猫は頭上で丸くなる 動物であれば何でも 「あの」 俺は銀縁眼鏡美少女を見つめた。「ジョセフィーヌと呼んでもいいですか」 「は?」 彼女は呆気に取られたように笑みを消し、俺を見た。 俺はただ彼女の頭の上を指差して続ける。 「つまり、あなたの本体を」 「何が本体だ」 「だからその」 俺はさらに彼女に近寄り、その猫をまじまじと見つめた。 ああ、可愛い。基本的に猫は全て可愛い。犬だって可愛いけど、猫の可愛さはまた別なのだ。犬であった場合、懐かせて言うことを聞かせて、その頭の良さにメロメロになったり、逆におバカ加減にメロメロになったりするわけだけども。猫の場合は問答無用で「何か御用ですかお嬢さま」と言いたくなるくらい、俺はお猫さまの下僕に成り下がる。 そして、今、目の前にいるお猫さまは。 まん丸の目、整った顔立ち、長いヒゲに丸い顎のふさふさの毛、ピンと立ち上がった耳。 きっと『彼女』だろう。顔立ちでそう思う。だから名前も美しい女性に相応しいものにしなくては! そして、そっと優しく呼ぶ。 「ジョセフィーヌ」 「勝手に名前をつけないでもらおう。本体はわたしだ」 すると、ジョセフィーヌの下にいた彼女の声が不機嫌そうになって、俺は我に返った。 「あ、すみません」 いきなり背後から慌てたように町田に腕を掴まれ、乱暴に引かれて後ずさる。「こいつ、変人なんで!」 変人で悪かったな、認めよう! 俺が町田を睨むために振り向くと、何だか元気いっぱいのヤツの顔が目に入る。 幽霊がいなくなったから体調も回復したのか。本当に現金なヤツだ。 「何か見えたのか」 町田は俺の耳元で囁く。僅かにその笑顔が強張っているのは、俺が幽霊を見ることができると知っているからだ。 「ああ、猫が」 「どこに? ってか猫の幽霊!? 化け猫!?」 「え、猫がいるの? 見えないよー」 近藤も俺たちの会話に参戦してきた。「どんな猫?」 「白黒のハチワレ」 俺は短く言う。 口元は白く、頭と目の周りは黒い。身体は――。 あれ、さっきより黒い部分が多い気がする。 俺がまじまじとジョセフィーヌを見つめていると、銀縁が目を細めて言った。 「ちょっと特殊な猫でね、餌を食べると黒くなるんだ。空腹だと真っ白なんだが」 「満腹だと真っ黒?」 「そうだ」 何て特殊すぎる化け猫なんだろう、ジョセフィーヌ! 一匹で三度美味しいとはこのことか! 白猫、ハチワレ、黒猫を愛でることができるとは! しかし、一体どういう猫なんだ。 本当に化け猫か。ただの幽霊ではなさそうなのは確かだが。 「餌というのは幽霊ですか」 さらに俺が訊くと、彼女は俺の顔を覗き込んできた。 近い! ド近眼なのかと思うほど近い! 「悪霊が好物だ」 ふ、と意味深に笑う彼女は確かに美少女だが、綺麗な顔立ちをしているがゆえに余計に迫力がある。 思わず後ずさりながら訊いた。 「……どこのペットショップでジョセフィーヌを」 「売り物じゃない」 「ですよねー」 ちっ、俺も欲しいぜ、頭に乗る猫。 「あの、オカルト研究会のかたですか。こちらは西園寺先輩と聞きましたが……」 やがて俺たち訳の解らない会話に呆れたのか面倒になったのか、町田が俺たちの会話を遮って言うと、銀縁が薄く笑った。 「ああ、わたしも美術部とオカルト研究会に入っている。榊原楓という」 「榊原先輩か……いい名前ですねー」 さすが女好きの町田だ。早速名前を聞き出した。 銀縁――榊原先輩はやっとそこで俺から身を引いてくれる。 近藤はどこか慌てたように町田の腕にしがみついてきて、町田を榊原先輩から引き離すようにしながら西園寺イケメンに笑いかけた。 「あの、見学ってできますか? まだ入会を決めたわけじゃないんですけどぉ」 「かまわないよ」 イケメンは僅かに首を傾げ、優しく微笑む。「立ち話も何だから、中へどうぞ」 そう促されて、俺たちは美術室の中に入った。 美術室の中は至って普通だ。机と椅子が並んでいて、教室の後ろのほうには石膏像が何体も置いてある。その前でデッサンをしている生徒が二人。 「美術部の顧問の先生がオカルト研究会も見てるんだよ」 西園寺先輩はそう言いながら、俺たちに椅子に座るよう仕草で促す。 俺たちはそれぞれ椅子に座って、辺りを見回した。 「それで、他の部員……会員は」 と、近藤が訊くと、イケメンがどこの外国人かという大仰な仕草で肩をすくめた。 「オカルト研究会は我々二人だけでね。どうも、入会しても皆すぐにやめたがってね……」 新人イビリでもしてるのか。 俺が眉を顰めて沈黙していると、西園寺先輩がふと気づいたように俺たちの顔を見回した。 「そういえばまだ名前を聞いてないね。それに、何でオカルト研究会に興味を持ったのかとか、趣味とか訊いてもいいかな?」 「はい」 近藤がぴしりと右手を高く上げて発言アピール。「近藤亜季です! 趣味は呪いの人形を作ったり黒ミサやサバトに出かけることです!」 「あ、すみません」 慌てて町田がフォローを入れる。「こいつはヴィジュアル系バンドにハマってて、ライブにいくことを黒ミサとかサバトとか言ってます」 「呪いの人形とは?」 イケメンが困惑したように訊く。 「グッズ作りらしいです」 「なるほど」 「ちゃんと針とか刺して遊ぶもん。呪いの人形だよ」 「遊ぶなよ」 不満げに唇を尖らせた近藤と、呆れ果てたような表情の町田。 「で、君は?」 榊原先輩が俺を見つめている。 「動物好きの手塚透です。ただの付き添いですから、お気になさらず」 「トールか」 「……英語発音はやめて下さい」 「しかし、わたしは君に興味がある。君はわたしの猫が見えるようだ」 「そうだよ」 イケメンがこちらに身を乗り出してきた。机に両肘をついて、手を自分の顔の前で組む。 「僕も話には聞いてるけど、何も見えないんだよね」 「他にも幽霊とか見えたりするのか」 榊原先輩も身を乗り出してくる。 イケメンと美少女に詰め寄られると反応に困るからやめて欲しい。大体、入会する気はないんだし。 「見えたり見えなかったり……」 とりあえず濁しておこう、と彼らから目をそらすと、近藤が余計なことを言った。 「手塚くんは前世の記憶があるんだよね! 幽霊も見えたり、なかなかの逸材ー」 「前世?」 「確かに逸材だな」 イケメンと銀縁が面白そうに笑う。 これで完全に変人扱い決定じゃないか! くそ、とりあえずネタ扱いで乗り切っておくしかない! 「前世は魔術師でした。なので、現世も三十歳までは童貞を守るつもりです」 「そうきたか」 イケメンが苦笑した。 「本当に前世の記憶が?」 榊原先輩は少しだけ興味深そうに俺を見つめている。俺はため息をついた。 「本気にしないで下さいよ。ちょっとしたジョークです」 「ほほう、ジョークね……」 彼女はニヤリと笑う。何だかジョークだと思っていない、そんな目つき。 普通、前世が魔術師とか言われて信じるヤツいないんだけどな。それともあれか、アレイスター・クロウリーみたいなものだと思われているのか。オカルト研究者で儀式を色々やっていた秘密結社の人間みたいなものだと。それはそれで凄まじく痛いが。 「で、君は?」 イケメンが町田に視線を投げた。 「町田浩志です。彼女……いや、近藤の付き添いできたので、あまりオカルトに興味はなくて。趣味はゲームですかね、アクションゲーが好きです」 頭を掻きながら言う町田を見つめながら、西園寺先輩と榊原先輩はそれぞれ呟いた。 「普通」 「普通」 ま、この面子の中では確かに一番普通だな。 「まあいい、仮入会にしとくか」 と、榊原先輩がさらりと言った。 「そうだね。後で一緒に校内の七不思議巡りでもして、少し考えたらいいよ」 と、西園寺先輩も言う。 七不思議と聞いて、浮かれる近藤、テンションだだ下がりの町田。素晴らしいコントラスト。 「じゃあ、近藤と町田だけ置いていきます」 と俺が言うと、榊原先輩が俺の手首を掴んで笑った。 「校内には動物霊も出るという噂があってね」 「俺も残ります。捕獲しましょう」 つい、彼女の手をがっしりと握りなおして言ってしまう俺。 どんな動物かなあ、とそわそわする。今のところ、俺には嫌いな動物というのはない。 「動物好きというのは嘘ではないようだな。霊でもいいのか」 榊原先輩が握りしめられた手を見下ろしながら言う。 俺は頷いた。 「はい、ジョセフィーヌを嫁に欲しいくらいです」 「だから名前をつけるなと」 「あのう」 そこに、美術室のドアの辺りから声が響いた。「オカルト研究会って、ここでしょうか」 そう訊いてきたのは、長い真っ直ぐな黒髪を背中まで垂らした女の子だ。物静かそうな――といえば聞こえはいいだろうが、どことなく暗い雰囲気を纏わせた子だった。 「入会希望かな?」 素早く西園寺先輩が椅子から立ち上がり、キラキラした笑顔を彼女に向けて両腕を開く。 凄いな、このイケメン。 どんな女の子に対しても美形オーラを振りまいてやがる。 「いえ、まだ決めてはいないんですけど……」 煌めくイケメンオーラに怖じ気づいたのか、彼女は声をさらに小さくさせた。「あの、やっぱり少し考えてから」 「大丈夫、無理に勧誘はしないよ。どうぞ入って」 西園寺先輩は優しく、それでいて有無を言わせぬ力をその声に含ませていた。 「……はい」 彼女は緊張しているのか、酷く顔色が悪かった。 俺は思い切り彼女に同情した。 [*前へ][次へ#] [戻る] |