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小説
その3
 京の街は、人が大勢ひしめき合っていて活気があって、色とりどりの着物を着た舞妓さんがそこら中を練り歩き、華やかかつ賑やかで、色々なものに(特に甘いもの)目移りしそうな自分を何度も諌める。数メートル先をひょうひょうと歩く目標を見失わないように、着物の裾を少しだけ捲くり、足早に小走りで追いかけている。
今回のターゲットは、背の高い前田慶次だったため、こんな人ごみでも頭一つ分抜きん出ていて、目立つ事この上なくて仕事はしやすかった。今日一日、朝から尾行するように追ってきているのだが、まず御茶屋さんでお団子を頬張り、次に仲見世にて子供たちとカルタ等で遊び、そして、芝居小屋で芝居を楽しんで・・・。遊んでばかりの楽しげな慶次を観察する1日となってしまった。
今の幸村の格好は、佐助のコスプレ趣味(ではないと、断固言い張っていたが)らしい、晴れ着姿。桃色の地に、赤い蝶が三匹華麗に舞っている。下ろした茶色がかった髪の毛には、着物とお揃いの桃の花のかんざしを挿している。そんな窮屈なそれを、幸村は少し疎ましく思いながらも、文句も言わず着こなしていた。現に、京の町には、今の可愛らしい姫君のごとき格好の幸村はしっくりと馴染んでしまっている。
 慶次が軽やかな足取りで吸い込まれた場所の前に立ち止まり。
「この建物?・・・大きい。」
 そのごつくて大きい由緒ありそうな建物の正面に立った幸村は、その厳かな雰囲気に、口をぱかりと半開きで見上げていた。
(はてさて、ここは、何の店なのだろうか・・・。)
 入り口から中を覗いたところ、原色に近い着物で着飾った、少し派手な若い女性の姿が多いようだが。検討もつかぬ幸村はそう首をかしげながらも、そっと塀越しに裏に回っていつも通りの段取りで屋根に上り、天井裏に潜り込む。今日の服装は締め付けも強く苦しくて、自由が全く利かない。というか、蜘蛛の巣やら埃やらで、折角の綺麗な着物が汚れるではないか。佐助のチョイスに、幸村はやっぱり文句の一つは言いたくなる。
 と、考え事をしていた幸村の耳に、ある音が壁を隔ててくぐもって聞こえてきた。
 それは、女の人の嬌声、濡れ場での声というか、そういう類のもので。
(・・・何だ、この声・・・え?え?えええ?)
 男女の入り混じった声、荒い息遣いが、臨場感を伴って、下から漏れてきているようだった。
 下で何が行われているのか、やっと勘付いた幸村は、そういうことに一切免疫が無いため、天井裏で1人、うっと息を詰まらせ顔を火照らせる。どうにもいたたまれなくなって、その場からそそくさと退散した。そして、その天井裏の低さのため四つん這い状態で、隣の部屋に到着した幸村は、屋根板の隙間から光が漏れてくることで、ここに人がいることを目視で確認した。
「ここで、待ってればいいのかな。」
 聞き覚えのある慶次の独り言らしき声が、微かに聞こえてきた。
(この下に、慶次殿がいるのか?)
よし、と鼻息を荒くした幸村は、前回の足軽部屋に突入してしまうという大失敗を教訓に、今度は天井の板を一枚除けて中を覗き込み確認すると、今、室内に入ってきている、心から湧き上がるウキウキ感を隠し切れない慶次の横顔が垣間見えて。
ターゲットを確認した幸村は、天井の板をもう一枚、ふんっと気張って怪力で無理やり剥がし、自分1人余裕ですり抜けられる穴を作ってしまう。
空気が澱み、あまり衛生上は良ろしくないであろうその場所で、幸村は深呼吸すると、意を決した。足から滑り、シュタッと華麗に降り立った、ところまでは良かったのだか、途端、幸村はふらついてよろめいてしまった。そんな状態ながらも、幸村は声を張った。
「前田慶次殿っ、そなたの大事なもの頂戴いたすっ。」
「え?」
その背中に届いた声に振り返った慶次は、突然の来訪者に大きな目を丸くする。
一方の幸村は、着地した部分が、何か柔らかい場所のため、足元がもつれて敢え無くガクッと横に体制を崩していた。
「うわっ・・・。」
尻餅をついた幸村は、そのふわふわの場所に手を付きながらも、近くに気配を感じ、顔を上げる。すると、すぐ傍に慶次のニヤケ顔があって、しこたま驚いた幸村は、ひゃっと裏返った声を上げてしまった。そして、自分が座っている場所に二度驚く。それが派手すぎる、目がチカチカしそうなほどの、お世辞でも趣味が良いとはいえない真っ赤な布団の上だったからだ。
「あんた、かーわいいねえ。こういう新しい趣向?俺、そう言うの、大好きなんだよ。」
 転んだ拍子に無防備な状態だった幸村は、ガシッと馬鹿力で拘束するように二の腕を持たれて、酷く慌て始めた。
「ええええ?」
「何これ、大きなおっぱいだね〜、これは成長しすぎでしょ。」
 慶次の勢いに腰が抜けてしまった幸村は、赤ちゃんがはいはいする姿勢で逃げようとしたが、そのまま手首をぐいっと引かれて逆に慶次の胸の中へ吸いこまれ、しっかり収まってしまった。
「新人さん?顔も超好みだよ、これからあんたを指名しようかな。」
「・・・っ、ちょっちょっ待って下されっ。」
 突然の展開に全然ついていけない幸村は羽交い絞めされ、あっけなくけばけばしい布団にそのまま身体を反転させられ、押し倒されていた。天井も浮世絵のごとき立派な絵が描かれていて、幸村は再度目を瞬かせた。
「ドキドキしてんのかい?」
そして、いきなり着物の上から、円を描くように胸をぐいぐいと形が変わるほどまさぐられて、突然の行為に、息を飲んだ幸村は顔を真っ赤にして抗議する。
「わわわっ、破廉恥でござるっっ。」
「破廉恥って・・・そういうことする場所でしょ?ここ。」
 見下ろしてくる慶次は、至極当然のというふうに、真面目な顔で言い放つ。
「そういうこと・・・って・・・。」
「ここ、揚屋さんだよ。」
「あ、あげっ?えええええええっ。」
 やっと自分の置かれている立場を理解し、暴れて逃げようとする幸村を、上から圧し掛かって押さえつけ、しかも同時にしゅるしゅると器用に帯を取り、着物の合わせ目を肌襦袢ごとガバッと肌蹴てしまった。そこから飛び出しそうに大きな胸が二つ露になって、慶次は、ほうと見惚れてしまう。
「綺麗な胸だね、白くて、乳首なんて色素が薄くて桃色なんだ。」
「・・・はっ破廉恥で・・・み、みないでっ、くだっ・・・。」
 呼吸を荒げた幸村は、耳や首まで真っ赤になった顔を隠すように両手でぎゅっと覆う。
「どうして、こんなに綺麗なのに。」
 目の前で切なげにふるふると震える敏感な乳首に、生温かい息をふうっとこそばす感じで吹きかけられて、幸村はひいっと泣きそうに顔を歪めた。じたばたと激しく動いていた足が、蹴りになって背中にヒットする。けれど逆に剥き出しの両肩を布団にしっかりと縫い付けられて、絶体絶命状態になる。
「怯えてんの?可愛い、初心なんだ。」
 耳元で息を吹き込むように甘く囁かれて、じわじわと感じてきた幸村は、背筋をピクンと反らした。寒さからか怯えからか、コリコリと立ち上がってきた乳首をきつめに摘みながら、頬から首元に線を描くように、体温より数度高い熱い唇をねっとりと滑らす。
 そして、唇に唇を重ねようとして、幸村は反射的に顔を反らした。
「接吻は駄目なの?ここで働いてるのに、お堅いんだね。」
「・・・あんっ・・・。」
 代わりに鎖骨あたりに強く吸い付かれて、その鋭い刺激に、幸村は身を捩った。
「怖がらなくても大丈夫だよ。すぐ良くしてあげる。」
 いやらしい手つきで直にぐにぐにと両方の胸を揉まれて、幸村はただただ切なげに短く声を漏らすしかない。俺、上手いから。とニッコリ笑顔で言われても、幸村の怯えは、簡単には払拭出来るはずもなく。
「ここも、気持いいの?」
「ひああ・・・あっ。」
 強く乳首をジュルッと吸われて、とうとう幸村は、その可愛らしい喘ぎ声を反った喉から出していた。
「・・・助け・・・てっ。」
 もう駄目だ・・・と、幸村は目の端に涙を滲ませて、視線を泳がす。胸を揉まれ首に吸い付かれ、そんな甘辛い愛撫を受けながら、おぼろげな視界の中で、助けを求めるように自分の入ってきた天井を見遣るけれど、そこから救世主が来るはずも無く。
けれど、代わりに、スッと襖が空気を切った音がした。
「慶ちゃん、お待たせーっ・・・っ。」
 弾ませていた声が途中で不自然に止まり、顔を強張らせた女性の手から、紺色の巾着袋がすり抜けて、どさっと音を立てて足元に落とされる。
「え?」幸村と慶次は、ほぼ同時に入り口に目をやった。
「慶ちゃん、これはどういうことなの?」
 嵐の前の静けさか、低く静かに囁くように、入り口に立ち尽くす女性は声を発する。
 煌びやかな蒼の着物姿の女性は、幸村を組み敷いている慶次に対して眉毛を逆ハの字にして、怒りを徐々に表に出してくる。驚いた慶次がふっと力を緩め幸村の上から退き、女性に感心を向けている隙に、幸村は上体を起こすと、肌蹴ていた胸元を隠すように着物の合わせ目を直して、そっと移動し始めていた。
「ええっと・・・あの、これは・・・。」
 あははと、慶次は、空笑って誤魔化そうとして、大失敗している。
「私を指名しといてっ、何よ、その女っっ。」
 とうとう叫びだした女性は、キーっとヒステリックを起こし始め、そこらにあるものを慶次に向けて手当たり次第投げ始めた。
「え、ということは、あの子、本当の曲者なのか?」
「酷いいっっっ。」
 怒りの沸点を振り切った女性は憤りが納まらないのか、ドスドスと地鳴りのごとき足音を立てて慶次に向かってゆき、標的に辿り着くと両拳で叩き始めていた。
 そろりそろりと息を殺し存在を殺し入り口まで到達すると、幸村はその騒動に紛れて、部屋から脱兎のごとく勢いよく飛び出してゆく。
「ちょっとっっ。」
必死に呼び止める慶次の声が聞こえたけど、振り返るわけにもいかず、そのまま足は止まることなく全速力状態だった。
「キャッ。」「てめえ、危ねえだろっ。」「す、すみませぬっ。」
長い廊下で、女中らしき女性達に出会い頭に衝突しそうになって慌てて避けつつ、お客の男性に罵声を浴びせられながらも、幸村は脇目も振らず、入り口目指して駆ける。
―――早く早く、ここから出ないと・・・。
 弾丸のように、繁盛している店から裸足で飛び出してゆき。
「また、しくじってしまった・・・。」
 下唇をぐっと噛んだ幸村は涙を目のふちに溜めて今にも泣きそうになりながらも、行き交う人々に紛れつつ、足を止めることなく前だけを見て走り続けた。
「いっ・・・!?。」
 いきなり前触れなく人混みの中から行く手を阻むように、にゅっと手が出てきたことで、幸村は急ブレーキをかけて、つんのめりながらも足を止めた。
「っっ。」
追ってきた慶次にとうとう捕まったと思い、両目をきゅっと瞑った幸村は、涙をポロリと零れされた。丸めた身をビクッと大げさに震えさせ、そして、即座に身を翻して逃げようとして、今度は捻り上げるように手首を掴まれる。
「あんた・・・っ、何やってんだよっ。」
「え・・・。」
怒鳴ったそれは、慶次とは明らかに違う声、でも、その聞き慣れた声に、ハッと顔を上げた。
「ま、政宗殿っっ。」
 そこには何故だか苦虫を噛んだかのごとき、おおっぴらに不機嫌顔の政宗が、じっと幸村を見下ろしていたのだ。そして、人が多く行き交う街頭で、名前を大声で呼んでしまった幸村の口を、肉厚の手の窪みで呼吸ごと乱暴に塞ぐ。
大きな笠を被って顔を隠しているところを見て、政宗が身分を隠してお忍びでここにやってきていることを、やっと幸村は理解する。
「お前、我が主の名を、慣れ慣れしく口に・・・。」
 間髪入れず、隣にいた大男=小十郎が噛み付くように口を挟んできた。普段から幸村からは頭一つ分以上大きい彼だったが、女になっている今では、体格差が有りすぎて、見上げる状態で、その全身から滲み出る凄みも増している。
「良いんだ、小十郎・・・こいつは特別。」
横の小十郎へたしなめるように告げながら、次に観察する様子で、着物の合わせ目をしきりに手で押さえている、そのあまりに尋常じゃない幸村の格好を足先から頭まで一通りじろじろ見て、また不機嫌の色を一段と濃くする。
「来い。」怒りがふつふつと沸いてきているのか、低く、唸るように一言。
「え?」
「いいから、ついて来いってっ。」
 今しがた乱暴に合いましたと物語っている様な幸村の着物の乱し具合に、自分の着ていた蒼い上着を強引に頭から被せて、有無を言わさずそのまま肩を抱いて連行してゆく。
 傍らにいて、その成り行きを無言で見ていた小十郎は、ふうとため息をつく。
(いきなり京に行くと言い出したのは、こういう事だったのか・・・。)
 また問題が増えるばかり・・・。眉間に寄った皴を伸ばすように長めの指を額にやった小十郎は、心密かに頭を抱えていた。
 そして、政宗の腕の中ですっぽり隠れる少女を見遣り、小十郎は、はて、と首を傾げた。
(どこかで、見たことがあるような・・・。)
 気のせいかと小十郎は思い直したが、どうしても、心のざわめきだけは取れないままだった。


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