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小説
絶望の、その遠くへ。
「政宗、政宗はいるかっ。」
 ドアを蹴り破りそうな勢いで、鬼のような形相の元親が激しい音を立てながら騒がしく入ってくる。きつく握り締められた右手の内には、白いカードが原型を留めずぐしゃぐしゃに存在していて。
「おいおい、朝っぱらから、なんだよ。」
 そんな剣幕の元親にも動ぜず、オフィスの自分の机で、某コーヒーショップのコーヒー片手に経済新聞を広げていた政宗は、眼鏡を外しながら溜息混じりに呆れた声を漏らす。
 政宗の眼前、パンッと勢いよく机に投げつけられた無残にも折れ曲がったそれは、婚約披露パーティとパソコンの字で書かれているのが辛うじて読める。
「何だよ、これ。」
 両手を机に置き政宗に詰め寄った元親は、低く内臓の底から絞り出すような声で、彼に問いかける。
「ああ、俺、結婚する事になったんだ。」
 まるで、「ああ、今日食べる昼ごはんのメニューはカレーなんだ」くらいの軽い調子で、平然と言ってのける政宗に、元親の怒りはマックスを振り切りそうになって、歯をギリリと不協和音が出るほど噛み締めた。
「・・・お前っ・・・真田は・・・っっ。」
 歯の間から零れ落ちたその名前を聞いた瞬間、政宗はどこか痛そうに顔を顰めたが、サッと平常の表情に戻る。そして、新聞を捲りながら元親の方を見ようともせず、淡々と告げる。
「真田って・・・ああ、あの玩具メーカーのあいつね・・・、お前のほうが良く知ってる相手だろうが。」
 お前、玩具担当バイヤーだろ、俺、婦人服だし、と文字の羅列に目を流しながら、投げやりに言い放った。
「てんめえっ、しらばっくれてんじゃねえぞ、おらっ。」
 あまりに歯がゆすぎて、新聞紙を奪い取りくしゃくしゃに丸め足元に投げつけると、間髪いれず、元親は政宗のYシャツの襟元を掴み上げ、ドスをきかせて唸った。朝っぱらからの元親の、取り付く島も無いあまりの剣幕に、朝の忙しさで雑然としていた周りが、水を打ったようにシンと静まり返っている。机を拭いていた女性社員は、怯えを隠せず、一歩引いて成り行きを見守っている。
「・・・ちょっと、面貸せ。」
 そんな周りの状況に気づいた当の本人、騒動のど真ん中にいた元親はしょうがなくという様子で、政宗から手を離し解放すると、顎をくいっとしゃくって部屋から出るように促した。

 社員の憩いの場であるはずの休憩所は、今、異様な雰囲気に包まれていた。でかい図体をした2人が、緊張感を伴って無言で睨み合っている。
 まず口火を切ったのは元親だった。
 回りくどいのは性分なのか駄目で、ストレートに直球勝負で言葉を投げる。
「結婚ってなんなんだよ。いきなり、あの女と・・・。」
「いきなりじゃねえ、前々から話は出てたんだよ。」
 後頭部の髪の毛を神経質にくしゃくしゃにしながら、政宗はめんどくさげに声を発する。
実際断っていたが、話はもう何年も前から事あるごとに社長から出ていたのだ。
「真田はいいのかよ、あいつは、あいつはお前のこと・・・っ。」
 辛そうに声に出した元親の言葉へと畳み掛けるように、長めの前髪をかき上げた政宗は憤りを露にする。
「あいつ、俺が入院している間、全然見舞いにも来なかったどころか、何度メールしても電話しても、返事がねえんだよ。」
「・・・何、だって。」
「俺の何が嫌になったか知らねえが、あいつは、俺を、避けてるんだよっ。」
「それは・・・。」
 ハッとした元親は、そこまで聞いて脳で咀嚼して、幸村の行動をやっと理解した。 
(真田・・・お前ってやつは・・・。)
 下唇をキュッと噛んだ元親は、心が苛まれるのか、ツキンと胸を走った痛みを堪えるように、眉間にしわを寄せ、スーツの胸元を掴んだ。
―――俺、おかげで、やっと、決心、つきました。
 あの苦しげな声と、なんとも言えない儚げな微笑が脳裏を過ぎる。
「俺だって、ずっと会いたくてたまらなくて、あいつを待ってたのに、とうとう来なかった・・・。俺なんて、幸村にとってそれだけの人間だったってことだよ。」
 暗い目をした政宗は自嘲気味に鼻で笑う。 
(身を引いて、自分が政宗の中で悪者になって・・・憎まれて、嫌われて、これで良いって言うのか。それで・・・。)
「それで、あいつと、結婚かよ。」
 幸村の声、表情、言葉を鮮明に思い出しながら、元親の心は遣る瀬無い気持で満杯になる。
(あの美人と結婚して社長になって金持ちになって、これで、政宗に幸せになって欲しい・・・そう願っているのか・・・。)
「もう、俺は、幸村を忘れたいんだ。辛えんだよ・・・。」
 情けない顔を見せたくないのか両手で覆い隠した政宗は、沈みきった声を出す。
(ここで、俺が全て見なかったことにして黙っているのが・・・真田の本当の望みかもしれねえ。でも、こんなんじゃ、駄目だ。誰かが幸せになるために、誰かが犠牲になるなんて・・・俺は、許せねえよ。)
「俺がこんなに好きでも、あいつは俺のことなんてこれっぽっちも好きじゃねえ。それなのに、このままじゃ俺はずっとずっと一生あいつを忘れられない・・・こんなの不公平だろ?」
「忘れるために結婚かよ?それって、あの女を利用してるんじゃあねえのか?」
 腕組みをした仁王立ちの元親は、蔑んだ目で吐き捨てるように強い口調で言った。
「利用じゃねえよ。・・・怜子は俺が入院している間、ずっと付き添ってくれて・・・俺が眠っているときも、ずっと導くように強く手を握っていてくれて・・・それで、俺は、随分救われたんだ。だから、これからでも、怜子を好きになれそうな気がするから・・・。」
「手を、握って・・・?それって・・・。」
 自分の掌を見ながら元親は、あの、病室で幸村がずっと政宗の手を握っていた場面を思い出して、目をじんわりと限界まで見開く。
(記憶が・・・塗り替えられている・・・。)
 そんなと、表情を硬くした元親は、ガックリと肩を落とした。
(どこまで、お人よしなんだ、真田。) 
 幸村の心が痛い、痛すぎる。どこまで、政宗を好きなんだと、元親は思う。
(すまねえ、俺は、お前の意思を尊重してやれねえよ。)
 心で一心に詫びながら、一度目を閉じた元親は、意を決すと、強い凛とした表情で顔を上げた。
「ならあいつ・・・真田がどこに行ったのか、知らなくても、いいのかよ。」
「もう忘れるって決めたんだ。あんなやつは・・・今更、どこに行こうが、俺の知ったこっちゃねえよ。もう会うこともねえし・・・。たとえどっかで野たれ死んでいても、俺には関係ねえんだよっっ。」
「・・・こんの・・・っっ。」
 カッと沸騰したように心の中が怒りで大爆発して、瞬間、拳が火を噴いたように熱くなった。心より身体が先に動いて、政宗の頬を拳で殴っていたからだ。
「元親、てめえっ。」
 殴られた政宗はその重い衝撃から後ろにふらついて自動販売機に背中でもたれかかる。そして、跡になるほど腫れた頬を押さえながら、憤りを噴出した顔でキッと斜めに睨んでくる。
「ああ、痛えかよ。それよりなあ、もっともっと真田の心のほうが痛えに決まってるぜ。」
 もう止まらない元親は吼えるように一気に捲くし立てていた。
「お前、俺なんかよりすっげえ頭はいいのかも知れねえがな、大事なこと何にもわかっちゃいねえじゃねえかっ。真田はな、お前のためにっ、身を犠牲にしてるって、何で、何でっっわかんねえんだよっっっ。」
「何、だっ・・て・・・。」
「音信不通にしたのも、自分と一緒にいるよりも、お前があの社長令嬢と結婚した方が幸せになるって考えて身を引いたんだろうがっっ。お前が傷だらけで倒れたとき、手術室の前で、あいつはお前が死んだら生きていけないって泣きながら俺に言ってたんだぞっ。ずっとずっと寝ているお前を、飯もろくに食わずにつきっきりで看病していたのは、本当は誰だったのか、お前の手を握ってたのは本当は誰だったのか、そんなことも分かんねえ頭でっかちはお前じゃねえかよっ。」
「なら何で、何で・・・もう顔さえも、見せてくれねえんだよ・・・っ。どこにも、いないんだよ・・・っっ。会社にも、家にも・・・・っっ。」
 切なげに顔を歪ませた政宗は、自らの両手をきつく握り締めて訴える。
 そうあれから幸村のアパートに行っても、そこは最初から誰もいなかったかのように蛻の殻で。そして時期を同じくして、仕事の方も、別の人間が引き継ぎ、担当者としてやってきているのだ。
「え・・・お、お前・・・。」
 その驚きが大きすぎて、元親は、目を極限まで開けて、呆然と呟くように言った。
「お前、・・・あいつがいなくなるって、知らなかったのか?」
「なん、だって・・・。」
元親は、幸村がいなくなったことじゃなくて、幸村がいなくなった事実を政宗が知らなかったことに対して、こんなにも驚いているのだ。


―――あの屋上へ呼び出してまであいつが伝えたかった話というのは、それだったんだよ。


―――あいつ、前に仕事で大失敗をした代償に、ここからずっと遠くへ転勤になったんだ。

 元親の声が、どこか遠くから聞こえている気がした。

ここではない、どこか遠くで。

 
 


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