能できて、逆の窓からは、手入れの行き届いた日本庭園が拝める。部屋の中の調度品も贅をつくしたもので、ここを借りるのに、どのくらいのお金がかかるのか、幸村には想像し得ないものだった。
 ぼんやりと窓際から外へと目を映し、膝を抱えたまま、じっと置物みたく微動だにしない幸村を遠巻きに見て、政宗と小十郎は内緒話をするように声を潜めて会話していた。 
「政宗様、あの少女は一体何者なのですか?どこから来たので?政宗様の名前も知っているなどと・・・。しかも、宿にまで連れてくるなんて。」
「言ったろ、あいつは特別。腐れ縁だ。」
 畳み掛けるように詰問してくる小十郎に対し、面倒臭そうに告げ、掌をひらひら振ってあしらうと、政宗は部屋の隅っこにいる沈んだ表情の幸村を見遣る。
「まずは、あの目に毒な格好を直さねえとな・・・。」
 何だあれ、半裸状態じゃねえかと、政宗は眉を顰めて、チッと舌打ちする。
「そうそう、おい小十郎、一応レディが着替えるんだから、お前、部屋から一時出ていろ。」
 政宗は後ろに影のように佇んでいた小十郎に、今度はそんな命令を振り返りざま言い放った。
「政宗様っ。」ピキッとこめかみ辺りに筋を走らせた、何か言いたげな小十郎のお小言が出る前に、政宗は横目でジロリと睨みをきかせた。
「終わったら呼ぶ。」
「・・・・・・・・・御意。」政宗の性格を熟知している小十郎はその有無を言わさない口調に、しぶしぶという感じで小十郎は頷くと、後ろ髪引かれながらも、部屋から出てゆく。
 パタンと襖が完全に閉じられた音を確認して。
「ほら、立てよ。」
幸村の傍までやってきた政宗は、蹲るように座ったままだった彼女の手を取って起こそうとする。
「え?」弾かれたように顔を上げた幸村に、目を眇めた政宗は話を続ける。
「その着物、それじゃあ帰れねえだろ?俺がちゃんと着せてやるって言ってんだよ。」
「・・・女物の着物の着付けが出来るので?」
「ああ、まあな。」
 手を引かれ促されるまま素直に立ち上がった幸村の目の前に立った政宗は、前から覆いかぶさるような姿勢をとり、手馴れた様子で、肌襦袢の上にかけるだけになっていた桃色の着物を剥くように一旦脱がせてゆく。すとんと重力に沿って足元に脱いだ着物が落とされた。その吐息が触れ合うほどの、顔の距離感の近さに、密かに脈を上げた幸村は、いたたまれなくなって足元を穴が開くほど見てしまう。
「女の着物を脱がす機会があるかもだろ。脱がせた後はちゃんと着付けしてやるのが男の道義ってもんだぜ。あんたも、それぐらい勉強くらいしとくんだな。」
「某は、そんなこと・・・。」
 何かを想像してしまったのか、言葉に詰まり下を向いたままの幸村の、着崩れた肌襦袢まで、躊躇無くさっさと肌蹴て剥ぎ取ってしまう。政宗の手で真っ裸にされてしまい、顔を泣きそうに真っ赤にして下唇を噛んだ幸村は、恥ずかしすぎてどうにかなりそうだった。
「初めてこんなにはっきり見ちまったけど、あんたの身体、本当に綺麗だな。」
 一糸纏わぬ姿を、まじまじと政宗に見られているだけで、何故だか奥の方が火照ってくる体に、また一段と顔を染めた幸村はうろたえ、顔を背ける。
「・・・も、そんなことは無いでござる・・・っ。」
「俺の見てきた女の中では、あんたが一番綺麗だよ。」
「・・・っっ。」 
そんな歯の浮くことを真顔で言ってのける政宗は、羞恥心からかふるふると震えている幸村の、みずみずしくて均整の取れた裸を、目に焼き付けるかのごとくしっかりと堪能した後、再び一から綺麗に着物を着せ始める。幸村は、器用で手際のいいその様子に感心しきりだった。
「あれ、おい、それより、帯はどこだ?」
「帯は・・・、帯・・・、多分、先ほどの場所・・・揚屋に、忘れてきてしまって。」
 あのドタバタ騒ぎの中、とりあえず着の身着のまま飛び出してきたので、そのまま置いてきたらしい。
「はあ?どこまで抜けてるんだよ、あんた泥棒なんだろ?証拠を現場に置いて帰ってどうする。」
 と、そこまで言って、政宗は、更に苛立たしげに語尾を強めた。
「・・・っていうか、揚屋だって?あんた、どこに、入り込んでいるんだよ。危険以外の何物でもねえじゃんか。」
 全くしゃあねえなとぶつくさ文句を言いながらも、政宗は自らの風呂敷包みの中の荷物を手で探ると、自分の着物の帯を取り出して戻ってくる。
「男もんで帯にしては細いけど、無いよりはましだろ。」
 真剣な顔つきで帯をぎゅぎゅっと締めながら、政宗はそういえば、と問いかける。
「なあ、こんなこと、誰にされたんだよ。」
「・・・え・・・、これは・・・。」
途端、口ごもり、下を向いてしまった幸村に、政宗は、歯痒く思いながらも、思いを巡らせて。
「京にいる武将、ということは・・・、多分だけど、前田慶次か?」
「ううっ・・・。」
 一気に苦々しげに顔をしかめてしまった、嘘がつけない幸村の表情を見て、政宗は帯を握り締めていた手に、血管が浮くほど力をこめた。
「あいつ・・・どこまで手が早えんだよ。」
(今度会った時、ただじゃ済まさねえからな。半殺しだ、半殺し、それしかねえ。)
 政宗はここにはいない慶次に対して、怒りをふつふつと湧き上がらせる。
(先回りして甲斐の動向を調べといて、正解だったぜ。京に行くというから、そのまま大阪へと足を伸ばすのかと思ったけれど・・・。)
 大阪もたちが悪いやつがいるからな、と、そこまで思いを巡らせて、政宗は嫌そうにひとりごちた。
「それで・・・大丈夫なのか?」
 もうそろそろ夕暮れの窓の外からは、これからまた一層賑わうであろう京の喧騒。
 政宗はその様子に何気なく目をやりながら、言い難そうな雰囲気を醸し出しつつ、ぼそぼそ問うてくる。
「え?」
「もう・・・わからないやつだな、前田慶次に、何も乱暴をされなかったのかと、聞いてるんだよ。」
 せっかく幸村を傷つけないようにと配慮してオブラートに包んで聞いたのに、幸村相手では全然通じないのだ。この男は最上級の鈍感野郎だったなと、政宗は少し諦め半分で、今度は、はっきりと滑舌まで良く聞き直した。
「は、はあ・・・それは大丈夫で。実は貞操の危機だったでござるが、お店の女の人が入ってきてくださったので・・・。」
 某、助かったでござる、と、後ろ頭をかきつつ、幸村は苦笑いでそう告げて、顔を上げると。
「・・・そっか、良かった。」
 優しく目を細めて囁く政宗の顔とかち合って。
 ほとほと安心したのか、ふうと政宗は息を深く長く吐くと、ぼさぼさになっていた幸村の長い髪を指で柔らかく梳き、そして、傾いてしまっていた桃のかんざしを、取って挿し直す。
「これ、似合うな、あんたに。」
 その口調も仕草も、両方があまりに甘くて、幸村は慣れない扱いに戸惑う。
 しかも相手がライバルではずの、敵将であるはずの政宗だから、こういう場合自分はどうすれば良いのか、ますます分からなかった。
 立ち上がったままの二人向き合った状態で、政宗は幸村の後頭部をゆっくりと撫で、そして。
「なあ、キス、するか?」
 その低く告げてきた声に、幸村は心奪われそうになって、ワンテンポ返事に遅れが出てしまった。
「き・・・きす?魚?食べるので?」
 女性になったおかげで身長差が10p以上になった政宗を、幸村は少し上目遣いで見上げながら、首を軽く傾げた。
「・・・ばか、接吻の事だよ。」
 返事を待つまでも無く、男の自分でも惚れ惚れする政宗の端正な顔が近づいてきて、心が瞬間、キュンッと切なく締めつけられる。2人の距離が徐々に縮まってきて、考えるより先に、幸村は反射的に両目をきゅっと閉じてしまう。それは、まるでキスを待ち望んでいるかのような顔になってしまっていた。
 それを了承と受け止めた政宗は、次の行動に動き、頭を撫でていた手が添えるみたいに体温の高い火照った頬に降りてきて。
 押し付けられるように、ムニッと柔らかいそれが、震える唇に、一度合わさった。
「んんっ・・・。」
 受け止めた幸村の表情を、こっそり薄目を開けて政宗は観察する。
幸村の頬が頬紅をふったみたいにほんのり桃色になって、口から出る吐息も熱くなってきて。ドキドキと心臓がひとりでに全力で動き出して、苦しくてたまらなくて、幸村は切なげに顔を歪める。
「ふあ・・・んんっ。」
 もう一度、ちゅっと音を立てて、啄ばまれた。
 じわりと目を開けると、照れたようにそっぽを向く政宗がいた。
「何だか、あんた相手に、変な気分だぜ。」
「へ、変な気分とは・・・。」
 周りを漂う、その何とも言えぬ甘ったるい雰囲気に、幸村までもやられてしまって、声が不自然に震える。
「なあ、キス、前田慶次とはしなかったのか?」
「し、しなかったでござるよ・・・、慶次殿が、しようと迫ってきたから、某・・・顔を背けたでござる・・・。接吻などは、政宗殿が生まれて初めてでござるし・・・。」
「は?」
 政宗の顔が、はっきり分かるほどみるみるうちに赤くなって、それを掌で覆い隠す。
「ちょっと、あー、もう今の、ホント反則だぜ・・・。」
 どうにも辛抱たまらず政宗は、幸村の身体を右手で引き寄せ、きゅっと抱きしめた。
「なんか・・・ぐっと来た・・・。」
 すぐ傍で出される政宗の声も、少し震えて聞こえた。
「そ、そうなのでござるか?」
 そのまますっぽりと無防備に身を預ける状態だった幸村は、その逞しい胸板に頬を寄せると、おずおずとした動きで、政宗の背中に両手を添えた。政宗の腕の中は温かくて、安心できて、心地良くて、このままじっとしていたい気分だった。
「政宗様っ。」
「うわあああああああっ。」
 降って湧いた小十郎の声と同時に、襖がダンッと大きな音を立てて開かれて、心臓が飛び上がるほどの驚きから、大声を出した幸村は、両手を突っぱねて政宗を力いっぱい押し飛ばしてしまっていた。
「・・・いってえ・・・。」
 その馬鹿力に、予期していなかった政宗は、そのまま畳に尻餅をついてしまう。
「す、すみませぬっ、政宗殿。」
 転がった政宗に駆け寄りながら幸村は平謝りする。
「お時間、立ちましたぞ。」「・・・・。」
涼しい顔で立っている小十郎に、顔を赤くしたままの政宗は何か言いたげに口を開きかけたが、すぐさま閉じられた。
「それより政宗様、そろそろ食事のお時間ですぞ。」
「おーけいおーけい。」
 何か気まずいのか後ろ頭をかいていた政宗だったが、気を取り直して幸村に顔を向けた。
「あんたも食えよ。こっちが迎えなくても、そろそろお迎えが来るだろうが。それまでここでゆっくりしていろよ。」
「は・・・はあ・・・。」
 とりあえず、朝から何も食べてなかった幸村は、頷くしかなかった。


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