[携帯モード] [URL送信]

小説
その1
大空から、桜の花弁のごとく、ふわりと落ちてきた。
それをこの両手でしっかりと受け止めて。
もう、一生離したくないと、思った。
自分の手で、幸せにしたいと、願ったのに。



★★★
「待て待てーっ。」
 どっぷりと日が落ちて、悠然と聳え立つ城の周りは漆黒の闇夜が包んでいる。その全てを塗りつぶす闇に紛れて計画を遂行したというのに。
 口々に「待て。」と躍起になって追っかけてくる彼らは叫ぶけれど、それで待つような輩がいるはずもなく、ますます足は前へ前へと急かされる。城には上手く忍び込めたのに、忍び込んだ場所が悪かったと幸村は自らの失態に舌打つ。そこは足軽たちの部屋だったのだ。彼らが寝ようかと布団に入る時分、その部屋のど真ん中に天井からすとんと降り立ってしまった。 
 いったんの退却を決め、十数名の追っ手を後ろに従えて、城壁の外へ目指し逃げている。
 ひらりと華麗に舞って、人二人分くらいの高さの、石で出来た塀の上へ一回で飛び乗る。それに併走するように、しぶとく彼らは諦めず追いかけてくる。
「待てー。この盗人めーっ。」
体力には自信がある方なのに、今の身体は充電切れのごとく、自分の言う事を聞いてくれない。はあはあと肩で荒く息をしながら、幅20センチもない塀の上をひた走る。
「一体この城のどこにあるのだ、あれは・・・。」
 途方にくれた声を吐き出して、額に噴出す汗を拳で拭う。
もう埒が明かないと、振り切るように、幸村は身軽さを利用して塀から再び城内へと飛び降りる。
目を疑うは、着地する予定の場所に、さっと現れた人影。
「う、うわあああ。」
 それに気づいた幸村は、宙を手足でかいてもがくけれど、そのまま抵抗空しく、重力にしたがって落ちてゆく。
「ん?」
 前触れもなく、しかも有りえもしない方向から降ってきた叫び声に、人影はやっと気づいたのだが、幸村の動きとは真逆にゆっくりとした速度で、ぬらりくらりと上を向いた。
幸村は身を最小限に縮ませて、目を瞑って衝撃を待った。
「げっ。」
 真ん丸の月をバックに、こちらに迫ってくる黒い物体。
目を引ん剥いた彼が横に避けようとしても遅かった。上からの来訪者、もうそれはすぐ近くにある。
 ズンッという鈍く重い音を立てて、彼は降ってきた人間を抱えたまま、一緒になって芝生の上に寝転んでしまった。
「・・・いってえな。」
「す、すみませぬっ・・・あ、まっ・・・。」
 幸村は思わず彼の名を呼びそうになって、慌てて自らの口へ蓋をするように両手で塞ぐ。闇に順応した目を凝らし、やっと自分が抱きついている相手を識別して飛び上がるほど驚いた。そこには見知った相手、だけでは無い間柄の、この長谷堂城の主がいたからだ。
「・・・重いし・・・。」
 上から全体重をかけて圧し掛かられたまま、肺を圧迫した状況で彼は低く呻く。
「って・・・。」
 政宗は両手いっぱいで受け止めたものを見咎めて、驚愕から目を見開いた。頭を頭巾ですっぽりと覆い、身体はでかい黒マントでくるまれている、聞いた100人中100人が口を揃えて怪しいと言いそうな姿。ギクッと幸村は身体を強張らせ、見た目よりも強靭な腕の中から逃げようと、じたばた四肢を無作為に振り回し暴れる。その拳が見事に政宗の頬にクリーンヒットして。
「っ痛、暴れんなっ、貴様、まさか・・・世間を騒がせている泥棒・・・。」
「・・・ち、違いまするっ。」
ブンブンと幸村は、首がもげるほどの勢いで横に振って、うろたえ気味に否定する。
「おら、じっとしてろってっ。」
 幸村が身を左右に捩った瞬間、不意に、むにっと手に触れた柔らかい大福に似た感触。
「は?」
 長い睫毛を数回瞬かせた政宗は、幸村の前部分に両手を回すと、大きな胸をむんずと鷲掴みにし、むにゅむにゅと数回揉み上げた。
「お、女あ?」「・・・はっ、破廉恥いッ・・・。」
 息を飲み込んだ幸村は頬を染めてますます身を捩るけれど、ますます彼の手が胸に食い込むことになる。
「へえ・・・有名な泥棒は女だったんだ。早速、顔を拝ませてもらうぜっと。」
 政宗がしたり顔で、フードの裾を持つと勢いつけて、目の前にある邪魔ッ気な、正体を隠す頭巾を思い切り剥いだ。
 そこにあったのは・・・。
 彼は、あまりの驚きから呆然と言葉を一瞬失って、そして、何とか声を喉から絞り出す。
「・・・あ、あんた・・・。」
―――こいつを、俺は・・・知ってる・・・。けど・・・この姿・・・。
 乾いた唇を舌で湿らせた政宗だったが、そう思案を巡らせている間も無く、辺りがざわざわと騒がしくなった。
「どこに行った・・・。」「こっちか。」「そこか。」
数人の声とともに、砂利を踏む沢山の足音。もたついている間に追っ手が追いついてきたらしい。
「・・・ッツ。」
 追われている張本人の幸村は顔を強張らせて、その場から逃げようとする、けれど。
「しっ、黙れっ・・・。」
んーんーと、次の瞬間、幸村は掌の奥で叫び声を上げていた。何を思ったか、息を殺した政宗は、幸村の口を大きな右手で塞ぐと、幸村を抱きしめたままの状態で、何故だか一緒になって庭園の木々の茂みに身を紛れさせたのだ。その予期せぬ行動に、幸村の心の中はハテナマークでいっぱいになる。
「・・・なんで、自分の城で、俺はこそこそしなくちゃならねえんだよ・・・。」
 幸村が見た間近にいる彼は、そうぶつくさ文句を零しながらも、顔は結構楽しんいでる表情をしていたのも、なんとも不思議だったのだ。


 ★★★
 耳だけを頼りに鼓膜を集中させ、追っ手の一陣がその場から去って行ったのを確認すると、息つく暇なく幸村は米俵のように肩に抱え込まれ、連れてこられたこの場所は、長谷堂城の天辺あたりにある、城主の部屋。20畳以上はありそうな広い部屋に入れられて、幸村は頭を畳に擦り付けるほど下げて告げる。
「か、堪忍下されっ。これには深い事情が・・・。」
「深い事情なんざ知ったこっちゃねえよ。俺の城を荒らした仕置きはさせてもらうからな。怪盗さんよ・・・。」
 煙管を慣れた手付きで吹かしながら、政宗は至極楽しげに幸村の様子を見遣る。
 幸村はだだっ広い部屋の隅っこで、存在自体を消したいのか息を殺して、正座をしている。マントを脱がされた下は、布で隠した部分の面積が圧倒的に少ない現代の水着のような、身体のラインがぴったり出ているレオタードのごとき服装で。大きく膨らんだ胸も半分くらいを辛うじて隠してあるくらいだ。品定めをするような政宗の不躾な視線を感じ、幸村は顔を真っ赤にして、両手で胸の部分を隠している。
「だから、こっち来いって。」
 政宗は幸村の細く手折れそうな手首を引いて、自分の座る定位置まで無理やり連れてくる。政宗の目線は、はちきれんばかりの胸の谷間にあって。
「って、いうか、あんた、マントの下は、すげえ格好してんのな?誘ってんの??」
 ひゅうと軽く口笛を吹いて、からかい口調の政宗は、その良い声で耳元に囁いた。
「こ、これは、さっ・・・いや部下のものが、やるならとことん形から入らねばと。」
「あんた、破廉恥だとは思わなかったわけ?」 
 おもいっきり剥き出している細い腰に手を添えられ、その政宗の体温の低さと、いきなり触れられた事で、肌を粟立たせた幸村は、ヒッと声を漏らし背中をしゃきっとさせる。
「某も、破廉恥きわまりないと思いまするが・・・これも・・・おやか・・・もとい、わが主の病気を治すためでありっ。」
「ふーん、やっぱりそれが理由なわけね。じゃないとあんたがそこまでするわけねえか・・・あんた、おっさん命だもんな・・・。」
 煙管の灰を灰吹きのふちで軽くコンコンと叩き落としつつ、数々の思い当たる節を脳裏に浮かべながら、嫌そうに目を細めた。
「で、あんたは何を狙って城荒らしをしてんだよ。前は北条、次が、確か・・・上杉・・・。」
 政宗の言葉に畳み掛けるように、幸村は必死の形相で叫んだ。
「それは某、口が裂けても言えませぬ!名高い武将の元にあるというそれを・・・某は・・・探しているだけでござる・・・。」
 幸村は畳の節目を数えるように目を伏せると、先ほどの威勢の良さとは打って変わって語尾をしぼませた。
「なんでこの俺が三番目なのかが胸糞悪いが・・・。それはここにあったわけ?あんたの大事なおっさんの病を治せるものは・・・。」
 眉間にしわを寄せた政宗は、煙管を咥え直すと、胡坐をかいて立てた膝に腕をついた。
「さ、探そうと思ったのですが・・・、屋根裏から降り立った場所が・・・足軽たちの休憩所だったので・・・。」
 うううう、と泣きそうに顔を崩した幸村は、自分の失態に下唇を噛んだ。
「で、あのざまか・・・あんたらしいちゃあらしいけど。もっとちゃんと下調べして来いよ。今度からは、一番にここを目指して来いよ。そのお宝とやらも、もしかしたらこの部屋にあるかもだろ?」
 くくっと政宗は喉の奥で笑いながら、まだ俯いたままの幸村の、高潮した頬をスルッと撫でた。その頬は肌理がある肌で柔らかくて、もっともっと触っていたくなる。
「またいずれ奥州には参上仕る。それでは、某は次に参りまする上、では・・・。」
 そんな政宗の甘さを含んだ仕草に、体温を少しだけ上げた幸村は、振り払うようにすっくと立ち上がり、一礼して出てゆこうとするけれど。
「おっと、待ちな。」
 腰を上げた政宗は幸村の行く手を阻むように、腕を伸ばして通せんぼをする。
「あんたをこのまま、はいそうですか、と、次の武将のところへ行かせるわけねえだろ。・・・そんなあんた曰く破廉恥な格好のあんたをな・・・。」
 ゴホゴホとわざとらしく政宗は咳払いをして、言葉尻を濁らせる。
「え・・・。」
 そして、不意打ちで腕の中にきゅっと抱き入れられて、幸村の鼓動がまたもやドクンと跳ね上がった。
「は、離してくだされ・・・。」
「嫌だと、あんたをこのままここから、奥州から出さないと言ったら、どうする?」
 政宗の声のトーンが下がる。比例して、拘束する腕の力もじわじわと強くなる。
「離して下されっ。でないと・・・。」
 キッと睨んだ幸村は、短剣を鞘から抜いて政宗の鼻先に突きつけた。鈍く光る切っ先を間近に、されど、息が触れ合うほどすぐ近くにある政宗は動じる事無く、逆に薄く微笑んだ。
「今のあんたじゃ、俺には勝てねえよ。」
「・・・え。」
短剣を構える幸村の手首を持って、政宗は幸村と視線を合わせる。
「女のあんたじゃ無理だ。」
「何ゆえ・・・。」
 ボボンッ。
耳元で突如破裂した爆発音と同時に、たちまち充満した白煙が視界を遮る。
「・・・・ッ。」
 煙と同時に辺りを漂う刺激臭のせいからか、目がしばしばして開けられない。靄の中で、何かが蠢いて、視界が晴れたときには、忽然と幸村の姿が消えていた。
 いつも通りに戻った自分の部屋で。
「・・・猿め・・・。」
 眉根を顰めた政宗は、吐き捨てるように、天井に呟いた。


[次へ#]

1/22ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!