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猫は頭上で丸くなる
暇だとろくなことを考えない
「何が?」
 わたしに抱き付いたまま無邪気に見上げる少年の顔。

 とぼける気満々か。

 わたしは低く笑いながら少年の頭の両脇に拳をぐりぐりと押さえつけた。
「さあ、話せ、話してみろ!」
「痛い痛い! ソウは乱暴なんだよ!」
 御童丸がじたばたと暴れながらわたしの攻撃から抜け出した。そのまま部屋の隅に逃げ、壁を背にした格好でわたしを睨みつける。
「いつもそうやって暴力で解決しようとする癖、何とかしたほうがいいよ! 女らしくないって言われるだろ!?」
「言われなくてもいいわ! 特にお前には言われたくなどない!」
「それはどういう意味!?」
「とにかく、それよりもこれだ!」
 わたしは近くにあったゲームソフトのケースを取り上げた。ゲームに詳しくないわたしでも知っている、子供に人気のある有名なレースゲーム。
 そのソフトの下に積まれていたケースもやはり、人気のゲームソフトのパッケージ。
「一体、何をしてるんだ、ここで!」
 わたしが呆れた声を上げると、御童丸が唇を尖らせて言った。
「だって、暇すぎるんだもん」
「何!?」
「目が怖い、ソウ!」
「怒らないから最初から言ってみろ!」
「怒ってるじゃん」
 御童丸はその場に腰を下ろして、近くにあったゲームのコントローラーを取り上げた。
 パソコンの画面はつきっぱなしで、そこには3Dのキャラクターが草原らしき場所で立ち尽くしていたけれど、御童丸がコントローラーのボタンを押すと滑らかに動き始めた。

「だから言ったじゃん? 暇なんだよね」
 御童丸はパソコンの前に座り直し、画面を見てキャラクターを操作しながら不満げな声を上げた。「さっちゃんは仕事を引退するとか言い出すし、最近は大きな仕事は引き受けてこないしさ」

 御童丸は婆様のことを大抵『さっちゃん』と呼ぶ。
 婆様の名前は幸子、『さっちゃん』はいわゆるあだ名ってやつだ。
「餌は足りてるんじゃないのか」
 わたしがそう言いながら入口のところに立っていた婆様に視線を投げると、婆様は疲れたように額に手を置いていた。しかし、わたしの言葉を聞いて小さく頷いた。
「足りてるでしょう。ただ、わたしももう年だからね、昔ほど厄介なものは引き受けなくなったというのがあるだけで」

 ――厄介なもの。

「そうだよ」
 御童丸が子供っぽくコントローラーボタンを乱暴にカチカチ叩く。「贄としては小さいのばっかりもらってる。つまんないよ」
「つまるつまらんの話じゃないだろ」
「そういう話だよ」
 御童丸はそこでコントローラーを投げだした。
 わたしはそんな少年を見下ろし、眉を顰めた。

 贄の一族。
 榊原家はよく、そう呼ばれる。

 御童丸が求めているのは、嫁と贄。
 嫁というのは、純粋に連れ合いのことだ。共に長い時間を共有する女性を、榊原家の女性から一人選んで『向こう側』の世界に連れていくこと。
 贄、というのは彼の食事。

 わたしの頭の上に乗っている猫も、餌が必要だ。
 猫そのものが御童丸だと言える。
 浮遊霊や悪霊といったものを餌にして、御童丸は己自身の力を強めていく。一体どのくらい長く御童丸がこの世界に存在しているのかは解らないが、この小さな身体の中には、凄まじい力を隠している。
 『神』としての力とは呼べないかもしれない。
 ただ、強大すぎて我々には逆らえるものではない。

「よく言うだろ? 暇だとろくなことを考えない、って」
 御童丸は眉間に皺を寄せてわたしを見上げ、肩をすくめた。「暇すぎて、何かしたくなったんだよ。だって、いつになっても君たちは僕のお嫁さんを連れてくる気配はないしさ、ずっと一人でここにいるのも寂しいんだよ?」
「だからってな」
「だから最初はね、それを買ってもらったんだ」
 御童丸は棚の上にある携帯ゲーム機を指さした。子供たちだけではなく、大人にも人気のあるゲーム機。手帳くらいの大きさ。わたしですら持っている。
「暇つぶしにね、興味を持ったんだ。最初はさ、ここを抜け出して外で遊びたいとも思ったけど」
「おい」
「抜け出してないだろ」
 わたしの険しくなった顔を見上げ、御童丸が鼻で嗤う。

 ――くそ、可愛くない。

 小憎らしいを通り越してぶん殴りたくなる。
「たまにさ、近くの子供たちがここの境内でそのゲーム機で遊んでることがあってさ」
 御童丸は少しだけ表情を和らげる。楽しげに言うその様子を見つつ、わたしは首を傾げた。
「境内に子供? 危険じゃないのか」

「……かといって追い出すわけにもいかないでしょう」
 と、婆様がわたしの横にやってきて、小さく言う。「こんな田舎では、下手なことをすれば色々噂も立つしねえ。大人しくゲームで遊んでいた子供を追い出したなんて知られたら」
「ああ……」
 わたしは唸る。

「別に、贄以外は手出ししないよ」
 御童丸が不本意そうに頬を膨らませた。「そのくらい、僕だって解ってる。さっちゃんの仕事の不利益になることはしない!」
「それなら、いいけど」
 わたしは歯切れ悪く言う。そして、改めてこの部屋の中を見回してため息をついた。

 御童丸はわたしの様子など気にするわけもなく、だんだんその口調が楽しげになっていった。
「それでね、皆がやってるゲームに興味を持ったんだよ。だからね、さっちゃんが『仕事』をして稼いでくるたびにお願いしたんだよね。ゲームとかソフトとか買って、って。で、対戦もしてみた」
「対戦?」
「そう。そのゲーム機、凄いんだね! 何の線もつながってないのに、境内の中にいた子供たちとゲームで遊べたよ」

 ――本当に、何をしてるんだ!

 わたしは頭を抱えた。

「でもやっぱり、ちょっと問題があってさ、子供たちが『見えない誰か』と対戦をしてるってのは騒ぎになって」
「当たり前だろう」
「子供たちが、どこにいるんだろう、って僕を探し始めたからさ、それは適当なところで対戦はやめたんだよね。でも、そうしたらまた暇になるじゃん? だから、もっと違うゲームとかないかなあ、って思ってさ」
「それで」
「このありさま、ってわけ」
 御童丸が両腕を開いて部屋の中をさらにアピールする。

「……凄いもんじゃのう」
 その存在すら薄くなっていた土地神もどき、演歌歌手もどきのおっさんが小さく呟いている。
 御童丸がそこでおっさんに目をとめ、首を傾げた。
「贄じゃなさそうだけど、何?」
「儂は贄などではないわ!」
 さすがのおっさんも、表情が強張る。すぐにこの場から離れられるように、というのが解るくらい、彼は扉のところにまで後ずさってさらに言った。
「儂には解らん世界じゃから、話し相手にもなれん。帰らせてもらおう!」
「どこに帰る気だ」
 わたしはすかさず言う。「逃がすつもりはないからな」
「いや、儂は隣の家で『てれび』を見ておるからゆっくりするがいい。野球のニュースとかやってたらそれだけで儂は楽しいからな!」
「野球、好きなんだ?」
 御童丸が目を細めて彼を見る。
 しかしおっさんは警戒した様子で何の反応も返さない。
「……野球のゲームもあるよ。やってく?」
「……野球?」
 おっさんは緊張感漂う声で小さく返す。
「そう。毎年、最新版が出るんだよね。実在の野球選手のキャラクターを育成したり、チームを組んだりして遊べるやつ」
「実在?」
 少しだけ、おっさんが興味を示し始めた。
 御童丸もそれが解ったからなのか、立ち上がって違うゲーム機をテレビにつなぎ、電源を入れる。
「野球じゃなくて、サッカーもあるし」
「いや、サッカーとやらには興味ない。やはり、野球じゃろう」
 と、おっさんがゲーム機に近づいてまじまじとそれを見つめた。

 ――こいつを置いて、わたしが帰ろう。

 わたしはつい、婆様の肩を軽く叩いて、ため息をついた。
 婆様が同情するかのようにわたしの背中を撫で、小さく笑った。

「ゲーム、意外と楽しいよ」
 ふと、御童丸がわたしに視線を投げてきた。
 わたしはもうすでに疲れ切っていて、鈍い反応しか返せない。
「良かったな」
 投げやりな言葉だけを返すと、御童丸が意味深な笑みを浮かべて見せる。
「ゲームって色々あるよね。最初は、こんなに面白いとは思わなかったよ」
「それはそれは」
「ソウはスマホ、持ってる?」
「持ってるが……え?」
 わたしは御童丸ではなく、婆様を見つめる。「まさか、御童丸も持ってるのか?」
「そうなの」
 婆様が穏やかに、そして情けなさそうに笑う。「つい、せがまれてしまってねえ」

「じゃあ、アドレス交換しよ? 面白いものを見せてあげるよ」
「ちょっと待て!」
 御童丸にスマホ?
 一体何に使うつもりなのか、全く理解できなかった。普通、電話もできないだろうに。御童丸は、幽霊と同じような存在なのだ。こうしてわたしたちには姿は見えているが、この世界には実在しないもの。
 それがスマホまで持って何を――。

「スマホ、とかでもゲームできるのねえ」
 婆様が頬に手を当て、首を傾げた。「高いゲーム機みたいなものかしら?」
「それは違う。絶対に違う」
「同じようなものだよ」
 御童丸がわたしたちの会話に入ってきた。「最近は下火なんだろうけどね、携帯電話で遊べるゲームってのがあるんだ。これがね、面白いんだよ」
「どこがだ!」
 わたしはつい大きな声を上げてしまってから、すぐに呼吸を整えて御童丸を見つめ直した。「まあ、婆様が納得してるなら別にいいけど。とにかく、わたしを巻き込まないでもらえれば」
「ソウ。面白いものを見せてあげるって言ったろ? スマホ出してよ」
「断る」

「楓」
 ふと、御童丸が『ソウ』ではなくわたしの本名を呼ぶ。
 その途端、わたしの全身に寒気にも似た感覚が襲う。毛穴が閉じる感覚、というのだろうか。ざわざわとした空気。
 そして、わたしは内心で悪態をついた。

 御童丸に本当の名前を呼ばれるという行為は、わたしたち一族にとって特別なものなのだ。
 逆らえなくなる。
 命令をきかねばならない、という気にさせられる。

 だから、わたしは子供の頃、別の名前で呼ばれて育ってきた。ソウという名前。男の子として育ってきたのは、御童丸に『連れていかせないため』ではあったけれど。
 でもそれ以前に、御童丸にいいように扱われないためにも、本当の名前だけは知られないようにしてきたのだ。

「スマホ、出して?」
 御童丸は無邪気に笑う。
 しかし、その中身は悪意そのものとしか思えない。

「アドレス交換したら、招待メール送るから。そうしたら、そのメールにあるリンクからゲームに登録してよ。そしたら、僕がコインをもらえるんだよねー」
 御童丸はわたしには全く意味の解らないことをぶつぶつと言う。

 しかし、これだけは解る。
 このクソガキ、絶対によからぬことを考えてる!
 身体が動くのならば、絶対にその頭の両脇に拳を力任せにねじ込んでやるのに!
「楓」
 御童丸がまたわたしの名前を呼んだ。

 くそ。
 わたしはジーンズのポケットからスマホを取り出した。

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あきゅろす。
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