[携帯モード] [URL送信]

小説
冷たい風と、恋心と。(修正しました)
―――今夜も冷えるな。
おもむろに小十郎は、擦り合わせた体の末端である指先に、ふうと肺の底から息を吹きかける。すると、外部に出た瞬間、吐息は空気に溶け合うと同時に白く濁った。
それもそうだ。もうそろそろこの辺りにも雪が降り始める季節。自然の道理の通り、日が落ちると、辺りは厳しすぎる寒さに包まれる。宵闇の中、長く続く渡り廊下を足早に歩いていた小十郎は、ふと視線の先、庭園の中央で、夢遊病者のごとく、ぼんやりと立ち尽くす人影を見つけて目を側める。
―――真田?
着物一枚姿の薄着の幸村は、中庭で何をするでもなく、景色と同化するように、ただそこに存在していた。
 首を反らし、天を仰いでも、月も星も、頭上には何も輝いていないのに。まるで空は、自分の胸の中のごとく、先が見えないほどの靄に覆われているようだ。
「風邪、ひくぞ。」
 低く穏やかに囁かれたと同時に、体温を分け合うみたいにふわりと肩を抱かれて、考え込んでいた幸村は、数回瞬きを繰り返し、弾かれるように斜め上を見た。
「どうした、こんな薄着で。」
「片倉殿・・・。」
 目が克ちあって、少し照れた様子で口の中で、もごもごと名を呼ぶと、幸村は俯いてしまった。
「ただ、空を見ていただけで、ござる・・・。」
「そうか・・・。」
 幸村はほんの僅か、体を預けるように、その逞しい胸元にもたれかかった。
 小十郎はそんな幸村を、優しく目を細めただけで、後は何も言わず余計な詮索も無かった。此度の件で、心がぼろぼろに傷ついてしまったであろうと容易に窺い知れるから、そこにはあれから一切、小十郎は触れようとしなかった。
 何も言わず、たた抱き合った状態のまま、静かに時は過ぎていき。
「・・・片倉殿、某・・・決心したでござる・・・。」
 突然、幸村は、暗闇を見据え前を向いたまま、言葉を発した。
「某を・・・。」
 そして、包み込むように自らの肩に置かれた大きな手へ、上から手を添えて。
大袈裟な動きで振り返った幸村の、その吸い込まれそうなほど大きな両の瞳を、小十郎はじいっと見つめた。その奥の心まで見透かしそうな視線の強さに、少し怯みそうになったのだが、幸村は言葉を続ける。
「某を、抱いてくだされ。」
 酷く震える唇で、それだけを告げた。
「・・・分かった。」
 寒さのせいだけでは無いであろう、幸村の高潮した頬をゆっくり撫でると、そのまま覆いかぶさるように背を折って、顔を近づけた。
 ぐにっと押し付けられるだけの口づけ。
 弾力のある唇に、そしてそれは、頬に流れる。
 顔を紅く染め、それを素直に受けとめる幸村の顔を、記憶するかのごとく、しばらく目に映して。そして最後に、切なげに顔を崩し、静かに微笑んだ。
「俺は、お前のことを、ずっと大事に想っている。それは・・・ずっとずっと変わらないから。」
 声も、ひそひそ話のそれと同様、静かで穏やかで。
「いつまでも、それだけは忘れないでくれ・・・。」
「・・・片倉、殿?」
 その言葉の意図が分からなくて問おうとした瞬間、何もかもをさらいそうな、強風が吹いた。幸村の髪を乱し、心をざわざわと乱す。
「じゃあ、俺は用事を済ませて戻るから、先に俺の部屋で待っていてくれ。」
 小十郎は自ら着ていた上掛けを脱ぐと、自然な動きで幸村の肩にそれをかける。上着とともに包まれた小十郎の体温が気持ち良くて、上掛けの裾をぐっと握る。

小十郎の背を見送りながら、幸村は、心を決めていた。
 ―――このまま、片倉殿と生きてゆこう。


[次へ#]

1/5ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!