[携帯モード] [URL送信]

小説
さよならはいつも傍に。
 渡り廊下はすぐ横が中庭ということもあり、吹き曝し状態で、おまけに足元からはしんしんと凍えるような寒さが昇ってきて、否が応でもそれが素足越しに伝わってくる。不感症なのか、ただ我慢強いだけなのか、そんな過酷な状態の中、幸村は考え込みじっと立ち尽くしている。
小十郎の部屋の前に来て、早数分が経った。
その伽の行為=幸村の呪いを解く儀式のために、風呂に入って身支度を整えて、その間もこの選択で良かったのだと自らに言い聞かせていたのに、それでも、まだ躊躇っている自分がいるのが分かる。
 けれど、もう決めたこと。何を迷う事があるのだ。
女々しい自分を捨てよう、自分を奮い立たせようと、ぐっと拳を握った幸村は、意を決し、息を肺まで吸い込んで、そして。
「失礼します。」
 部屋の中までよく通る声を、一つかける。やはり気が動転していたのか返事を待つ前に襖を開けてしまい、お辞儀をした姿勢のまま上目遣いで目線だけを上げると、そこには想定外の人がいて、程なく中途半端な姿勢で固まってしまった。
「えっ・・・。」
 2人の声が、見事綺麗にハモった。
「ゆ、幸村。」
「ま、政宗殿。」
 小十郎の部屋中央、几帳面に敷かれた一式の布団。その中央に鎮座し、慣れた仕草でキセルを咥え振り返ったのは、この部屋の主かのようにリラックスした状態の政宗だったから。
「なんで、あんたが来るんだよ。」
「それは某の台詞ぞっ。な、な、何故政宗殿が、片倉殿の部屋に。某は片倉殿と大事な用が・・・。」
 大事な用の下りで、1人体温を上げてしまい、うかつにも声が裏返った。  
「俺も、あいつに呼ばれて・・・これはもしや、あいつが仕組んだな。」
―――幸村と話をつけろってことか。
 いつもと様子が違う幸村にはとんと気づいていない政宗は、それよりも、長年傍にいるためか小十郎の意図したことが容易に想像ついてしまい、ボソリ投げやりに呟く。そして、いない小十郎に対し、気恥ずかしげにポリポリと頭をかいた。
「・・・え、仕組む?」
 まだ状況判断出来ず戸惑っている幸村は、戸口に立ち往生していた。
「俺、あんたに言いたいことがあったんだよ。ほら、そんなとこつったってねえで入れよ。風が入ってきてさみいだろ。」
 まだ襖を全開で開けっぱなし、廊下の外で立ちっぱなし、の状態の幸村に近づくと、手首を掴んで、ぐいぐい少し乱暴な力加減で引っ張る。 
「某、よ、用事を思い出したでござる・・・っ。」
 いきなり政宗に触れられて、それだけで息を詰まらせた幸村は、間近にある彼の顔を見ようともせず、持たれた手を払い退けると、踵を返して出てゆこうとする。
「ちょっと待て。・・・お願いだから、これだけは、聞いてくれって。」
 語尾に必死さを滲ませた政宗は、幸村の肩に手を置くと、ぐっと自分の方へ引き寄せた。少しよろめいた幸村の背中が、トンと政宗の胸元に当たった。
「こんなの、はっきり言って、都合が良過ぎるって、分かってる。あんたを失いそうになって、あんたを他の男にとられそうになって初めて、自分の気持ちに気づくなんて。」
「・・・ま、政宗、どのっ・・・」
 いつもと違う雰囲気を醸し出す政宗に、それ以上、何故だか聞くのが怖くなった。幸村はうろたえるように声を震わせる。
「駄目でござる・・・それ以上は・・・某・・・っ。」
 もう一言も耳に入れぬよう、目をしっかりと閉じた幸村は次いで両耳を塞いだ。その拒絶の仕草を制するように、政宗の手が伸びて、そして幸村の両手をぎゅっと上から包み込んで握ったまま、耳元に直接その美声で囁いた。
「俺、あんたのこと。」
「言っては、駄目でござるっ。」
「無理だ、だって、あんたのこと誰よりも、命と引き換えにしてもいいくらい。」
「・・・っ。」
 どんなに塞ごうとしても、政宗の声は届いてきてしまう。どんな雑音が邪魔しても、全てを掻い潜って、深い深い胸の底にまで、声が染み渡ってくる。
「好きだから、幸村。大好きなんだよ、あんたのこと。」
 募る思いが爆発しそうになって、ぎゅっと、後ろから羽交い絞めするように抱きしめた。冷え切った体に、政宗の体温がどんどん滑り込んでくる。それだけで、幸村は心臓が破裂しそうな速さまで鼓動を速める。
「・・・だって、政宗殿は・・・好きな女性がいるのでは・・・。」
 もう、息も絶え絶えだった。政宗に抱きつかれた姿勢のまま、幸村は途切れ途切れに声を押し出す。
「さちよりも、あんたのことが好きだって気づいた。今、誰よりもって言っただろ。」
 政宗の幸村を抱きしめる力は、どんどん強くなってゆく。それは想いと比例してゆくようだ。
「でも、あんたが、さちだった、なんてな。」
「え・・・・。」
「あんた、だったんだろ、幸村。」
「ど、どうして、それを・・・っ。」
 その事実に、頭が真っ白になった。
 一番知られたくない人に、自分の秘密を知られた事実に。
 唇がわなわなと小刻みに震える。
「これに、全部書いてあった。信玄公からの文はあんたが持ってきたものと、そしてこれ、あんたも知らないところで、奥州に寄越されたものがあったんだよ。云わば、こちらが本当に信玄公の伝えたかったことが書いてあるもののようだな。」
 政宗が幸村の眼前に出した文は、確かに見たことの無いもの。目を零れんばかりに見開いた幸村は、瞼を数回瞬かせる。鼻先にあるそれを両手で受け取りながらも、幸村は半信半疑なのか、中を開けようとせず、じいっと文の外側を食い入るように見つめた。 
「内容は、あんたの行く末を心配した信玄公が・・・俺に、あんたを・・・。」
 政宗はそこで語尾を濁した。そして、首を横に数度緩やかに振ると、顔を上げて強い口調ではっきりと幸村に告げた。
「でも俺は、こんなの関係無くって、俺の意志であんたとずっと一緒にいたいんだ。幸村が何者でも、男でも女でも、あんた自身が好きなんだよ。」
「・・・・・・。」
「そして、あんたが俺を好きじゃなくても、それは変わらない。あんたが俺を選ばなくても、俺はずっと死ぬまで、あんただけを好きでいるから。」
 やっと振り向いた幸村に、政宗は辛そうに微笑んで、こう静かに告げる。
「あんたは、小十郎が好きなんだろ、幸村。」
「某は・・・。」
―――俺がもう何年も、ずっとずっと好きなのは、それは、それは1人だけだ・・・。
 涙が、溢れそうだった。喉にこみ上げた何かのせいで、狭い器官は熱くて痛辛い。声に出して、叫びたい衝動に駆られる。
『俺は、お前のことを、ずっとずっと大切に想ってるから。』
 思い出すのは、小十郎の優しい声、優しい眼差し、優しい仕草。
目を閉じれば、こんなにも鮮やかに甦ってくる。
自分が一番辛いときに支えてくれたのは誰だ。
自分だけが幸せになっても良いというのか。そうお館様に自分は教わってきたのか?
―――片倉殿・・・。
 溢れそうになっていた全ての想いを体内に飲み込むように堪えると、幸村は必死に笑い顔を作って、震える唇で応えていた。ガラガラと今にも壊れそうな心とは裏腹に、こんなときだけ、平然とした声が出てくるのが、自分でも不思議だった。
「ははっ・・・ばれておったので。・・・某は、片倉殿が好きでござる。だから、だから、申し訳ござらぬが、政宗殿を、好きにはなれないので・・・。今まで一度も、政宗殿のことは、好敵手以上には見たことござらんよ。」
今はっきりと、自分の口から零れ出ているのに、その声が、言葉が、自分のものではないような、不可思議な感覚。
「政宗殿には、某のような者ではなく、自分の身分に合った、綺麗なお姫様がお似合いでござるよ。政宗殿なら、すぐ、見つかるであろうし・・・。」
淡々と、饒舌に言葉が口から滑り出る。
言葉が口から生まれ出る度に、痛い痛いと心は血を滲ませながら訴えるのに、幸村はそれを微塵も表には出さなかった。政宗が全然気づかないほど、幸村らしくなく、器用に演じきったのだ。
「そっか・・・、そうだよな。」
温もりは、ゆっくりと、でも確実に離れてゆく。
それが離れ難くて、本当は抱きしめ返したかったのに、幸村は固まったまま微塵も動けない。
「それを聞いて安心した。あんたが好きなのが、小十郎でよかったよ。あんたも小十郎も俺にとってかけがえの無い大切なヤツだから。」
 振り返って目に映した政宗は、足元に視線を落としながらも、その辛そうな表情を隠そうと、口元だけで笑顔を作ろうとしていた。どんなときでも、カッコ良くて、憧れる彼だ。
「それに、ここから離れる前に、あんたに伝えられて良かった。」
「は、離れる・・・とは?」
「俺はしばらくこの城を離れる。西の方で今不穏な動きがあるらしいからな。小十郎は、この城を守ってもらうために、残していくから。あんたも、小十郎といてくれ・・・。」
「そ、そうでござったか。某も、非力ながら、片倉殿の手助けが出来るよう何とか勤めまする・・・。」
「サンキュ。」
 後ろ髪引かれていた政宗だったが、何とか振り切ったのか、顔を強張らせる幸村に、力無く微笑んでみせる。
「次に会うときには、前みたいに、ライバルとして、今度こそ決着を付けようぜ。そん時には、俺もあんたへの、気持ちの整理、つけとくからさ。」
「・・・政宗殿・・・。」
 握手、とばかりに、政宗は幸村の手を強引に絡め取って握った。
「政宗、殿・・・、どうか、どうか、体は壊さぬよう、お達者で・・・。」
 語尾が涙声に震えた。最後の最後で失敗してしまった。
やはり自分は役者には向かぬなと、心の中で自嘲気味に思う。
「幸村、あんたもな。」
 ぐっと最後にもう一度だけ強く握って、そして離れた手を、本当は、もう一度とりたかったのに。颯爽と身を翻し、長い廊下で小さくなってゆく背中をただ呆然と見つめながら、幸村は1人、密かに拳を握った。 
 

襖を閉じ、空間で独りきりになって、やっと嗚咽と共に涙が溢れてきた。足元から崩れ落ち、しゃがみこむと、お館様からの手紙を両手で縋り付くように、ぎゅっと抱きしめる。せき止められていた涙の大群は、ダムの崩壊みたいに、激しく流れ始める。しゃくりあげながら、激しく咳き込みながら、子供みたいにずっとずっと、わんわんと泣き続けていた。 

 一世一代の恋が、本当に終わった瞬間だった。
 初恋は、叶わぬ運命と佐助に幼い頃聞いたことがあった。
 それは誠のことであったのだ。
 もうこれ以上人を好きにならないだろうと思うくらい、大好きだったのに。

 大好き、だったのに。


[*前へ][次へ#]

2/5ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!