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猫は頭上で丸くなる
格が違う
「狼とも違う感じだなあ」
 その少年が不思議そうに、そして楽しそうに呟くのを聞きながら、わたくしは心を奮い立たせるのに必死でした。しばらくぎゅっと目をつむっていたのですが、思い切って顔を上げて少年を正面から見つめ、自慢の笑顔を作って見せました。
「ええ、ユージーンはわたくしの守護獣です」
「へー」
 少年の視線はユージーンに向けられたままで、わたくしのほうへ一瞬でも向けられることはありません。もちろん、その少年のそばに見える銀髪の美青年の視線も。
 お待ちになって!
 頑張って微笑んでいるのですから、少しくらいは、お愛想でもいいですからこちらに興味を向けてくださってもよろしいのでは!?
「守護獣ねえ。……で、君ってどこの国の人? これって、個人を守ってくれんの? 国を守るとかじゃなくて?」
 やっと、少年の視線がわたくしに向けられました。
 ああ、やっぱりわたくしには興味を持っていただけていない……。
 少しだけ肩を落としつつも、「ええ、基本的に守護獣は個人を守ってくれるのです」と応え、そしてふと我に返りました。

 そう言えば、彼はわたくしの言葉が通じる?
 千夏様でさえ、わたくしの声が聞こえないのに?

 わたくしはまじまじと少年を見つめ直し、正直に疑問を口にしました。
「あの、あなたさまはわたくしの姿が見えるのですね? 声も聞こえるのですね?」
「あ」
 そこで、少年は『しまった』と言いたげに口を開きました。
 そして、恐る恐るといった調子で辺りを見回します。すると、そこには眉を顰めた美少年、亜季ちゃん、浩ちゃん、それ以外にもたくさんの生徒たちと。
 今にもこの場から逃げ出したいと考えているらしい千夏様が、羞恥に頬を真っ赤に染めて、その少年を見つめていたのです。

「え、何それ、何か見えるの!?」
「マジかよ! 手塚、それって幽霊!?」
「……僕には見えないけど、何かいるの?」
 それぞれが一斉に口を開いたので、その場は一時騒然となりました。
「いや、あの」
 少年が頭を掻きながら口を濁していると、急に美術室の扉が乱暴に開けられました。そこには、無表情ながらも不機嫌そうな雰囲気を漂わせた美少女が仁王立ちになっていて、唸るように言葉を吐き出しました。
「どこもかしこも餌にはならんものばかりであふれかえってる! 心の底から言おう! 邪魔すぎる!」

 その少女は肩の上で切りそろえた真っ黒な美しい髪を持っていました。知的な銀縁眼鏡がよく似合っています。
 しかし、その頭上には真っ白な猫が前足をそろえて座っていて、目の前を凛とした表情で見つめています。それがあまりにもシュールすぎる光景で、わたくしは首を傾げてしまいました。

 ――なぜ、猫?

 わたくしが眉を顰めつつもその少女を観察していると、銀髪の男性を貼り付けた例の少年が酷く優しい声でこう言いました。
「ジョセフィーヌ、真っ白で綺麗だなあ」
「うるさい、その名前で呼ぶな」
「お腹すいてるのかな」
「うるさい、トール! こいつにはきちんと名前をつけた!」
 その美少女は鋭い目つきでトールと呼んだ少年を睨みつけた後、腕を組んで苦々しい表情をしてみせました。「一応、ゴマと名前をつけたのだ」
「えー」
 トールが何とも情けないような表情で少女を見つめます。「何ですか、そのゴマフアザラシにつけてみました、みたいな短絡的な名前」
「違う、ゴマ団子みたいだからだ!」
「やっぱり短絡的……」
「黙れ後輩」
 少女はそのままつかつかとトールの目の前まで歩み寄ると、眉間に皺を寄せて凄んで見せました。「お前の背後霊にうちの猫をけしかけてやろうか」
 すると、トールとその少年の背後霊? らしき美青年が同じ仕草で肩をすくめて呆れたように鼻で嗤うのです。
 トールは気の抜けたような表情で斜に構えたまま、小さく言いました。
「別に、俺のは背後霊でも守護霊でもないと思いますけど」
「……確かにな」
 そこで、少女の表情も少しだけ和らぎました。「餌にはなりそうもないし……まあ、今はそんなこと、どうでもいいんだ」
「いいんだ」
「それよりも」
 少女は目を細めて続けます。「校内、変なものであふれかえっていることのほうが問題だ」
「あー」

 そこで、二人の視線がわたくしへと向けられました。
 わたくしと、そしてユージーンへ。

 少女は胡散臭いものを見るかのような目でわたくしを見詰め、小さく溜息をつきました。
 すぐそばで千夏様がおろおろと辺りを見回しながら、挙動不審そのものの動きで左右に揺れながら声を上げます。
「あ、あの、あの! み、見えるんですか、ええと、もしかして……金髪で……その」
 美少女がそっけない口調で返しました。
「ああ、金髪巻き毛とシベリアンハスキーみたいなやつがな」
「ハスキーより頭よさそうですけど」
 と、トールが不満げに鼻を鳴らします。「それにハスキーよりかなり大きいし。……いいなあ」
「馬鹿者」
 少女がすかさずトールを睨みつけて鋭い声を上げます。「お前は余計なことを考えるな。絶対、とんでもないものを『造る』だろう」
「……まあ、その自信はありますけども」
 トールは不承不承といった様子で頷き、それから亜季ちゃんを見つめます。亜季ちゃんはどことなく落ち着かない様子で、怪しい輝きを放つ瞳をトールに向けていました。
「ね、手塚君」
 亜季ちゃんは両手を自分の胸の前で可愛らしく組み、そっと首を傾げて見せます。「もしかして、わたしの後ろにもいる? 暎一さま、いる?」
「誰それ」
 トールは目を細めて困惑しつつも、小さく頷きます。「誰だか解んないけど、黒い服着たイケメンがいる」
「わお!」
 亜季ちゃんは飛び跳ねて喜びます。何故か隣にいた浩ちゃんという少年の腕を掴んで振り回しながら、上がり切ったテンションのままに叫んでいます。
「本当なんだ! 守護精霊って本当に作れるんだぁ!」
「守護精霊……」
 茶色い髪の美少年が首を傾げています。穏やかな美しい笑顔をそっとトールに向け、そこにあるのは明らかに説明を求めるかのような切れ長の瞳。
「うーん」
 トールが眉根を寄せて唸った瞬間、亜季ちゃんはさらにこう続けました。
「動物でもオッケイだったら、わたしだって考えたのに! そうだよ、アレだよアレ! いあいあ、はすたあ! ってヤツだよ!」
「邪神を造ろうとか考えんな。迷惑だから」
 トールが苦々しげに呟いて頭を掻いています。
 邪神? わたくしには彼らの話している内容がよく解りませんでした。

「へえ、守護精霊ねえ」
 我々――いえ、守護精霊となった存在以外の人間が、美術室の椅子にそれぞれ腰を下ろし、会話をしています。
 状況が明らかに理解できていないといった雰囲気だった美少年は、どうやら西園寺黎人先輩とおっしゃるようです。そして、銀縁眼鏡の美少女は榊原楓先輩。
 トールと呼ばれていた少年は、手塚透。
 そして……トールの後ろにいるかたの名前は相変わらず解りません。こっそり質問してみたいと思っていたのですが、どうも彼は――我々守護精霊や、守護霊といった存在ではないようです。彼がそこにいるのは確かなのですが、本当に弱い存在というか、幻のような存在というか。トールと同じような反応をし、トールと同じように動く、まるで動きだけ複製された存在というか。
 ああ、もうすでにこのわたくしの想いは通じない運命ということなんでしょうか。
 せめて、お名前だけでも知りたいと思うのに。

「変なものが流行ってるものだよ」
 榊原先輩は苦笑して頭を掻きました。椅子に座り、どことなくぐったりとした表情です。
「アニメの力は偉大というべきなのかな?」
 と、西園寺先輩は穏やかに言います。気づけば、美術室にいた他の部員が本らしきものを持ってきて、机の上に並べています。
「これですよね、先輩」
 と、きらきらした笑顔を向ける少女。明らかに憧れという感情を抱いているらしい少女です。
 そして、それをどことなく複雑そうな目つきで見つめる千夏様。
 ああ、千夏様は何とも解りやすい。というか、わたくしも経験したことがありますので、簡単に理解できます。

 恋、ですね。
 一目ぼれ、ってことですわね。

 西園寺先輩はその本をめくりながら――何とも優雅な手つきであったと認めましょう――ため息をこぼしました。
「ホラー、になるのかな、これ。守護精霊というもの同士が戦ってるみたいだけど」
「それは別にどうでもいいが、まさか実際に試す人間がいるとは思わないだろう」
 榊原先輩はそう言いましたが、ふとその視線を亜季ちゃんに向けてすぐにその言葉を撤回しました。「いや、いるだろうな、やっぱり。好奇心旺盛な人間というのはどこにでもいる。どんなバカバカしいことでも、真面目に手順を考えてやれば何らかの力を発揮するのは確かなのだし」
「ホラー系のものなら試す人間がここにいまーす」
 亜季ちゃんも素直に認めました。「でも、どれもあまり上手くいかないからつまらないと思ってたとこー。チャーリーさんも全然使えないし!」
 そんな亜季ちゃんを、榊原先輩は無表情で見つめます。素晴らしい目力というべきでしょうか、その圧迫感に負けて亜季ちゃんがうろたえながら目をそらしました。
「実際、その守護精霊というのはどれだけの力を持ってるの?」
 西園寺先輩はなだめるように手を挙げつつ、榊原先輩の横顔に声をかけました。「守護霊とは違うんだよね?」
「……ああ、違う」
 やがて、榊原先輩はその視線を西園寺先輩に向けます。「上手く言えないが、まず、格が違う」
「格?」
「何といったらいいかな……ミルクとコーヒーフレッシュ、本物のワサビと偽物のワサビ、ダイヤモンドとジルコニアくらいに違う」
「微妙な比較対象だけど、まあ、解ったような気がするよ。つまり、似ているし、同じような効果はあるけど本物かそうでないか、ってことだね?」
「ああ」
 お二人の間では何となく意思の疎通があったように思いましたが、全くわたくしにはその比較対象が解りませんでした。
 でも、やっぱり……と思ったのです。

 キュウジョウさまは、わたくしよりもずっと強い。
 そう感じたのは間違いなかったのです。

「ただ問題は……」
 ふと、榊原先輩が憂いのある表情でその睫毛を震わせました。「この辺りの磁場、なんだろう。普通だったら、守護精霊とやらはそれほど力を持たない。せいぜい、薬局で一般向けに売ってる薬くらいな程度の効き目だ」
「どういうこと?」
 西園寺先輩が首を傾げます。
「どうも、この辺りの磁場が守護精霊とやらに力を与えてる。つまり、処方箋の薬クラスの力を発揮するということだよ」
「結構強い、ということか」
 西園寺先輩の穏やかな苦笑は揺るぎません。
 何だか、その雰囲気に流されてこちらもつい微笑みたくなります。これがきっと、彼の持って生まれた資質というものなのでしょう。周りの人間に与える影響が、何もかも良い方向のもの。そんな気がいたします。
「ま、どうせアニメの影響なんて一過性のものでしょ」
 そこに、トールが苦笑交じりに口を挟んできました。「すぐに皆、飽きますよ。で、だんだん守護精霊も力を失って消える」
「なら、いいけどな」
 榊原先輩の表情はあまりいいものとは思えませんでした。

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