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小説
向日葵のような笑顔で。
 政宗は告げた通り、次の日の朝、日が昇る前に出発していた。
それから、1ヶ月が過ぎて、2ヶ月が過ぎて。
季節が変わっても、自らの城に、彼は戻ってこなかった。

 そして一方の幸村は魂が抜けたようにぼんやりすることが多くなった。鍛錬のとき以外は、物思いにふけっていて、その変化に気配り人間の小十郎が気づかないわけも無く、心配した彼は、色々策を投じていた。仕事の手が空いたときには、イノシシ狩りに誘ってみたり、街に連れて行ったりしたのだが、日増しに悪化していくように見て取れる。
今日も縁側に座り、空の雲を目で追っている幸村。
 そんな幸村を盗み見て、畑仕事をしていた小十郎は、顔に流れる汗を拭きつつ、ふうとため息をつく。
 そっと近づいてきた小十郎に気づいた幸村は顔を破顔させ、春の日向のような笑顔で笑いかけてくる。
「本当に、良い天気でござる・・・。もう、春が近づいているようで・・・。」
「真田、ほら、ふきのとうを見つけた。これをテンプラにして食うか?」
「美味しそうでござるなあ。」
 小十郎が差し出した籠には、春らしい黄緑と白のコントラスト、ふきのとうがごろごろ。それを見て幸村は、顔をほころばせ、可愛いフォルムをしたそれを指で突付く。
「片倉どののテンプラは絶品でござるから、楽しみでござる。」
「そうか・・・じゃ、さっそく用意するからな。」
 くしゃくしゃと幸村の頭を不器用な手つきで撫でる。
 そんな笑い合う2人に近づいてくる、雑な足音。
 穏やかな昼下がりを壊す、叫び声。
「大変だっ!!大変ですっ、小十郎様あっっ!!」
 条件反射でそちらに向くと、そこには、はあはあと息を切らし駆け寄ってきた足軽がいた。
「どうしたのだ?」
「小十郎様、大変です・・・。筆頭がっ、筆頭がぁ・・・。」
 庭に入ってきた途端、その者は小十郎の足元に泣き崩れた。
 それと同時に、幸村の持っていた籠が傾き、ぱらぱらとふきのとうが足元に転がる。
「政宗様が、どうしたと?」 
 息を呑んだ小十郎が厳しい顔で、走ってきた部下の両肩を持ち前後に振りながら、問い質す。
「筆頭が豊臣との戦いの最中、敵の一撃を受け、瀕死の状態で・・・、今は、京の寺で潜んでいるとのこと・・・。」
「・・・そんなまさか、政宗様・・・。」
 そこまで言うと、小十郎は青白い顔で絶句した。
 2人のやり取りを見ていた幸村は、ただただ、小十郎の後ろで声も出せずに立ち尽くしていた。
 ワンワンと、耳障りな耳鳴りが脳内で反響する。
―――会うと、約束したでは、無いか?
 血圧が一気に下がったのか、酷い眩暈がしてきて、立っているだけで辛くなる。
―――生きて、会うと・・・それなのに、それなのに・・・何故っ。
 俯いた幸村は、何かを堪えるように、下唇を噛み締めた。
「皆に伝えろ、今すぐ戦の準備、政宗様の元へ経つ。」
 小十郎の声、皆の声が遠くに聞こえる。自分だけ別世界に飛ばされたかのように。
「真田っ、しっかりしろっ。」
「・・・・・・。」
 ぐっと両肩を持たれた幸村は、その痛みでハッと我に帰る。
「真田、先に、行ってやってくれ。政宗様の傍に・・・。」
「え。」
 早口で言った小十郎の言葉の真意が分からず、幸村は目を見開くが、すでに小十郎は足軽に指示を始めていた。
「おい、誰か、馬の用意をッ」
「はっ。」短い返事をして、部下の1人が奥に下がってゆく。
「政宗様の気持ち、おめえの気持ち、全部、知ってるから。」
 ガタガタと大きく震える幸村の肩を、正気を正すようにしっかと持ち、一言一言噛み締めるように小十郎は伝える。
「片倉殿・・・何を言ってるので。」
目を逸らし、笑って誤魔化そうとするけれど、小十郎の真剣な顔がそれを拒む。
「前に意識を失っていたお前がずっとうわ言で、政宗様の名前を呼んでいたのを聞いたんだ。」
「・・・え・・・。」
「ああ、お前は、本当は政宗様を好きなんだって、その時、気づいていた。」
 過去に思いを馳せるように小十郎はどこか遠くを見ていたが、少し自嘲気味に笑った。
「もっと、早くこうしてやれば良かったんだ。でも、俺も、このまま、お前が政宗様を忘れてくれる事を、心のどこかで願っていたんだろうよ。」
「片倉殿・・・。」
「早く、政宗様が待ってらっしゃる。」
 言い聞かせるように、もう一度、幸村の肩を強く掴んだ。
「某は・・・。」幸村の語尾に畳み掛けるように、小十郎の大きな声が響く。
「お前の居場所は俺のところじゃねえ、本当の居場所に行くんだよ。」
「某、片倉殿も、大切でござる・・・だからっ、だから・・・某・・・。」 
 涙で、前が滲んで見えない。喉も、熱い何かで塞がれていて声が出なくて、言葉は切れ切れで。それでも、小十郎は幸村の想いの全てを汲み取ってくれる。
「知ってるさ。だから、俺のために残ってくれたんだろ。でも、もうそれだけで十分だから。俺はお前が幸せなら、それでいい。」
 小十郎は大きな掌で、いつものくせなのか、幸村の頭を子供にするように撫ぜた。それは最大級の、彼らしい愛情表現だった。 
「ほら、お前が馬でかければ、なんとか間に合うはず。」
「真田殿・・・時間がありませぬ。こちらに・・・。」
 馬を引いてきた足軽の1人に二の腕を取られながら、それでも小十郎を振り返る。
「・・・ありがとうございまする・・・。」
 足軽に手伝われながら馬に跨った幸村は、溢れ出る涙を鼻水と一緒にずずっと吸い込んだ。
「ちゃんと、素直に言うんだぞ。」
「はいっ・・・。」
 そう強く頷いた幸村の顔は、久しぶりに見た、夏の太陽みたいな満開の笑顔で。
 やはりそれが彼には似合うと、小十郎は眩しげに目を細め、思った。


あっという間に米粒ほどに小さくなってゆく馬を、ずっと見つめ続ける小十郎に、いつの間にか横に来ていた部下は、小十郎と同じく前を向いた姿勢でそっと声をかける。 
「小十郎様、これで・・・良かったので?」
「ああ、これで、良かったんだ。」
「ホント、カッコいい御方です、小十郎様は・・・。」
「馬鹿言うな。おら、仕事が残ってるぞ。」
 そんなのんびりした2人の会話など、馬を必死に走らせている幸村の耳には、勿論届かなかった。そして、真実など、知る由も無く。


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